最近、「大人可愛い女性」とか「大人可愛い着こなし」などと耳にすることがよくあるが、はて、「大人可愛い」とはどのような人、あるいは着姿を指すのだろうか。具体的な「これ」という指針がないので、何とも判り難い。
そもそも「大人」の女性とは、どんな人なのか。こう聞かれても、漠然としていて、すぐにきちんとした答えは出すことは難しいが、バイク呉服屋が想像するところでは、「思慮深く、思いやりのある落ち着いた方」といったところだろうか。そしてここに、「可愛さ」をプラスするとどうなるのか。可愛さとは、一体何を持って「可愛い」と評されることになるのだろう。
どうにもわからないので、この言葉の定義を色々と調べてみたが、判然とはしない。しかしどうやら、大人らしい振る舞いの中にも、子どものような遊び心と無邪気さを合わせ持つことが、基本になっているらしい。つまりは、年齢には関係なく、自分が「可愛い」と思えることを大切にする、ということになるのだろうか。
この「大人可愛い」を古語から探すと、それは「愛敬(あいぎゃう)」に当たるように思う。愛敬とは、あの「男は度胸、女は愛嬌」のあいきょうに発展した原語である。
「あいぎゃう」は元々、慈悲深い仏の温和な人相・愛敬相(あいぎゃうそう)に端を発した言葉であり、古来は「敬う」という意味で用いられてきたが、それが中世以降は「思いやりがある」とか「優しい、可愛い」に転じて使われるようになり、現代の「愛敬・愛嬌」となった。
いくつになっても可愛く、愛嬌のある大人の女性は、やはり魅力的である。そこで今日は、この「大人可愛い姿」を、夏の和の装いとして考えることにしたい。ただこれは、あくまでバイク呉服屋が想定する「可愛さ」なので、読者の方には違和感を持つ方もおられようが、そこはお許しを願いたい。
花びら散しと亀甲。どちらも可愛くモダンな小千谷絣縮。今日は、この二点の麻キモノを使って、大人可愛い姿を作ってみる。
浴衣以外で、気軽な夏キモノとして使えるカジュアルモノを考えると、やはり麻素材の小千谷縮が思い浮かぶ。風を通し、吸湿性にも優れている麻は、見た目にも涼しく、着心地も軽い。難点は、生地に少しゴワツキがあることと、シワになりやすい点だが、夏の日盛りで着用することを考えれば、まずは最適な素材であろう。
そして麻モノの中でも、小千谷縮には、シャリシャリとした独特の生地感がある。これが、さらりとして気持ちの良い肌触りを生み出し、麻の心地良さを高めている。細い緯糸に強い撚りをかけて織り上げた布を、二週間ほど雪の上でさらした後に、湯の中で手揉みをして撚糸の一部を解く。人の手で丁寧に一反ずつなされるこの工程を経ることで、生地にちりめんのようなシボが生まれる。この「シボ出し」こそが、小千谷縮の大きな特徴である。
夏キモノとして優れている小千谷縮だが、柄行きは、無地モノや縞、格子が多い。そのため、配色や模様の大きさ、配置にこそ違いはあるものの、着姿がある程度決まった雰囲気になりやすい。こうした幾何学模様では、合わせる帯で変化を付けると良いのだが、やはり直線主体の図案だと、どうしても硬さが残る。
だが、今日のテーマ・大人可愛さを考えると、キモノの図案には、どうしても女性の可愛さ・フェミニンさを持たせたい。そこで選んだものが、最初の画像で御紹介した、優しい絣模様の縮二点。数的にはかなり少ない小千谷の絣縮だが、パステル調の配色もあいまって、自然で爽やかな印象を受ける。では、一反ずつ見ていくことにしよう。
(オーガニック麻使用 白地 花びら散し 小千谷絣縮・小千谷 杉山織物)
薄ピンク、若草、薄グレーの三色であしらわれた小花絣を、生地一面に散らしている。ただし、画像で判るように、生地の左側の花びらは疎であり。右側が密になっている。この比率は、3:7で、仕立てをする際に、衿と衽にどちらを使うかで、仕上がる姿が変わってくる。そのため、模様配置には少し注意が必要となる。
本来の小千谷縮原料は芋麻(ちょま)だが、糸にするためには、ぬるま湯に浸してから指先で繊維を裂き、撚り繋ぐ作業・芋績(おうみ)を施し、その上で、数本ずつ合わせて撚りをかけなければ、仕上がらない。この工程は全て手作業であり、一反分の糸が出来るまでには一ヶ月以上を要す。だから現在は、この伝統技法に則った「手績(てうみ)糸」を使用している小千谷縮は、年間に数反しか生産されていない。
現在、使っている麻糸は、そのほとんどが機械紡績された「ラミー糸」だが、この小千谷縮には、「オーガニックラミー」の表示がある。これは、有機栽培による麻原料を使った証であり、そのことを国際認証団体・コントロールユニオンが承認している。
この糸を製造したのは、麻の原料メーカー・トスコで、栽培地は中国・四川省。有機農法を使って栽培された麻を使い、細番手の糸を作っている。番手は40から120までと広く、中には、綿に例えれば海島綿ばりの細番手のものがある。
この品物も、細番手麻糸を使っているので、通常の麻織物よりしなやかな風合いを持つ。また、麻独特のチクチクとする手触りが抑えられていて、光沢もある。
パステル色の花びら絣が、鮮やかな白い地の上で、ふんわりとやさしく浮かんでいる。小千谷縮に施される「雪晒(ゆきざらし)」は、雪に反射する太陽の熱で発生するオゾンを利用して、生地を漂白する。際立つ地の白さは、この特徴的な工程からもたらされる。
