バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

サクラ色、オールインワン(後編) サクラ染の紬で、共色合わせを試す

2018.03 17

2.3日前から20℃を越える日が続き、急に暖かくなった。それとともに、サクラの蕾も一気に膨らみ始め、開花も秒読みである。昨年、東京での開花日は3月21日。平均開花日が26日なので5日早かったが、今年は上回るスピードで花が開くようだ。

サクラの開花を予測する方法として、600度の法則と400度の法則というものがある。600度は、2月1日から日ごとの最高気温を足していき、合算して600度を越えた日が、開花日に当たるというもの。400度の方は、日ごとの平均気温を足したもの。

サクラの芽は前年の夏に生まれ、寒さが続く冬の間は、眠った状態となる。そして気温が上がるにつれて目を覚まし、花が開いていく。開花の条件は、春先の温度上昇だけでなく、冬場にしっかり気温が下がることも重要であるらしい。

 

季節は確実に春を告げているはずなのに、バイク呉服屋は、未だに冬を抜けきれていない。というのも、インフルエンザを発症したからだ。前回のブログで、発熱して体調が悪いことをお話したが、翌日病院で検査した結果、B型ウイルスに感染していることが判明。3日ほど店を閉めてしまった。

どうやら、先週東京出張の際に、菌を貰い受けてしまったらしい。自分には縁のない病気と、たかをくくっていたのだが、甘かった。このところ仕事が立て込んでいて、知らず知らずのうちに無理をしていたのかも知れない。抵抗力が無くなっていたから、ウイルスの侵入を許したのだろう。

とんだ「インフル初体験」だが、過信は禁物ということが、身にしみて判った。皆様も、十分注意されたい。

 

ということで、前回ご紹介出来なかった「サクラ・オールインワン」を試したもう一つの品物を、今日はご覧頂こう。

 

(宍色 サクラ染 米沢草木紬・宍色 花弁の丸文様 九寸織名古屋帯)

前回は、同じ桜系でもかなり薄く、白に近い色同士を組み合わせたもので、その帯とキモノの間で、ほんの僅かだが色の濃淡差が付いていた。しかし今日の組み合わせは、色の傾向や明度、濃さもほぼ同じである。つまり、帯とキモノが一体となり、着姿をひと色で染めようとするものだ。

とはいえ、キモノも帯も桜の単色ではなく、各々に異なる色の配色も見られる。しかし、そこに使っている色は淡く、目立つものは何も無い。あくまで地の桜色が、着姿の中では主役になっている。

通常では、キモノに合わせるそれぞれの帯には、ある程度コントラストを付けて、一定の主張をさせようと考えるが、この場合は、同化あるいは埋没させる意図が伺える。キモノと帯の境界を無くさずして、着姿からひと色を印象付けることは出来ない。

 

(宍色 サクラ・栗草木染 米沢置賜紬 野々花染工房)

宍(しし)色とは、日本人の肌の色のことで、わかりやすく言えば「肌色」である。これは、薄ピンクの中に少し橙色を感じさせるような、淡い色。

人間の肌は、熱を帯びてくると紅潮し、赤みが差す。戦前・戦中に活躍した横綱に、照国(てるくに)という力士がいたが、彼は仕切りをくり返すうちに、体がピンク色に染まっていった。元々は秋田出身で色白のため、肌の色が変化していく様子が、誰の目にもよく判った。

そしてこの横綱は、押しと寄りをリズミカルに繰り返す相撲を取ったため、人々は彼のことを「桜色の音楽」と呼んだ。桜色とはもちろん、ピンクに染まる肌の色を指す。実に、雅やかで美しい渾名である。

三本と六本の横段縞を、交互に織り込んだ紬。これは、昨年4月のコーディネートでご紹介した、米沢の野々花染工房の品「nostalgic・ノスタルジック」と同じシリーズで、配色・染料違いのもの。前回は濃藍地で、染料に藍と五倍子を使っていたが、この紬の糸染めは、サクラと栗を用いている。

以前にもお話したが、サクラから染料を得る時に使うのは、枝である。まず、雪の重みに耐え切れず折れた枝・雪折桜を集め、乾燥させる。これを水で煮て、色素を抽出した液を作り、そこに糸を入れて繰る。繰(く)るとは、糸が満遍なく染まるように、染液の中で動かすことだ。

サクラは多色性染料なので、発色の仲立ちをする媒染剤を変えることで、様々な色が得られる。この紬の地色・宍色や模様の中の薄い桜色は、アルミニウム塩によりもたらされるが、野々花工房では、サクラの枝を燃やした灰の汁を媒染剤として、使っている。この灰汁の中に、先ほどの色素抽出液の中で繰った糸を入れ、ここでもまた繰る作業を繰り返す。こうして得られた色が織糸となり、ひいては品物の表情となる。

