代を繋いで暖簾を下げる呉服屋の棚には、今となっては、商いの道具にはなり難い品物が残っていることが、よくある。それは、店に置いた時から、すでに10年以上が経過しているもの。私は三代目だが、さすがに祖父が扱ったものはもう無いが、父が仕入れたモノは、まだ何点もある。
品物が売れ残った原因を考えると、幾つかのパターンに分けることが出来る。まず、色や模様にクセがあるため、これまで見初められるお客様に出会うことなく、残ってしまったケース。
私の父は、オーソドックスな古典を好んだために、模様が奇抜だから残ってしまったというものは、ほとんどない。クセのある品物は、元々嫌いだった。ただ、旬を意識した模様は、数多く扱った。例えば、楓や菊だけをあしらった濃地の付下げとか、秋草を描いた訪問着や黒留袖、サクラだけの袋帯などである。
カジュアルならまだしも、着用機会が限られるフォーマルモノで、季節が意識される模様というのは、着用する時期を限定してしまうように思われ、お客様から敬遠されることが多い。やはり、春秋に使える模様の方が、無難に思えるからだ。こうして、旬の品物が、棚に残ってしまった。
もう一つ、時代の経過と共に、アイテムそのものが使われなくなってしまったケース。例えば、黒の絵羽織などである。私が小学校に入学した頃・昭和40年代には、入卒に臨む母親の衣装は、色紋付のキモノに黒の絵羽織姿というのが、定番だった。今や、そんな母親の姿を覚えているのは、50歳以上の方々に限られる。
この時代、うちでもかなり黒絵羽織を売ったため、大量に仕入れを起こした。そのため、この残骸がまだ残っている。もう売り場に置ける代物ではないので、実家の倉庫の片隅にそっと潜んでいる。羽織と言えば、カジュアルモノとしても、当時は定番であり、売れ筋アイテムの一つだったが、日常の中で着用する方が少なくなるにつれ、求める方は減り、一時は全く廃れた。
今では、羽織が見直され、新たに誂える方も珍しくないが、総じて羽織丈は長いものが好まれる。そのため、羽織を作る時には、キモノを作る長さを持つ品物=着尺が使われる。だから、昔のコートや羽織専用の反物=羽尺では、丈が足りずに、用を為さない。従って、この羽尺というアイテムは、棚の隅で不貞腐れたように、残っている。
そして、残ってしまったことが、ありがたいような、また困ってしまうような、複雑な気持ちになるケースもある。それは、元々作家モノとして、価値があり、今となっては、もう二度と手に入らないような品物。
もちろん父は、商品として仕入れ、どなたかに売るつもりだったはずだ。けれども、売れ残るうちに作家は亡くなり、市場からはこの人の品物が無くなってしまった。そのうちに、リアルに着用するものとしてではなく、美術品的な価値が出て来ることで、価格設定が難しくなり、次第に手放し難くなってしまった。
何回かこのブログで紹介した、芹沢銈介の型絵染いろは模様訪問着や、初代・由水十久の唐子模様加賀友禅黒留袖などが、これに当たる。父の代の終わりの方でも、売りモノにはしていなかったが、私としても、手元には置いておきたい。商いの道具にすることは、もうないだろう。うちには後を継ぐ者がいないので、いずれ店の幕を引かなければならないが、その時どうするか。芹沢の作品は、静岡市にある芹沢銈介美術館にでも寄贈するのが、一番無難かとも思っている。
さて今日は、否応無く季節を意識させる、絽と紗の二重袷(絽紗袷)訪問着を使ったコーディネートを、ご覧頂こう。この品物も、かなり長い間、店の棚で眠り続けている。
(薄山鳩色 流水に秋草模様 絽紗袷訪問着・北秀)
このキモノは、下は絽・上は紗の二枚重ねの生地で出来ている。同じ生地を二重にしたものを無双と呼び、一般的にはこの絽と紗の袷も、無双の中に括られることが多い。だが、厳密に言えば、絽と紗二枚の違う織り方の生地を重ねて使っているので、無双と呼ぶにはふさわしくないような気がする。長襦袢の袖に見られるような、表裏同じ生地で袷にする仕立は、「無双仕立」と呼ばれる。だから、本来的には共(とも)生地(全く同じ生地)を重ねることが、無双なのである。
こんな堅苦しい解釈はあまり意味が無いので、話を先に進めよう。画像で判るように、下の絽生地に図案を描き、上の紗生地は無地を使う。この二枚を重ね、模様を透かして見せる。そこには、上下の生地が動く時に模様が揺らめき、独特の立体感と涼やかさが生まれる。こんな特徴的な映り方をする品物は、絽紗袷・紗無双をおいて他にはない。
盛夏のキモノに、紋紗があるが、これは紗の生地に文様を織り出したもので、濃い地色のものが多い。この下に白い襦袢を付けて着用すると、生地の織文様が浮かび上がる。「重ねた時の映り」を考えた品物であり、その意味では、この絽紗袷にも同じ意図が伺える。
このように、色と色または色と文様を重ねることで、着姿を演出することは、平安期の「襲色目(かさねのいろめ)」に遡ることが出来よう。男性の直衣(のうし)や狩衣(かりぎぬ)、女性の唐衣(からぎぬ)や袿(うちぎ)など、いずれも表裏の色の重なりで、着姿に表情を映す。この重ねる色の配合には、季節ごとに決まりがあり、着用する人の年齢によっても変えられていた。
現代において、四季の移ろいを、色の合わせで表現した平安襲色目を踏襲する品物が、盛夏の紋紗であり、この絽紗袷・紗無双のキモノではないかと思える。
