バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

6月のコーディネート(後編) 花火鳴らぬも、浴衣掛け・流行編

2021.06 27

老舗(しにせ)とは、どのような店のことを指すのか。辞書で調べて見ると、広辞苑(岩波書店)には、「先祖代々の業を守り継ぎ、続けて繁盛している店」とあり、大辞林(三省堂)には、「代々同じ商売を続けている、由緒正しい古い店」とある。

どちらも、「古くから代を重ねて、繁盛し続けている店」と言う意味だが、「何故、長く続いてきたか」、あるいは「どうして繁盛し続けてきたのか」については、辞書なので当然記されていない。これでは、老舗の老舗たる所以が、わからない。

 

東京には、江戸の世から三代・100年以上にわたって同業で継続し、現在もなお盛業中という、老舗の集まりがある。その名前は、「東都のれん会」。終戦後まもない1951(昭和26)年、江戸、東京で商いを続けてきた店主たちが、古き良き伝統を守り、継承していくことを目的として、この会を発足させた。HPを見ると、東都とは江戸と東京を一語で表し、老舗と己で名乗るのもおこがましいので、「のれん」という言葉で加盟する店の内容を表現したとある。

さらにそこには、「老舗となる条件」が、民俗学者であり随筆家としてよく知られていた、慶応大学教授・池田弥三郎の言葉で記されている。「何故老舗となり得るのか」は、大変興味深いことなので、ここで少し引用してみよう。

 

「店の物語は、老舗であれば顧家(顧客のこと)の物語であり、民衆の嗜好、肩入れが老舗の歴史の一半を形成してきた。だが、老舗の歴史はそれだけではない。激しい起伏の渦中にあって、事態に即応した、いわば流行の中にいかに不易を守り続けていくかという、苦心の歴史がある」。つまり、時代に即応して流行を見極めつつも、半面で伝統を守る姿勢が大事で、両立することが、極めて難しいことを意味している。

そして続けて、「言葉を変えて言うなら、攻勢と守勢との時にあたっての対応が、老舗をして老舗たらしめて来たと言える」と書いている。時代の変化にあって、変えるべきことは変え、守るべきことは守る。何を変えて、何を守るのか、その見極めを間違わずに出来ることこそが、老舗への道に繋がる。きっと、そう言うことだと思う。

 

本質的なことを忘れず、そこに新しい変化を重ね、流行も加味する。これが「不易流行」である。老舗たる条件は、まさにこれが実行できるか否かに、関わってくる。

江戸・天保期より、中形や小紋を作り続けてきた竺仙。この染屋も、まさに「不易流行」をテーマとして、長い間商いを続けてきた。今日も前回に引き続き、この「東都のれん会・54社」に加盟している老舗・竺仙の浴衣を、コーディネートしてみよう。

 

伝統的なモチーフを用いながらも、図案をデザイン化し、配色を工夫することで、現代の美的感覚により添う品物を目指す。不易だけでなく、そこに流行を加味しなければ、装う人には受け入れてもらえない。画像は、そんな「今」を意識して染められた浴衣。

浴衣の基となるのは、型紙に他ならない。そこで、今までにない図案を起こすとなれば、当然、時間と経費を最も必要となる型紙を作ることになる。もちろん、リスクを承知で新しい品物を作ることもあるが、需要が見通し難い今は、先に採算を考えてしまうと、新しい図案の型紙を製作することは、どうしても躊躇される。

けれども同じ型紙を使っていても、生地の種類を替えたり、また白抜き・紺抜きから挿し色を付けた模様姿に変えて見ると、まったく印象の違う品物に生まれ変わる。つまり「不易」をイメージする浴衣でも、工夫次第で、「流行」を意識した浴衣に変化させることが出来るということだ。これも、「型紙」が為せる不思議な力なのかも知れない。

今日は、古典的な文様やポピュラーな夏のモチーフをデザイン化した浴衣を使って、若い方にも目に留めて頂けるようなコーディネートを、考えてみたい。

 

(生成色地 蝶に撫子模様・綿紬浴衣  ピンク色濃淡・麻半巾帯)

影のような青磁色の蝶を背景にして、蔓を持つ撫子を生地いっぱいに描く。浴衣としては、華やかで流れのある図案。パステル系の優しい色調だけに、夜に装うと明るく映えるだろう。

