毎年、ゴールデンウイークが終わる頃には、急に暑くなり始める。甲府のような内陸の盆地では、特に気温が上がりやすい。連休最終日の7日などは、31.5℃を記録し、全国で最も高い気温となった。
春が終わりかける頃、テレビの気象情報の項目として、紫外線予報が追加される。これからは、日を追って陽射しが強く感じられ、紫外線の量も増えてくる。線量のピークは7.8月だが、今の時期も結構強いらしい。
我々が子どもの頃には、夏休みになれば誰もが真っ黒に日焼けし、黒さを競ったものだが、その頃はほとんど紫外線の害について、話題にされなかった。「子どもは太陽の光をいっぱい浴びた方が、元気に育つ」と考えていた親も、多かったように思う。
時代は移り、紫外線の害が声高に叫ばれるようになると、社会は挙って対策に乗り出す。しみやそばかす、肌荒れの原因となり、皮膚がんのリスクも高まる。さらに、感染症や白内障の大きな要因とも考えられるとなれば、無理なからぬことだろう。
日傘を準備し、サングラスをかけ、日焼け止めクリームを塗る。毎日の生活の中で、出来る限り、直射日光を浴びないように心掛けるというのは、今や常識だ。
さて、人間の日焼けも避けなければならないが、呉服屋が扱う品物にも、「色ヤケ」という不具合が生まれることがあり、これまた出来るだけ避けたいことである。
多くのお客様は、品物が「汚れる」ことにはかなり注意を払っておられるが、「色ヤケ=変色」に関しては、気付くのが遅れることがよくあり、手入れの時の盲点になっているような気がする。そこで今日は、色ヤケした事例を御紹介し、どのような状況でこの不具合が起こるのか、またヤケやすい色目はあるのかなど、品物を保管する時の参考にして頂ければと思う。
色ヤケ・変色を起こした色留袖。
このキモノの本来の地色は、柔らかい薄水色。上の画像で見ても、所々色が抜け落ちたようにグレーっぽく変色しているのが判る。何故、こんな状態になってしまったのか、考えてみよう。
この品物を最後に着用したのが、約30年前。以来、ほとんど外気に触れることなく、箪笥の中に眠り続けてきた。全体を確認すると、しみ汚れの類は全く見られない。おそらく、着用後にはきちんと手を入れて仕舞ったものと考えられる。
左右の袖を重ね合わせてみると、色ヤケの程度がかなりはっきりする。右側の袖が本来の地色、左側がヤケを起こした袖。全体を見て変色部分を確認すると、袖口、袖付、肩付、さらに脇縫い部分にも見られ、この縫い目付近の変色が一番ひどい。そして、キモノをたたんだ時の折り目の前後にも、明らかな色変わりが見られる。
この変色箇所から判ることは、たたんでタトウ紙に入れた時、表面から見える所と、隠れている箇所では、ヤケ方に差があるということだ。例えば、箪笥の中に置いたまま、タトウ紙を開き、品物の状態を確認したとしよう。この時に見えるのは、上に出ているところだけで、下に入っている部分は、見えない。目に見える所は、同じような色に見えているため、まさかヤケを起こしているとは気付かない。箪笥から出して、キモノを広げ、下の部分が目に触れたとき、初めてヤケに気付き、衝撃を受けてしまう。
この品物は、袖口や袖付、肩付のヤケが酷いので、箪笥の中でタトウ紙を開いただけで、状態の変化に気付くが、縫い目にそったヤケは、たたんで仕舞うと境界の色がぼやけてしまい、変色していることが判り難いこともままある。
色の違いを拡大してみた。元の水色はほとんど感じられないほど、ヤケている。
陽の当たる場所へ長い時間吊るしておいた訳ではなく、しみ汚れや汗の手入れを怠ったという訳でもないのに、何故このような不具合が発生したのか。考えられるのは、変色を引き起こす何らかの要因が、箪笥の内部で進行していたということになるのだろう。
