バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

「たかが八掛、されど八掛」 悩ましい裾地の色合わせ

2014.12 02

小さな呉服専門店に置かれている品物は、主人(あるじ)の好みに左右される。特に、紬や小紋類のカジュアルモノの扱いが多いところでは、その傾向は強いと思われる。

「バイク呉服屋」にも、これが当てはまる。うちが扱う品物の比率は、7:3の割合でカジュアルモノの方が多い。それに伴い、「帯類」も、「名古屋帯」の需要が多くなっている。

フォーマルの「絵羽モノ」は、振袖を初めとして、留袖や色留袖、訪問着など、使う機会が限られていることと同時に、世代を越えて品物が「受け継がれる」ことが多い。つまり、「買い替え需要」というものが、なかなか巡ってこないのだ。その上私などは、「使い回せる」品物があれば、なるべく長く使って欲しいと思っているので、積極的に「新たな購入」を勧めたりしない。

お客様の様子を見ていると、「色無地」や「付下げ」などの、少し軽めの「フォーマル」には、まだ「買い替える」機会があるようだ。年齢が上がって、若い時に作ったものが「派手」になった場合や、「季節感」あふれるものを着てみたいという願望がある時などに、「新しい品物」を考える。

 

多くの呉服専門店は、「家族経営」なので、「仕入」をする人間が限られている。うちなども「私ひとり」で、品物を選んできて、店に置いている。そして、品物を「売る」人間も私だけなので、「自己完結型」の商いということになる。だから仕入れをする時に、お客様の顔を思い浮かべて、品物を買い入れるということもよくある。

お客様それぞれにも、「色や柄」の好みがあるように、「店側」にも趣向がある。扱う品物の大前提は、「質の良さ」にあるが、「地色」や「柄の配置」「柄の嵩」、また全体の雰囲気などは、仕入れをする人間の「好み」が反映される。呉服専門店に、それぞれ独自の「色」が出るというのは、「主人の好み」が品物に表れるからなのだ。

 

私は、「柔らかい色」を好む。それは、「優しく、明るい色」ということになり、追々「薄い色で上品なモノ」の扱いが多くなる。柄行きも、全面に出てくるようなものより、「あっさり」とした控え目な模様を選ぶ。また、「ガチガチ」な古典的模様も良いが、「古典」でありながら「どこかモダンさ」を持つような雰囲気の品物が好きだ。

染めモノの「付下げ」や「小紋」を選ぶときには、特にこの傾向が強くなる。だから店の棚には、「薄地色」の「あっさり」した品物が多く並ぶことになる。

「薄い地色」の品物は、「八掛=裾回し」の色一つで、雰囲気が変わる。趣味的な紬や小紋などでは、キモノ地色と裾の色をまったく違うものにすることもあるが、多くの場合、「同系統」の色で合わせる。ほぼ同色か、わずかに濃淡を付けて八掛を選ぶ方が、全体の雰囲気を壊さず、「無難」だからである。

この「薄い地色のキモノ」と「薄い八掛の色」の微妙な「色合わせ」が難しい。先日依頼された「薄地色」のキモノを参考にしながら、「難しさ」をご覧頂こう。また、「八掛の見本帳」にない色を「別染め」するケースも、ついでにお話しようと思う。

 

紬地無地八掛とチェニーぼかし八掛 「菱一」八掛見本帳「芳美」で扱う品

五枚のぼかし八掛の中から、二点の薄地色キモノに付けるものを選んでいく。画像からは、微妙な色の違いがわかりにくい。

 

最初のキモノは、滋賀県の伝統織物「秦荘紬」。白地というより生成色に近い地色に、藍目の縞柄。

上の五枚の八掛画像の中の、一番右のもの。こうして拡大してみると、わずかに藤色がかかった「灰桜色」である。少しだけ派手になる。

右から二番目のもの。「鼠色」を強く感じる。決して「濃い色」ではないのだが、最初に比べれば色の深みを感じる。地味な印象を持つ。

五枚の真ん中に写っているもの。鼠色は上のものよりかなり薄く、「青み」が感じられる色。キモノの「縞」の色とわずかながら共通する部分を持つ。生成より薄いが白っぽくなく、表の地色との違和感がない。

