バイク呉服屋の忙しい日々

職人の仕事場から

モノ作りに隠された技を覗く(1) 友禅・糸目糊置き

2021.05 13

言うまでもなく「おはしょり」とは、長く誂えてあるキモノ丈を調整するために、帯の下端で折り返す生地のことであり、通常の長さは2寸(7cm)程度。この施しを、女性の着姿では欠かすことが出来ない。

おはしょりを語源とする動詞に、「端折る」がある。省くとか短くする、あるいは縮めるという意味を持つこの言葉は、端折ることで恰好が付く「キモノの着姿」同様に、効率的な社会を目指す意味では、重要なキーワードとなっている。

例えば、現代のモノ作りは、出来る限り生産コストを削って価格を抑え、求めた消費者に費用対効果(コストパフォーマンス)の高さを実感させることを目標とすることが多い。そのためには、出来るだけ製造工程を機械化によって簡略化し、最も費用の掛かる人件費を減らすことが求められる。工程を端折ること、すなわち「人を端折る」ことは、収益第一を掲げる企業にとって、不可避な大命題である。

 

では翻って、良質なキモノや帯とは何かを考えてみると、それは何と言っても、出来る限り、いや製作する過程の仕事全てにおいて、「人の施し」が入った品物と言えるだろう。そして携る職人が持っているものは、決して「付け焼刃」で出来るような技術ではなく、長年の積み重ねの中で生まれる熟練の技だ。

こうした技術者・職人たちは、任されたそれぞれの場面で力を駆使する。その技術を結集して完成させた品物こそが、最も贅沢なモノであり、まさに染織の文化を引き継ぐモノである。

 

しかし職人達の精緻な技は、出来上がった品物の表情からはほとんど目立たず、工程によっては、全く外観からは伺えない仕事もある。だがそんな技術こそが、伝統に培われたモノ作りの根幹になっていることも多い。良質な品物を扱う店にとっては、こんな「隠れた技」こそ、多くの方に知って頂きたいと思う。そこで、「職人の仕事場から」の新しいシリーズとして、知られざる仕事を、少しずつご紹介していくことにしたい。

今回は第一回として、友禅工程の中の「糸目糊置き」にスポットを当てる。職人の仕事内容が判れば、きっと品物への理解も深めて頂ける。そして、本当に価値がある施しとは何かが判り、それは結局、「ホンモノを見極めること」に繋がっていくように思う。

 

加賀友禅作家の初代・由水十久が得意とした「唐子人形」の表情。髪の毛一本一本が、精緻な糸目であしらわれている。その上、穏やかな幼顔にも、美しい色挿しの技がみられ、友禅の神髄とも言える作品になっている。

17世紀末に開発された友禅染は、それまで模様あしらいの技法として使われてきた摺箔や絞り染、描絵、辻が花染とは全く異なり、布地に直接色を塗って染めると言う、画期的なものであった。その工程については、これまで何度もお話ししてきたが、おさらいの意味で、もう一度確認しておこう。

 

友禅染は、まず最初に図案の草稿を作り、それを下絵として、青花と呼ぶ露草の汁を使って生地面に描く。そして、この下絵図案の輪郭線上に、細い防染糊を置く。この糊の線は後に「糸目」となって作品の中に残る。糊置きを終えると、生大豆をすりつぶした汁・豆汁(ごじる)を生地全体に刷引きする「地入れ(じいれ)」を行う。この作業により染料が定着し、滲みを防ぐことが出来る。

地入れが乾燥すると、生地に伸子(しんし)を張って伸ばし、火の上にかざしながら、刷毛で文様部分の色を挿す。挿し終えると、そこにまた糊を置いて(「伏せ糊」と言う)模様を防染し、残った地の部分に色を刷いて、「地染め」をする。そして仕上がった生地を蒸し、熱で色を定着させ、最後に水に浸して、糊や余分な染料を落とす。

この「水元(みずもと)」と呼ぶ水洗いの作業は、古くは「友禅流し」として、京都の鴨川や白川、金沢の浅野川や犀川などで行われてきたが、水質の低下や環境保全が考慮されることに伴い、徐々に人工の水場を使うようになった。

