「くでになる」と言われても、山梨県人以外の方々は、何のことかさっぱりわからないだろう。「くで」とは、「こんがらがる」とか「絡まる」という意味の甲州弁で、紐と紐がくしゃくしゃに重なりあい、解けなくなった状態の時に、よく使う。
また、紐を人間関係に例えて、利害が複雑に絡み合った人同士や、有りがちな恋愛事情・三角関係や四角関係に陥った時などにも、「くで」を使う。だが何故「くで」が、絡まるという意味になったのだろうか。もしかしたら、く=苦、て=手で、解く人の手を苦しめるという意味からかと想像出来るが、詳しいことは全くわからない。もし語源を知っている方がおられるなら、ぜひお教え願いたい。
荷作りは、呉服屋として一番最初に覚える仕事の一つ。品物を問屋や職人に送ったり、時にはお客様の家へも発送する。品物は、折れ曲ったりシワだらけになれば、時として価値を失うことすらありえる。高価なモノだからこそ、常に丁寧な扱いが求められる。だから、運送屋が運ぶ途中で、形が崩れることのないように、きっちり荷作りをしなければならないのは、当たり前のことだ。
通常品物は、きれいなダンボールに専用の紙を敷き詰め、全体を覆うようにして入れる。特に問屋では、入れる反物数に応じた大きさのものを準備しており、絵羽モノや帯を専用に入れる箱もある。
そして、梱包の方法を見れば、その会社の姿勢が判る。丁寧に荷作りをするところは、やはり品物を丁寧に大切に扱うが、いい加減な荷作りをする会社は、扱いがぞんざいになっている。こうした姿勢は、商いそのものにも関わってくるように思える。たかが荷作りという無かれ、恐ろしいことに、これが全てのことに通じてしまうのだ。
荷作りは、箱にきれいな茶紙を巻き、最後にきっちり四手紐をかけて、終わる。昔の呉服業界では、この紐の掛け方と結び方に独特な方法があり、駆け出しの者は、まずこれを覚えなければならなかった。一本の紐を使い、真ん中に結び目を作りつつ、前後左右二重に紐を掛ける。最後の結び方は特殊で、文章では中々説明し難い方法だが、とにかく絶対に解けることのないコブ結びである。
荷作りを終えたとき、四方向の紐が箱の中心できっちりと交差して結んであると、きれいな姿に見える。昔は、紐のどこかが緩んだり、ねじれていたりすると、叱られたものだ。紐をきちんと結ぶことは、荷作りの良し悪しを左右し、送り先に与える印象も違ってくる。
さて今日は、組紐の話の続き。荷作り紐ではないが、やはり帯〆が決まっていると、着姿が決まる。前回は、組紐の長い歴史を雑駁に振り返ってみたが、今回は帯〆を使って、その多彩な種類と技法をお話し、それぞれどのような場面で使われているか、具体的にご覧頂くことにしよう。今日はまず、フォーマルに使う品物から。
未婚女性の第一礼装・振袖用の帯〆。
言うまでも無く帯〆は、現在最も組紐の技術を体現している品物である。和装にはどうしても欠かすことは出来ないものであり、着用する場に応じて、それぞれ相応しい品物がある。フォーマルでは、キモノや帯をより華やかに引き立たてる格調高い紐を使い、カジュアルでは、着用する方の好みにより、様々なものが使われる。
使っている糸の色、あるいは組み方の違いにより、帯〆の表情は変わり、何を使うかで着姿の印象が変わる。帯〆は、着装の最後に結ぶもの、つまり体操の着地と同じである。だからここが決まると、自ずと着姿も決まってくる。
お客様からは、「小物選びは楽しいけれども、とても難しい」との声をよく聞く。場面ごとに着用するキモノや帯が変わるように、帯〆も変わるので、その都度対応していくことは、厄介なことかもしれない。ということで稿の中では、少しでも皆様の参考になるように、キモノのアイテムごとに、帯〆の種類を見ていくことにしよう。
(フォーマル婚礼用帯〆 黒留袖・色留袖用 高麗組)
婚礼の装いで使う紐は、白や金、銀糸で組んだものだけを使い、他の色が入ることは無い。帯〆も、第一礼装を恭しく調える役割を担っているため、やはり格調の高さと流麗さが求められる。
上の画像は、表面に模様を表現した高麗(こうらい)組の平紐。図案を組み込むことを、「柄出し(がらだし)」と呼ぶが、あしらわれた模様が、紐に存在感を与える。礼装に使う帯〆には、このように柄の付いたものをよく使う。
高麗組の大きな特徴は、紐の上で自在に図案を表現出来ること。それ故に、デザインやそれに伴う糸の色配置で、紐の姿が変わっていく。それは、作り手のセンスがそのまま紐に表れることとなり、この辺りは、キモノや帯を創作することと同じである。
花菱模様を柄出しした高麗組。模様は、金糸を詰めた花菱と金糸を輪郭に使った花菱。
このように、礼装用帯〆には無くてはならない金銀糸だが、その糸質には違いがあり、本当の金箔を使う糸と、金の色を着色した糸とに分かれている。以前、帯の原材料糸についてお話したことがあったが、製造過程に大きな隔たりがある本金糸と着色糸(蒸着糸)の双方を使っている点では、帯も帯〆も同じである。
