今日は、冬至。一年のうちで、最も昼が短く、最も夜が長い。今は、夜が明けるのが7時少し前で、夕方4時半を過ぎるともう陽が落ちる。年の瀬が迫り、ただでさえ仕事に追われているが、陽が短いことで、なお急かされているような気がする。
冬至は、一年のうちで太陽の力がもっとも弱くなる日。いわば「凶の日」にあたる。そのため、運気を上昇させるために、「運の付くモノ」を食べる。運が付く=「ん」が付く食べ物は、蓮根、人参、金柑、銀杏などで、これが冬至の七種として知られている。
その中で、もっともポピュラーな冬至の食べ物と言えば、かぼちゃだろう。かぼちゃは南瓜と書くが、音読みすれば「なんきん」で、「ん」が付く。南瓜は、ビタミンAとカロチンが豊富な野菜。運が付くと同時に、栄養価が高く、その上体を温める役割も持つ。寒さがつのるこの季節の食べ物としても、非常に有用である。
山梨県人は冬至に、南瓜入りの「ほうとう」を食べて、運気を付ける。ほうとうは山梨の郷土食で、小麦粉を練った太い麺を、味噌仕立ての汁に煮込んだもの。中には、南瓜を始め、人参やジャガイモ、里芋、キノコ類、油揚げなどが入る。
名古屋名物の味噌煮込みうどんと似てはいるが、ほうとうの麺はかなり太く、汁にはとろみがある。そして、野菜はかなり大きく切ってあり、丼一杯のほうとうを食べただけで、かなり腹が膨れる。これは、みそ汁代わりの副食ではなく、完全な主食だ。私が子どもの頃など、汁が完全に吸い取られて無くなり、ベチョベチョになって残ったほうとうを、翌朝メシの上にぶっかけてかき込んだものだが、南瓜の甘みが麺に溶け込み、それは美味いものだった。
冬至を過ぎると、残り一週間ほどで、今年も終わる。今日は、今年最後のコーディネートを御紹介することにしよう。品物は、新年の挨拶回りで装うのに相応しいような、明るい白地の絞り訪問着。どんな着姿になるのか、ご覧頂こう。
(白地 松皮菱道長取 総絞り訪問着・黒地 松桜丸紋 袋帯)
昨年最後のコーディネートでも、絞りの訪問着を取り上げたので、二年続けて、絞り加工の品物がトリを務めることになった訳だが、同じ訪問着でも、この二枚はかなり雰囲気が違う。
昨年の品物は、黒と白だけのモノトーン配色で、模様は肩から裾にかけて、流れるような玉熨斗模様が付いている。色、模様とも、大胆で個性的。パーティで目立つ訪問着として御紹介したが、雰囲気からしても、どなたにも向くモノでは無いだろう。そこへいくと、今日の品物は優しい配色で、模様もオーソドックス。少し畏まって、年始の挨拶に伺う時などに使えば、好感をもたれそうである。また、この雰囲気ならば、あまり着用する人を選ぶことはあるまい。
(白地総絞り 松皮菱道長取に青海波・七宝・大牡丹模様 訪問着 藤娘きぬたや)
昨今では、白地のキモノはあまり見かけないが、美智子皇后が納采の儀に白地の御所解訪問着をお召しになったこともあり、昭和30~40年代には大流行した。このキモノは白地ではあるが、生地全体に疋田絞りが施されているために、友禅とは異なって立体的に見える。
模様の配色は、空色や明るい藤紫、それに橙色が基調でパステル感が強く、白地色と合わせることで、優しい印象を残す。また裾の模様も、ごく一般的な道長取りで、上前おくみ・身頃から、後身頃の方へ、流れるように付けられている。
模様を形作っているのが、松皮菱。これは菱文様の一つだが、菱形の上下に小さな菱を付けた、いわば子持ち菱の図案である。松皮菱と名前が付いた理由は、これが、松の皮を剥がした形に似ているかららしい。この模様は、柄の一つとして使われる場合と、模様の縁取りとして用いられる場合とがある。もちろん、この訪問着の場合は後者。
松皮菱の中には、大きい牡丹のような橙色の花が入っている。このように、菱の中に花や鳥などを入れる図案は、桃山期に大変流行した意匠で、現代も数多く用いられ、特に松皮菱の場合には、古典的なイメージがより強くなる。
菱は、左右の斜線を交差して形成するもので、古くは、縄文土器の縄目文様の中に、この姿が見える。以後、平安期の有職文様にも使われ、桃山期には菱と他の模様を融合させた図案が出来る。菱は、時代を経る度に、多様に模様を変化させながら、今日まで使われてきた図案であり、最も幅広くアレンジされてきた幾何学文様の一つと言えよう。
菱の中の花は何れも形が違い、それに伴って、絞りの技法を変えている。上の花は、花の輪郭を縫絞(ぬいしぼり)技法であしらっている。この技法は、予め生地上に模様の線を描き、その筋を木綿針で縫った後に、縫糸を引き締めて染め上げる。単純な技法ではあるが、自由な線を絞りで表現出来ることから、模様そのものや輪郭、さらに図案を分ける境界など、多様に使われている。
