バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

1月のコーディネート  補色の概念を、帯合わせの中で考えてみる

2017.01 29

世の夫婦は、性格やモノの考え方が似通う「似た者夫婦」と、どうして一緒になったのか理解に苦しむような「異質な夫婦」とに、分かれるような気がする。

似た者同士ならば、共感し合えることが多いので、穏やかな暮らしを送ることが出来そうだ。片や、相反するような夫婦だと、事あるごとにぶつかり合い、中には家庭生活そのものが、「日々是戦場」のような状態になるかも知れない。

こう考えると、すんなり相手を理解し合えるカップルの方が、長い夫婦生活を送る時には良さげに見えるのだが、実は、そうでもないのだ。

 

夫婦として一緒に暮らしている何十年もの間には、様々な問題に直面する。子どもが生まれれば、子育てのこと、親が年老いれば介護のこと。そしてそもそも二人一緒に、どのように人生を歩んでいくのか、という大きな命題を抱えて、暮らしていかなければならない。

問題にぶつかったとき、似たような考え方の夫婦だと、同じような解決策しか思い浮かばず、手詰まりになることがある。価値観や生き方が、同じような方向にしか向いていないので、これは仕方が無い。

これが、考え方が対極にある夫婦だと、思わぬ解決策を見出せることがある。それは相手に、自分では到底考え付かないようなことを、提案出来る素地があるからだ。だから相手の話を聞いて、「目から鱗」のように、悩みが消えてしまうこともままある。そしてそもそも、悩んでいた問題を、異質な相手は「問題にもしない」ことが多い。

全く違う気質の夫婦にとっての最大の武器は、違う視点で物事を考えられること。これは、互いに補完・捕捉し合って生活をし、家庭を築いていくことに繋がる。

 

キモノと帯のコーディネートは、この夫婦同士の関係と、良く似ているように思う。キモノと帯を同系色の濃淡で合わせるのが、「似た者カップル」であり、対極にある色で互いを引き立たせるのが、「異質カップル」であろうか。

今日は、キモノと帯双方を補完し、引き立てあう色の組み合わせ=補色(ほしょく)という視点で、コーディネートを考えてみる。品物は、最も華やかさを演出することが求められる、振袖を使うことにしたい。いつものコーディネートでは、ご紹介する品物の模様や作り方に時間を割くが、今日は、色に注目しながら、稿を進めてみたい。

 

今日、コーディネートで使用する振袖と三点の帯、小物(帯〆・帯揚・刺縫衿)

人間が見るそれぞれの色の見え方は、三つの要素で決まる。一つは色相で、赤・青・緑のように「色の見え方」の違いである。二つ目は、彩度で、色の鮮やかさ。もう一つは色の明るさ・明度である。この三要素・色の三属性を理解することが、色を知る基本となる。

 

私が小学生だった頃、色鉛筆というものは、少し贅沢な学用品であった。多くの子どもが持っていた色鉛筆は、12色だったが、中には24色や36色も揃っているような色鉛筆箱を机に置いた子がいて、みんなから羨望の眼差しを受けていた。

買ったばかりの色鉛筆の箱を開けると、美しく目に馴染むように色が並ぶ。箱の一番左隅から、茶・赤・橙・黄・緑・青・紫の順。白と黒がどこに置かれていたのか、記憶がないが、そもそも12色の場合には、この二色は入っていなかったかもしれない。

 

順番に並んだ色鉛筆には、色を秩序立てて配列し、美しく見せるという意識が伺える。これは、人が色に持つ心理的な感情を考慮して、考え出されたものである。

色を配列する形式には、色空間(カラースペース)というものがあり、円や球などの幾何学図形を使いながら、表示される。人が色に対して感じる心理的な概念に基づいた配列形式を、表色系と呼ぶ。この形式の代表的なものが、色の三属性に基づく「マンセルの表色系=マンセル・システム」である。

 

この表色系は、アメリカ人画家のアルバート・マンセルが、曖昧な色の名前を合理的に表現したいと考えて生まれたもので、色相の連続的な変化を、円の上に繋いで表示している。このように順序立てた色の円のことを、色相環(しきそうかん)と呼び、マンセルシステム以外にも、幾つかの方式がある。

マンセルは、円の頂点にまず赤を置き、黄・緑・青・紫の5色を円の上に配置する。そして、その5色の色と色の間に、黄赤・黄緑・青緑・紫青・赤紫の5色を置いた。この10色が基本色となり、その色をさらに10分割し、合計100色を円の上に繋ぎ、色相環を完成させた。

