「カエルの子は、カエル」とよく言われるが、今でも、親と同じ職業を選ぶ子供は結構いるように思う。特に目立つのが政治家。現在衆参両院の議員世襲率は、優に過半数を超えている。議員になるために必要な三つの条件、「地盤・看板・鞄」が最初から備わっているのだから、やはり恵まれている。もしかすると、政治家としての当人の資質に関わりなく、親の代からの支援者に求められれば、継がずにはおられないというケースもあるのだろうか。能力のある者なら良いが、そうでなければ、これは勘弁願いたい。
スポーツや芸能の世界でも、二世や三世の存在は目立つが、実力の世界なので、政治家のような親の威光はまったく通用しない。そのため、大成しないまま終わる者も多い。親が偉大であればあるほど、比較される。だから安易に同じ道を歩くと、後悔することにもなりかねない。
その昔商家でも、子どもが家の跡を継ぐことは当たり前だった。当主である親は、子どもの資質を考えながら、後継者を決める。最初から長男と決めることも多いが、あえて男の子には家を取らせず、女の子に婿を選んで跡継ぎにするケースもあった。商家には不文律の家訓があり、それに従って大切な後継者を選んでいた。商いを継続するため、そして一家の繁栄を維持するためには、きちんとした跡継ぎを育てなければならない。これは当主に課せられた、最も重要な任務だった。
この「家の後継問題」は、家父長制度が深く関わっていたと考えられるが、戦後は次第にそれが薄れ、現代のように家よりも個人が尊重される時代になるにつれ、完全に変容した。子どもの未来は、子ども自身が決めることが、当たり前。親が決めることなど、何一つない。また、口を出してはいけない時代になったとも思える。
我が家にも、三人の女の子がいた(皆、社会人として家から離れて働いているので、過去形になる)のだが、家業に目を留める者は、誰もいなかった。うちの場合は徹底しており、就活の時さえ何の関心も示さない。もちろん、それぞれに就きたい仕事があったので、それはそれで結構なことである。
手前みそにはなるが、我が家の人間関係は非常に良好で、私や家内と娘たち三人の仲は良い方だと思う。だが親の仕事に関心を持つか否かは、別の話だ。そして彼女らに、家を継ぐとか、家を守るという意識はほとんどない。このような経過を辿っているので、この先誰かが、帰ってきて呉服屋を継ぐことはほぼ絶望的、と言っても良かろう。
昔なら、跡継ぎを作れなかった当主(バイク呉服屋)の責任は重大であり、世間から咎めを受けていただろう。けれども、今は令和の時代である。多くの人が、「仕方がない」と許してくれると思う。
さて、後は継がない娘たちではあるが、キモノを着ることは嫌いではないらしい。そして、「門前の小僧、習わぬ経を読む」のたとえの通り、教えもしないのに、ある程度質の良し悪しを理解し、コーディネートにも自分らしさを出そうとする。
今日は、そんな三人の娘が選んだ浴衣姿をご紹介しよう。それぞれの個性に合わせて、品物をどのようにコーディネートしているのか、ご覧頂くことにする。
三姉妹の浴衣姿。画像左から、長女・次女・三女。浴衣はすべて、竺仙の品物。
ブログで紹介してきた「娘たちのキモノ」シリーズ。七歳祝着・振袖・小紋に次ぎ、今回で四回目となる。これまで娘たちが着用してきた品物は、ほとんどが古い品を手直ししたモノだったが、今回は、全て新しく誂えている。私としても、浴衣くらいなら、新しく作っても許せる。
それぞれの娘が、何を選ぶか。それはまず、家内がコーディネーターとなって、気に入りそうな品物を選ぶところから始まる。彼女は、娘の好みを理解しており、そこに各々の顔立ちや体形を考えつつ、どのような着姿にすれば良いかを考えていく。
そして、一人ずつ浴衣と帯の組み合わせを数パターン用意し、画像をスマホで送る。もとより三人とも離れて暮らしており、会う機会も限られているので、実際に品物を見て選ぶことは、難しい。うちでは、お客様との商いは必ず対面だが、娘の品物となると、「リモート」になってしまう。
ただ娘たちも、店で扱っている品物の質は理解しているので、画像だけで判断できる。そして、母親のセンスも認めているので、送られてきた品物の中から十分選ぶことが出来る。では、それぞれにどんな着姿になったか。長女の姿から、ご紹介しよう。
(浴衣:藍地コーマ・揚羽蝶模様 帯:水色と白無地・リバーシブル麻半巾帯)
三人の身長は、いずれも163~4cmくらいで変わらないが、長女が一番華奢で線が細い。洋服でも、ビビッドな色とシンプルな図案を好むが、その傾向がこの浴衣と帯にも表れている。
浴衣には珍しい揚羽蝶模様だが、上背があるので、このくらい一つ一つの図案が大きい方が着映えがする。爽やかな藍地に、白く抜いた蝶。色を挿さない浴衣は、よりシンプルで涼やかに見える。生地は、最もポピュラーなコーマを使っている。
