小学生の夏休みの宿題と言えば、学習冊子・夏休みの友、読書感想文、絵日記や工作、自由研究(高学年)などであろうか。その内容は、我々が子どもだった昭和40年代とあまり変わっておらず、ほとんど定番と化している。
この宿題、子どもたちの間では、早めに終わる派と、最後まで残す派に分かれるらしい。7月中に課題を終えて、後はのびのび遊ぶ子もいれば、毎年のように、8月25日過ぎになって、親子共々に慌て始める家もある。
作文や工作などは、一夜漬けでも何とか片付けられるが、そうはいかないものもある。よく、低学年向けの課題として出される「朝顔の観察日記」などは、その最たるもの。日ごとに変わる花の様子は、毎日記録しておかないと、後になってからでは、どうにもならない。
朝顔は、種を蒔いてから2ヶ月ほどで花を付ける。夏休みの間に、子どもたちが花を付ける様子を観察出来るように想定し、一学期のうちに準備をする。今は6月下旬なので、種から葉が出て、蔓が伸び始める頃だ。子どもには、一人ずつに鉢を用意し、水やりなどをさせながら、自分で管理させる。
よく夏休みの直前に、朝顔の鉢植えを抱えて下校する子どもを見かけるが、この頃になると、幾つかの蕾が付き、開花直前になっている。観察日記のメインは、やはり花が開くところであり、自分で育てたと言う実感を持たせることが、一つの目的であろう。
そんな訳で、朝顔は夏休みの花というイメージが強く、代表的な盛夏の花である。けれども浴衣のモチーフとして花を考える時、夏よりも秋の花を使うことが多い。竺仙の定番柄としても、萩・撫子・桔梗・薄など数多く見受けられる。
毎年、8月7日前後に「立秋」を迎える。暦の上で考えれば、浴衣に秋の草花を使うことはごく自然なことである。そしてそんな浴衣の着姿を見ると、灼熱の中にも、僅かな秋の気配が感じられる。
盛夏の花として、朝顔の他には、鉄線・杜若・葉鶏頭・向日葵などがあり、秋花には、上記の秋草の他に、菊・葡萄・蔦などがある。そして、千鳥・雀・蜻蛉・金魚・風鈴・花火など、子どもたちが描く夏休みの絵日記に登場するものも、浴衣図案として沢山使われている。
今月三回目となる、竺仙浴衣のコーデイネート。今日も、様々な夏姿をお目にかけるので、ぜひ楽しんで頂きたい。
(白紬玉むし・朝顔 市松ピンクぼかし・麻半巾帯)
今日は、朝顔の話から稿を始めたので、まずは、若々しい大きな朝顔の浴衣からご紹介してみよう。
この白い紬生地は、前回ご覧に入れた綿紬と同じように、ネップ糸を織り込んだものだが、藍地や鼠地のものと比べると、いっそうさらりとした手触りがあり、肌離れの良さが感じられる。
玉むしとは、多色使いの品物のことを言うが、この大きな朝顔の花にも、ピンク、薄紫、緑の三色が使われ、ぼかしが入ることで色の印象を柔らげている。
ピンクと薄紫の大きな花びらは、かなり大胆に図案化されているが、茎付きの緑の花は、少し写実的。この緑色が入ることで、アクセントが付き、バランスのとれた模様になっているように思える。
毎年うちの定番商品として仕入れる「市松・麻半巾帯」。特にこのピンクぼかし色のものは、白・藍・褐色と、どんな地色の浴衣に合わせてもかわいく映るため、欠かすことは出来ない。
ピンクぼかしの朝顔の花に合わせて、この同系色のぼかし無地帯を使ってみると、他の帯が考え難いほど、ピタリと収まる。浴衣の図案が大胆で密なために、帯に余計な模様が無い方がすっきりする。20代までの若い方に、ぜひ試して頂きたい組み合わせ。
(コーマ白地・桔梗 橙色細縞・首里道屯綿半巾帯)
最初の朝顔に比べると、桔梗の模様が小さく付けられ、白い地の部分が前に出てくる。葉と枝が墨色で付けられ、花と蕾だけに色が挿されていることで、なお、すっきりと涼しげ。
帯は、これも毎年置いている橙色の首里帯。花の中のひといろ・橙を取って合わせてみたが、他の花や蕾の色に付いている、薄紫・山吹・黄緑・薄ピンクなどでも良いだろう。
着姿が爽やかに映る白地の良さを意識して、模様の配置と配色が決められている。帯の合わせ方次第で、色々な楽しみ方が出来る浴衣。先ほどの朝顔は、若い方に限定される図案だが、この桔梗模様なら、年齢的にはもう少し幅広く、使って頂くことが出来るだろう。
