バイク呉服屋の忙しい日々

職人の仕事場から

思い出の帯を再生する 西陣 寺之内通・植村商店(2)

2014.10 24

当店では、県外から依頼される仕事が少なくない。大概は、山梨から他県へ嫁いだ方からで、結婚する前に、その実家がうちとお付き合いをしていたからである。

最近では、「嫁ぎ先」の「嫁ぎ先」から「直しモノ」の相談を受けることもある。つまり、嫁いだ娘さんに娘が生まれ、その娘さんがまた違う場所へ嫁ぐ、そこから依頼が来るのだ。

このように、遠く離れても、世代を越えてその家と関わるようなことは、「呉服屋」以外には見当たらない。仕事を受ける店側も「三代目」なら、依頼する側も「三代目あるいは四代目」になっている。そして同時に、品物も、代を越えて受け継がれる。

「手直し」の品物には、長い歴史と家族の思い出が詰まっている。

 

前回は、「帯の再生」がどのような場所でなされているのか、ご紹介した。今日は、「植村商店」さんが手がけた仕事がどのようなものか、実際に依頼した帯をお見せしながら、話を進めていきたい。

 

銀地の亀甲文様袋帯。再生が終わった品物。

この帯の「帯年齢」は、70歳くらいであろうか。山梨から神奈川の鶴見へ嫁いだ方の娘さんが、鎌倉へ嫁ぎ、そこから依頼されたもの。話によれば、嫁ぎ先の「お義母さん」から受け継いだもので、その義母さんも前の代から譲り受けたものだと言う。

とすれば、今度使う方は「三代目」ということで、これを考えれば、少なくとも昭和30年代以前のものと、見ることができる。

最初の画像は、仕上がってきた時のものだが、再生するまでには、様々な仕事をする必要があった。これから、「再生前」の状態をお示ししながら、それぞれどのような施しがされたのか、見て頂こう。

 

まず、帯全体を見て気付いたところは、織り糸の「ほつれ」と、「黄変汚れ」、それに「帯生地の歪み」である。また、銀地の部分が折れて「スジ」が付き、劣化している。

上の画像で、右下の薄茶色の亀甲模様の柄が、「波打っている」ように見えている。少しわかりにくいが、真ん中の濃緑色の柄には、「黄変色のしみ」が見られる。地の銀色も生地が折れ、所々にスジも付いており、その上汚れている。

 

帯の前に出る部分は、半分に折って使われるため、その折り目にどうしても「スジ」が付く。くりかえし使い続けると、帯生地が擦れて糸がほつれだす。

中に入っている帯芯の劣化と生地の緩みにより、「波立つような」帯の表面になってしまった。細かなシワが浮きだっているのがわかる。

 

帯の端から、ほつれだした糸。帯全体に見られるため、部分直しでは済まない。

「ほつれ」を拡大してみた。このまま放置すると、次々にほつれ出し、終いには帯の体をなさなくなってしまう。

 

帯の裏生地に、まだら模様に付いた「黄変色」。先ほど表面の柄の中にも、同じような変色した「しみ」が見られたが、これは、「しみ」というより「カビ」による汚れである。

原因は、中に通されている「帯芯」にあり、この芯に「カビ」が発生して、それが「表と裏」に広がってしまったもの。帯は「汗」を吸うために、使用後に十分に乾かして仕舞わないと、「湿気」が残り、「カビ」の原因となる。長い時間使われず、箪笥の中に置き続けると、このような「黄変色」となって表れてしまう。

さて、一通り、帯の現状を確認してみた。「汚れ」、「カビ」、「ほつれ」、「生地難」といった問題を一つずつ解決して、お客様の期待する「生まれ変わった帯」にして行かなければならない。

 

まず、「汚れやカビ」をきれいにしておいて、その後「糸ほつれ」や「生地ゆがみ」の問題を解決する。最初にすることは、「トキ」である。帯芯を取り出し、裏生地をはずす。とりあえず、帯本体だけを分離し、「補正」を試みる。

帯補正の難しさは、キモノと違い、「地直し」や「色ハキ」といった生地そのものに色をかけたり、柄を足したりすることができないところにある。また、それぞれの帯の「織り方」や「糸の通り方」がわかっていないと、手が付けられない。だからこそ、「帯専門」の「補正」職人の方が必要になる。

「植村さん」の話では、依頼される直しは、「一筋縄でいかない」ものが多いと言う。何人かの職人の手に回されてもどうにもならず、「手の付けられない様な悪い状態」になった帯が持ち込まれるのだ。

「手直し」が可能か否かを判断するには、長い経験がものを言う。この程度だったら、どのようにしたら直るのか、という経験則が確立しているのだ。そして、「無理」と判断すれば手を付けず、返されてゆく。この辺りは、東京の補正職人「ぬりや」さんも同じだ。優れた腕を持つ職人の判断というものは、「経験の裏づけ」からなされている。

 