帯は、優しい水色の麻無地。浴衣が藍なので、同系の柔らかい帯色を使うと、着姿全体も和らぐ。この麻半巾帯は、表が水色で裏が白地のリバーシブル仕様。こうして結んだ姿を見ると、少し覗いた裏の白がアクセントになっている。
全体を紺や青だけでまとめると、夏らしさの中にも落ち着きが見られる。藍に白抜きや紺に白抜き、また逆の、白地に藍や紺抜きの浴衣は、合わせる帯により印象がかなり変わる。伝統的な浴衣は、着用する人の年齢や好みに合わせて、バリエーションが付けやすいと言えよう。
蛇足だが画像をよく見ると、浴衣の色とリンクした水色のぺディキュアを塗っている。「コガネムシみたいな変な色」と長女に言ったら、「別にいいでしょ」と怒られてしまった。こうした趣味は、とても私には理解できない。
(浴衣:生成色綿紬・クローバーに蜻蛉模様 帯:ピンク色無地暈し・麻半巾帯)
次女も細身だが、顔が割とふくよかなので、ギスギスした印象を受けない。濃い地色もパステル系の色も、彼女は上手く着こなす。色白なので、こうした生成地色を使うと、なお優しく見える。
モチーフは大きなクローバーと蜻蛉。配色も淡く、暈しを多用しているため、全体的にふんわりとした着姿になっている。長女の姿はキリリとしているが、次女の姿には女の子らしさが出ている。
帯は、長女と同じ麻半巾だが、こちらは暈しが入っていて両面同じ。通常より少し広い帯巾(4寸3分)には、若々しく見せる効果がある。クローバー配色の中のピンクを、帯色に使う。着姿として、一番可愛くなる色を選んでいるところが、次女らしい。
大学に入ってまもなく、この娘はピアス用の穴を耳に開けた。その時「親に貰った大切な体に、勝手に穴なんぞ開けて」と嗜めると、「ほっとけ」と一喝されてしまった。一見おとなしそうに見えるが、なかなかのクセモノ。父親が苦手な数学と理科を得意とするこのリケジョには、理解不能なところが多々ある。
(浴衣:藍地コーマ・撫子模様 帯:山吹色・首里道屯木綿半巾帯)
末っ子は、長年スポーツで体を鍛えているので、肩幅が広くガッチリとした体格。身長は二人の姉とほぼ同じだが、胸元が広いだけに衿がピタリと収まり、恰好が良い着姿に映っている。
選んだ浴衣は長女と同じ、藍コーマの白抜き。図案も大きめな撫子だけのシンプルなもの。すっきりとした姿になるのは、先の蝶模様と同様。ということは、合わせる帯が重要になる。
藍色と相性の良い黄色を使うと、着姿が引き締まり、若さも出せる。同じ藍白抜きでも、長女のように同系色でまとめた姿とは、まったく雰囲気が異なる。撫子柄の浴衣なので、花の色・ピンクの帯を使っても可愛いが、末娘は体型的に黄色の方が似合う。
人当たりが良く、いわゆる愛されキャラなのだが、計画性というものがまるで身に付いていない。小さい時から机に向かうことがほとんどなく、体だけを動かし続けてきたので、考えるより先に行動に走るのは仕方ないことか。こんな野放図な性格は、どうやら私に似たらしい。
三人三様の娘たちの後姿。偶然だが、帯が信号機のように三色に分かれている。こうして三様の着姿を見てくると、色、図案ともにシンプルであっさりした品物を選んでいることが判る。特に帯は、三人とも色は違えど、ほとんど無地に近い。
長女は、同系合わせで、少し大人っぽく。次女は、浴衣配色のピンクで、可愛く。三女は、黄色い帯で引き締めて。それぞれが、自分の好みや体形に合わせて、間違いのない選択をしている。これも、最初に品物を提案した家内の力が大きい。やはり娘のことを一番理解しているのは、母親かと思う。
今日ご覧頂いた浴衣画像は、昨年9月初旬に椿山荘の庭で撮影したもの。三人の娘たちは、毎年揃って母の日のプレゼントを家内に贈るのだが、昨年は「椿山荘一泊ご招待」だった。家内は、この日の思い出として、みんなで浴衣を着ようと計画。庭が美しいことで知られる椿山荘だけに、三姉妹の浴衣もそれなりにきれいに写っている。
なお、父親のバイク呉服屋は、週末に店を閉めることが出来ないので、不参加だった。家内や娘たちからは、「来れば良いのに」と誘われたけれども、どうにも面倒である。一年に一度くらい、女子だけが楽しむ時間があって良いと、私は思っている。
うちの娘たちは、小学校まで店の上に住んでいたので、毎日品物を見て育ちました。しかし物心がついてからでも、キモノや帯について、私や家内と話をしたことはありません。もちろん今も、呉服屋の仕事については、ほぼ何も知りません。けれども、「自分が似合うモノ」は、きちんと理解しているように思います。
環境が感性を育てることは、確かにあるでしょう。人には、理屈抜きで備わる「モノの見方」があるようです。誰も後は継がなくても、娘たちには自分らしくキモノを嗜む心を、持ち続けてもらいたいものですね。
今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。