伊丹十三監督の作品は、どれも個性的だ。未亡人が、夫のラーメン店を再建する姿を描いた「たんぽぽ」や、女性査察官が脱税者を摘発する「マルサの女」。また、幼馴染が経営するスーパーを再建する主婦が主人公の「スーパーの女」、余命を宣告された人間の生き方を描いた「大病人」など、何れもほとんど題材にされなかった身近なことや、社会問題に視点が当てられ、映画としても楽しめる作品に仕上がっている。
中でも、一連の伊丹映画のはじまりとなる「お葬式」は、人間をあの世に送る厳粛な葬送の儀式を、コミカルに描いている。人生の中で、誰もが経験するお葬式だが、その式次第はどのように進めたらよいのか、戸惑うことが多い。この映画は、伊丹監督が、妻・宮本信子の父の葬儀で喪主を務めたことがきっかけになり、作られたもの。これを見ると、「葬式を出す」ということが、いかに大変なことかが、よく理解出来る。
葬儀の方法は、地域ごとに違いがあるが、一昔前なら自宅で執り行われるのが、一般的だった。葬儀社の手配や寺院への連絡を手始めに、家の片付けや煮炊きなど、近所の人々に協力して頂きながら、慌しく進められていく。近隣の家の葬式の手伝いとなれば、以前なら最低3日は、仕事を休まなければならなかった。
それが、葬祭場が出来たことにより、葬儀に掛かる労力は大幅に削減された。手伝いも、受付くらいで済み、後は葬儀社が全て請け負ってくれる。祭壇や飾花も、料金別に設定されている中から、選べば良い。食事の準備なども、何もせずとも整えてくれる。
自分が喪主となる葬儀は、ほとんどが自分や配偶者の親が亡くなった時に限られる。だから、経験していなければ、わからないことばかりだ。それを、「全てお任せ下さい」とばかりに進めてくれる葬儀社は、大変助かる存在である。
もしかしたら、我々が「お任せすること」において、かなり有用な仕事なのかもしれない。現代の葬儀形態は、大掛かりな式から、簡単な家族葬へと姿を変えつつあるが、何れにせよ、葬儀を取り仕切る仕事は、この先も消えることは無いだろう。
さて、今日は前回の続きで、呉服屋としてお客様から「お任せ」を頂いた仕事についてお話しよう。今日のお任せテーマは、草履。
お任せされた草履を誂えるために、龍村から取り寄せた鼻緒と台。
キモノを着用する時、草履は欠かせないモノだが、お任せ頂く品物としては、大変難しいアイテムかと思う。まず、問題になるのは、サイズ。靴を選ぶ時でも、単純に大きさが合っていれば、それで良いと言うものではなく、人それぞれの足には、特徴がある。だから、とにかく一度は、履いて試さなければ、判断出来ない。
特に、カジュアル用の草履だと、使う機会が多いだけに、「履きやすさ」が最優先される。いつまでも指先が痛かったり、歩き難いものでは駄目で、使うごとに、楽に履けるようでなければ、使い勝手の良い草履とは言えない。
サイズとともに問題になるのは、「どんなキモノに使う草履なのか」ということ。ここをお客様からしっかりと確認しないことには、台の材質や、鼻緒の色・模様も全く決まらない。
黒留袖や色留袖などの、いわゆる第一礼装に使うものなら、まだ想像が付く。色目として考えられるのが、白や金・銀を使ったものにほぼ限定されるからだ。だが、準礼装の無地や付下げあたりになると、着用するキモノの色や模様を考慮しなければならない。
また、紬や小紋などのカジュアルモノだと、自由度は高く、それこそ選択の幅は広がる。そして、ある程度、どんなキモノにも使い回しが利くようにしておく方が、使う頻度も高くなり、利用価値が出てくる。そしてもちろん、カジュアル用とフォーマル用では、雰囲気の違いは明らかであり、兼用にはならない。
今回、お二人のお客様からお任せ頂いた草履を、それぞれ紹介してみよう。
牛革台・シルバーグレー 鼻緒・濃グレー地 糸屋輪宝手文様
最初の依頼は、上の画像のような墨色に近い色紋付無地と、鼠色地の飛び柄小紋の両方に使える草履を探すこと。カジュアルというよりは、むしろ準礼装、あるいはそれに近いキモノに使うものとなる。
台の材質は、履きやすさから牛革が良いと思われ、色は、シルバーグレー・ベージュ・薄茶・茶・墨色の5色を選んでみた。お客様の年合いを考え、少し落ち着きのある色に限定してみた。
取り寄せた鼻緒は、6本。いずれも名物裂を復元した文様。どれも光波帯や元妙帯の図案としても使われており、一目で龍村製と判る。画像左から、咸陽宮鱗文(白)・糸屋輪宝手(グレー)・唐花雙鳥長斑錦・咸陽宮鱗文(茶)・祥龍宝華文・糸屋輪宝手(ローズ)。