(生成色紬玉むし・撫子 鉄紺色菱繋ぎ・博多半巾帯)
撫子は、秋の七草の中でもっとも愛らしい花。この浴衣のように、「枝垂れ」の姿で模様付けされることは珍しい。昨年は、鼠地綿紬で、これと同じ型・配色のものがあったが、生成地の方が、明るい印象を受ける。
生成紬地は、地の色に少しクセがあるため、模様の配色に工夫が必要になる。撫子なので、ピンクや薄い藤色を使いたいところだが、この浴衣では、あえて藍系の色にして、涼感を出している。
枝垂れになって、立ち上がっている模様だけに、着姿が伸びやかに見える。帯は、挿し色と同系の藍か紺系のものを使って、キリリと引き締めたい。
(藍地コーマ玉むし・丸繋ぎ草花 藤色市松・博多半巾帯)
一昨年の竺仙・浴衣ランキングの第一位が、この丸繋ぎ草花模様。その時は、挿し色が入らない白地・コーマを使っていたので、大人っぽい小粋な姿に映っていた。
同じ型紙を使っても、地に色を付け、多色使いの玉むしにすると、全く印象の違うものになる。色が挿してある部分は少ないが、藍の濃淡で模様の陰影が付けてあるところが、斬新な感じを受ける。帯は、鉄線と思われる花の先端に付けられた、薄いピンクに合わせた。
丸の中には、萩・楓・笹・鉄線が見える。地の藍色濃淡は、不規則に白く抜けた部分があり、少しローケツが使われているように見える。模様がこれだけ重なって付けられている浴衣は珍しいので、かなり目立つ着姿になるだろう。
(白地コーマ・片輪車に萩 黒地菱重ね・絽博多半巾帯)
挿し色の入った浴衣が続いたので、伝統的な江戸好みとも言うべき、「大人の浴衣」を何点かご紹介してみよう。
まずは、浴衣の基本である、白地コーマに褐色抜きの品物。図案は源氏車と流水に萩という、典型的な古典模様である。源氏車は、御所車の車輪部分を意識して取り出し、図案にしたもの。
牛に曳かせた御所車は、貴族が外出する時に使った、いわば公用車であった。この牛車は、源氏物語の中にもしばしば登場し、第9帖・葵の第一章、葵の上と六条御息所との間に、車争いの話もある。平安の貴族文学を代表する源氏物語、高貴な人々が使った車ということで、この車輪を「源氏車」と名付けたのである。
当然のことながら、牛車の車輪は木製であり、乾燥すると割れてしまう。当時これを防ぐため、車は水に付けて保管されていた。この、水に浸した源氏車の姿を文様にしたものがある。その名前は、「片輪車(かたわくるま)文」。図案の特徴は、車輪が流水や青海波文様など、水を表現した模様の中に、埋もれるように描かれていること。
上の品物は、片輪車文の典型的な図案であり、萩を添えることで、より浴衣らしい模様にしている。貴族の日常生活には、欠かすことの出来なかった牛車。そのメンテナンスの様子を切り取った片輪車は、実にユニークな古典文様と言えよう。
ユニークな片輪車を、少しモダンに着こなすために、黒地の菱重ね模様の半巾帯を使ってみた。この帯はリバーシブルで、裏が雪輪。白と黒を基調にした織柄だけに、雰囲気が変わる。平板になりがちな白地浴衣だが、使い方によっては、斬新さを出すことが出来る。
(褐色コーマ・芽柳 ベージュ地・博多献上半巾帯)
ちょっと見ただけでは、何をモチーフにしたのかわからない。よくよく見ると柳の芽で、これが流線となり、渦を巻くように模様付けされている。
褐色に白抜きなので、模様の流れが一際目立つ。反物の状態でもかなりインパクトがあるが、仕上がった時には、一体どのようになるのだろうか。
柳は、燕などと一緒に使われることが多く、江戸を感じさせるモチーフの一つである。だが、こんな風に大胆に表現できるのも、浴衣だからであろう。見本布で品物を選んでいる時、あまりにも目立つ模様だったので、思わず仕入れてしまった。
帯び合わせは、褐色と相性の良いベージュ地を選んだ。献上縞の位置が、真ん中ではなく、少し上に付いているところがポイント。
(藍地コーマ・朝顔と萩 薄ピンク地小花菱・博多半巾帯)