 

ということで、この色に決める。微妙な色を写すのは大変難しく、光の当たり具合一つで、違った色に見えてしまう。非常にわかりにくい比較になっていると思われるが、ご容赦頂きたい。

 

次のキモノは、地紋のある生地を使った薄鼠色の「シケ引き」小紋。

五枚の八掛画像の中で、一番左側のもの。キモノの地色はいわゆる「銀鼠色」で、地紋のある紋織生地。光が当たると明るく見える。このような生地は、室内の照明と自然の外光とでは印象の違う色となる。この八掛だと、濃淡がはっきりしすぎる上、色そのものの傾向が違うような気がする。

左から二番目のもの。上のものに比較して、やや薄くほんのわずかだが、紫がかった薄鼠。この方が柔らかい印象となる。この画像で見ると、キモノ生地の光が当たっているところは、薄紫色のように見える。そのため、表と裏両方の色がしっくりいくように思える。ということで、この合わせに決める。

 

一見、ほぼ同じように見える鼠色系統の八掛でも、このように品物に合わせてみると、印象が違ってくる。読まれている方は、この程度の差ならば、さほど気にすることではないと思われるかも知れない。微妙な色のこだわりとは思うが、出来る限り「表地」と「裏地」の違和感をなくし、最良の組み合わせを考えることは、大切なことのように思える。これは、自分自身が「色の感覚を磨く」ことにも繋がる。

もちろんキモノを使う方の年齢や、印象によって使う色が違ってくる。今回例に挙げたキモノでも、使われる方が変われば、「この微妙に選択する色」も変わるだろう。

最後に二枚のキモノの裾合わせを、もう一度ご覧頂こう。少し遠めから写した方が、表裏の色の合わさり方がわかりやすい。如何であろうか。

なお、薄い地色のキモノには、このような「ぼかし」の八掛を付ける方が無難である。もし「ぼかし」ではなく、全体が色に染まっている「無地八掛」を付けてしまうと、表から八掛の色が浮き上がって見えてしまうケースがあるからだ。「ぼかし」ならば、徐々に色をぼかしながら付けて行くために、表に色が響かない。一番最初の八掛画像のうち、左四枚が「無地八掛」。薄地のキモノには付け難いもの。

 

さて、通常八掛を選ぶ時には、「八掛色見本帳」の中から、ふさわしいものを選び、キモノに合せてみる。見本帳は、八掛の染め出しをしている問屋やメーカーから送られてくるものを使う。うちが主に使っているのは、「菱一」の「芳美」という見本帳である。

以前、「呉服屋の道具」の中で、「八掛見本帳」と「色見本帳」の話をしたことがあったので、そこをご参考にされたい。(昨年10・1と10・4の稿)

見本帳に載せられている色は、「芳美」で、237色である。以前使っていた「北秀」の「秀美」だと160色。八掛染め出しをするメーカーとしても、無限に染める色を増やす訳にもいかない。おそらく、自分のところで作らせた小紋や付下げの色に合わせて、色を出していると思われる。このように、八掛を自分で染めているような問屋は、モノ作りをしている問屋にほぼ限られる。

 

問屋が染めている見本帳の中で「合う色」が見つかれば、面倒はない。すでに染め上がっている現品があるからだ。厄介なのは、何としても合う色が探せないケース。こんな時は、自分で色を探して、別染めするより他はない。

この「自分で合う色を決めて」ということが難しい。もし染め上がってきた八掛が、使うキモノに合う色でなかったら、その「別染め品」は無駄になってしまう。つまり、一度色を発注したら、やり直しがきかないため、慎重に色決めをしなければならないことになる。