上の紗生地は、くすませた緑に白い膜を張ったような色で、山鳩の羽の色に近い。下の絽の文様は、桔梗や萩、撫子を描いた秋草模様。所々には、流水が挿し入れてある。
このような絽紗袷や紗無双のキモノを、どの時期に着用するかだが、ネットで調べると、様々な考え方が散見される。5月の終わりから6月にかけて、初夏に限定されるとするもの。6月下旬と9月上旬が着用時期とするもの。さらに、6月と9月の単衣モノと同様に考えて良いとするもの。それぞれ、使える季節の範囲には、少し差があり、確固とした答えがわからない。それは、どの考え方にも、納得出来る根拠があまり書かれていないからだろう。
先日、薄物と単衣モノをどのように区切って使うか、そのしきたりの捉え方をブログでお話したが、この絽紗袷も、季節的には微妙な品物にあたる。こんな特徴的な着姿を表現出来る品物は、「この時期に使う」と限定的な縛りはかけず、ある程度自由度は残して、着用機会を増やしたい。そうかといって、やはり旬を意識しない訳にはいかない。難しいところだが、5月下旬から6月いっぱい、そして9月上旬とするのが、この品物の意図する着姿から考えれば無難なように思う。但しこれは、あくまでバイク呉服屋の考えなので、正解では無い。
撫子と萩、桔梗が控えめに描かれる図案。糊を置かず、すっと模様を描いた写生的な無線描き友禅。楚々とした野の花が、秋の気配を醸し出す。
ここに山鳩色の紗を重ねると、このような映りになる。模様を強調するために、中心となる上前おくみと身頃部分には、編み込みのようなもじりが織り込まれている。
紗の生地目を拡大してみた。経糸二本の位置を、緯糸一本ごとに左右に組み替え、交差させることでもじり目を生み、そこに緯糸を通すと、このような「透かし目」が生まれる。シャリっとした紗生地は、肌にまとわりつかず、サラリとした着心地を呼ぶ。
さて、この季節感あふれる絽紗袷は、どのような帯で演出すれば、その姿をなお印象つける事が出来るのか。試してみよう。
(白地 変わり花菱連ね 紗袋帯 西陣・りょうこう織物)
実はこの夏袋帯、一昨年の9月のコーディネートでご覧頂いた、京縫単衣付下げの合わせとしても使っているので、ブログで二回目の登場になる。ということは、この二年の間に、この帯が売れていないということがわかってしまう。お恥ずかしい限りだが、この絽紗袷のキモノにふさわしいものが、他に無かったため、再登場となった。
このキモノの着用時期を、6月か9月上旬と考えると、使う帯にも迷いを生じる。夏用・冬用のどちらの帯も考えられるからだ。この時期に冬帯を使うとすれば、重苦しい色や図案は出来るだけ避けたい。これは、絽紗袷だけでなく、単衣モノでも同じことだろう。
冬帯だと、悩むことが多い。ならば、夏帯を使う方が使い心地も良く、図案や色は薄物らしい涼やかさがあり、季節感も出しやすい。特に絽紗袷は、重ねた色や模様の映りを楽しむものであり、初夏や初秋の雰囲気を感じさせることを目途としている。だから帯には、夏の気配が残る方が、良いように思える。
基本は花菱文様。菱の中の花を様々に図案化することで、単調さを消している。配色は、水色・紫・ベージュ・鶸だが、そのすべてが薄色。地が白だけに、このくらいの薄色でも、模様が浮き立つ。では、コーディネートしてみよう。
紗の山鳩色も薄地だが、白地の帯を合わせると、コントラストは十分に付く。キモノの文様が秋草だけに、抽象図案の帯を使う方が、くどさが出ない。また、帯の配色にあまり主張が無いだけに、キモノの模様の方が前に出て、絽紗袷の特徴・重ねの映りが強調されやすい。
前の合わせ。帯に地空き部分が多いために、すっきりとした印象を残す。帯にインパクトを付けないことも、品物によっては必要かと思う。
小物は、紗の山鳩色より、明るめな色を使ってみた。着姿全体がボワっとした雰囲気になるので、帯〆の色を少しだけ強めにして、引き締めてみる。
(鶸色 平打夏帯〆・薄鶸色と薄橙色 ぼかし夏帯揚げ 共に龍工房)
絽紗袷は、夏の始まりと終わりのキモノ。それは夏と秋、二つの季節を予感させる品物である。そして、季節の狭間の微妙なうつろいを、そのままキモノに反映したもの、と位置付けることが出来よう。
絽紗袷や紗無双のほとんどは、今日のような訪問着として、作られている。季節が限定され、しかもフォーマルモノだけに、需要も限られる。そのため作られる数も極めて少ない。どなたにでも勧められるものではないが、こんな贅沢なモノがあることを、皆様には知って頂きたかった。
最後に、今日御紹介した品物を、もう一度どうぞ。
着用の場が限られ、しかも季節も限定されるということになれば、やはり棚に残る可能性は高いですね。この絽紗袷など、ピッタリ条件に当てはまってしまいます。
専門店をうたう呉服屋では、売れる売れないに関わることなく、扱うモノがあります。それは、採算度外視、いわば商売抜きとも言えましょう。「専門店と名乗る限り、持っていなければならない」というプライドが、仕入れに向かわせるのです。
「予想に反して、早々に売れてしまう」というようなことはほとんど無く、案の定、長く棚に残ります。丁寧に扱っていますので、何年経っても、品物として劣化してしまうようなことはありませんが、商いの道具には全くなっていません。
いつ求めるお客様と出会えるのか、予想も付かない商品を置くなど、呉服屋とは何とも不思議な商売です。
今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。