バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

6月のコーディネート・1 竺仙の江戸染 粋ひとがら コーマ地編

2017.06 07

バックパッカーだった若い頃、夏にはよく川で行水をした。無人駅のホームや、倉庫の軒下に寝泊りしていたくらいなので、当然風呂に行く金はない。そこで頼りになるのが、川である。

北海道の奥地の川は、清冽で澄んでいて、水も冷たい。喉が渇くと、そのまま飲んだりもしていた。川の浅瀬を見つけて、服を着たまま入る。汗を流すのと同時に服も洗える、まさに一石二鳥なのだ。川から上がると、体と服と下着を河原で天日干しする。暑い日だと、服は少々濡れていても、着て歩いているうちに自然に乾く。

そんな姿を見たバックパッカーの仲間達は、私を「ルンペン」と呼んだ。その頃の身なりに構わぬ格好からは、呉服屋となった今の姿が信じられないと、よく言われる。

 

「服を着たまま風呂に入る」というのは、平安時代の貴族も同じだ。その頃の風呂は、沸かした湯の蒸気を送り込んだ部屋に入るというもので、いわゆる蒸し風呂・今のサウナ風呂のようなものだった。

貴族は、このサウナ浴室(湯殿)に入るときに、必ず麻製の衣をまとった。これが、「湯帷子(ゆかたびら)」である。蒸気で汗を出した後、湯や水をかけて汚れを流す。時には、笹の葉で体を叩いて、汚れを落としたりもしていたようだ。この蒸し風呂に入るのは、せいぜい月に5日ほどで、その間は行水をする程度。これを考えると、平安貴族は汚れに無頓着で、清潔さに欠けていたことがよくわかる。

 

体に何もまとわず、沸かし湯に入る習慣が出来たのは、江戸時代初期頃からである。それとともに湯帷子は、湯上りに着用する浴衣へと変わる。さらに時代が進むと、湯の後に出掛ける夕涼みなどの外出着にも使われ、今に至る。そして浴衣は、江戸庶民のささやかなお洒落を楽しむ衣装となり、長板本染中型や有松絞などの、技法を駆使した多様な模様も生まれた。

浴衣は、湯上りの「浴衣掛け」の雰囲気を残すものから、お洒落な夏の小紋として使えるものまで、様々である。この江戸の粋な模様を、今に伝えるのが竺仙の染める品物。今年はどんな「粋なひとがら」を染めたのか、皆様に見て頂くことにしよう。

 

(白コーマ地・萩模様   紺と水色ぼかし無地・麻市松半巾帯)

ここ2、3年、竺仙はポスター柄に綿絽地の品物を使っていた。一昨年の模様は大つゆ芝にススキ、昨年は、市松に浮き島。それが今年は、生地が最もシンプルな白いコーマ地で、模様も萩。ひと昔前に戻ったような品物を選んでいるが、これは「原点への回帰」という意味合いなのであろう。

 

今年のポスター。モデルの女性は、昨年と同じ方と思われるが、画像の雰囲気を見ても、少しレトロである。だが、夜に着用する白地の浴衣は、やはり清々しく映る。それも、模様の中に挿し色がないことが、潔い。

 

萩図案は、大きすぎず小さすぎず、白という地色を生かすように配されている。映画やテレビドラマの中で、昭和30年代あたりに時代設定されているものを見ると、女性の「寝巻き姿」として、白地の浴衣が使われていることがよくある。若い方は、こんなシンプルな浴衣だと、そんなイメージが強いかもしれないが、これは、もっとも「浴衣がけ」にふさわしい品物である。

この麻半巾帯も、竺仙の定番商品。通常の半巾帯よりも、2分ほど巾が広い。ほんの僅かな寸法の違いだが、前巾が広ければそれだけ帯が強調されて、若々しく見える。

この、色鮮やかな明るい紺と水色のグラデーションの帯を使うと、レトロな白地浴衣を、現代的な着姿に変えることが出来る。浴衣も帯も、思い切りシンプルだが、多配色の浴衣があふれている中では、かえって新鮮に見える。竺仙が、この品物をポスター柄に選んだ理由は、伝統的な品物を、改めて見直して欲しいという気持ちが込められているに違いない。

 

