先日、このブログでご紹介した、フランス人の「マリー」さんから、お礼のメールが届いた。私は、単なる「小売店主」であり、「研究者」ではないので、確固とした答えにはなっていないと思うのだが、それでも「少し」は役に立てたようである。
また、先日マリーさんとのやりとりを、このブログ上で紹介したことも、嬉しかったようだ。「mayishitar」という名前は、職業上での「通称」のようなもので、本名はやはり、「marie(マリー)」さん。職業は「パリのデザイナー」だそうだ。
日本の服飾文化に興味を持ち、民族衣装としてのキモノを知り、その中から「加賀友禅と推測される品(型使いのものだったが)」を自分で求め(どのような経緯で、あの品物を手に入れたのかわからないが)、疑問があれば、直接質問して理解を深めようとする。「デザイナー」という職業的な意識の中から、「東洋の不思議な衣裳、キモノ」への関心が生まれたと思えるのだが、中々探究心のある方とお見受けした。
マリーさんは、日本語を全く理解できないし、私もフランス語が全くわからない。「自動通訳」だけが頼りなのだが、おそらく書いていることの「半分程度」しか、読み取れていないだろう。お互いに「変てこな訳」から、ある程度内容を類推している。それでも、何とか意志の疎通が図れるのだから、不思議なものだ。ただ一つ心配なのは、マリーさんが「呉服屋」というものは、みんなバイクを使って仕事をしている職業だと思わないか、ということである。
さて、今日は「キモノの袖」に関する話の続きをしてみよう。前回は袖の「振り」というものに注目して、その歴史的な経緯なども書いたが、今回は、「袖丈」の寸法そのものについて考えてみたい。
お客様との話の中でよくあることの一つに、「キモノと襦袢の袖丈の寸法が合わない」ということがある。「袖丈」が合わないとどうなるか。キモノの袖丈より襦袢のほうが長いと、キモノの袖の中で襦袢の袖が余り、ぶくつく。逆に襦袢が短すぎると、キモノの袖から襦袢の袖が飛び出してしまう。
キモノと襦袢の袖丈における長さの基準というものがある。例えばキモノの袖丈が1尺3寸であれば、それに見合う襦袢の袖丈は1尺2寸7、8分。だいたいキモノと襦袢の寸法差を2分程度にしておけば、中で襦袢がからまることもなく、また外に飛び出すこともない。
キモノと襦袢を「同寸」にしておくというところもあるようだが、ほんの少しだけ襦袢の方を短くしておいた方が、スムーズだと思う。
袖丈の寸法というものは、品物や年齢、また使う方の体格によっても違いがあり、「画一的」ではない。いちおうそれぞれ「基準」となる寸法が存在するのだが、一般のお客様にそのことがあまり浸透していないように思われる。そして、以前「裄」の寸法のところでもお話したのだが、昔の寸法の基準というものが、現代女性の体格の変化(とくに身長)により、合わなくなっている。
これから、いくつかのアイテムごとに、現代の体型に見合う「袖丈」というものを少し考えていこう。
まず、「祝着」の袖丈寸法から見てみよう。
(黒地四つ身友禅小紋・袖丈1尺3寸5分・約51cm 朱地小紋・袖丈1尺8寸・約68cm)
子どもの祝着の袖丈というものは、やはり長い方がかわいい。だから、出来る限り長くしておきたい。もちろん歩いている時に、袖を地面に付かない程度にはしなければならないが、仕立てを受ける時に長さを確認しておけばすむことだ。
上の画像、黒地の方は、「三歳祝着」の時の、標準的な袖丈の寸法である。女児の身長は95~100cmほどなので、このくらいの丈であれば、引きずることはない。長い袖のキモノと被布の組み合わせは、三歳の時にしか出来ない「愛らしい着姿」となる。
朱地は「七歳祝着」の寸法。小学校1年生女児の身長は115~125cm。この頃になると少し個人差が出てくるので、使う子の大きさにより袖丈の長さが変わる。背の高い子だと、「2尺(約75cm)」の袖丈にするような場合もあり、「小振袖」のような感じになる。七歳の時には、初めて本格的な帯結びをするので、子どもらしさと女の子らしさが同時に出せるように、長い丈にしておきたい。いずれにせよ、「反物」から作ると、着る子の体格に合わせて自由に寸法を取り、仕立てをすることが出来る。仕立てあがった「プレタ」のキモノとの違いは、この辺りにもある。
