一昨日、京都日帰り出張を敢行した。呉服を扱う問屋やメーカーでは、月初めに売り出しや新作発表会を行うが、師走には、一年を締めくくる「歳の市」と銘打って、バーゲンを行うところも多い。
今回の仕入れ目的は、紫紘の帯。この老舗帯メーカーでは、通常ほとんどバーゲンをしないが、年にたった一度、それも一日だけセールを実施する。それが、毎年12月最初の月曜日なのである。例年だとバイク呉服屋は、この時期納品に忙しく、これまで一度も行ったことは無かったが、今年は運よく時間が出来た。店の棚に、紫紘の帯在庫が少なくなっていたこともあり、思い切って出掛けてきた。
東京発朝7時の新幹線に乗ると、京都には9時半に着く。三条通の紫紘展示会場に直行し、6本ほど品物を見分けたが、まだ午前中だ。京都まで来て、他の取引先に挨拶無しというのも、愛想がない。そこで午後から、松寿苑、トキワ商事と室町の染問屋を廻り、さらに北山にある帯の買継ぎ問屋・やまくまでカジュアルモノを少し仕入れ、最後に東洞院通の紬問屋・廣田紬に寄って、白大島を二点仕入れた。
最初は紫紘のフォーマル帯だけを数本買う予定が、結局少しずつだが、立ち寄った問屋全てで仕入れをしてしまう。これだから、何時まで経っても、問屋の支払いとは縁が切れない。
この日は朝から雨が降っていたが、意外に暖かい。コート無しでも十分に外歩きが出来る。西陣から今出川の駅に出たところ、烏丸通り沿いの銀杏には、まだ葉が多く残っている。特に、同志社大学付近の並木は、色鮮やかで美しかった。今年は全国的に10月の気温が高く、各地で紅葉の見頃が二週間ほど遅れた。温暖化の影響は、こんな季節のうつろいをも変えつつある。
一般的に、コートが欲しくなる気温は15℃以下とされ、10℃以下になると厚手のものが必要になる。キモノの場合でも、コートや羽織を使う目安は、やはり15℃くらいだろうか。帯付きで街を歩く姿が寒々しく感じられるのが、凡そ、このくらいの気温ということか。東京の11月の平均気温は17℃、それが12月になると12℃に下がる。それを考えると、例年では丁度今頃からが、上に羽織るモノの出番となる。
そこで今日は、新年に向けて誂えて頂いた二点の羽織を、皆様にご覧頂こう。どのような品物を使い、それをどのようなキモノに合わせて選んだのか。皆様が、羽織を考える上で、少しでも参考になれば良いのだが。
今回、長い羽織として誂えた二点の小紋。
日常生活の中にキモノが溶け込んでいた昭和の頃には、羽織は無くてはならないアイテムだった。現代のように、気密性が高い住宅環境ではなく、暖房設備も不十分だった当時の家々において、羽織は防寒の役割を担っていた。またコート類とは違い、家の中でも脱ぐ必要がないので、近所への買い物やちょっとした外出の際も、家での羽織姿そのままで出掛けていた。
この時代、お客様が普段使いのウールや紬を求める際には、同時に、それに見合う羽織を選ぶことが多かった。今、多くの家の箪笥に、祖母が着尽した羽織が数多く残されているのは、こんな理由からである。
女モノ羽織丈の長さは、時代によって変化しており、明治から大正期には、竹久夢二が描いた女性の姿にも見られるように、かなりの長丈であった。その長さは、裾から2~3寸上がった膝下くらいが多く、だいたい7~8分丈になっていた。
この傾向は戦前まで続くが、戦後になって急速に短くなる。特に、一般家庭の日常着として、キモノが広く普及していた昭和40年代では、長さは腰が隠れるか否かくらい。鯨尺で言えば、2尺から2尺2寸くらいが目安だった。
日常の中からキモノが消えると共に、羽織も姿を消していたが、平成の中頃になってから、その存在を見直す方が少しずつ現われた。もちろん防寒の意味もあろうが、多くは、羽織姿に格好良さや美しさを感じたからと思われる。
そして今、新しく羽織を誂える方は、ほとんどが丈を長くされる。戦前ほどの長丈ではないものの、膝上あたりの長さを希望される人が多い。これだと、羽織やコート専用の反物・羽尺では長さが足りず、キモノ用の反物・着尺で作らなければならない。昭和の頃に流行した短い丈の羽織ならば、要尺の短い反物で十分間に合ったため、専用の羽尺という反物があったが、現在はほとんど生産されていない。
ということで、現在羽織に使っているアイテムは、ほとんどが小紋になる。けれども小紋ほど、模様や色が多様な品物も無い。薄地あり濃地あり、総柄あり飛び柄あり、図案に使う意匠も大きさも、品物によりまちまちである。
誂える方にとって、どのような小紋を選ぶかは悩ましいが、選択肢が広いだけに、選ぶ楽しさもある。合わせるキモノの色や図案を考えて選ぶ方、季節感を前に出した品物を選ぶ方、自分の体型を重視して見合うモノを選ぶ方など、様々な選び方がある。もちろん、「こうでなければ」というルールはなく、自分の好みで自由に選べば良い。
今日はその中から、柔らかい地色の総柄小紋を長い羽織とした品物を、御紹介しよう。
(浅緑色 市松ぼかし松葉菱模様 小紋・松寿苑)
ブログの読者には、この小紋に見覚えのある方もおられるだろうが、この品物は今年1月のコーディネートで、一度御紹介している。松の葉を使った菱市松は、全体を見ると井桁を組んだように見える。松は、堅い植物文の代表格なのだが、一見してそれと判らないほど、図案化されている。もちろん、キモノとして使ってもモダンな姿になるが、これをあえて羽織として使った。
この小紋図案のモチーフ・松葉菱