(コーマ褐色地染・正倉院模様  柿茶色 源氏香模様・博多半巾帯)

こちらも白地同様、オーソドックスな褐色白抜きのコーマ地。竺仙は、この柄を正倉院模様としているが、菱文か何かの絣柄を、図案化したものに見える。浴衣としては、こんな連続模様の小紋柄は少ない。男モノとしても使えそうである。

挿し色の無い幾何学模様だけに、着姿は帯次第。そして、着用する方の年合いによっても印象が違ってくる。幅広い年齢で使える品物であろう。

平安王朝貴族の遊び「香合わせ・源氏香」の符号を文様化した図案。このブログでは、西陣の老舗織屋・紫紘のトレードマークとしてもお馴染みかと思う。褐色と柿茶色の組み合わせは、どことなく江戸っぽくなり、粋さも感じる。その上この源氏香図案は、江戸期の役者などが好んでつけたもの。シンプルだが、玄人っぽい合わせ方ではないだろうか。

 

竺仙の伝統を感じさせる、挿し色のない白・褐色コーマの組み合わせ。

 

(コーマ藍色地染・撫子の丸模様  ピンク撫子色 市松模様・絽博多半巾帯)

白や褐色と比べると、藍地は、より爽やかで涼やかに見える。この品物のように、挿し色の入らない白抜きのものだと、なおそれを感じる。これも前の二点同様に、帯の使い方次第で、イメージが変わる。

五弁の撫子の花びらを組み合わせて図案化したもの。遠目からは、「撫子の丸」のように見える。模様のかわいさもあり、帯で若々しさを演出してみたくなる浴衣。

ということで、浴衣図案とリンクするような、ピンクの撫子色の帯を使ってみた。半巾には珍しい絽で、模様は単純な市松。所々にある水色の筋がアクセントになっている。白抜き藍地の爽やかさを生かしながら、この帯で上品に可愛くまとめてみたが、どうであろうか。

 

(コーマ藍色地染・千鳥に籠目模様 山吹色ぼかし 雪華に細縞・博多半巾帯)

千鳥と籠目の組み合わせは、典型的な夏の図案。籠目は、横と左右の斜線を組み合わせたものだが、この幾何学図案が、水辺で使う竹の網籠の組み方と同じなので、水辺文として使われる。千鳥も水辺には、欠かせない存在で、浴衣ではお馴染みの模様。

図案化された親子の千鳥は愛らしく、籠目とのバランスも良い。この雰囲気だと、子どもモノとしても使えそうだ。こちらも、可愛い着姿になるように帯を考えてみよう。

黄色系の帯は、藍地ばかりでなく、白や褐色とも相性が良いので、一本持っていると重宝なもの。地色はカナリア色のぼかしで、中の図案は六本の細縞と、雪華の丸。一見、花の丸のようだが、よく見ると雪の結晶。これを雪華(せっか)文と呼ぶ。雪華も雪輪も、冬を感じさせる文様だが、涼やかさを表現するために、あえて薄物の図案として使うことがある。

 

藍に白抜きの浴衣は、見る者にもっとも涼やかな印象を残す。多色浴衣では表せないこんな着姿を、もっと若い方々に試して頂きたいと思う。

 

(白コーマ地・朝顔模様  藍濃淡浮織・首里道屯半巾帯)

梅雨空を吹き飛ばすように清々しい、朝顔だけの白地コーマ。朝顔の色は、藍の濃淡だけで染められている。同系色でアクセントを付けると、スッキリとした中にも、少し変化が付く。白地ならではの爽やかさを、より生かした浴衣であろう。

浴衣に表れる草花模様は、萩や桔梗、撫子、萩など、どちらかと言えば秋を連想させるものと、朝顔、向日葵など盛夏に咲き誇るもの、そしてこの紫陽花のように、梅雨時に旬を迎えるものとに分けられる。紫陽花の特徴は、日々変わり行く色の変化。これを藍の濃淡だけで描けば、目が覚めるような意匠となる。

こんな浴衣に使う帯では、藍系以外には思いつかない。こちらも藍濃淡の糸を織り込んだ、首里道屯の半巾。経糸の間に緯糸を挟みこみ、経糸を浮き上がらせることで模様を作る、浮き織りの両面帯。浴衣、帯ともに藍の濃淡にこだわった組み合わせ。