 

友禅の大きな特徴は、何と言っても、自由自在に地色を塗り、絵を描くように模様の色を挿せること。作り手の技術次第で、模様は精緻になり、意匠の写実性や絵画性も強調される。そしてそこに刺繍や箔、絞りをコラボさせることも自由であり、豪華なあしらいを伴う煌びやかな意匠をも、製作することが出来る。つまり友禅は、作り手の意思や感性を、飛躍的に品物に反映できるようになった、本当に画期的な技法なのである。

だから、自在に色を駆使する友禅の根幹を担っている仕事は、糊置きによる「防染」工程になる。そして大切な仕事の痕跡は、「糸目」となって作品の上に現れてくる。普通に見れば、図案の輪郭を示す白い線でしかない。しかし残る「筋」には、作家や職人ごとに個性があり、それはまた工夫と努力の跡と見なすことが出来るだろう。

では品物の中で、具体的にどのような糸目の姿があるのか。今回は、加賀や京、江戸友禅の中の逸品をご紹介し、改めて「糊置き」の技に思いを馳せて頂くことにしよう。

 

これも最初の唐子図案の一部。手にしている扇の骨組みには、細かい糸目が見える。

髪の毛の糸目の間隔は、一ミリほど。また糸目そのものの細さは、ミリ以下。

模様全体は、こうなる。表から見て、髪の毛や扇の糸目は、ほとんどわからない。だが、見えないところの施しにこそ、描く技の凄さがかいま見える。

加賀友禅の作品において、この糸目糊置きの工程は、最初に青花で描いた下絵の意図を十分に理解しなければ、最終的に思うような模様の姿にはならない。以前は自分で糸目を引く作家もいたが、現在では著名な作家のほとんどが専属の職人を抱えて、糊置きを任せている。この出来如何は、作者各々が構想した図案の良し悪しをも左右しており、職人の責任は重大である。

 

加賀友禅作家・柿本一郎が描くヤマボウシの花。枝先に付いた花弁のような四枚の白い苞を、清楚に精緻に描いている。見れば一枚ずつ違う花の形、葉の形は、手で引いた糸目だからこそ美しく表れてくる。

作品全体は、こんな感じになっている。ヤマボウシだけの図案だが、流線的な枝ぶりがモダンで、写実一辺倒にはなっていない。斬新な模様姿だけに、糊置き職人には特に、下絵に含まれる作家の意図を読み取ることが重要になる。やり直しのきかない仕事だけに、緊張を強いられる。

品物には、伝統工芸品マークと加賀友禅証紙が貼ってある。そして作家の名前・作品名と共に、糊置職人と地染職人の名前も記載されている。この訪問着・山法師に携った職人は、糊置が冬爪金次さん・引染が北村昭彦さん。とりわけ加賀友禅は、作家だけがクローズアップされるが、こうした工程を担う職人が、品物を下支えしている。

 

こちらも、加賀友禅の中に描かれた花。モチーフは、草原に咲く野花・ユウスゲ。作者の高平良隆は、加賀染振興協会の理事を務めた重鎮。ラッパのような形状で下向きに咲く花姿を、シャープな糸目で表現している。

全体から見ると、こんな模様姿になる。控えめに咲くユウスゲの特徴を生かした、楚々とした雰囲気を持つ訪問着。

この作品にも、作家と職人の名前が併記されている。糊置は女性職人で、北弘子さん。引染担当は、木村芳雄さんである。こうして品物に名前が記されると、責任が重くなるのと同時に、受け持つ自分の仕事には、いっそう誇りを持てると思える。

 

江戸友禅(大松の品物)で描かれた松図案。輪郭線は糸目のところと、金糸のまつい縫であしらわれたところがある。ほとんど染だけの加賀とは違い、江戸や京友禅の場合、輪郭に繍や絞りを使うこともある。だがこの金繍も、予め付いていた糸目の上にそって施されたもの。

