「クリスマスを前に多くの人と接触することで、祖父母と過ごす最後のクリスマスになってはなりません。」 これは今月9日、ドイツ議会で演説をしたメルケル首相の言葉である。この日ドイツでは、新型コロナウイルス感染による死者が、これまでで最悪の590人となり、新規感染者も二万人を越えて高止まりしていた。
沈着冷静な性格として知られているメルケル首相も、こうした状況下におかれたドイツ国民に対して、感情をあらわに演説をする。それは何度も、握りしめた両手の拳を振り下ろし、時には国民に懇願するように、両手を胸の前に合わせながら。
首相は、例年クリスマスまでの期間、外で暖かいワインを飲んで楽しむ国民の習慣に、一定の理解を示しながらも、「心から申し訳なく思いますが、その代償が命だとすれば、到底容認できません。」と述べている。この演説の姿からは、営業を禁止された店や、犠牲を強いる国民に対して、心の底から詫びる首相の思いが、強く伝わってきた。
ドイツを始めとした欧州諸国やアメリカと比較すれば、まだ日本は死者も感染者も桁違いに少ない。だからという訳ではないだろうが、医療従事者が逼迫する現場の現状を伝えても、政府はまだ経済に重きを置き、思い切った規制が出来ていない。「ブレーキを踏みながら、アクセルを踏んでいる状況」が、依然として続いている。
ただ人々の間には、ここにきて拡大し続ける感染に対し、かなり不安が広がっている。その大きな要因は、国としての方針がどこにあるのか、全く見えていないことにある。そしてそれは、為政者が国民に直接語りかけることを、怠っているからかと思われる。ドイツほど差し迫ってはいないとしても、こうした厳しい局面では、国のリーダーが自分の言葉で、国民に理解を求めることは不可避であろう。
おそらく今の状況では、どの国のどんな指導者でも、立てた対策に批判を受けることは避けられない。だが、今まで経験したことのない、目に見えぬウイルスという敵への対処法など、誰であっても正解は出せないだろう。だから、無節操に政府だけを批判するのも、どうかとは思う。しかしそうした理解の上に立つにせよ、「国民と面と向かって語らない政治家」は、如何なものであろうか。
年末が近づき、一年を振り返る時期がやってきたが、今年は全く働いた実感がないまま、終わろうとしている。呉服屋の仕事など、「不要不急」の最たるものと覚悟しているが、来年はどうなるのか、見通しは全く立たない。
しかし、需要の有無にかかわらず、仕事を続けている姿だけはアピールしていかなければならない。ウイルス収束後、どのような社会が生まれ、生活習慣がどう変化するのかはわからない。けれども、残ってさえいれば、また世間に役に立つ機会も生まれる。
今年最後のコーディネートには、そんな思いも込めつつ、ご紹介することにしよう。
(一越珊瑚色地 正倉院唐花菱模様・色留袖 金引箔地 蜀江正倉院唐花文・袋帯)
色留袖は、なかなか扱いの難しいアイテムである。キモノの品目としては新しく、製作が始まったのは1960年代中頃から。黒留袖に準ずる第一礼装として意識され、これまで用いられてきた。特に勲章授与に際して、宮中へ参内する時の衣裳と理解されているが、古来宮中では、喪に着用する色を黒と定めているので、外部の者が出向く時に着用する「他の色の留袖」がどうしても必要であった。戦後廃止されていた叙勲制度が復活したのが、1964(昭和39)年。それと時を同じくして、色留袖が生まれた。
第一礼装の留袖なので、紋が入る。但し、必ず日向五つ紋を付ける黒留袖とは違い、三つ紋や一つ紋のこともある。近頃は、五つ紋を入れることはほとんどなく、紋数は少なめだ。それはおそらく、キモノが仰々しくなりすぎることを嫌う意識があるからだろう。礼装用なので、当然それなりの格は必要だが、「格が上がり過ぎること」により、使い難くなる場面もあり得る。
こんな色留袖特有の品物としての立ち位置が、着用する側を悩ませる。一口にフォーマルと言えども、場面ごとに格式の上下がある。例えば、甥や姪の結婚式に着用するには相応しいが、子どもの入卒に使うとなると、少し重すぎる。だから色留袖を、どんなフォーマルな場でも使えるとは、なかなか考え難い。
