人それぞれに、色に対する見方は違う。同じ色を見ても、ある人はぼやけたイメージとなり、ある人は優しいイメージを持つ。イメージカラーというものは、見る人の性格や経験、生活環境などにより変わることが多い。
一方、色の持つ意味を使って特定のことを表現したり、印象付けたりすることもある。例えば、サッカー日本代表の色は、ジャパンブルー・藍色だ。使われている理由は、伝統的にニッポンの色と、認識されているからである。
明治初年、新政府により設置された高等教育機関、開成学校(のちの東京大学)の外国人教師として来日したイギリスの化学者・ロバート・ウイリアム・アトキンソンが、日本の藍色をジャパンブルーと賞賛したことで、この色が日本を代表する色と印象付けられた。
藍色は、様々な植物から採取出来る。熱帯のインド藍・亜熱帯の琉球藍・温帯の蓼(たで)藍、気候が異なれば、原料を抽出する植物も異なる。日本の蓼藍栽培は、室町後期の桃山時代から広がりを見せる。特に四国・吉野川流域では、生育に適した土地を利用して栽培が進んだ。徳島藩主・蜂須賀家正の保護奨励もあり、江戸期になると圧倒的な国内生産のシェアを誇った。
また、近世になり木綿栽培が盛んになったことで、綿によく染まる染料の藍は、庶民にも普及することになる。それは普段着や仕事着の色として、誰もが馴染むものとなったのだ。明治初期、アトキンソンが藍という色に注目したのは、町にこの色が溢れていたからだろう。
現代の仕事着と言えば、スーツ姿のサラリーマンが目に浮かぶが、当時の仕事着は藍染のはっぴであり、前掛けであったのだ。さらに、通りに並ぶ商店の入り口には、藍染めの暖簾が掛けられていたはずである。だから、外国人にとって否応無く、藍は日本の色と印象付けられたのではないだろうか。
さて、今日は色のお話。「自分の色を染める」という楽しさを、ご紹介しよう。
染め上がった誂え無地・四丈モノ。染加工場で反物に付けられた渋札。
無地モノを作る場合、最近ではほとんどが、すでに染め上がった反物をお客様が見て、その中から選ばれると思う。自分の好みに合う生地と色目を考えながら、鏡の前で反物を合わせてみて、自分に合うものかどうかを判断する。現物がその場にあるので、生地や色の齟齬がない。つまり品物を選ぶ時にわかりやすく、間違いが少ないのだ。
しかし、一昔前までは、まず白生地を選び、さらに自分の好む色を決めて染に出す、という手順が踏まれていた。生地はちりめんか紋綸子か、さらにちりめんでも大シボか一越か、紋織ならば織文様はどんなものにするのか、選択の幅は広い。色については、それこそ無限といっても良いくらい様々であり、お客様の考え一つで、いかようにも染めることが出来る。
色無地という単純な品物でも、染め上げてある、いわば出来合いのものと、自ら作り上げるものでは、手間のかかり方が全く違う。無地ひといろだから、むしろ難しいと言っていい。
お客様の要望に耳を傾けながら、店の者がアドバイスをする。どんな場面で使うのか、あるいは、どんな季節に使うのか。好む生地や、色を丁寧に聞きながら話を進める。 自分の決めた色がその通りに染まるのか、色と生地が上手く合うものになっているのか、そもそも選んだ色が、本当に自分に似合う色なのか、とお客様の心配は尽きない。仕上がってみなければ、わからないので、不安になられるのは当然だろう。
出来合いの反物から見て頂ければ、失敗はないので、呉服屋もお客様も楽な方に流れる。しかしこれでは、誂える楽しみというものが、無い。何もないところから、一枚のキモノを仕上げる。お客様と呉服屋、それに実際に色を染め上げる職人が一緒になって考え、悩みながら一番良いものを作る。 これこそ、究極の楽しみでもある。
時間をかけ、話を詰めながら品物を仕上げていく。もちろん仕事を請け負った呉服屋と職人は、お客様の希望に適う品に仕上げるため、最大限の努力をしなければならない。手間隙がかけられた、こんな品物の選び方がもっと見直されても良い。
では、誂えで色無地を作ることを、手順を追ってご覧頂こう。
シボの少ない、一越ちりめん生地。
まず、最初に選んで頂くものは、生地である。一口に白生地といっても、様々なものがある。ちりめん系、紋綸子、変わり織などがあるが、誂えるお客様の年合いや用途により違う。
あらかじめ、どのような生地を好むか聞いておくこともあり、それにより向くものを用意する。 今年になって、三件の色誂えの仕事を頂いているが、使った生地は、一越、結城紬生地、紋綸子とそれぞれ違うもの。その中で、今日ご紹介するのは、60歳くらいの方の依頼品である。好みは光らない生地で、落ち着いた雰囲気に仕上げたいというご希望だったので、シボが目立たない一越ちりめん生地を用意させて頂いた。
シボの大きさが微妙に異なる二種類の一越白生地。右に比べて、左の方のシボが大きいことがわかると思う。当然右側の方がフラットで、滑るような手触り。