この、マンセルの作り上げた色配列の表示法は、現在JIS規格(日本工業規格)として、標準化されており、色を扱う仕事の現場では、貴重な役割を果たしている。

 

マンセルの色相環を見ると、一つの色においては、その正反対側に位置する色が、一番かけ離れた色と見なされる。これが色相環における「補色(ほしょく)」である。例えば、赤系に正対する色は緑系であり、黄系は紫系、橙系は青系になる。

この補色にあたる色同士は、その名前の通り、「双方の色と色を補う色」ということになる。この二つを組み合わせて使うと、互いの色を引き立てあう効果があると考えられ、それを「補色調和」と呼んでいる。

 

店舗の看板や表示ロゴに使う色には、人の目を引きつけたり、目立たせることを意図して、この補色調和がよく採用されている。

例えば、コンビ二のセブンイレブンや、サンクスの看板を見て頂きたい。そこで使われている色は、赤と緑という補色関係にある色同士だ。セブンイレブンでは、真ん中の大きな7の字には赤が、その縁どりには緑が使われている。サンクスの色使いも、同様。また、同じコンビ二のミニ・ストップの看板を見ると、黄色と紫を使っていて、やはりこれも補色を意識している。

このように、対極にある色の組み合わせには、全体を引き立たせて見せることに、一定の効果があることが判る。この概念は、キモノと帯をコーディネートする場合にも、一つの考え方として頭に入れておくと、良いかもしれない。もちろん、地色の相性だけでは、納得出来る組み合わせにはならず、キモノと帯それぞれの図案や、中の配色も勘案しなければならない。

補色についての説明が、大変長くなってしまったが、実際のコーディネートで、色の映り方を試すことにしよう。

 

(紗綾型紋綸子 水色地 桜楓枝垂れ模様 型友禅振袖・菱一)

振袖は、華やかで、晴れ晴れしい場面で使うものと限られていることから、キモノと帯の双方で、着姿を引き立てる役割を果たす必要がある。その意味でコーディネートを考える時、「補色」を念頭に置きやすい品物であろう。

これから、この振袖に違う色目の帯を三点使って、コーディネートしてみる。また、帯〆や帯揚げも、その都度合う色を考え、変えてみたい。

 

(朱地 大彩波文様 袋帯・紫紘)

色相環で見ると、振袖の地色・水色系の補色にあたるのは、橙色系である。マンセルの作り上げたシステムでは、一つの色に対して、補色は一つだけに限られているが、今日は、もう少し範囲を広げて、色の系統として補色にあたるものを考えてみたい。

キモノの明るい水色と、その対極にある帯の濃い朱色。補色を厳密に考えれば、朱よりもう少し色が柔らかい橙色だろうが、ほぼ補色を意識した色の取り合わせである。

画像を見ると、「補色調和」の原則の通り、双方が引き立つ合わせになっているように思える。また、振袖模様の中にある楓の朱色と、帯地色がリンクしているため、なおピタリと収まっているように見える。

前の合わせ。帯地の紐波模様の配色は、大部分が朱色と金・銀、そして僅かに緑と紫の色が見える。帯色の印象は朱そのものであることが、振袖の水色との映りを際立たせている。

帯〆と帯揚げに使った明るい緑色=萌黄色は、色相環では水色と朱色の丁度中間に位置する色であり、どちらの地色にも、均等に馴染むものではないかと思う。すこし色はずれるが、赤と緑は補色なので、それに近い帯の朱と小物の萌黄も、ある程度は補色を意識出来る色の取り合わせである。

コーディネートを考える場合、色だけではなく、当然図案も考えに入れなくてはならない。振袖は、観世流水に桜楓文様で、しかも上に伸び上がるような枝垂れ模様。こんな図案のキモノに合わせる帯は、やはり花文様以外の抽象的な文様の方が、まとまりやすい。帯図案の流水のような紐文様と、振袖の中にある観世流水とで、双方の文様としても関連が見える。

 

(黄色地 雲取能衣桐蝶文様 袋帯・紫紘)

袋帯の地色としては珍しい黄色だが、キモノ地色の水色との補色を考えると、すこしずれる。黄色系の本来の補色は紫色系なので、最初の朱色との合わせのようには、キッチリとは決まらない。

ただ、キモノと帯の合わせでは、「決めすぎないこと」も手段の一つである。朱より柔らかい黄色地を使うことで、着姿に優しさが出る。双方を引き立てることだけに捉われて、補色を意識しすぎてもよくない。コーディネートは、決まりきった一つの形ではなく、印象が変わるような組み合わせを何通りか考える必要がある。何故ならば、着用する人によって、「どのような雰囲気にしたいか」が変わるからだ。