だが、この扱いの難しい色留袖に対し、何とか着用の場面を増やそうと試みる方もおられる。箪笥に仕舞ってあるだけで、あまりに着る機会がない。このままでは、「宝の持ち腐れ」になってしまうと考えるからだ。そんな試みの一つとして、紋を消す手段に出ることがある。格式の象徴・紋を無くすことで、仰々しさを消す。それは、肩と袖に模様の無い「裾模様だけの訪問着」にしてしまうことだ。
こうした取り組みは賛否が分かれるだろうが、色留袖の着用機会を増やす手段として、認めても良いように思う。但し「紋の無い色留袖」になってしまうと、第一礼装としては使えない。言うまでも無く、そこを理解した上での「紋消し」でなければならない。
今日ご紹介するのは、そんな悩ましい色留袖。しかも、このアイテムには珍しい、若いミセス向きの雰囲気を持つ色と模様である。さてどんな組み合わせになるのか、ご覧頂くことにしよう。
(一越地 珊瑚地色 色紙正倉院唐花 菱割付模様 型友禅色留袖・トキワ商事)
色留袖というと、叙勲を始めとするその使い道から、着用する方を50歳以上と想定して、製作されることが多い。だから必然的に、使用される地色がおとなしく落ち着いた色合いにが多くなる。だが今日ご紹介する品物は、こうした傾向とは違い、鮮やかな地色とモダンなデザインを持ち、比較的若い方に向きそうな色留袖と言えるだろう。
この地色・珊瑚色は、少し深めなサーモンピンクの色だが、そもそも色留袖に、こうした明度の高いピンク系を使うことが少ない。ここに紫色を足して色を落ち着かせると、萩の花色・萩色になるが、これならば年配向きとしても使う地色になり得る。色の気配の微妙な違いは、着用年齢を分ける。模様のあしらいが裾だけの色留袖では、地色が着姿の映りに大きく影響するので、色の選択は特に大切になる。
図案は大きく分けて三つ。上前衽から身頃にかけてがメインで、前から後身頃に繋がる図案と、後身頃から下前衽に流れる図案がある。図案の輪郭は、一見三角形の連山模様に見えるが、よく見ると山の重なりではなく、色紙を重ねて置いたもの。
三角に切り込んで重ねた紙には、小さな花菱模様が摺箔であしらわれている。色紙や短冊は、紙そのものに絵や歌を描いて装飾を施す「料紙(りょうし)」になっていて、これをキモノの中で文様として配置されたものが、色紙(しきし)文となる。この色留袖のように、図案の輪郭を構成する役目として用いられることは、珍しい。
この色紙文や、扇の骨を除いた紙部分を使う地紙(じかみ)文は、正方形や扇形の図案を自由に模様の中に配置することが出来るので、効果的な空間を構成できる文様として使われてきた。麗しく絵柄を描いた百人一首やカルタ、扇散らしなどに代表されるが、このように絵の中に絵を置く文様は、江戸期以降に数多く見られるようになった。
三角の色紙の中は、全体を同じ大きさの菱文で区切っている。このように、一定の区画にきちんと図案を割り付けたものを、「割付(わりつけ)文様」と呼ぶ。四方に連続した幾何学文で構成され、これを全体から見た時には、一つの文様となる。この菱文の他に、麻の葉や亀甲、市松などが、割付文の単位としてよく使われている。
整然と並ぶ菱文だが、中にあしらわれている花の図案は、それぞれ違っている。モチーフに正倉院模様的な唐花を使うことで、キモノの雰囲気はよりモダンになる。何とは特定できない唐花は、花弁の数や形に一定の様式が見られるものの、デザインの自由度は高く、作り手の意識次第で現代的な意匠になる。
花弁に刺繍、背景には箔を使う多彩なあしらい。型友禅ではあるが、中の仕事は細かい。模様の配色は、地色の明るい珊瑚色を生かすように、優しい色を使っている。図案は大きくてインパクトのある構成だが、小さな割付模様の連続形なので圧迫感は無く、色合いのせいもあって上品に仕上がっている。
色留袖の意匠としては、重厚感よりもモダンさが勝る品物で、それだけ個性的とも言えるだろう。これは最初にお話したように、堅苦しい「第一礼装専用」の色留袖ではなく、様々な場面で着用出来る色留袖になりそうだ。ではどのような帯を合せれば、品物の特徴をより引き出すことが出来るか。考えることにしよう。
(金引箔地 蜀江正倉院唐花文様 袋帯・帯屋捨松)
捨松の帯には、ヨーロッパ刺繍やペルシャ唐草をモチーフにした、独創的でモダンなイメージがある。だからどうしても、フォーマルよりもカジュアルモノに重きを置くような印象が残る。けれどもそこは、江戸安政年間より脈々と歴史を繋ぐ織屋だけあって懐が深く、古典的文様のフォーマル帯も、こうしてしっかり作っている。
