春を告げる鳥と言えば、多くの方が鶯を思い起こすだろう。梅の枝に止まり、「ホーホケキョ」と鳴く姿は、花札の絵柄にも描かれている通り、誰にもお馴染みである。
だが鶯は、春の訪れを呼ぶ鳥には相違ないが、梅枝にはなかなかやってこない。元々この鳥は、花の蜜よりも虫類を主食として好むからだ。そして、鶯の代わりとして花に集まってくるのが、メジロである。
鶯とメジロは、似ているようで似ていない。体長は、鶯が15cm前後でほぼ雀と同じくらい、メジロはこれより3cmほど小さい。そして、何より違うのが、羽の色である。鶯の羽は、ご存知のように、暗い緑色の中に僅かに黄色みを帯びた、くすんで渋みのある色。一方のメジロは、明るい萌黄色。同じ緑系の色でも、かなり違いがある。
花に群れる姿として絵になるのは、やはり彩り豊かで見映えの良い、メジロの方であろう。実際にこの鳥は、花蜜を好んで吸い、梅や椿、サクラなど春花の枝に集まってくる。また習性として、花の枝に何羽もずらりと並んで止まることがあり、それが「押し合うほど混雑する=目白押し」の語源になっている。
キモノや帯のモチーフとして、様々な鳥達が登場する。その多くが、季節ごとの草木や花と一緒にあしらわれている。梅に鶯は春、千鳥と流水あるいは柳にツバメは初夏、トンボに萩なら秋、というふうに。
美しい四季とともに暮らす我々は、ごく自然に季節のうつろいを感じている。身近に咲く花々や鳥の姿など、さりげない日常の中で、敏感に変化を感じ取るからだ。それは、繊細な感性を持つ日本人だからこそ、なのだろう。
今月のコーディネートでは、そんな季節感に溢れた、春を象徴する花と鳥、サクラとメジロを描いた帯を使って、旬の装いをご紹介することにしよう。
前回と前々回の稿では、着姿を桜ひと色に染めて、春を表現するコーディネートをご覧頂いたが、今日は帯の図案にしっかりと旬を映し出した、わかりやすい合わせ方である。ではまず、サクラの枝に止まるメジロ図案の染帯から、話を始めてみよう。
着姿として旬を印象付けるのであれば、これを帯図案の中で表現するのが、手っ取り早いだろう。そして、描く模様もデザイン化されず、写実的な方が、より直接的に季節を想起出来る。ただ織帯ではどうしても、モチーフがある程度図案的になってしまう。その点染帯では、手描きにしろ、型を使うにしろ、リアルな姿を自由に表現出来る。そんな訳で、季節を実感させる演出を考える時には、染帯は欠かせないアイテムとなる。
(空色地 サクラ枝に止まるメジロ 水橋さおり 手描き江戸友禅・染名古屋帯)
長い冬を終えた後の、穏やかに広がる春空をイメージした鮮やかな地色。ただそれは、夏の抜ける空色とは違い、柔らかな色合いを意識している。図案は、サクラの枝に仲良く並んで止まる、対のメジロ。夫婦か親子を思わせるように、寄り添って描いている。
サクラとメジロを、糸目友禅で写実的に描いている。少し太めなメジロは、どことなく愛嬌があり、可愛い。頭が明るい萌黄色で、首もとが黄色、体は白い。全体的に、本来のメジロよりも明るいが、リアルさよりも、帯としての雰囲気を優先させた配色になっている。
丁寧に一枚ずつ糸目糊を置いて表現されているサクラ。花芯は金、中心をほんのりとした桜色で暈かす。良く見ると、それぞれの花の色合いが全部違う。手描き友禅ならではの、模様の表情が見て取れる。
メジロを拡大してみた。目の周りが白いのが、大きな特徴。ここで、他の鳥と判別出来る。首回りの黄色暈しが、この鳥をより明るく印象つけている。なお、この帯地には、小市松の織生地を使っていることを、お判り頂けると思う。
帯の前模様。片方はメジロで、もう一方がサクラ枝。回し方により、違う模様が前に出てくる。この帯だと、順手がメジロで、逆手がサクラになる。染帯には、このように前柄として全く違う図案を描くことが多い。野球のスイッチヒッターのように、左右どちらからでも手を回して着装出来れば、両方の図案を楽しむことが出来る。
お太鼓の垂れには、ひとひらの花びらが表れるように、工夫されている。
この帯の作者・水橋さおりさんは、まだ40代前半の若手女性作家。現在は、日本工芸会の準会員として活躍している。横浜出身の彼女は、大学で造形学を学んだ後に、染色を学ぶためにテキスタイルデザインの専門学校に入る。そして、自分の感性で友禅を描くことを目標にして、鎌倉市の日本工芸会会員・坂井教人氏の工房・小町苑に入り、江戸手描き友禅の指導を受ける。
10年修行を積んだ後、今から8年前の2010(平成22)年に独立。以後、積極的に工芸展や、美術展に作品を出品しており、入選作も数多い。2014(平成26)年の、第61回・日本伝統工芸展では、「群れ」という題材の訪問着を出品し、奨励賞を受けている。
この作品は深いグレー地色で、両袖と上前、背の片方にモノトーンで羊の連なりを描くという、大変斬新なもの。今日の帯とは、全く違う雰囲気を持っている。彼女は、サンタクロースやハロウィーンのカボチャを題材にした現代的な作品も、数多く手掛けている。
「日常の中で、少しの特別を楽しむ」。そんな着姿を思い描きながら、作品作りをしているそうだ。このメジロとサクラの帯にも、水橋さんのそんな意図が十分伺える。
