浚い(さらい)とか、浚うという語句は、片付けるとか、まとめて整理するという意味である。「どぶ浚い」は、どぶ=側溝の大掃除であり、「棚浚え」は、商店の棚に残っている古い品物を、まとめて安く売って片付けてしまうこと。よく使われる言葉、「洗い浚い」は、残らず全部ということになる。
和のお稽古事で、今の季節からよく開かれる「浴衣浚い」は、少しニュアンスが変わってくる。「まとめる」には違いないが、いままでやってきたことの総復習・総まとめの意味になる。
これは、いわば練習発表会のようなもので、日本舞踊やお琴、三味線、さらに長唄や小唄、清元の社中では、普段のお稽古の成果を確認するため、師匠が弟子達を集めて行う。大概、場所は特別な会場を借りず、普段の稽古場を使う。
本番では、きちんとした衣装を身に付けるのだが、「おさらい会」ならば、気軽な格好でよくなる。特に、暑くなり始める6月から夏の間では、「浴衣」で十分という訳だ。だから、「浴衣ざらい」と呼ばれる。
ということで、今年も、浴衣のコーディネートを考える季節になった。都会のデパートなどでは、早いところでは5月の連休前後に、浴衣売り場を開設している。
委託(浮き貸し)で商いをする百貨店の方に、早く品物が入荷し、しっかり買い取る専門店の方が後になると言うのは、何となく腑に落ちない気がするが、売れる数が違うのだから、仕方あるまい。
ツマラナイ話は横に置き、早速、2016年版・バイク呉服屋・竺仙浴衣コーディネートを始めることにしよう。今年も昨年と同様に、綿絽・綿紬・コーマと、生地別に3回に分けて品物を見て頂こう。また、少し上質な品物・絹紅梅や綿紅梅については、稿を変えてお話してみたい。
(綿絽白地・市松に浮き島模様 橙色・麻市松半巾帯)
今年も、竺仙のポスター柄には、白地の綿絽を使われている。ここ何年か、白綿絽の品物が続いているが、やはり一番涼やかに見える生地ということで、採用されているのだろう。
模様は、東京オリンピック・エンブレムのモチーフにもなった「市松」。今年のポスター柄に使う品物は、かなり前から決まっていたので、偶然時期を得た、タイミングの良い図柄とも言える。
今年の竺仙のポスター。モデルさんも昨年と同じ方なので、白綿絽を使うと同じようなイメージになる。この方の年齢は、20代後半あたりと思えるが、少し落ち着きを感じさせる印象があるため、それに従って品物を選んでいるのだろう。
この市松模様の綿絽浴衣だけを見れば、すこし地味に思えるが、柔らかい橙色の麻半巾帯を使うことで、若々しさが出てくる。また、この半巾帯の帯巾が、通常より2,3分広めに作られているため、より着姿に若さが印象付けられる。
良く見ると、帯地紋にも市松が織り出されている。若い方でも、帯の使い方次第で、小粋な浴衣を楽しめるコーディネートになっている。やはり、竺仙がお客様に表現してもらいたいのは、どこかに「粋」を感じさせる着姿なのであろう。
(綿絽白地・麦の穂模様 薄鼠色地・首里道屯綿半巾帯)
目の覚めるような藍色に、白抜きの麦の穂。ビールのCMで、女優に着用させると映えそうな模様。柄のモチーフに麦の穂を使うことは珍しいが、挿し色が入っていない分、爽やかさな着姿になる。やはり、縁側で夕涼みをしながら、ビールを飲む姿が浮かぶ。
帯は、グレー地の横縞に、亀甲のような織り出しの首里綿半巾帯。少し地味な気もするが、大人の装いにしてみた。色の入らない浴衣は、帯の使い方で着姿が変わる。最初の市松模様に使った帯のような、明るい無地帯を使えば、印象が変わる。
(綿絽褐色地・大萩模様 白地・博多献上八寸帯)
もう一つ、色の入らない品物をご紹介しよう。褐色に白抜きという、もっともポピュラーな浴衣。模様は、大きな萩だけを大胆に使っている。シンプルな図案だが、意外と目立つ。ほとんどの人が、多色使いの浴衣を着ている中に入ると、こんな浴衣姿は、ひときわ引き立つ。
萩の模様を拡大してみた。褐色地に白抜きのものは、はっきりと絽目が浮き立つ。生地の表情からも、涼やかさを感じ取れる。
同じ献上博多帯でも、羅織の八寸帯を合わせてみた。こちらは帯にも透け感があり、より涼しげ。伝統的な褐色と羅献上の組み合わせは、まさに江戸に吹き抜ける涼風を思わせる。
