バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

品物の「色ヤケ」に関わること  注意すべきことは何か

2017.05 10

毎年、ゴールデンウイークが終わる頃には、急に暑くなり始める。甲府のような内陸の盆地では、特に気温が上がりやすい。連休最終日の7日などは、31.5℃を記録し、全国で最も高い気温となった。

春が終わりかける頃、テレビの気象情報の項目として、紫外線予報が追加される。これからは、日を追って陽射しが強く感じられ、紫外線の量も増えてくる。線量のピークは7.8月だが、今の時期も結構強いらしい。

 

我々が子どもの頃には、夏休みになれば誰もが真っ黒に日焼けし、黒さを競ったものだが、その頃はほとんど紫外線の害について、話題にされなかった。「子どもは太陽の光をいっぱい浴びた方が、元気に育つ」と考えていた親も、多かったように思う。

時代は移り、紫外線の害が声高に叫ばれるようになると、社会は挙って対策に乗り出す。しみやそばかす、肌荒れの原因となり、皮膚がんのリスクも高まる。さらに、感染症や白内障の大きな要因とも考えられるとなれば、無理なからぬことだろう。

日傘を準備し、サングラスをかけ、日焼け止めクリームを塗る。毎日の生活の中で、出来る限り、直射日光を浴びないように心掛けるというのは、今や常識だ。

 

さて、人間の日焼けも避けなければならないが、呉服屋が扱う品物にも、「色ヤケ」という不具合が生まれることがあり、これまた出来るだけ避けたいことである。

多くのお客様は、品物が「汚れる」ことにはかなり注意を払っておられるが、「色ヤケ=変色」に関しては、気付くのが遅れることがよくあり、手入れの時の盲点になっているような気がする。そこで今日は、色ヤケした事例を御紹介し、どのような状況でこの不具合が起こるのか、またヤケやすい色目はあるのかなど、品物を保管する時の参考にして頂ければと思う。

 

色ヤケ・変色を起こした色留袖。

このキモノの本来の地色は、柔らかい薄水色。上の画像で見ても、所々色が抜け落ちたようにグレーっぽく変色しているのが判る。何故、こんな状態になってしまったのか、考えてみよう。

この品物を最後に着用したのが、約30年前。以来、ほとんど外気に触れることなく、箪笥の中に眠り続けてきた。全体を確認すると、しみ汚れの類は全く見られない。おそらく、着用後にはきちんと手を入れて仕舞ったものと考えられる。

 

左右の袖を重ね合わせてみると、色ヤケの程度がかなりはっきりする。右側の袖が本来の地色、左側がヤケを起こした袖。全体を見て変色部分を確認すると、袖口、袖付、肩付、さらに脇縫い部分にも見られ、この縫い目付近の変色が一番ひどい。そして、キモノをたたんだ時の折り目の前後にも、明らかな色変わりが見られる。

この変色箇所から判ることは、たたんでタトウ紙に入れた時、表面から見える所と、隠れている箇所では、ヤケ方に差があるということだ。例えば、箪笥の中に置いたまま、タトウ紙を開き、品物の状態を確認したとしよう。この時に見えるのは、上に出ているところだけで、下に入っている部分は、見えない。目に見える所は、同じような色に見えているため、まさかヤケを起こしているとは気付かない。箪笥から出して、キモノを広げ、下の部分が目に触れたとき、初めてヤケに気付き、衝撃を受けてしまう。

この品物は、袖口や袖付、肩付のヤケが酷いので、箪笥の中でタトウ紙を開いただけで、状態の変化に気付くが、縫い目にそったヤケは、たたんで仕舞うと境界の色がぼやけてしまい、変色していることが判り難いこともままある。

 

色の違いを拡大してみた。元の水色はほとんど感じられないほど、ヤケている。

陽の当たる場所へ長い時間吊るしておいた訳ではなく、しみ汚れや汗の手入れを怠ったという訳でもないのに、何故このような不具合が発生したのか。考えられるのは、変色を引き起こす何らかの要因が、箪笥の内部で進行していたということになるのだろう。