本金糸は、まず圧延した金箔を切り取り、漆を引いた和紙に手で押していく。これを裁断専門の職人が細かく裁ったものを、芯糸に撚りこんで箔糸とする。一方の蒸着糸は、テトロンやポリエステルフィルムにアルミや銀を蒸着させ、そこに金色塗料で色を付けたもの。どちらも金糸には変わりは無いが、その内容には大きな差が出来ている。
つまり、帯〆の中に表れる金色も、原料に大きな違いがあり、それが価格の差となって表れる。現在は、本金糸を使用している紐は少なく、ほとんどが蒸着糸だが、たまに「本金糸使用」と表記された品物を見かけることがある。上の画像の三本は、いずれも蒸着糸を使っていると思われる。
(フォーマル礼装用帯〆 振袖用 二枚の画像とも高麗組)
同じ礼装用でも、未婚の第一礼装・振袖に合わせる帯〆は多彩。デザイン、配色、組み方の違いで、様々な表情を見せる。
画像の4本はいずれも、最初の留袖用と同様に、模様を柄出しした紐。組み方も同じ高麗組。最初の赤・黄・若草の三本は、金糸のみで花模様を浮き立たせているが、後の赤・緑の二本は、色糸を混ぜて模様を表しているので、より立体的に見える。
組紐は、組み方によって使う組台(くみだい・組紐を組むために使う木製の台)を使い分ける。一般的に使う台は、角台・丸台・高台で、特殊な紐を組む台として、綾竹台・内記台・籠打台などがある。
高麗組には高台(たかだい)を使うが、この台は最も複雑なものを組むことが出来、組む紐のほとんどが平紐。高台は、畳半畳ほどの大きなもので、側面左右に様々な色糸の玉を配置する。組み方は、手順を記した模様の設計図・「綾書き(あやがき)」を元にし、左右二段に付いたコマに玉を掛け、竹箆で打ち込みながら組み上げる。
高台は、江戸時代に考案されたものだが、模様を表現する高麗組や貝の口組みは、この台で組まれる。武士は、自分の刀に付ける紐・下げ緒に、文字や模様の施しを求めたが、こうした趣向の流れが、新たな組台・高台の開発へと繋がったと思われる。
(フォーマル礼装用帯〆 振袖用・高麗組)
これも高麗組だが、これは、代表的な組紐産地の一つ・伊賀で作った帯〆。作った職人は、伝統工芸士の田中節子さん。
忍者の里としても知られている三重県・伊賀地方。伊賀の中心・上野市で本格的に組紐作りが始まったのが、明治中期の20世紀初頭。東京で組紐を学んだ広沢徳三郎という人物が、上野市に帰って工房を開いたことが始まりとされる。伝統的に伊賀の組紐は、高台で組む紐が主流だが、手組み高麗組は、現在その多くが伊賀で生産されている。
(フォーマル礼装用帯〆 訪問着・付下げ用 畝打組・貝の口組)
訪問着や付下げに使う帯〆も、留袖や振袖用と同じように、紐に模様をあしらう「柄出し」の平紐を良く使う。画像で判るように、御紹介した紐の配色は二色で、模様も金を散らした程度。もちろんもっと模様を凝らした紐もあるが、シンプルな方がコーディネートしやすい。こうした品揃えになるのは、扱っているバイク呉服屋の趣味による。
一枚の高麗組を二本連結したように見える紐姿。紐全体が畝のように見えることから、畝打組(うねうちくみ)の名前が付いた。これも、江戸の刀下げ緒としてよく使われた組紐。この紐のように、同系色濃淡やぼかしを表現したものが多い。フォーマルを意識して、ところどころに金糸を組み入れている。高麗組同様に、高台を使って組む。
同じ畝打組の紐で、配色違いの3本。訪問着や付下げ用の紐は、着用する方の年齢や品物により、帯〆の色や組姿が変わるので、その合わせ方は何通りにも考えられる。
着姿全体を優しく仕上げるのであれば、淡い色合いの紐を、またインパクトを付けたければ、少し引き締まった濃い色を使う。多様な着姿に対応するためには、様々な帯〆を置かなければならないが、やみくもに何でもあれば良いというものでもない。紐の色や種類を絞ると、コーディネートの範囲は限られるが、かえって考え方が単純になり、スムーズに小物合わせが進むこともよくある。
今日はフォーマル帯〆を使って、組み方と種類を御紹介したが、やはり礼装用ということで、格調の高さや優美さを優先するために、高麗組や畝打組のような「柄出し」のものに偏ってしまった。もちろん、フォーマルに使う紐は、この他にも沢山あり、今日はほんの一部を例として見て頂いたに過ぎない。
次回のカジュアル編では、もう少し多彩な種類と組み方を御紹介出来るかと思う。
キモノや帯には「染と織の技」が、帯〆には「組む技」が駆使されています。和装の中では、どうしても染織に注目が偏りがちですが、組紐にも、染や織に劣らぬ歴史と技の変遷があり、とてもではないですが、簡単に理解の及ぶものではありません。
紐は、モノを結びつけたり、吊り下げる道具として、それこそ人類が生まれてからずっと、日常生活の中で使われてきました。そんな身近な道具を、美しく形作る。こうした「用の美」を求める人の心が、一本の帯〆の中に受け継がれているように思えます。
さりげないけれども、無くてはならない和装小物・帯〆。どうぞ皆様も、少しだけ注目してご覧になって下さい。今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。