当然のことながら、地の色が変われば、模様の配色も変わる。作り手が、どの年代のどのような方の装いとするのか、きちんと想定することで、生地も挿し色も決まる。

模様が密になっている浴衣だと、グラデーションだけで変化を付けた無地感覚の帯を使えば、すっきりとまとまる。そういう意味で、この竺仙の麻半巾帯は、毎年欠かせない品物。ピンク・橙・黄・青磁・青の五色は、常に準備している。撫子の挿し色・ピンクを帯の色としたが、着手を若い方と想定しているので、これで間違いは無いはず。

 

(藍地 花の丸模様・綿紬浴衣  レモン色一本独鈷・博多半巾帯)

この浴衣も紬生地。生成色とグレー、藍と三色ある中で、織り込んであるネップ糸の白い筋がはっきりと表面に出てくる藍色地は、それが雨だれのようにも見えて、一番涼しげに見える。草花を円形に図案化した「花の丸文」は、極めてオーソドックスで古典的な図案だが、濃淡をつけたパステル系の挿し色が、華やかな印象を与える。もしこの図案で色が入らないとすると、思い切り江戸っぽく粋になる。

花の丸の花は、浴衣らしく杜若と桔梗。それが大小二つずつ、形を変えてあしらわれている。この丸文は、組み合わせる花によって、旬や吉兆を表現出来る。例えば梅の丸や桜の丸なら、春の意匠となり、松竹梅だけの丸文なら、途端にめでたくなる。

黄系の帯は、藍や紺と相性が良い。黄色は元々目立つ色だが、この帯のような少し明度を下げたレモン色や、緑の気配を含む黄緑系の刈安色を使うと、落ち着いた着姿になる。ここでは、帯に織り込まれている青の細縞がアクセント。

両方とも気軽な街着としても使えそうな、綿紬の浴衣。明るいパステル調の挿し色が、若々しい姿を演出する。特に花の丸文の浴衣には、不易な図案に流行を加味した「江戸モダン」な雰囲気が伺える。

 

(水浅葱色 萩模様・かげろう染浴衣  ベージュ地 パステル縞・紗八寸博多帯)

縦に透かし目を付けた「かげろう染め」は、昨年からの試み。絽のようにも見えるこの生地は、いかにも風通しのよさげな姿。地色は、褐色でも藍でもない、パステル系の抜けるような水浅葱色。これまでほとんど使ってこなかった色だけに、その爽やかさがとても斬新。

こうして近づいて生地面を写すと、透かし目が模様の上に浮き上がっているのが判る。浴衣の図案として使い尽くされている萩だが、蔓を付けて丸めて見ると、秋草のイメージが薄くなる。また動きのある図案になっているので、堅苦しさも消える。

浴衣の水浅葱がパステルなら、帯に見える四本の縦縞の色も、すべてパステル。これにより、全体がふわりとした着姿になる。捩り組織を用いて透け感を表現した、紗の手織帯。優しい色合いなので、キモノの色をあまり選ばず、小千谷縮や絽小紋など、薄物全般にわたって幅広く合せられる。

 

(蛍光的群青色 鉄線模様・綿絽浴衣  白地黄格子模様・麻八寸帯)

先ほどの柔らかい水浅葱色とは対照的な、強烈な青。こんな蛍光塗料のような色は、キモノでも帯でも見たことが無い。白く染め抜かれているのは鉄線だが、モチーフより地の色に目が向く。これほど地色が前に出る浴衣も、珍しい。

嫌でも目に飛び込む、鮮やかな群青色。見る者を、スカッとさせる浴衣である。割と写実的に描いている鉄線だが、余計な挿し色が入らないので、すっきりした姿に映る。

インパクトのある浴衣の色と模様を抑え込むには、どうしても大胆な帯が必要。黄土と白のすっきりとした大格子ならば、浴衣の持つ雰囲気を壊さずに着姿が作れる。やはり密な花模様には、幾何学図案の帯であり、地色がこれだけビビッドなら、対応出来る帯の色を探さなければならない。

模様は白抜きだが、地色は対照的。青や水系の色は、深くても浅くても、浴衣に相応しい夏色となる。伝統的な褐色や藍だけに捉われず、現代の色を地の色として具現した試み。そんな品物は、誰の目にも止まるはずだ。