二反を比べたところ、少し重みのある生地の方が良い、とのことなので、左側の生地になった。シボが大きい分だけ、撚りが多く掛けられて織られているので、重く感じられる。使われている生糸の量は同じでも、撚りの掛かり方で違う重みとなる。
長浜ちりめん白生地。右側の検査証を見て頂きたい。量目、つまり反物の重さは980gと1kgに近く、しかも長さは16.5mと長い。これは、四丈モノと呼ばれる生地である。この生地を使う利点は、裏地である八掛生地を一緒に取れることだ。
無地染めに使う白生地には、三丈モノと、この生地のような四丈モノがあるが、三丈の場合は長さが短いので、八掛を別生地で用意しなければならない。無地に付ける八掛の色は、ほぼ共色(同じような色)なので、表地と酷似した色を八掛見本帳から探し、付けることになる。 表地の色に相応しい色があれば良いが、無いときは別染めしなければならない。また、表生地と八掛生地がかけ離れている(生地の質が違う)と、仕立が難しくなり、時にはどちらかが縮んで、馴染まなくなるようなこともある(裾が被るという現象が起こる)。
四丈モノならば、表生地と八掛生地が同じ生地で取れ、しかも同時に同じ色で染めてしまうので、このような問題は起こらない。特に誂えのように、自分で色を決める場合、四丈の方が仕事がしやすい。
さて、生地が決まったので、次はいよいよ色の選択だ。
色見本帳・「芳美」 菱一で出している見本帳。
色に関しては、まずお客様のご希望を聞く。どんな色を着てみたいのか、好む色は何か、それがわからなければ始まらない。また、どんなところで使うかということも、お聞きする。
無地は、法事や仏事に限定して使う場合、お茶席で使う場合、また仏事と祝事の両方に使いたい場合、さらに入学式・卒業式で使う場合など、さまざまなシーンが想定できる。好む色と使う場面、この両方を勘案した上で、色探しを始める。
お客様の希望は、グレー系の色。そして、仏事と祝い事の両方に使いたいとのこと。グレー・銀鼠と言っても、簡単ではない。お話を伺えば、薄すぎず、濃すぎず、地味になりすぎず、派手になりすぎず、とのこと。これでは、何とも漠然としすぎていて、具体的な希望色というものが掴み難い。
だが、お客様自身が自分の使う色を、絞り込んで決めているようなケースの方が珍しく、大概は漠然としている。このお客様のように、グレー系と色の系統を決めているケースは、まだ話の進行が早いが、着てみたい色が全くわからないという方もおられる。
逆に、お客様から「自分に似合う色を勧めて下さい」などと、全てを任されることがあるが、このような時は責任重大である。そんな時は、お客様から色に関する情報を聞き出し、勧める色を探す。好みの色、使う季節、場所、今までどんな地色のキモノを着たか、手持ちの帯の色や柄はどんなものが多いか、などである。
お話を伺いながら、鼠色系を幾つか探してみたこところ、この色に行き着いた。
見本帳画像の写し方で、少し違って見えるが(色が微妙なので、ご容赦願いたい)、グレーの中にすこし薄紫が感じられ、色の甘みが残るような感じだ。お客様は、どちらかと言えば地味がお好みということだが、これなら沈みすぎることはないだろう。落ち着きも感じられ、柔らかさも出る。
今までお召しになったことがない色だが、ご自分の雰囲気に似合うものと、納得された。
これで、生地、色が決まったので、染職人の方へ仕事を渡す。依頼するのは、江東区・清澄の近藤染工さん。高級品染メーカーとして知られた、旧北秀商事の八掛染めや無地染めを請け負ってきた、古い江戸染めの職人さんである。
白生地と一緒に、伝票、色見本帳の副本を付けて送る。納期は半月から三週間ほど。
さて、この誂え色無地がどのように仕上がったのか、次回でご紹介することにしよう。実際の染め上がりの色と、見本帳の色を比較し、色の誤差などを見て頂きたい。また、キモノとして仕立上がった時、色の印象に変化はあるのかどうかも、ご覧に入れたい。
広島カープの色、と言えば「赤」ですね。1975(昭和50)年、アメリカ人監督、ジョー・ルーツが就任した際、ヘルメットの色を赤に変えたのがその始まりです。
広島というチームは、1949(昭和24)年、原子爆弾が投下され、焦土と化した広島の街を復興しようと結成された、市民球団でした。しかし、長く成績は低迷し、優勝など夢のまた夢と言われ続けていたのです。ルーツ監督は、負け犬根性を叩き直すために、意識改革に手を付けます。その手始めが、「赤いヘルメット」。闘志と情熱の「赤」をイメージすることで、チームに喝を入れようと考えました。
ルーツ監督は、試合の審判判定がきっかけとなり、シーズン途中で退任しましたが、この年、カープは球団創設26年目で初めてリーグ優勝を遂げます。ルーツが取り入れた「赤」という色が、それまでのチームカラーを一変させたと言っても良いでしょう。
色が持つイメージには、人を変えるほどの力が備わっている、ということですね。
今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。