お客様が、この小紋を羽織に選んだ理由は、幾つかある。それはまず、合わせるキモノとして、白大島を考えたことであろう。清潔感のある白地のキモノに、浅緑色のようなパステル色の羽織を羽織ると、柔らかくはんなりと映る。おそらく、着姿にそんなイメージを膨らませたからかと思う。また、最初に使う予定がお正月だったこと。羽織の図案・松葉菱は、新年の装いとしても相応しいと考えられたからではないか。
羽織として仕立て上がった松葉菱小紋・後姿
総柄の幾何学模様だが、所々に配されている黄色暈しの松葉菱がアクセントになり、平板さを消している。また、仕立てをしてみると、松の実を表現したターコイズブルーが、案外目立つ。地色の柔らかさを生かした、極めて上品な羽織姿になっている。
羽織として仕上がった松葉菱小紋・前姿
この小紋は、このように羽織として使っても、またキモノとする場合も、模様全体が、「井桁菱」になるように仕立てを工夫する。つまり、小紋でありながら、柄合わせをしなければならないのだ。
画像を見て頂くと、羽織の身頃と衿、袖の模様が、それぞれ斜めに一直線で繋がっているのが判ると思う。これは前姿だけでなく、後姿も同様。仕立において図案の規則性を崩してしまうと、この小紋の雰囲気は大きく変わってしまい、品物そのものの魅力を損ねる。
羽織紐は、羽織の優しいイメージを崩さないように、同じパステル系のサーモンピンク色を使う。また、着姿からは隠れているが、羽裏も柄モノではなく、柔らかい若草色の無地ぼかしにする。
着用されるお客様は、小柄な方。だから羽織として、あまり重々しくならないことが大切になる。この羽織ならば、「ふんわりと優しく羽織っている」イメージを、見る人にも与えるように思う。
(黄土色 クローバー模様 小紋・松寿苑)
キモノのモチーフとしては珍しい、クローバー模様。和名では、白詰草。三枚葉が基本だが、稀に葉形が変異して四枚になる。この四つ葉クローバーを見つけた人には、幸運が訪れると言い伝えられていることは、皆様もよくご存知のこと。地色の黄土色は、先ほどの浅緑色小紋と同様に、柔らかく優しい色。また、ランダムに横たわったクローバーの姿が自然で、模様そのものが可愛い。
この小紋図案のモチーフ・クローバー
この小紋を羽織として選んだお客様は、合わせるキモノに薄グレー地の与那国紬と、深い紫地色の大島を想定した。着姿を考えれば、与那国だと、薄い色同士の組み合わせでなお優しくなり、大島に使うと、キモノの色を抑えて着姿に柔らか味が生まれてくる。模様のクローバーは、白詰草の名に相応しく、白だけで表現されていて、地色の黄土色が前に出ている。このシンプルな姿が、合わせるキモノの範囲を広げている。黄土色に限らず、ベージュ系の色は、どんな色と合わせても自然に馴染む特性を持つ。
羽織として仕上がったクローバー小紋・後姿
松葉菱小紋も、黄色暈しを配して、模様に変化を付けていたが、このクローバー小紋でも、丸く白抜きした箇所が所々にあり、それが羽織になった時に、飛び柄のような姿として浮かび上がっている。挿し色の無いシンプルな小紋でも、こうした工夫で個性的な品物となる。
羽織として仕上がったクローバー小紋・前姿
白く地を抜いた箇所のクローバーには、金を使っている。ほんの僅かな施しだが、暈しを印象付ける役割を果たしている。こうしたセンスが、図案を考える上では必要で、それが品物を面白くする。
羽織紐は、地色の黄土色より少し濃い、橙色を使う。紐を地色と同系でまとめると、羽織全体の雰囲気を、そのまま着姿に反映出来るように思える。見えない羽裏も、クリーム色で優しく。
こちらの羽織を着用される方も、小柄な方。挿し色は入らなくても、モダンで可愛いクローバーの特徴を生かし、優しく、品良く、しかも使い勝手の良い羽織として仕上がっているように思う。
羽織にした二点の小紋は、いずれも「バイク呉服屋好み」のパステル色で、明るくモダンな雰囲気を持つ品物。無論、羽織として使う小紋は、こうしたものばかりでなく、重厚感のある大柄や、鮮やかな色を持つ紅型、また旬を意識した植物をモチーフにしたものなど、多種多彩な品物がある。
羽織を選ぶ基本となるのは、キモノや帯を選ぶ時と同じく、着姿としてどのようなイメージをお客様が想定するのかということになるだろう。皆様も自分らしい羽織を探して、ぜひ手を通して頂きたい。カジュアルの装いは、自分が好きなものを、自由に着る。ただそれだけで良いのだから。
最後に、今日御紹介した二点の羽織を、もう一度どうぞ。
呉服屋の棚に並ぶ品物には、店主の好みが如実に表れますが、カジュアルモノでは、それがより顕著になってきます。経営的なことを優先すれば、本来仕入れの際には、売れる可能性が高いモノを選ばなければなりませんが、そんなことは二の次で、単純に「自分が好きか嫌いか」だけが、基準になっています。
ですが、そもそも呉服屋の商いなど、何が売れ筋かを見極めることなど無理で、自ずと自分の感覚頼みになるのは、どうにも仕方がありません。
年々、自分の趣に合う品物を見つけることが難しくなっていますが、出来るだけ足繁く取引先を歩き、探す努力を怠らないようにしたいと思っています。しかしそうは言っても、「京都日帰り仕入れ」は、さすがにキツイですね。
今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。なお、次回のブログ更新は、パソコンの入れ替え作業により、通常より少し遅れるかも知れません。何卒、ご了承頂きたく思います。