蜀江(しょっこう)文は、八角形とそれを一辺とする正方形を、交互に連続させた幾何学文様。蜀は中国・漢代の地名で、現在の四川省にあたる。ここでは、紀元前2世紀頃から錦を織り出していた。これが蜀江錦で、その代表的な図案が、この蜀江文だったのである。錦が伝来したのは飛鳥時代と早く、法隆寺に伝わる赤い地の錦織のことは、特に蜀江錦と称されている。
この文様は、内側に図案を入れ込むことがほとんどだが、その中でも正倉院系の唐花をよく使う。この帯も、典型的な唐花蜀江文である。この図案のように、中心から外に向かって八弁花を幾重にも重ねたデザインは、正倉院の収蔵品・撥鏤(ばちる)尺(ものさし)に、似たあしらいが見える。そして正方形の中にも、花菱文が付いている。
図案の配色はほぼピンクとブルーで、中心花弁だけが芥子色。蜀江文の配列に従い、二つの色を交互に出している。規則的な図案を生かすために、色合いも極めてシンプル。その単純さがあるからこそ、この独特な文様が際立つ。
こうして見ると、色留袖の割付花菱と帯の蜀江文は、どちらも規則性が高く、しかも中に入るモチーフは、共に正倉院唐花。つまりは、図案の構成がよく似ているモノ同士とも言えるだろう。では、コーディネートするとどうなるのか、試すことにしよう。
どちらも一定の規則がある文様なので、合わせると「カチっとした」着姿になる。図案だけを見れば、双方ともに「カクカク」していて、少し堅苦しく感じるが、そこはキモノの地色・珊瑚色の柔らかさと、ピンク唐花の優しい帯模様で補われている。
こうして見てみると、やはりキモノの菱唐花と帯の蜀江唐花のデザインは、かなり近い。偶然ではあるのだが、ここまで文様がリンクするコーディネートも珍しい。
帯の前合わせ。前に出す唐花の色をピンクにするかブルーにするか、それにより少し雰囲気が変わる。ピンクだと華やかさが増し、ブルーでは引き締まる感じになるだろう。
帯の前模様にピンク唐花を出す前提で、小物を合わせてみる。帯〆・帯揚げ共に、キモノ地色と帯唐花の色を意識して、それと近いピンク系でまとめる。第一礼装を強く意識する場面では、黒留袖同様に、白に金銀糸が入る小物を使うが、もう少し緩いフォーマル使いでは、こうした合わせ方も可能になる。(帯〆・龍工房 帯揚げ・加藤萬)
今日は、色留袖をフォーマルの場面で多様に着用することを想定しつつ、コーディネートを考えてみた。条件としては、紋を一つ紋で抑えておくと、使う場所が広がりやすいと思われる。また最初から第一礼装を意識せずに、訪問着と同じように使うことを考えることも、あって良いのかも知れない。その場合は、紋を付けずに使うことや、加賀紋を入れることも視野に入るだろう。
しかしこうした考えは、「格を落として色留袖を使うなど、とんでもない」という方には、到底受け入れられない。正直なところ、バイク呉服屋も原稿を書いていながら、柔軟に色留袖を使うことが良いのか否か、迷っている。ただそうは言っても、箪笥の中に眠らせておくには、あまりに惜しいアイテムである。皆様には、何とか活躍の場面を探して、ぜひ着用して頂きたい。
最後に、今日ご紹介した品物を、もう一度どうぞ。
今年も、一年12か月それぞれのコーディネートをご覧頂きました。フォーマル・カジュアルと偏りのないように、そしてまた出来る限り、季節に相応しい品物を用意して、組み合わせを試してきました。
ですが、お目に掛ける品物は、自分が好きで仕入れたものばかりなので、どうしても色や模様に偏りが出てしまいます。そして当然、合わせ方や小物の選び方も、同じパターンに陥りがち。そこは重々、自分でも承知しているのですが、変えることは本当に難しいですね。
見て頂く皆様には、様々なご感想があると思いますが、品物を選ぶ時、あるいはコーディネートを考える時に、少しでもこの稿が役に立っているとすれば、それだけで嬉しくなります。今年は、和装を楽しむ時間を持つことが、とても難しい一年でしたが、来年こそは、普通に誰もが手を通すことが出来るようにと、切に願いたいです。
今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。