(綿絽白地・大雪輪模様 白地・ミンサー綿半巾帯)
雪輪は、涼やかさを感じ取れる模様として、昔から夏モノの意匠に使われてきた。暑い時だからこその冬の模様で、着姿をみた人にも、涼やかさを感じてもらう。粋でお洒落な江戸っ子ならではの、模様の使い方である。
普通、白地の浴衣に白地の帯を使うことはほとんどない。だが、この浴衣の場合、あまりにも雪輪が大きくて大胆であり、その上、挿し色の紺と水色が前に出てくるため、白地の帯を使っても違和感がない。むしろ、他の色では涼感が出せず、合わせ難い。
この雪輪柄は、竺仙のHPに掲載されている浴衣ランキングで、昨年の第8位にランクインしている。そこでコーディネートされている帯を見ると、やはり白地になっている。
(綿絽白地・蜻蛉模様 薄橙色・ミンサー綿半巾帯)
蜻蛉の羽だけに橙色を配し、少しだけ秋の気配を感じさせている。浴衣の模様を良く見ると、夏の初めが旬と思われるものと、立秋を過ぎて、秋風が立つ頃に着たいものに分かれる。この蜻蛉のほか、撫子、桔梗、薄など「秋の七草」に入るものは、立秋後の模様となり、紫陽花や向日葵、朝顔などは、立秋前の盛夏模様と言えそうだ。
帯合わせは、蜻蛉の橙色に合わせてみた。ほぼ同じ色で、濃淡の表情のあるミンサー帯。この浴衣に関しては、橙系の色以外は考え難いが、最初の品物でご紹介した、麻市松無地帯のような濃さだと少し暑苦しくなる。このミンサー帯のように、蜻蛉の羽先の色より、わずかに控えめな同系色を使うと、すっきりまとまる気がする。
(綿絽白地・蔓桔梗模様 抹茶色地・ミンサー綿半巾帯)
一昨年、サントリーのCMで、石原さとみさんが着用していた蔓桔梗。この年に発表した竺仙の浴衣の中では、一番の人気柄だったようだ。確かに、図案化された大きめの桔梗がモダンであり、若い方なら着てみたくなるだろう。
微妙な緑系の色の使い方も、やはりあか抜けている。バイク呉服屋はへそ曲がりなので、流行が過ぎた今年になって、初めて仕入れてみた。
やはり帯は、桔梗の挿し色・グリーン系のものがしっくりと合うが、今日は少しくすませた抹茶色を使ってみた。帯の真ん中にある茶色が、アクセントになる。緑系の色でも、それぞれの桔梗に付けられている、常盤色(濃くくすんだ緑色)や、柔らかい萌黄色を使うと、また違った表情になるだろう。
(綿絽レモン色・檸檬模様)
さて、今日最後にご紹介する綿絽浴衣は、鮮やかなレモン地色の上に、レモンの輪切り模様という、強烈なもの。クセのある品物のことを、キワモノと言うが、この浴衣はまさにそれに当たる。
うちにやってくる竺仙の担当者は、近藤くんという若手の社員。「インパクトのあるキワモノを扱うのも、専門店らしいですよ」とけしかける彼の甘言に誘われて、思わず仕入れてしまった。
果たして、こんな浴衣の貰い手があるかどうか、全くわからず、半ば諦めていた。けれども最近、お客様方にこれを見せると、案外良いと言う。まだ買い手は付いていないが、そのうちに、個性的な方に見初められるのではないかと、思い始めている。
帯び合わせは、ミント色の紗献上帯を考えてみた。レモンをミントでクールダウンさせようとする試みである。爽快な着姿になるかは、実際に着用してみないとわからない。
市松・麦の穂・萩・雪輪・蜻蛉・桔梗・レモンと、伝統を感じさせる模様からキワモノまで、7点の綿絽浴衣をご紹介してみた。楽しんで頂けただろうか。
浴衣の図案には、他のキモノにはない、浴衣ならではの模様がある。浴衣こそ、自分が着たいと思えるものを着れば良いと思う。皆様も、そんな一枚を探して、ぜひ個性的な着姿を作って欲しい。
次回は、綿紬浴衣のコーディネートを予定しているので、こちらもご覧頂きたい。
ここ数年、年齢による色や模様の垣根が、ほとんど無くなっているように思えます。一つの品物を見て、派手と感じるか、地味に思えるかは、人それぞれであり、それが個性ではないでしょうか。
着たいモノを着るというのが、ごく自然なことであり、一番尊重されることでもあります。「理屈抜きに着てみたい」と思えるような個性的な品物を、たくさん扱いたいものですね。
今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。