模様全体を写すと、松の図案が典型的な御所解文様の一部と判る。作家の名前が前に出る加賀友禅とは違い、そもそも分業の江戸や京友禅では、各々の工程における具体的な職人名前は判らない。

 

上の付下げを製作した大松とは縁続きになる、江戸友禅・大羊居の作品から。糸目の色を見ると、白ではなくベージュに近い乳白色。糸目糊には、模様の雰囲気に合わせて、こうした色のついた「色糊」を使用することもある。

図案としてはオーソドックスな、連山に茶屋辻模様。挿し色の優しい色使いが、上品な模様姿となって表れている。

先ほど、模様によっては使う糊が変わると記したが、基本的に糸目に使う糊には、二通りがある。一つは、もち米の粉と糠を原料とし、そこに塩や石灰を調合して作る「糯米糊(もちごめのり)」。この糊は、配合の仕方で糊の硬軟が決り、それは輪郭線の姿そのものにも、影響を及ぼす。何故ならば、使う糊置職人の力の入れ方一つで、引く糸目が姿も変わるからだ。

もう一つは、化学剤を調合して作る「ゴム糊」。これは、生ゴムの揮発油液にダンマルゴムと亜鉛を混ぜ、そこに微量の群青を加えたもの。糯米糊との違いは、ゴム糊の方が防染力があるため、はっきりとした糸目の線が出やすい点が挙げられる。作家や友禅の作り手たちは、糸目こそが品物の生命線と心得ているため、「どんな糊を使うか」ということは、モノ作りの上で重要な課題になっている。

 

大彦・野口真造の手による江戸小袖「白縮緬地鷹衝立模様」の復元品。鷹の羽として描いた一本一本の糸目も、忠実に再現している。糸目には、輪郭線になっているところと、模様として使っているところがある。また、筋それぞれの細さには違いがあり、一部に擦れも見られる。

鷹の図案を拡大してみた。縦横無尽に引かれた糸目によって、鷹の表情が豊かに描かれている。こうした繊細な糸目は、先金と筒を組み合わせた道具によって生まれてくる。

「筒(つつ)」は、柿渋を貼り合わせて作った和紙を、とんがり帽子のような円錐形にしたもので、長さは15cm前後になっている。この先端を少し切り落として、穴を開けておく。この筒の先を覆うように付けるのが、「先金(さきがね)」である。

先金は、長さ2cmほどの真鍮製で円錐形。使う時には、中金(なかがね)と呼ぶ先に穴の開いた真鍮同形の小さい金具を、内側から補強しながら用いる。模様の中で引く糸目は、先金の先端部にある穴を砥石で磨いて調整して、その大きさ(太・細)を決める。特に細い糸目を引く場合は、針の先端ほどの微細な穴で、作業をする必要がある。

衝立の上に止まる二羽の鷹。美しい羽を持つその姿は、無数の糸目から生み出される。糊置職人は、予め湿らせた筒の中に糸目糊を入れ、親指の腹と人さし指の側面を使い、先金から絞り出すように、そしてまた先金の先端を、少し生地に食い込ませるように加減しながら、筋を引いていく。

それは、元の下絵を忠実になぞろうとするあまり、ぎこちない線になってはならず、また当然ながら、下絵から脱落することも許されない。良い道具、模様姿に合った性質の糊、そして描く職人の優れた技術。この三要素が重なり合うことで、美しく精緻な糸目が生まれる。それが結局、友禅と呼ばれる品物の、全ての基礎となっているのである。

 

今残るほとんどの染織品は、無数の無名な職人の手で、長い間作られ続けてきました。幾つもの工程ごとに、優れた腕を持つ職人がいること。モノ作りにおいて、これほど贅沢なことは無いでしょう。

しかし時代と共に、今や分業の手仕事は「風前の灯」となっています。おそらくこれを残せるか否かで、未来における染織品の存在意義が変わることでしょう。そしてそれは、文化遺産ともいえるこの技を、どれほどの人がきちんと認識して評価出来るかに、関わってくると思います。品物を扱う呉服屋は、責務として、こうした職人の仕事を、機会あるごとに伝えていかなければならない、そう思っています。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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