(二点の付下げ いずれも1尺7寸5分・約66cmが最大の袖丈寸法)
次ぎに、「付下げ」を例にとって「フォーマル」の袖丈を考えてみよう。一口に「フォーマル」といってもキモノには様々なアイテムがある。前回少し触れた、「振袖」には、「大」、「中」、「小」の「振袖」があり、それぞれ、「大は3尺・約114cm」・「中は2尺5寸・約95cm」・「小は2尺・約76cm」である。「振袖」は未婚者の「最上位の格」に当たるもので、「長い袖」は、未婚者の象徴でもある。
「黒留袖・色留袖」と「訪問着・付下げ」とでは、「フォーマル」としての位置づけが違う。留袖類は「第一礼装」であり、キモノとして「最上位」に当たる。この留袖類は、使い道が身内の婚礼か、叙勲の授与式などに限定されていて、「未婚者」が使うことはあまりないと思われる(独身者が増えた昨今では、そうとも言い切れないかもしれないが)。という訳で、留袖類の袖丈は、長くはなく、1尺3寸~4寸(約49cm~53cm)くらいがほとんどだ。
ここで、「兄弟」の結婚式に参列する場合を例として、考えてみよう。姉でも妹でも「既婚者」であるならば、使うものは留袖になる。では、「未婚者」であるならば、どうであろう。姉・妹ともに30歳前後より下の年齢ならば、着用するアイテムは「振袖」でよいだろう。ただ、年齢に関りなく(例え二十歳代でも)、結婚する人より年上の「姉」の場合には、「振袖」を使うことには抵抗があるという方もいる。そうなると着るのは「訪問着か付下げ」になる。(私は「振袖」でもよいと思えるが) また、「妹」でも30歳をかなり過ぎていれば、やはり振袖よりも「訪問着・付下げ」ということになろう。
訪問着・付下げというのは、着用する方の「年齢」あるいは「結婚しているか否か」で、「袖丈」が変わる。年齢を追って、「振袖」の次ぎに作るフォーマルというのは、訪問着あるいは、付下げになる。そして、20歳代の未婚女性がこれらを作るとき、袖丈はやはりある程度「長く」したい。
着る方の身長にもよるが、だいたい1尺5寸~8寸(約57~68cm)程度と考えられる。訪問着や付下げは、あらかじめ反物の「裁ち位置」というものが決まっているため、袖丈においても長さには「限界」がある。上の画像でわかるように、黒地と茶地の二反の付下げの袖丈を測ってみると、どちらも、最高の長さが1尺7寸5分(約66cm)になっている。
だが、これが「既婚者」の場合は、いくら年が若くとも、長い寸法にはしない。だいたい1尺3寸~5寸(約49cm~57cm)の間に落ち着く。こう考えれば短い袖丈は「既婚者」である証のようにも思えるが、ただし背の高い方は、少し丈を長くしておいた方が、バランスの良い着姿になる(身長160cm以上だと1尺4寸・170cm以上だと1尺5寸くらいが適当かと思う。)それと同時に考え方として、フォーマルモノの場合、カジュアルモノよりも少しだけ袖丈を長くしておくことが多いことを覚えておいて頂きたい。
このように、付下げや訪問着の袖丈というものは、「未婚・既婚」の違いや、年齢、また体格の違いなどにより、ある程度長さに「基準」のようなものが以前からある。
ただ、昨今の「独身者」の増加により、すこし悩ましい時もある。例えば、4,50歳代の「シングル」の女性の袖丈はどのようにするか、という問題に当たる時、「シングル」なので「長い袖」にするのか、それとも「年齢」によって「短い袖」にするのか、迷いが生じる。こんな時、私は「体格」から袖丈を決めるようにしている。ただし、それも当然1尺5寸を越えない範囲で考えなければならないのは言うまでもない。
振袖の次ぎのフォーマルとして作られた、若い時の長い袖の訪問着・付下げ(1尺5寸~8寸)も、「既婚者」になるか、あるいは「年齢が進めば」、丈をつめる必要が出てくる。着用の際には、このあたりのことは、気に留めておかれるとよいだろう。
(左から1尺5寸 約57cm・1尺3寸 約49cm・1尺2寸 約45センチの袖丈)