前の合わせ。橙色が主体の帯模様の配色により、キモノの水色と補色の関係が出来ている。黄色は補色ではないが、水色からは遠い色なので、合わせに違和感がない。

小物に濃い茜色を使ったのは、少し柔らかい印象の着姿を引き締めるため。このような場合の小物の色は、橙色では弱く、緑系では色が浮いてしまう。もちろん、帯地と同系の黄色は使えない。キリッとした赤を使うことで、着姿が決まる。いわば、体操における着地のような役割である。

露芝の中に、揚羽蝶と桐があしらわれたこの帯文様は、能衣装の中によく見られる重厚な図案。キモノの模様は、ほぼ桜と楓だけであり、かわいいイメージが前に出ているが、帯に重い図案を使うことにより、着姿全体の格を上げることが出来る。

 

(黒地 七宝大華文 袋帯・紫紘)

最後は、色相環には入っていない、黒地を使ってみた。白と黒、それに灰色は色の様相が無く、彩度も無いため、「無彩色」となる。従って、色相環の外にある色であり、当然補色となる色がない。

だが、この三色ほど、合わせるものに影響を与える色は無かろう。特に白と黒は、印象を劇的に変える効果がある。帯には、白地や黒地のモノが多く、キモノの地色とどのように組み合わせるか、考える場面が多い。

私には、黒地はキモノを引き立たせ、白地は着姿を優しく印象付ける効果があるように思える。特に振袖に多く見られる地色、赤・緑・青の三原色で使う場合には、それが大きい気がする。画像を見ると、朱や黄色地の帯を使ったコーディネートとは、雰囲気が違い、黒地独特の「キモノの引き立て方」になっている。

前の合わせ。七宝の中の大唐花の橙色が、地の水色とは補色。模様は大胆で、かつ配色は金銀と橙色系だけ。画像では、黒地色があまり意識されない。

小物は黄色を使ってみたが、少しおとなしすぎるきらいがあり、むしろ橙色の方が良いのかもしれない。また、茜のような濃赤でも、濃緑でも若草色でも合わすことが出来るだろう。黒地の帯には、どのような小物の色にも対応出来る強さがある。

この帯図案は、先頃ご紹介した七宝文=花輪違い文。輪の中の花が大きく取られ、花菱文様にも見える。有職文を代表する七宝も、思い切り華々しくデザインしてしまうと、こんな形になる。先ほどの能衣装模様と同様、着姿の格を上げる帯であろう。

 

色、特に補色という概念を意識したコーディネートは、如何だっただろうか。一枚の振袖に対して、三点の帯を合わせてみたが、それぞれ受ける印象は違うように思う。

コーディネートには、正解というものはなく、人により選ぶものも違う。それが、着る方の個性にも繋がっている。大切なのは、お客様に選ぶ余地を残すこと。それは売り手が、雰囲気の異なる組み合わせをどのように提案するか、ということに関わってくる。

お客様を必要以上に迷わせてはいけないが、品物を選ぶ楽しさを、十分に感じて頂くことも、店が果たす役割の一つではないだろうか。

最後に、ご紹介した帯と小物の画像を、もう一度どうぞ。なお、使用した帯〆・帯揚げ・刺繍衿は、すべて加藤萬の品物。

 

中学校の数学には、「ねじれの位置」というものが出てきます。これは、二本の直線が、空間内で平行でもなく、交わってもいない状態にあることを指します。つまりは、同じ平面の上には、乗れない二つの直線ということになります。

テストではよく、立方体図形の中で、ねじれの位置にある辺を探すような問題が出されますが、平行も交差もしていないところを見つければ、自然に解答が得られます。私は、本当に幾何が苦手でしたが、ねじれの位置を探すのだけは、上手でした。

 

これが、現在の夫婦関係にも繋がっており、性格も考え方も、家内と私では全く相容れない、まさに「ねじれの位置」にあると思われます。

本来ならば、お互いの欠点を補い、引き立てあう「補色」のような関係にならなくてはいけませんが、バイク呉服屋のアクが強すぎて、どこまで行っても、かみ合うことがありません。

それでも、「金井克子状態=他人の関係」には陥っていないので、まだどこかに、気持ちが交差する要素が残っているということでしょう。この先、三行半を突きつけられないように、せいぜい自重したいと思います。

今日も長くなってしまいましたが、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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