龍村の京袋帯には、光波帯と元妙帯の二種類があるが、光波帯の方は、図案から見ても、どちらかと言えばカジュアル向きで、元妙帯には、金銀使いの文様が多く、準礼装にも使えそうなものが多い。
(元妙帯 糸屋輪宝手・グレー 龍村美術織物)
輪宝(りんぽう)は、元々古代インドの投擲用の武器だったものが、仏教の転輪聖王の宝となり、仏法を象徴するものとして尊重されるようになった。糸屋とは、室町期に堺の豪商として知られた「絲屋」のことで、ここの蔵から見つかった輪宝文様の裂にちなんで、龍村が名付けたもの。
(元妙帯 糸屋輪宝手・ローズ 龍村美術織物)
龍村の光波・元妙帯には、同じ文様でも地色や大きさの違うものが、作られているが、比べてみると雰囲気が違っている。同じ糸屋輪宝手の帯でも、色により向く年代が変わってくる。
グレー系のキモノ地色に合わせ、台・鼻緒ともグレー系を使ってみた。一口にグレーと言っても、様々な色があるので、出来るだけ色が重ならないように、濃淡に差を付けて選んだ。台は薄色を使い、鼻緒に濃くすることで、アクセントが付く。
鼻緒の輪宝文様のところには、金糸が織り込まれているため、少しフォーマルっぽくもなる。無地や飛び小紋のような、準礼装的なキモノに使っても、違和感はない。
牛革台・薄茶色 鼻緒・海老茶色 稜華文錦
もう一つの草履は、前回「八掛のお任せ」の稿で取り上げた、泥染紬に合わせるもの。
先ほどの草履とは違い、これは完全にカジュアル使いの品物。とすれば、どんな色・模様の台や鼻緒を使っても構わないが、やはりそこは、着用する方の雰囲気やキモノに、出来るだけ馴染むものの方が良い。
鼻緒と同じ「稜華文錦(こちらはブルー地)」を使ったクッション。龍村の小物には、帯と同様の裂地が多く見られるが、どれも不思議にマッチし、独特の高級感を醸し出している。
キモノの地色が、限りなく黒に近い茶なので、足元で少し色を和らげるように、薄茶色の台を使う。鼻緒は、茶にも紫にも感じられる八掛の色を意識し、ほぼ同じ気配の色を合わせた。
こちらも、台を薄色で、鼻緒には同系色の濃色を使ってまとめたが、やはり鼻緒を濃くした方が、引き締まった感じになる。文様の稜華(りょうか)文は、先日ご紹介した、「天平鏡花錦・袋帯」と同様に、正倉院に所蔵されている銀平脱鏡箱の八弁唐花をモチーフにしている。
光の当たり方で、最初の画像とはかなり雰囲気が違って見える。八掛の色目と同様、渋く落ち着きのある草履になっている。もし、八掛にこれとは違う色を使っていれば、やはり草履の姿も変わってくるだろう。
草履と言えども、使うキモノの色や雰囲気に関連を持たせることは、ある程度必要かと思う。だが、カジュアル草履に関しては、基本的には、使う方の好みで自由に考えれば良い。今回は、バイク呉服屋が「任された品物」ということで、選んだ理由を述べてみただけである。
台と鼻緒が決まって、加工に出す前の二足の草履。
仕上がって戻ってきた、二足の草履。当たり前だが、どちらも選んだ時のイメージにそぐわない出来上がりになっている。
八掛、草履と二回にわたり、お客様から「任された品物」について、話を進めてきた。「任されること」は、信頼の証であり、必ずお客様には満足して頂かなければならず、その責任は重い。
適品を選ぶ時に大切なのは、使うお客様のイメージを想起すること。人には個性があり、それぞれ雰囲気も違う。自分のこれまでの経験を生かしながら、その人に合った色目や模様を探していく。その時には、ただやみくもに「色や柄を揃えれば何とかなる」というものではなく、ある程度範囲を絞ることが必要かと思う。
品物を依頼された時には、いつでも適切に対応出来るよう、アンテナを広げ、想像力を膨らませていく。難しいことだからこそ、「任せて良かった」と言われた時の喜びは、大きい。
5日に母が亡くなり、葬儀の準備、通夜、告別式と慌しい一週間になりました。実は、今週のブログ更新を、諦めていましたが、やはり、普段通りに一つでも仕事をすることが供養にもなると考え、稿を書くことにしました。
戦争の苦労はあったものの、呉服屋の女房として、良い時代に仕事が出来て、幸せな人生だったのではないかと、改めて思います。
今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。