箪笥の中では、長い時間の間にガスが発生すると考えられている。これは、着用した時の汗や水分が蒸発することで生まれるものや、何種類かの防虫剤を併用することで起こるもの、あるいは箪笥の置いてある部屋に、石油ストーブなどが置いてあれば、そこから排出される揮発性の高い物質によるものなど、一様ではない。
この悪い気体が、箪笥内に置いたタトウ紙の隙間からキモノに侵入し、ヤケを起こす。であるから、一番危ないのは、箪笥の引き出しの一番上に置かれた品物ということになる。そして、その品物を包んでいるタトウ紙の中でも、上に出ている箇所がもっとも外気に触れやすく、より変色しやすい。そして、この状態を長く放置しておくと、悪いガスはどんどん箪笥の中にたまり、一番上に置いた品物ばかりか、下の品物にも影響を及ぼしかねない。
これまで「虫干し」として、年に二度くらいはキモノを外に出して、風を通すことが慣行とされてきたが、これは、むしろ「悪いガス」を抜き、空気を入れ替えるという、「ヤケ防止」の意味合いの方が強かったのかも知れない。
色ヤケの早期発見、また予防ということを考えれば、品物は箪笥から外に出して風を入れた方が、賢明なのだろう。皆様にとっては面倒なことであろうが、ぜひ小まめな対処をして頂きたいと思う。
先頃お預かりした、シボの大きいちりめん生地で、優しい桜色の無地紋付。
一見、何の問題もないように見えるキモノだが、色ヤケが起こっている場所は、左右両方の肩ヤマと袖ヤマ。持参されたお客様は、ヤマの色の変色に気付いて、手直し依頼にやって来られた。
肩ヤマから、袖ヤマにかけて、色の差は多少あるが、変色が見られる。
この部分が、一番色ヤケを起こしやすいところ。キモノを着用した後、汗抜きのために部屋の中でハンガーに吊るしておいたら、ヤマの色が変わってしまったということも、たまにある。これは、蛍光灯の光から発生する紫外線が原因と考えられる。また、陽射しの強い日に、少し長く外歩きをした時などは、太陽から直接紫外線を受けたことにより、変色してしまうことがある。
ヤマを拡大したところ。画像からは判り難いが、黄色っぽく色が変わっている。
この肩ヤマと袖ヤマの変色は、呉服屋にとっても注意を払わなければならない問題である。我々が扱う品物には、反物ではなく、「仮絵羽」というキモノを仮縫いした状態のものがある。振袖、留袖、訪問着などだ。これは模様の位置を、お客様にわかりやすく見せるための一つの方法だ。
この仮絵羽を、店内に展示する時に使う道具が衣桁だが、ここに長く掛けておくと、店の照明が発する紫外線により、ヤケを生ずることがある。その光が一番当たる場所は、衣桁最上部の肩ヤマと袖ヤマなのである。
この不具合は、商品が店に残っている時にはわからず、売れて仮絵羽を解いてみたら、ヤマがヤケていることに初めて気付いたなどということも、今までに経験している。だから、同じ品物を長時間飾り続けることは、色ヤケのリスクを生ずることとなる。
また、仮絵羽の品物だけではなく、普通の反物を撞木に掛けておいても、色ヤケすることがある。これも照明が原因だ。展示して模様を見せているところと、中に巻き込んであるところとで、色の齟齬が出来てしまう。だから、表に面したウインドの照明をわざと落としたり、頻繁に展示品を変えたりと、ヤケを意識した小まめな管理が求められる。
ついでなので、バイク呉服屋が目を離したことが原因で、色ヤケを起こした品物を御紹介しよう。皆様には、私の商品管理能力の無さに、呆れられてしまうかも知れないが、これも一つの教訓である。
変色は染モノばかりでなく、帯でも起こる。この袋帯は、店の入り口横にある小さなウインドに掛けたことで、ヤケが起こってしまった。画像の左側が、帯本来の地色・藤色。右が色ヤケした帯部分。
うちの店は、アーケード商店街の中にあるが、入り口に近い。正面のウインドは、アーケードで遮られるために、どんな時間でも直接光が当たることはないが、横のウインドは西を向いているため、夕方になると西日が射し込んでくる。