 

(サーモンピンク地色 菊花模様・玉むし浴衣  クリーム地横段縞・紗博多半巾帯)

竺仙は、地色にあまり派手な色を使わないが、この浴衣は珍しく、ピンク系のサーモン色で染めている。モチーフは菊だが、大小の花弁がメインで、葉は申し訳程度にしかついていない。観覧車のように図案化した赤とピンクの菊花が、可愛い。おそらく着用者を20歳代までと限定して、模様や色目を考えた浴衣であろう。

模様はあまり密集せず、サーモンの地色が目立つ。いわゆる「地空き」の柄付けだが、思うほど派手にはなっていない。帯次第で、もう少し上の年代でも使えそうだ。

単純な模様の帯ほど、使い勝手が良い。浴衣のサーモン地は暖色だが、このようなすっきりした縞の帯を合せることで、暑苦しさを感じさせなくなる。

 

(ぼかし藍地染 羊歯模様・コーマ浴衣  茜色花菱模様・首里道屯綿半巾帯)

一見、ローケツ染めのように見える斑な青の地色は、地入れの時に暈しを入れることで、このような姿となる。フラットな一色染めとは異なる地色の変化は、それだけで浴衣の印象を変えてしまう。一応モチーフは、羊歯(シダ)だが、波のようにも見える。

羊歯は成長すると、先端がこぶしのように巻き付く形をとる。この図案は、その丸まった部分だけを強調して、デザイン化している。だから、あまりシダには見えず、波しぶきとも思わせてしまう。所々に見える赤い挿し色が、アクセントとして印象に残る。

経糸の間に緯糸を挟み込み、糸を浮き上がらせて模様を織りなす首里道屯織。立体的な浮き織であしらわれる沖縄特有の花織図案は、どれも個性的。この茜色の半巾帯を合せたのは、シダに付いた僅かな赤色がヒントになっている。

モチーフとなる植物の図案を、思い切ってデザイン化した二点の浴衣。作り手のセンスが、そのまま浴衣の表情となる。このような浴衣がどこまで、今の若い方に受け入れられるのか。試行錯誤を繰り返しながら、モノ作りはこれからも進められていく。

 

(グレー地 市松格子に芝翫縞・コーマ浴衣  白地グーシハナウィ・首里織綿角帯)

今回も、最後に男モノを一点。四本の縦縞と繋いだ楕円の輪を組み合わせたこの文様を、芝翫縞(しかんじま)と呼ぶ。面白い形の輪の原型は、箪笥に付いている取っ手・鐶(かん)。この模様は、江戸文政年間に活躍した歌舞伎役者・初代中村芝翫(なかむらしかん)が好んだが、その理由は、四筋の縞と鐶を複合させた四鐶が、自分の名前の芝翫に通じていたから。

地色はグレーだが、背景に市松の色分けがあるために、複合的な色の気配がする。そこに縦に伸びる芝翫縞が付くことで、模様はさらに込み入る。男モノとしては、古典的な役者文様の一つだが、配色と背景の市松柄により、モダンな姿に生まれ変わっている。

浴衣も帯も、縞を基調とした図案。帯の模様は不思議な幾何学図案だが、白地に黒というシンプルさが、目の回るような輪繋ぎ・芝翫浴衣をすっきりとまとめている。

 

パステルの色で、浴衣と帯を優しくまとめた女性モノ。役者柄を現代風にアレンジした男性モノ。どちらも、竺仙が現代の流行を見極めて、新たに染め出した浴衣。来年こそは、こうした個性的な夏姿を多くの人が楽しめるようにと、願うばかりだ。

 

伝統的な文様をそのまま生かした・不易と、現代に通ずる模様姿を意識した・流行。どちらも、モノ作りをする上では、欠かすことが出来ません。この双方のバランスを上手く取りながら、次の世代に品物を繋げていくことが、老舗の大命題です。

しかし、予想も出来なかったコロナ禍により、老舗の仕事はより難しさが増してしまいました。今は、厳しい状況に置かれていますが、これまで培ってきた経験を生かし、持っている知恵を駆使しつつ、何とかこの困難を乗り切って欲しいと思っています。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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