箪笥の中では、長い時間の間にガスが発生すると考えられている。これは、着用した時の汗や水分が蒸発することで生まれるものや、何種類かの防虫剤を併用することで起こるもの、あるいは箪笥の置いてある部屋に、石油ストーブなどが置いてあれば、そこから排出される揮発性の高い物質によるものなど、一様ではない。

この悪い気体が、箪笥内に置いたタトウ紙の隙間からキモノに侵入し、ヤケを起こす。であるから、一番危ないのは、箪笥の引き出しの一番上に置かれた品物ということになる。そして、その品物を包んでいるタトウ紙の中でも、上に出ている箇所がもっとも外気に触れやすく、より変色しやすい。そして、この状態を長く放置しておくと、悪いガスはどんどん箪笥の中にたまり、一番上に置いた品物ばかりか、下の品物にも影響を及ぼしかねない。

 

これまで「虫干し」として、年に二度くらいはキモノを外に出して、風を通すことが慣行とされてきたが、これは、むしろ「悪いガス」を抜き、空気を入れ替えるという、「ヤケ防止」の意味合いの方が強かったのかも知れない。

色ヤケの早期発見、また予防ということを考えれば、品物は箪笥から外に出して風を入れた方が、賢明なのだろう。皆様にとっては面倒なことであろうが、ぜひ小まめな対処をして頂きたいと思う。

 

先頃お預かりした、シボの大きいちりめん生地で、優しい桜色の無地紋付。

一見、何の問題もないように見えるキモノだが、色ヤケが起こっている場所は、左右両方の肩ヤマと袖ヤマ。持参されたお客様は、ヤマの色の変色に気付いて、手直し依頼にやって来られた。

肩ヤマから、袖ヤマにかけて、色の差は多少あるが、変色が見られる。

この部分が、一番色ヤケを起こしやすいところ。キモノを着用した後、汗抜きのために部屋の中でハンガーに吊るしておいたら、ヤマの色が変わってしまったということも、たまにある。これは、蛍光灯の光から発生する紫外線が原因と考えられる。また、陽射しの強い日に、少し長く外歩きをした時などは、太陽から直接紫外線を受けたことにより、変色してしまうことがある。

ヤマを拡大したところ。画像からは判り難いが、黄色っぽく色が変わっている。

この肩ヤマと袖ヤマの変色は、呉服屋にとっても注意を払わなければならない問題である。我々が扱う品物には、反物ではなく、「仮絵羽」というキモノを仮縫いした状態のものがある。振袖、留袖、訪問着などだ。これは模様の位置を、お客様にわかりやすく見せるための一つの方法だ。

この仮絵羽を、店内に展示する時に使う道具が衣桁だが、ここに長く掛けておくと、店の照明が発する紫外線により、ヤケを生ずることがある。その光が一番当たる場所は、衣桁最上部の肩ヤマと袖ヤマなのである。

この不具合は、商品が店に残っている時にはわからず、売れて仮絵羽を解いてみたら、ヤマがヤケていることに初めて気付いたなどということも、今までに経験している。だから、同じ品物を長時間飾り続けることは、色ヤケのリスクを生ずることとなる。

また、仮絵羽の品物だけではなく、普通の反物を撞木に掛けておいても、色ヤケすることがある。これも照明が原因だ。展示して模様を見せているところと、中に巻き込んであるところとで、色の齟齬が出来てしまう。だから、表に面したウインドの照明をわざと落としたり、頻繁に展示品を変えたりと、ヤケを意識した小まめな管理が求められる。

 

ついでなので、バイク呉服屋が目を離したことが原因で、色ヤケを起こした品物を御紹介しよう。皆様には、私の商品管理能力の無さに、呆れられてしまうかも知れないが、これも一つの教訓である。

変色は染モノばかりでなく、帯でも起こる。この袋帯は、店の入り口横にある小さなウインドに掛けたことで、ヤケが起こってしまった。画像の左側が、帯本来の地色・藤色。右が色ヤケした帯部分。