今度は、「フォーマル」というところから少し離れて、「カジュアルモノ」の袖丈について考えてみよう。昔、キモノが普段着として生活の中に定着していた頃は、日常の家の仕事をする時、「長い袖」というのは、邪魔になったと思われる。
そういう意味においても、先ほどお話したように、「フォーマル」の袖丈の方が「カジュアル」よりも長いものになっていた。
紬や小紋などの日常着の袖丈は、未婚の20代の方といえども、そうそう長くはしない。どんなに背の高い方でも1尺5寸(約57cm)までである。浴衣などは、ほぼ1尺3~4寸に固定されている。一般的には、1尺3寸(約49cm)の袖丈というものが、もっとも「ポピュラーな標準寸法」として知られている。それは決して間違いではないが、私は、少しは着る方の「体格」も考慮して、丈は決められるべきだと考える。
そもそもこの1尺3寸という基準は、女性の身丈の「並寸法」が4尺程度(平均身長が152,3cmだった時代)の頃に、割り出された袖丈である。今の平均身長は160cm近くになっていて、これを考える時、この寸法では短く感じてしまい、せめてもう1寸長くして、1尺4寸を袖丈の「標準寸法」とした方が、時代には合っているように思われる。
また、年配の方には、これより短い1尺2寸(約46cm)程度の寸法を選ぶ場合があるが、これもその方の体格と関りがある。年齢が進むと、次第に身長が低くなることもあり、70、80代の方の袖丈は、自然と短いものになっていく。これも、体格と袖丈のバランスを考えた上の選択の一つと言えよう。
ここまでお話してきて、キモノの「袖丈」という寸法は、画一的な決め方がされるものではなく、品物・年齢・体格、それに未婚か既婚かによって、変化するものとご理解頂けたと思う。
「袖丈」は伸ばしたり、縮めたりしながら、使いまわしていくと考えることで、長くも使え、後の世代に譲ることが出来る。それは、例えば最初から2寸程度の縫込みを入れておけば、背の高い人が使うことも出来るし、また短くする時には、切り落としたりせず、ある程度中に入れておけば、また元の袖丈に戻せる。
つまり、一枚のキモノを長く使うということ(誰かがキモノを受け継ぐこと)を、常に頭の片隅に入れておくことが、ある程度「年齢」や「体格」に応じて「直すことができるような工夫」につながるということなのである。
もう一つ「袖丈」で大切なのは、既婚者になった時や、ある程度年齢が進んだ時などに、「寸法を決めてしまうこと」であろう。例えば、フォーマルもカジュアルも(持っているどんなキモノもすべて)1尺4寸に統一してしまうとか、フォーマルは1尺4寸、カジュアルは1尺3寸と決めるとかである。
こうすることにより、「襦袢の袖丈」と「キモノの袖丈」が「まちまちになる」という心配はかなりなくなる。キモノの袖丈が品物によって違っていたら、その違った寸法の分だけ、襦袢が必要になる。これでは、効率が悪いばかりか、使う時にいつも、キモノと襦袢の袖が合っているかどうか、いちいち確認しなければならない。
今日は、「袖丈の寸法」ということで話を進めてきたが、あまり上手な説明になっていないことが、自分でもわかる。ここまで読まれた方は、一応ご自分の袖丈がどのくらいになっているか、確認されるとよいと思う。品物により、寸法に違いはないか、あるいは一緒に使おうとしている襦袢の袖丈と合っているかどうかなどを知っておけば、着用の時に、スムーズな準備が出来るように思う。
このブログの、「寸法」についての稿がいつもわかりにくいことを、最後にお詫びしたい。
前回の「江戸期の振袖」の記述を考えると、「未婚者」は「袖を長く」、「既婚者」は「袖を短く」というのが、この時代における「丈の基準」だったように思えます。
「未婚者」の増加や、「晩婚化」、それに体型の変化などが、「キモノの袖丈」の変化に影響を及ぼしています。もしかすると、この先「袖丈の長さ」は「着る本人の自由」という時代が来るかも知れません。
今から百年後、キモノというものがどのような形で存在しているのか誰にもわかりません。「今とほぼ同じ形」で残されているか、かなり「特異なもの」として存在しているか、さてどうなることやら。
今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。