別染め八掛の「色を探す」場合に使うのが、八掛見本帳とは別にある「色見本帳」。

東京都染色工業協同組合発行 「誂え色見本帳・満開」

この見本帳は、「誂え」と名が付いているように、白生地を無地染めする時や、八掛を別染めする時、色を決める際の「色見本」である。上の画像のように、大判の見本帳とともに、小さい「合帳」と呼ばれる小冊子が一緒に添えられている。この「合帳」には、大判の帳とまったく同じ内容の色見本が並んでいて、いわば「副本」の役割を果たしている。

お客様のところへ持っていくときや、「染屋」に色見本を送る時に、大判見本帳では嵩張るので、コンパクトな「合帳」を使うことが多い。

それぞれの色には、「番号」がつけられていて、大判見本と合帳の色番は同じ。東京都染色協同組合が発行する「満開」の歴史は古く、1954(昭和29)年に第1号を創刊している。以来、毎年4月に定期的に発行されており、来年の平成26年度版で、110号を数える。

以前お話したが、うちが別誂八掛を依頼しているのは、江東区清澄にある「近藤染工」さん。ここは昔、「北秀」が発注した八掛の染色を引き受けてきたところなので、その技術の良さはわかっている。呉服屋が色染めを依頼するのは、「問屋」を通して頼むのが普通だが、うちは近藤さんにお願いして、直接仕事を請けてもらっている。問屋を通さず、職人さんとの相対なので、仕事の内容を直接伝えることが出来、しかも廉価である。

 

先日、「小紋」のキモノに、「別染八掛」を付けたので、どのような手順になったのか、見て頂こう。

葡萄唐草柄の小紋の地色は、「露草色」を少し薄くして、わずかに鼠色を感じさせるような微妙で難しい色。お客様の希望で、この地色より一回り薄い色の八掛を付けることになった。

地色そのものが単純な色ではないので、「八掛見本帳」で探しても、ふさわしい色が見つからない。「別染」する以外にはない色である。

「色見本帳」を見ながら、色を探していくと、上の見本帳「満開・105号」の中に合う色を見つけた。一冊の見本帳には、170色程度の色見本が並んでいる。うちには、7,8冊の見本帳があるので、色数からすると、1300色ほどの中から探すことになる。

色を決めたら、その色番号とともに、「副本の合帳」を近藤染工さんに送る。

依頼した番号は1482番。見本帳の色見本は小さいものなので、実際に染め上がってきたものと、わずかながら違って見える。見本より、鼠色が濃く入っているように見受けられる。ただ、このような誤差は、どうしても避けられない。重要なのは、染め上がってきて、改めて表地と色合わせをした時、「違和感」がないことである。

染め上がった別染八掛と表地の小紋。ほぼ思い描いた「色合わせ」になったようだ。

 

上の三枚の画像は同じ別染八掛のはずだが、光の当たる角度で、違う色に見えてしまう。今日は、微妙な色の比較なので、私の稚拙な写し方では大変わかりにくいものになってしまった。改めてお許し頂きたい。ただ、「八掛の合わせ」というものが、かなり手の掛かることだとわかって頂けたと思う。

裾と袖口からわずかに覗くだけの「八掛」は、キモノ全体の中の、ほんの小さな「アクセント」である。キモノの柄や色目、また帯の合わせや帯〆・帯揚げの色などと比較すれば、目に止まり難い箇所であろう。しかし、この裏地と表の色がうまく合っているかどうかで、「全体が決まる」ような気がする。

八掛は、「着姿」を決める大切な裏地、これからも「こだわり」を持って色合わせに臨みたい。

 

今日は、普段あまり陽の当たらない「裏地」をテーマにしてみました。呉服屋の仕事の様々な場面では、「色に敏感であること」が求められます。

「袷」のキモノには欠かせない「八掛」。読んで下さった皆様も、ご自分の品物にどんな色合わせがしてあるのか、一度見て頂きたいと思います。そして、新しい品物を仕立てる際には、ご自分で八掛の色合わせを考えてみるのも、楽しみの一つになるのではないでしょうか。

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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