この花は、放射状に開いた部分は先と同じ縫絞技法だが、中心は小帽子絞(こぼうししぼり)。この技法は、染残し、染め分けが必要な時に使うもので、模様の輪郭を縫って芯を入れ、巻き締める。さらに、布の上にビニールを被せて縛った状態にしておいて、染液に浸す。この糸で固く括って縛った形状が、帽子を被ったように見えることから、帽子絞りの名前が付いた。
連続した七宝模様。周囲は縫絞で、内側の花菱模様は小帽子絞。
少し蛍光的な水色を使った、青海波模様。やはり技法は縫絞り。
白い地の部分と模様との境界に使われている技法が、桶出し絞(おけだししぼり)。これは、色を染め分ける時に使う方法で、桶の中に生地の染めない部分を詰め込み、染め分ける模様のところは、外に出す。そして桶に木を当てながら、ロープで固く縛り、桶ごと染料の中に浸す。染料が入り込まないように、予め桶と生地の間に、隙間が出来ないよう工夫がされる。
肩から袖にあしらわれている模様。裾と同じく、松皮菱の中に花模様が、道長取に縁取られた間には、七宝と青海波の模様が見える。
胸の松皮菱と袖の模様が連動しているだけで、衿には模様がない。訪問着としては珍しいが、このシンプルさが引き立つ。多様な絞り技法を駆使して、図案を表現しているだけに、模様の嵩は全く気にならず、かえってすっきりとまとまっている。
図案を決めて、それにふさわしい絞り技法を駆使しながら、全体の模様を構成する。無論、白地の部分も全て、一目一目を人の手で括った疋田絞り。単純に絞りのキモノと言っても、この中には、智恵と経験に裏付けられた技術が込められている。やはり、職人の手を尽くした品物であり、価値がある。
では、古典図案を絞りで表現した優しい雰囲気のキモノには、どんな帯を合わせれば良いだろうか。早速試してみよう。
(黒地 松桜の丸に松枝小丸模様 袋帯・錦工芸)
キモノの図案は、ポピュラーで極めて古典的だが、絞りで表現されているために、堅苦しさはあまり感じられない。そこで帯も、古典ながら少し個性的な図案のモノを用意してみた。
帯地色は黒なので、キモノの柔らかい雰囲気を引き締める役割を果たすだろう。だがこの帯の図案は大胆で大きいために、地の黒い部分が少ない。従って、着姿の中で帯の印象だけが強くなることは無いように思える。
お太鼓の形にすると、この図案の面白さがよく判る。模様の中心は、松枝で三分割された丸の中に、三枚の桜の大花弁。そして四隅には、松枝の丸紋を置く。模様は全て丸紋なのに、位置取りの妙で丸々しくはならない。配色も、花は桜系色の濃淡、枝が濃緑とシンプル。キモノの配色が淡い色ばかりなので、帯模様の色も優しい色の方が良く合うだろう。
この帯を織った錦工芸は、唐織のメーカーだが、作る図案は、菱や丸などの幾何学文様と花を組み合わせたモダンな意匠が多い。
前の帯姿は、半円の桜の丸と、小さい松枝の丸が交互に現われる。このような模様の見え方となる帯は珍しい。桜には少し早いが、初春を彩るキモノと一緒に使う帯としてなら、良いのではないだろうか。
小物は、ピンク系の色で若々しくしてみた。キモノの七宝模様に配された明るい藤紫と、帯の桜色がリンクしていることから、帯揚げは薄い桜色の段ぼかし。帯〆には、牡丹色に近い濃いピンク色を使って、着姿を締めてみる。なお、帯〆は龍工房、帯揚げは加藤萬の品物。
上品な色合いで、絞りの柔らかさを象徴するキモノだけに、優しい雰囲気を壊したくはない。ただ、あまりに帯の主張が無いと、着姿がぼやけてしまう。そうかと言って、帯だけに目が行くような個性の強いモノでも困る。これでは、絞りの優しさが消されてしまう。
帯合わせでは、キモノの特徴を生かし、より着姿が映えるような品物を選ばなければならないが、このバランスをどのように取るのかは、いつになっても大変難しく思える。着用される方の雰囲気や個性、そして着用する場所によっても、使う帯が変わっていく。だからコーディネートの時には、お客様と向き合い、情報を得ながら品物を見極めていくことが、大切になるのだ。
最後に、来る年の春に着用されたいような今日の一組を、もう一度ご覧頂こう。
今年も、毎月一度、全部で12回のコーディネートを御紹介してきましたが、如何だったでしょうか。毎月、その季節にふさわしい旬な品物を選び、その上一年を通して、フォーマルとカジュアルのどちらにも偏りが無いように心掛けてきたつもりですが、何となくパターン化しているようにも思えます。
結局は、バイク呉服屋の好むモノを、その都度紹介しているだけなので、色や模様は、どうしても偏ってしまいます。専門店が、店主のセレクトショップ的色合いが濃いだけに、これは仕方が無いかも知れません。来年は、もう少し品物の幅を広げたコーディネートを心掛けたいと思いますが、まず無理でしょう。
ご覧頂くコーディネートが、皆様の何かのお役に立てれば、私は十分です。来年もよろしくお付き合い下さい。
今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。