この帯は、ブログの中でも、「度々バイク呉服屋のツボに入る品物」を扱う問屋としてご紹介している、京都の松寿苑から仕入れたもの。家族だけで経営している小さな問屋だが、扱う品物はなかなかのセンスである。
経営者の松本昭さんは、これまでにも数多くの工芸作家の品物を扱ってきた。品川恭子や北村武資の作品など、どこよりも早く扱いを始めた。そのお陰で、この両氏の品物は、20年以上前から店に置くことが出来たのだが、当初この方達の品物が、これほどもてはやされるようになるとは思わなかった。
松本氏の優れたところは、自分の感性で作家を見出すところだろう。そして、向きに合う作品は積極的に手掛けていく。最近では、釜我敏子さんや湯本エリ子さんなど、女性作家が多い。水橋さおりさんも、その一人である。
今年の正月明けに、松寿苑を訪ねた時、玄関先に飾ってあったのが、この帯だった。予め訪ねることを告げていたので、バイク呉服屋のツボを見抜いて、この帯を目立つところに置いたのかも知れない。取引先が何を好むのかを見抜くことが出来れば、問屋として一流の証になるだろう。
まんまとその作戦に嵌り、躊躇なく仕入れてしまった。だが、選んだことは、間違いなく正解だった。店先に飾ることもなく、僅か二週間足らずのうちに売れてしまったからだ。こんな時バイク呉服屋は、「自分で自分を褒めたくなる=有森裕子状態」になる。
ということで、すでに店に帯は無いが、ブログの稿でご紹介する予定にしていたので、ふさわしいと思えるキモノをコーディネートしてある。早速それをご覧頂こう。
(宍色 スマトラ縞模様 御召着尺・今河織物)
バイク呉服屋は、サクラをイメージすると、どうしてもこの「宍色系」の地色を選んでしまう。少しおぼろげで、たよりなさを感じさせるこの色が、花のイメージを強く呼び起こすのかもしれない。
製作したのは、木屋太ブランドで知られる西陣・今河織物。今でこそ帯メーカーとして良く知られた存在だが、1912(大正元)年に創業した当時(創業者は今河與三吉氏)は、御召の織屋であった。その伝統を引き継ぎ、御召緯糸を使った本格的な着尺を、今も織り続ける。
現在の当主、今河宗一郎さんは、まだ30代の若さ。奥様と共に、古典と現代デザインを融合し、モダンで垢抜けた色彩感覚にあふれるモノ作りに、情熱を傾けている。
宍色地の縞模様の中には、所々に白いグラデーションを付けて織り出されている。この色の抜け方が自然で、反物全体から見ると、菱模様のように見えてくる。宗一郎氏は、このデザインを「スマトラ縞」と名付けているが、彼は度々インドネシアへ行き、各地のバティック工房を訪ね歩いている。
この文様も、バティックの絣デザインを参考にしているのでは、と思わせてくれる。本格的な御召には、左右両方向に3000回転も撚られた強撚糸(御召緯)を使う。今河織物の品物には、この緯糸が250gほど使われており、御召本来の優しくしなやかな風合いを感じることが出来る。
霞が掛かったかのように、地に白く抜ける横段模様が、地の宍色と共に、春らしさを演出しているように思える。では、この春キモノに、先ほどの染帯を合わせてみよう。
春霞の中で、サクラ枝に止まるメジロ。着姿から受けるイメージは、今の季節そのものを表現していると思えるのだが、どうだろうか。染帯の模様で、旬を表わそうとする時には、合わせるキモノに過度の主張は必要ない気がする。
この御召も、どちらかと言えば地の色が主体となっていて、合わせる帯次第で、いかようにも雰囲気が変わる。つまりは、使い勝手の良いキモノということだ。
メジロ一羽と、三枚の小さなサクラの花びらだけで描かれた前模様。シンプルだからこそ、なお印象に残る着姿となる。時には、こんな単純さが必要になる。
小物は、メジロの羽色・萌黄色を一段おとなしくしたような、青磁に近い草色を使ってみた。(帯〆・帯揚げともに加藤萬)
前模様にサクラ枝を使う時には、やはりサクラ色系の小物を使う方が、しっくりくる。(帯〆・龍工房、帯揚げ・加藤萬)
季節を演出する道具として、個性溢れる染帯は、大変便利なアイテム。春に限らず、季節ごと様々な題材を描いた品物が沢山ある。皆様にはぜひ、こんな帯を使って旬の着姿を体現して頂きたい。
見る者に、季節そのものを感じさせる。こんな演出が出来るのも、和装だからこそ。キモノ姿として何よりも贅沢なことは、やはり時々に応じた品物を自在に使うことなのであろう。最後に、今日ご紹介した品物を、もう一度どうぞ。
今週は、春分の日の前後になごりの雪が降り、開き始めたサクラの花も、寒さに震えていました。ただ、週末からは、春本番ともいえる暖かさが訪れるとのことで、絶好の花見日和になりそうです。
ぜひ皆様には、サクラを愛でる時に、枝に止まっている鳥も一緒に見つけて欲しいですね。目の周りが白く、羽が萌黄・黄色・白で色分けされていたら、それはメジロです。春告鳥の可愛い姿は、きっと心を和ませることでしょう。
今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。