 

(白コーマ地・枠取り鉄線模様  ベージュ地・八重山ミンサー綿半巾帯)

大変珍しい、立枠で模様を区切った図案。これまで竺仙の品物を沢山扱ってきたが、こんな大胆な模様の切り取り方は、初めて。生地を三等分し、その中にそれぞれ鉄線を這わせる。この植物の、蔓を巻きながらまっすぐ上に伸びる特徴を生かした、大変斬新な浴衣。

配色は、栗皮色の濃淡で、所々の蘂に濃群青色が挿してある。全体をみれば、ほぼ茶系だけで染めてあるように思える。私には、この花が鉄線に見えるが、唐花のようでもある。図案化してあるので、どちらとも特定はできない。

こんなクセのある図案に合わせる帯地色は、難しいが、茶色と馴染みの良いベージュなら、それほど違和感は出ない。また、大胆で密な浴衣模様を生かすために、シンプルなミンサーを使い、すっきりとまとめた。

 

どちらも白いコーマ地に、同系色の濃淡で模様を描いたものだが、印象はまったく異なる。左側の鉄線の着姿は、さぞ目立つことだろう。

 

(男モノコーマ褐色地染・源氏香模様  薄茶地・琉球絣男帯)

最後に、粋な男モノを一点。最初の方の褐色・正倉院模様の浴衣に合わせた柿茶色の半巾帯と同じ、源氏香文様を散りばめたもの。褐色コーマに白抜きという、オーソドックスな浴衣だからこそ、この江戸文様が生きる。もしここに挿し色をしたら、源氏香の雰囲気が壊れてしまうだろう。

香遊びというのは、まず五種類の香を5つずつ作り、全部で25にする。そして、混ぜ合わせたものの中から、5つを選んだところで香を焚き、種類を判別する。この香の組み合わせは、全部で52種類。これを一つ一つ表現したものが、香の図である。

この図は、まず五本の線を縦に引き、同じものを横の線で繋ぐというもの。例えば、最初の香と三本目が同じ、二本目と最後が同じ、四本目だけが違うものとなると、この浴衣の香の図では、白く抜かれた図案(画像の下・左から二つ目)がそれに当たる。

52種の図は、源氏物語54帖にちなんで、源氏香の図と名前が付けられ、それぞれの図には、源氏の帖名が付いている。なお、源氏物語は54帖、香の図が52種であることから、物語の最初の帖・桐壺と、最後の帖・夢の浮橋は入っていない。江戸の人々からは、この図案の変化のある面白さと、その優美な名前の由来とが、大いにもてはやされた。中でも、役者などに特に好まれていたことが、当時の浮世絵に描かれた姿からもわかっている。

ミンサー独特の絣模様が、真ん中に入っている。地のカラシ色は浴衣の褐色と良く合うが、この紺筋があることで、着姿が引き締まって見える。江戸の粋姿を感じる、いかにも竺仙らしい図案である。

 

男性は粋に、女性は涼やかで潔く。少し大人のカップルに着用して頂きたい組み合わせ。こんな着姿は、入谷の朝顔祭りや、浅草寺のほおずき市など、初夏の江戸散歩に、良く似合う。

 

今日は、挿し色の入らないシンプルな品物をご覧頂いた。帯の選び方一つで雰囲気が変わるこんな浴衣は、着用する方の工夫が、様々に楽しめるもの。ぜひ皆様も、個性豊かな「江戸姿」を作って頂きたい。次回は、綿絽と多色使いの浴衣・玉むしを御紹介することにしよう。

 

毎年浴衣が揃うと、この6月のコーディネートを思い悩みます。どの柄を取り上げるか、またどの年代の方にふさわしい品物として、合わせる帯を考えるか、そして粋な江戸姿をどのように表現するかと。

店内の品物には、何十年も同じ型紙を使い、染め続けているものもあれば、今年新しく型紙を起こし、染められたものもあります。そして、そのひと柄ひと柄には、型紙の作り手や染手の息遣いが、聞こえるような気がします。

生地にこだわり、染めにこだわる竺仙の浴衣。未来に残したい、江戸の文化ですね。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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