爽やかな着姿を見せるには、やはり藍地に白抜き。使っている図案も、朝顔と萩という、浴衣図案の定番とも言うべき組み合わせ。ご紹介している品物の中で、一番平凡に見えるかも知れないが、逆に言えば、どんな方でも似合うような、安心して使える浴衣である。
見慣れた図案なので、帯でひと工夫してみたい。今回は、ベージュに近いようなごく薄いピンク地で、小さな花菱模様のものを合わせた。控えめな帯を使うと、浴衣そのものの雰囲気をそのまま生かせるように思える。
竺仙の伝統を受け継ぐ、藍や褐色に白抜きされた浴衣。シンプルにして、飽きの来ない姿は、地色の発色にその基があるように思う。藍の色は、抜けるように鮮やかであり、褐色は、深くて渋い。そんな地に、浮き上がった白い模様は、どんな人にも涼やかさを感じさせてくれる。
さて、最後になったが、男性モノを二点ご覧頂こう。どちらも、いかにも江戸っぽい図案のものを用意してみた。
(白地コーマ男モノ・吉原繋ぎ 濃紺地・首里道屯木綿角帯)
吉原繋ぎの別名は、郭(くるわ)繋ぎ。郭とは遊郭のことで、遊女のいた吉原の御茶屋の暖簾で、よく使われていた文様である。角の丸い四角の隅が、がっちりと繋ぎ合わされていて、容易には外れそうも無い。
いちど遊郭の門をくぐった女達は、郭に繋がれてしまうと、簡単に抜け出すことが出来ない。そんな意味が「吉原繋ぎ」には籠っている。けれども、それは江戸の世の話であり、今はこの文様を、「人と人を堅い絆で結ぶことが出来る」というような、良い意味で使われている。
この図案も、竺仙の伝統柄の一つ。中の色は、褐色や茶など渋い色が多い。この浴衣は、松葉のような深い緑色。帯合わせは、男帯としては珍しい、首里花織のものを使ってみた。木綿だけに、博多の角帯よりも柔らかいが、使い難いことは無い。
(白地コーマ男モノ・菱繋ぎ 黄土色・ミンサー木綿角帯)
四つ菱の太さを変え、幾つも繋いで重ね合わせると、こんな不思議な幾何学文様となって表れる。近くで見ると、なるほど菱かと思うが、遠目ではほとんどわからない。郭繋ぎのような、粋な江戸文様も良いが、こんな細かい連続模様も、男モノならではで、面白い。
帯は、中に配されている茶の色に合わせ、黄土色に近いミンサー帯。ミンサー独特の絣模様が、アクセントになっている。首里帯同様、こちらも木綿。
竺仙らしく、江戸の小粋な男姿を感じさせる郭と菱。役者たちが、楽屋や稽古場で、さらりと引っ掛けていそうな柄行きである。
少し大人のカップルには、こんな組み合わせはいかがだろうか。気軽な町歩きや夕涼みなど、何気ない日々の暮らしの中で、大いに楽しんで頂きたい。
三回にわたってご紹介してきた、今年の浴衣・コーディネート。使われているモチーフを見れば、我々の身近にあるものばかりである。キモノや帯の文様を考えると、フォーマルモノに見られる、正倉院に由来する模様や、平安期の有職文などは、上流階級に端を発している。
浴衣の柄こそ、人々の生活に密着したものであり、江戸庶民の息遣いが聞こえるもの。一つの植物でも、図案化したり、繋げたり、関連する他の文物と組み合わせたりと、自由自在に描かれている。
この稿を読んだ方が、浴衣図案の面白さを感じ取って頂き、少しでも品物選びの参考になれば、幸いである。なお、浴衣と言うより、夏キモノとして位置づけられることの多い、綿紅梅・絹紅梅・中型・奥州小紋などは、来月お話する機会を作ろうと思う。
小学校の頃、ほとんど勉強をしなかったバイク呉服屋は、夏休みの宿題をどのように片付けたのか、記憶がありません。
手先が不器用で、絵も下手だったので、たぶん絵日記や工作に苦しんだはずです。また「夏休みの友」などは、答えが合っていようが、間違っていようが、全部埋めてあればそれで終わり、と考えていたに違いありません。
こんないい加減な子どもでも、学校や親から許されていたのですから、良い時代だったのでしょう。それに比べて、今の子どもたちは、本当に真面目ですね。
今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。