この帯を飾った時、たまたま夕方忙しい日が重なり、陽射しが当たったまま何日か放置してしまった。気が付いた時にはすでに遅く、ご覧の状態となってしまった。ウインドにはガラスが入っているが、ヤケには全く関係がない。
今まで述べたように、様々な外的な要因でヤケは起こるが、品物によってヤケやすいものと、そうでないものがあることも確かだ。最初に御紹介した色留袖の場合、一緒に入っていた他の品物には全くヤケはなく、無事であった。同じ条件下にあっても、全ての品物が変色することにはならない証である。
この要因は、品物に使ってある染料の堅牢度(けんろうど)の違いによるところが大きい。堅牢度とは、染モノの耐久性の度合いを表す目安のこと。光や、汗、摩擦など幾つかの項目があり、堅牢度は五段階に分かれている(1が最も低く、5が最も高い)。
キモノや帯の染色に使われている染料は様々であり、堅牢度の高いものも低いものもある。そしてその中でも、日光堅牢度に優れるもの、摩擦に対して耐久力のあるもの、また汗に強いものなど、染料の性質もまちまちだ。
品物を見ただけでは、使用している染料の堅牢度など判らないし、表示もない。だから、きちんと管理することこそが、商品の色ヤケを防ぐ唯一の手立てとなる。私も強く胆に命じている。
最後に、私の経験から「ヤケやすい色」があることをお伝えしておこう。それは、薄くて優しいきれいな色。中でも水色や藤色系は要注意だ。(最初の色留袖も、まさにきれいな水色の品物だった)。また帯や紬など織物系の品物が色ヤケすることは珍しく(私のように、陽射しにさらし続けると駄目だが)、染モノの方が断然多い。
そして染モノでも、小紋のようなカジュアルモノより、色留袖や訪問着など、フォーマルモノに不具合が起こりやすい。これは、着用機会が頻繁に無いので、箪笥の中に仕舞われ続けてしまうことが原因なのだろう。風に当て、空気を入れ替えることを怠ると、どうしても色ヤケのリスクは高まってしまう。
さて今日は、「色ヤケ」という地味なテーマに絞って話を進めてきた。皆様にお願いしたいことは、やはりこまめな管理である。カジュアルモノなどは、着用すれば、それはそのまま風を入れ替えることに繋がる。ぜひ、年に一度は、箪笥の中の品物に手を通して頂きたい。また、着用の機会が少ないフォーマルモノは、時々中の様子を見て欲しい。不具合がおこっても、早期の発見なら、容易に手直し出来る。
今日御紹介した品物で、ヤマが色ヤケした色無地の修復は、そう難しくはない。また、広範囲に変色が起こった色留袖も、補正職人・ぬりやのおやじさんの色ハキ技術を考えれば、何とかしてくれるのではないかと思う。ただし、私が駄目にしてしまった袋帯のヤケは、どんなことをしても修復不能である。
この「事件」は、もう10年以上前のことだが、自分への教訓として、ヤケた帯を残してきた。改めて、品物の扱いには万全の注意を怠らないようにしたいと思う。
一年中ノーガードでバイクを走らせる私にとって、紫外線は全く気になりません。
毎日日焼け止めクリームを塗るなど面倒なことで、肌を守るために長袖を着用するのも暑苦しい。サングラスで目を守ることは必要かと思いますが、私の人相でこの「黒メガネ」をかけると、「危ない業界の人」にしか見えないらしく、奥さんには使用をきつく止められています。
世間がどんなに弊害を喚起しようとも、今更仕事のスタイルを替えることも出来ません。もしこの先、肌ヤケがひどくなるようなら、ぬりやのおやじさんに「人間の色ハキ」をしてもらいたいと思います。もちろん、断られるでしょうが。
今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。