うちの店は、アーケード商店街の中にあるが、入り口に近い。正面のウインドは、アーケードで遮られるために、どんな時間でも直接光が当たることはないが、横のウインドは西を向いているため、夕方になると西日が射し込んでくる。

この帯を飾った時、たまたま夕方忙しい日が重なり、陽射しが当たったまま何日か放置してしまった。気が付いた時にはすでに遅く、ご覧の状態となってしまった。ウインドにはガラスが入っているが、ヤケには全く関係がない。

 

今まで述べたように、様々な外的な要因でヤケは起こるが、品物によってヤケやすいものと、そうでないものがあることも確かだ。最初に御紹介した色留袖の場合、一緒に入っていた他の品物には全くヤケはなく、無事であった。同じ条件下にあっても、全ての品物が変色することにはならない証である。

この要因は、品物に使ってある染料の堅牢度(けんろうど)の違いによるところが大きい。堅牢度とは、染モノの耐久性の度合いを表す目安のこと。光や、汗、摩擦など幾つかの項目があり、堅牢度は五段階に分かれている(1が最も低く、5が最も高い)。

キモノや帯の染色に使われている染料は様々であり、堅牢度の高いものも低いものもある。そしてその中でも、日光堅牢度に優れるもの、摩擦に対して耐久力のあるもの、また汗に強いものなど、染料の性質もまちまちだ。

品物を見ただけでは、使用している染料の堅牢度など判らないし、表示もない。だから、きちんと管理することこそが、商品の色ヤケを防ぐ唯一の手立てとなる。私も強く胆に命じている。

 

最後に、私の経験から「ヤケやすい色」があることをお伝えしておこう。それは、薄くて優しいきれいな色。中でも水色や藤色系は要注意だ。(最初の色留袖も、まさにきれいな水色の品物だった)。また帯や紬など織物系の品物が色ヤケすることは珍しく(私のように、陽射しにさらし続けると駄目だが)、染モノの方が断然多い。

そして染モノでも、小紋のようなカジュアルモノより、色留袖や訪問着など、フォーマルモノに不具合が起こりやすい。これは、着用機会が頻繁に無いので、箪笥の中に仕舞われ続けてしまうことが原因なのだろう。風に当て、空気を入れ替えることを怠ると、どうしても色ヤケのリスクは高まってしまう。

 

さて今日は、「色ヤケ」という地味なテーマに絞って話を進めてきた。皆様にお願いしたいことは、やはりこまめな管理である。カジュアルモノなどは、着用すれば、それはそのまま風を入れ替えることに繋がる。ぜひ、年に一度は、箪笥の中の品物に手を通して頂きたい。また、着用の機会が少ないフォーマルモノは、時々中の様子を見て欲しい。不具合がおこっても、早期の発見なら、容易に手直し出来る。

今日御紹介した品物で、ヤマが色ヤケした色無地の修復は、そう難しくはない。また、広範囲に変色が起こった色留袖も、補正職人・ぬりやのおやじさんの色ハキ技術を考えれば、何とかしてくれるのではないかと思う。ただし、私が駄目にしてしまった袋帯のヤケは、どんなことをしても修復不能である。

この「事件」は、もう10年以上前のことだが、自分への教訓として、ヤケた帯を残してきた。改めて、品物の扱いには万全の注意を怠らないようにしたいと思う。

 

一年中ノーガードでバイクを走らせる私にとって、紫外線は全く気になりません。

毎日日焼け止めクリームを塗るなど面倒なことで、肌を守るために長袖を着用するのも暑苦しい。サングラスで目を守ることは必要かと思いますが、私の人相でこの「黒メガネ」をかけると、「危ない業界の人」にしか見えないらしく、奥さんには使用をきつく止められています。

世間がどんなに弊害を喚起しようとも、今更仕事のスタイルを替えることも出来ません。もしこの先、肌ヤケがひどくなるようなら、ぬりやのおやじさんに「人間の色ハキ」をしてもらいたいと思います。もちろん、断られるでしょうが。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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