上の画像を見て頂ければわかるように、トキの後、カビによる黄変色を落とし、丸洗いをすると、帯表面は見違えるようにきれいになる。「しみ汚れ」は特殊な溶剤や石鹸が使われる。どのようなものを使うかは、「汚れ」を見れば判断できるのだ。

帯地の「銀無地」の部分が輝いて見え、「亀甲模様」もくっきり浮かびあがっているように思える。

 

帯表面の洗いが済むと、今度は「仕立て直し」をすることにより、今までの不具合を直すという作業に移る。

まず、「カビ」による変色で悪い状態になっていた「裏生地」を新しいものにして、張り替える。この時、生地の色は帯の地色を考えながら決める。白地の帯なら白、黒地なら黒を使う。この帯の新しい裏生地は、少しベージュ掛かった「生成色」である。

新しく張られた「裏生地」。これが新しくなるだけでも、かなり印象が変わる。

 

次は、帯の端に飛び出してしまった「糸のほつれ」を直すことだ。これは、帯の両端を織り込んで仕立てることにより、きれいに出来る。「帯巾」は通常「8寸」と決まっているが、両端を「1分」ずつ織り込むことにより、「7寸8分」となり、「2分」ほど狭くなる。だが、狭いといっても、わずか2分(約6ミリ)程度などで、見た目はほとんど変わらない。この辺りが巧みな技術であり、今回の直しのポイントの一つであった。

見事に手直しされた「帯の端」。どこからも「糸のほつれ」は見えない。

 

そして、「帯芯」を新しいものに替えて「仕立て」をする。「芯」は「木綿」を使い、帯があまり重くならないように、「薄め」のものにする。帯生地そのものがしっかりしているものが多い「袋帯」では、厚いものはあまり使わない。

新しい芯を入れ、仕立替えをすることで、「波立った」ような表面から、「フラット」な帯面に変わる。織り糸の劣化による「歪み」が少し残ったが、それでも前とは比較にならぬほど改善された。「前」の部分にかなりきつく付いていた、「半分に折られたスジ」もきれいに消えている。

 

お客様の希望で、帯丈を長くする。古い品物なので、「袋帯」としては、丈が短く、1丈1尺に届かない。このような場合、締めたときに中に入り込む部分で、「ナカツギ」をする。

このとき接がれる帯生地は、絹無地で、色も使われる帯のものに出来るだけ近いものにしておく。「見えない部分」ではあるが、やはり「体裁」を整えておくことが大切だ。

「ナカツギ」された白い無地帯生地。およそ2尺ほどの足し生地、総尺1丈2尺以上となり、「袋帯」として使いやすくなった。

 

最後に仕上がったところを、もう一度お見せしよう。

この手直しの代金は、仕立て、裏地、帯芯代まで含んで35,000円。「3万円」というのは、「直しモノ」のひとつの「目安」になる価格だと思う。これより高くなれば、依頼するお客様のほうで「躊躇される」。いかに「思い入れ」のある品物といえども、「直し工賃」は意識されて当然だ。

帯でもキモノでも、「補正」というものにかけられる「価格」というものは、ある程度決まっているように思う。もちろん、「新しく生まれ変わった」とお客様に感じて頂くことが第一だが、それと同時に「納得できる直し代金」が要求される。この両方が出来て、はじめて、「よい手直し」と言えるのではないだろうか。

お客様と職人さんを繋ぐ「呉服屋」の役割は、依頼する側と実際の仕事を施す側、双方が納得できる金額を割り出すこと。「呉服屋」の立ち位置は、「取次ぎ屋」に過ぎず、この「取次ぎ屋」の「取次ぎ代」など、高くすることは出来ない。「直し」の仕事で「沢山の儲け」を出すなどと、努々考えないことである。

 

先日、仕上がった帯を、鎌倉のお客様の元へ、送らせて頂いた。品物を譲った「お義母さん」も、直った品物をみて満足されたようである。お客様はこの帯を、自分の子の七五三祝いの時に使うとのこと。「受け継がれた品」を、その「家族」にとっての「節目」にあたる時に使っていただけるのは、何よりのことである。

私も、この一本の帯直しを通して、「家族の繋がり」というものを、改めて感じさせて頂いたように思う。

 

呉服屋の「仕事上の財産」は、扱う「品物」だけではなく、「腕の良い職人さん」が存在していることにあります。いくら質の良い品物があったにせよ、それを美しく丁寧に「加工」して、仕上げてくれる方がいなければ、お客様の満足は得られません。

また、質の良いものは「長く使えるもの」です。特に、フォーマルに使う品物は、その家の「節目」ごとに使われていくもの。これは、代が変わるごとに、「受け継がれていくもの」でもあります。

「親」から「子」、そして「孫」へと渡されるたびに、「手が入れられる」ことは、思いを新たにし、品物が生まれ変わることにもなるのです。「手直し」に関わる職人さんの仕事は、品物の「思いを繋ぐ」ために、どうしても欠かすことが出来ません。

これからも、一つの品にこだわり、受け継ぐ方の気持ちに寄り添いながら、「手直し」の仕事を続けて行きたいと思います。

今日も、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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