清潔な白さの中に、淡い色の花びらが舞う図案は、やはり可愛い。直線的な縞や格子と違って、模様に柔らかさがあるので、女性らしい優しい雰囲気となる。「大人可愛さ」は、十分に演出出来るだろう。
(オーガニック麻使用 白地 沢潟亀甲模様 小千谷絣縮・小千谷 杉山織物)
もう一点の縮は、先ほどの散し模様とは違い、生地巾一杯に連続模様を付けた絣。これも白地だが、若草色と鶸色の緑系パステル二色だけの配色なので、全体に夏らしい清々しさを残している。
小千谷の絣作りは、まず、図案を写した定規を作り、その定規に従って模様のところへ墨で印を打つ。そこを糸で硬く縛り、色が入らないようにする。そして、刷り込みヘラと名前が付いた専用のヘラで、染料を糸に刷り込んでいく。この人の手による絣付け・手括り(てくびり)が、この縮の一つの特徴でもある。
鏃(やじり)形の三枚葉・沢潟(おもだか)を連想させる図案を、大小二つ繋いで、六角形の亀甲を形作っている。沢潟は、水辺に自生する水草で、夏の植物文様。亀甲にはカクカクとしたイメージがつきまとうが、優しい配色と図案の面白さとで、堅さは払拭され、モダンな模様の姿になっている。
遠目から見ると、楕円が連鎖しているようにも見える。これも最初の品物同様、雪に晒した白い地を生かした夏らしいデザイン。白と若草色のコントラストが爽やかで、丸みをおびた模様は可愛さも持つ。花散らしとは違った「大人可愛さ」があるように思う。
さて、この「大人可愛い小千谷絣縮」を、より個性的に着こなすには、どのような帯を使えば良いのか。やはり帯にも、可愛げがなければ、うまくバランスがとれないのだろう。そこで考えたのが、次に御紹介する型絵染の名古屋帯である。
蔓唐花と菊模様。いずれも竺仙が製作した絽麻の型絵染名古屋帯。夏の装いの中では、どちらかと言えば、寒色系のすっきりとした図案のものを使うことが多いが、こんな多色使いの華やかな帯を合わせれば、また雰囲気が変わる。
竺仙の主力商品は、浴衣や江戸小紋。どちらも「型紙」を使って模様を染めだすことには変わりは無い。この型絵染の帯も、その延長線上にある品物である。生地の素材は麻で、絽目が入っている。こうした染帯は、織帯とは異なる模様の柔らかさと優しい色合いを感じる。
(白地 唐花繋ぎ 絽麻型絵染 九寸名古屋帯・竺仙)
モチーフを特定出来ない「唐花」のデザイン。蔓を繋げて、動きのある図案になっているが、ピンク濃淡の花が可愛く、これがポイントになっている。こうした型絵の帯は、手描きとは違い、配色を変えてどのようにも染めることが出来る。制作する方とすれば、型紙さえ作ってしまえば、破損しない限り、いつでも染め出すことが出来る。
(苗色地 菊模様 絽麻型絵染 九寸名古屋帯・竺仙)
若草色より少し深い緑・苗色が地色。モチーフは菊だが、図案化されているために堅苦しさが無い。最初の唐花よりも、地に空きがあるので、地の苗色が前に出ている。 さてそれでは、それぞれの帯を、二点の小千谷絣に合わせてみよう。
花散らしの中の色・淡いピンクに合わせて、ピンク濃淡唐花の帯を使ってみる。キモノ図案に模様の繋がりが無いので、密集した図案の帯を合わせても、しつこさが無い。むしろ、これくらい目立つ帯でなければ、可愛さが増幅しないように思われる。
夏モノには珍しい、ピンクを基調にした品物同士の組み合わせ。ピンク系=可愛いとするバイク呉服屋のセンスには、異論があるかも知れぬが、やはりこの色は、女性の可愛さを引き出すことが出来ると、私は思う。
こちらの組み合わせの方が、少し落ち着きがある。最初のピンク合わせ同様、絣の配色と帯の地色をリンクさせたものだが、色が緑系なので、浮わついた感じがしない。
キモノは幾何学連続文で、帯は地の空いた植物文と対照的なことから、バランスも取れている。爽やかさのある「大人可愛さ」となるであろうか。
今日は、「大人可愛さ」をテーマに、麻素材を使った夏のカジュアル姿を考えてみた。薄物に涼やかさや爽やかさを求めるだけではなく、時には「可愛さ」も加味して着姿を考えると、品物の選択肢が広がるように思う。皆様も、自分なりの「大人可愛さ」を夏姿の中で試してみたら如何だろうか。
何を持って「大人可愛さ」とするか。人それぞれに、その基準は違うと思います。今日ご覧頂いた組み合わせも、見る人によっては「少しも可愛くない」と思われる方もいるでしょう。
人の印象が、受け取る人によって違うように、色や模様を見る感覚も、人によって違ってきます。だからこそ面白く、そこに個性が生まれます。カジュアルな和装では、着用する方が、自分なりのセンスで自由に楽しめばそれでよく、それ以上でも以下でもありません。
毎日暑い日が続いていますが、薄モノを楽しめる時期も、あとひと月ほど。皆様には、灼熱の太陽に負けることなく、一度でも多く着用されることを、願って止みません。
なお誠に勝手ですが、12日の月曜日から18日の日曜日まで、一週間お盆休みを頂きます。従って、頂いたメールのお返事も少し遅くなると思いますので、何卒ご了承下さい。ブログの更新は、休み中のどこかで一度行う予定です。
今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。