バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

「自分色」に染める誂えの楽しみ 白生地から無地紋付を作る(後編)

2015.05 03

「袖擦り合うのも、多生の縁」の「多生」というのは、あらかじめ前世から定まった縁(えにし)であることを言う。偶然に思える出会いでも、それは予め定められた天の差配ということになるだろうか。

昨日、このブログが縁となったお客様が、わざわざ千葉から来店された。ブログの中で取り上げた一つの品物を気に入られ、何回かメールでやり取りしているうちに、甲府まで来て頂けることになったのだ。

お母さんと大学生のお嬢さんが、山梨の観光を兼ねて、いらして頂いたのだが、ゆっくり時間をかけて様々なお話を伺うことができ、私にとっても有意義な時間になった。

 

お二人とも、キモノや帯というものに対し、ご自分でも熱心に学ばれており、品物のことはもちろん、職人のこと、未来のこと、さらに呉服屋の仕事のことなど、多岐にわたってご質問やご要望を頂いた。

私も、実際に品物をお目にかけながら、染め方、織り方、流通の仕方などをご説明し、どこで価格の差が出るのかなどを中心にお話した。また、お客様ご自身で、気に入られた品物や希望する品物などを手に取って見て頂けたことが、何よりのことだった。

お会いしてお話するからこそ、相手の気持ちをより理解出来る。お客様は自分の望むことを、直接店にぶつけることが出来、店側がそれに答えることで、より強い信頼も生まれる。アナログと言われようとも、これに勝る仕事の方法は無い。

 

今日は、前回の誂えの話の続き。ご依頼を受けた品物がどのように染め上がったのか、その仕上がりをご覧頂こう。

 

約三週間後に、染め上がってきた誂え無地四丈モノ。

加工する職人さんには、全幅の信頼を置いているので、仕事の出来については心配はしていない。しかし、色は微妙なものなので、染め上がってきて、見本帳の色と合わせて確認するまでは、安心できない。

今までの経験で、生地の質によっては、同じ色に染めたとしても、微妙な違いは出てくる。一越で染めた場合と紋意匠で染めた場合では、同じ色でも色の見え方は違ってくる。紋織生地は、光の当たり方で色の映りが変わるので、特に注意が必要だ。

少し遠目に反物を置いて、色の出方を確認してみる。グレーと一言で言っても、例えば「鼠色」と「灰色」では色の質が違う。鼠色は、文字通りネズミを連想させる色で、灰色は、モノを完全に燃やした後に残る灰の色。単純にネズミと灰を比べてみても、色の違いが想像出来る。灰の方が、鼠より少し暗く、沈んだように見える色に思う。

依頼された色は、鼠色を少しだけ明るくして、どこかに薄紫色を意識させるように見える。これをさらに白っぽくさせ、銀色を感じさせると、シルバーグレーに近くなるだろう。

 

さあ、見本帳の色と比較してみよう。思う色になっているかどうか、染め上がった品物を検める時は、私も少し緊張する。

上が見本帳、下が染め上がりの反物。

画像の写し方が悪く、色見本が反物の影になってしまい、少し色がわかり難くなっているが、ほぼ同じと言って良いだろう。全く「合同」ではないが、限りなく合同に近い「相似」と思う。

小さな色見本生地と、大きな反物では、目に映る色の範囲が少し異なり、どうしても反物の色の方が濃い印象になる。僅かな濃淡の違いはどうしても否めないが、色そのものの質が同じであれば、これは許容範囲になろう。

上の三枚の画像を見ても、同じ品物なのに、色が微妙に違って見えるように感じられると思う。大切なのは、これが誤差に留まるものかどうか、最初にお客様が決められた色調を逸脱していないかどうか、である。請け負った私の方で、十分納得できる色と判断できれば、合格ということになる。

 

色無地四丈反物として仕上がったら、次は紋入れを施す。お客様の希望は染め抜き一つ紋。紋は、丸に下がり藤。

紋章職人の西さんの手で入れられた紋。上の黒糸印は紋を付ける目安となる位置を示したもの。背紋はキモノの衿付けから1寸5分下がった背縫いの上に付けられる。紋を入れる際、使う方の身丈に応じて、反物に施す紋位置を変える。この方は150cmと小柄で、身丈も昔の女性の並寸法である4尺。この反物の裁ち寸法を、4尺4寸と紋職人の方に伝えると、職人が紋位置を積もることが出来る。

仕立てをする前、反物に紋が入った状態。紋の位置が背縫にあたる。

女性の紋寸法は、5分5厘(約2cm)。男性は1寸(約3.75cm)。紋は家の象徴であり、男紋が女紋より一回り大きいことは、家制度における男性の優位を象徴するものだろう。戦後制度の下ならば、男紋も女紋も同じ大きさになるだろうか。

 

紋が入ったところで、仕立て職人の方へ品物を回す。反物が四丈モノ、八掛がすでに付いている状態なので、胴裏だけを添える。

仕立て上がった誂え無地紋付。

反物の状態で見るより、キモノの形として見る方が、色の柔らか味が感じられると思うが、いかがだろうか。大人しくも、上品な雰囲気が伺える。無地モノは、着る方をひといろで印象付けてしまうので、最初に色を決められる時、ご自分の着姿を想像してみることが大切だろう。この色を選ばれたお客様の、控えめで優しく、上品に落ち着かせてという目標は、達せられた仕上がりになっているように思う。

共八掛の色。ぐし縫いがあるのは表地。胴裏の下が八掛。表と裏が全く同じ色になっているのがわかる。4丈反物を使って色染めをすると、このようになる。また生地の質も全く同じなので、表裏の馴染みも良い。

仕立職人により、背縫の中心でピタリと合わされた紋。紋付の仕事は、紋章職人と和裁士の共同作業である。

 

「自分色」の品物を作るということは、不安もあるが楽しみもある。自分の着姿を想像し、自由に自分に相応しい色を選ぶ。どんな時に、どんな席で身に付けるかを考え、またこの色を何歳まで着るのかとか、季節感を出すのかどうかなども考える。様々に思いを巡らせて染める色は、やはり自分なりに「思い入れ」のある色になる。

呉服屋は、そんなお客様の希望に添えるよう、手助けをしなければならない。そして、「誂える」ということの楽しさを、多くの人に経験して頂きたいと思う。

最後にもう一度、誂え色を見て頂こう。衿先からキモノを見たところ。

 

誂えるという仕事こそ、お客様と相対でなければ、受けることの出来ない仕事です。白生地を決めて、色を決める、その際に、様々な相談を受けます。ゆっくり時間をかけて、希望を聞き、受けた仕事に最善を尽くす。手間のかかることと始めから認識していなければ、より良い仕事は出来ないでしょう。

偶然ですが、昨日千葉から来店されたお客様からも、誂え無地紋付の仕事を頂きました。これも、お会いすることができたからこそ、お受けできたことと思います。

これからも、「多生の縁」を大切にしながら、ゆっくり丁寧に仕事に臨みたいものです。お客様と向き合う時間こそ、何より大切ですね。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

なお、明日より4日ほどお休みを頂きますので、ブログの更新は10日あたりになる予定です。

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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