栗も、サクラと同様に枝を使う。そして同様に多色性染料のために、媒染剤により得られる色が変わる。アルミ媒染では、柔らかい黄土系の茶色となり、鉄媒染だと濃い褐色が得られる。作り手が予め使う色を見定めた上、媒染剤を変えながら、糸染めをする。草木染紬は、植物ごとに違う発色の手段を理解していなければ、上手くはいかない。

野々花工房の草木紬には、どんな植物染料を使ったのかが、表記されている。証紙の上に、「くり」「さくら」が明記されているのが、判ると思う。

 

(宍色地 花弁の丸文様・九寸織名古屋帯 斉木織物)

様々な花弁を図案化した模様を丸紋で囲み、散りばめた文様。丸文の間には、小桜を付けた枝が伸びている。地色は先のサクラ染紬と同様、宍色。画像を比較しても、ほぼ共の色(同じ色)である。

模様の配色は、白と金、さらに地色とほぼ同色の宍色だけで、帯そのものに色の主張がほとんど見られない。各々の丸紋には、僅かに色の差があるものの、決して目立つものではない。

何とは特定できない花をデザイン化した模様。花菱や放射状に開いた花弁、星を模った輪郭など、モダンな印象が残る。

この帯には、インパクトが無いといえばそれまでだが、色彩に変化がないからこそ、一つ一つの織模様が浮かび上がってくる。平安期の貴族装束は、男性の束帯にしても、女性の十二単にしても、単色の織物であった。そのため、いかに織りの模様を工夫するかが、お洒落の重要なポイントでもあったのだ。

この時代に生まれた、有職(ゆうそく)文には、そんな背景がある。この帯も、色合いを限りなく落とし、織模様だけを強調した、有職文的な見え方を意図したもののように思える。

では、この宍色同士の組み合わせはどうなるのか、見てみよう。

 

こうして並べて見ると、双方の色の重なり具合がよく判る。ほぼ同化していると言えるのではないか。これならば、着姿から受ける印象は、ふんわりと柔らかい宍色に限定されるだろう。

前の合わせを見ると、なお色の差が無いことが判る。キモノが単純な横段だけに、たとえ同色であっても、帯の織模様は生きてくる。キモノ・帯それぞれに春の演出をほどこすのではなく、全体から受ける色の印象で、見る者に今の季節=旬を感じさせる。そんな意図は、達成出来ているように思える。

 

小物には、少し濃いピンク色(撫子色と桃色の中間色)を使うが、あまりきつい色になったら、この共色合わせの雰囲気を壊してしまう。だが、帯〆や帯揚げまでもが、同様の宍色では、着姿が平板になってしまう。

キモノや帯に対し、少しだけ差の付いたほんのりした色の小物を使うことで、なお春らしさが強調できる。この「ほんのちょっとの色気」が、実は大切ではないかと思う。(ゆるぎ帯〆・飛び絞り帯揚げ、ともに加藤萬)

 

二回にわたって、着姿全体をサクラ色で染める「サクラ・オールインワン」の組み合わせを試してみたが、如何だっただろうか。

毎年今の季節になると、色でも文様でも、サクラに関わる品物を題材に取り上げたくなる。日本人の誰もが好むサクラだからこそ、その着姿は目に止まり、印象深くなる。皆様も、自分らしい「サクラ姿」を演出して、ぜひ楽しんで頂きたい。

なお、今月のコーディネートでは、オールインワンではなく、キモノと帯それぞれの色と模様に、春姿を映し出すような品物を選び、ご紹介しようと考えている。「サクラばかりがテーマになること」を、サクラ開花に免じてお許し頂きたい。

最後に、今日ご紹介した品物を、もう一度どうぞ。

 

「鬼の霍乱(かくらん)」とは、強くて丈夫な人が、珍しく病気になることですが、バイク呉服屋は、まさにこれに当たるのでしょう。

先日、インフル検査のために出掛けた近所の医院には、前回通った時の記録が残っていて、実に9年ぶりに熱を出したことが判りました。寒風の中、バイクで走っても何ともなかったのに、東京の電車や人ごみでは、あっけなくウイルスを引きこむ。人から人への感染力の強さは、やはり凄いですね。

私だけでは、まだ良かったのですが、家内にもしっかりとうつってしまい、夫婦で寝込む羽目になってしまいました。幸い、奥さんは予防注射を受けていたので、高熱を出さずに済みましたが。

せめてもの罪ほろぼしに、連れ立って少し遠くのサクラでも見に行きますかね。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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