「直し」の仕事を受けても、全てが上手くいくということはない。特に、「しみ」や「変色、ヤケ」などの依頼では、品物を預かった時点で、「かなり難しいのでは」と思えるモノも多い。
ただ、その場の自己判断だけで、お断りすることはまずなく、とりあえず「職人さん」の下へ送り、そこで可能かどうか、見てもらう。今までにも、「駄目かも」と思った品物が、見事に直ってきたことが何度もあった。
しかし、中には職人さんの手に余る品があるのも事実。今日は、そんな「修復が難しい品」を例に挙げ、その汚れの原因を探りながら、キモノの保管に関し、注意しなければならないことを、お話してみたい。
なかなか、「直せないしみや汚れ」がどのようなものなのか、具体例をお見せすることも少ないので、「こういうものが直りにくいものなのか」と認識して頂ければ、と思う。
直しを依頼された品は、青磁色の無地紬(米沢あるいは十日町)。
上の画像でわかるように、黄土色のように変色したしみが広範囲に広がっている。画像は、上前おくみと前見頃の部分だが、袖や胸にも小さな変色が見られている。
依頼されたお客様によれば、この紬はお母様のもの。亡くなられた後、箪笥整理をした際に、見つけたもので、何とか直して使えないかということだった。私も今まで、様々な汚れを見てきたが、このような「黄変色」のしみは、最も厄介なものの一つ。
これが直るかどうかは、「ケースバイケース」であり、職人さんの手で試して見なければわからない。これよりもっとひどいケースでも、見事に直ったこともあり、何とも判断が付きかねる。お客様から、とりあえず「預からせて」頂き、補正職人のぬりやさんのところへ送った。
「しみ」や「変色」部分には、白い絹糸で「印」をつけておく。一通りは、自分で「しみ」部分を確認して、印の箇所を「補正仕事の請け台帳」に記載する。これは、品物が戻ってきた時に、付いてた汚れがどのように補正されたのか、改めて再確認するためである。これで、「汚れ」の見落としや、「直し残し」を防ぐことが出来る。
さて、この品物、残念ながら直らなかった。「ぬりや」さんは、「直らなければ」工賃を請求して来ない。「直し」がうまく出来て初めて、賃金を貰い受けられると考える人である。
「直らないのに代金を請求された」という話を聞くことがあるが、「直す試み」を代金に入れるのは、如何なものだろうか。もし請求するならば、品物を「預かる際」に、「直らなくても、試み代は頂きます、それでもよいでしょうか」と、仕事を請ける側が、断りを入れるべきである。このような仕事の基本は、「直った分だけ」代金を貰うのが、誠実な仕事なのではないか。
当然、ぬりやさんが代金を請求しないので、私が依頼されたお客様から、代金を頂くことはない。このような、「姿勢」の職人さんがいるからこそ、「試して見なければ、直るかどうかわからない」と思われるような難しい仕事でも、私が気軽に請け負うことができる。もし「直らない」時にも、お客様が代金を負担するような心配がないからである。
では、「直す」ことが難しかった理由は何か。ぬりやさんに聞いてみた。
このような「古い黄変色」は、まずその汚れが、ある程度「しみ抜き」で薄くなるかどうか、が問題になる。「しみ」が完全に抜けきらなくても、「生地の地色」に近いところまで薄くなれば、「地直し」により、地の色に合わせて色を引いてやり、「しみ」部分をわかりにくく、隠してやることが出来る。
しみはまず水洗いを試し、それでうまく抜けない場合に「しみぬき用の溶剤」を使う。ただ、品物が古いと、その「溶剤」に生地が耐えられず、痛んでしまうことがある。こうなると、しみを薄くすることは最初から困難だ。
上の品物は、生地は仕事に耐えられるだが、「水洗い」にも「しみぬき溶剤」にも反応せず、「薄く」出来なかった。こうなると、「生地の青磁色」に近づけることが出来ず、「地直し」は難しくなる。
ぬりやさんは、この紬の色が「茶系」のものなら、何とか出来たかも知れないと言う。「茶」なら、たとえ「黄変色」がそのままでも、上手く色を刷いて茶に近づけることが出来るそうだ。地色により「変色」が隠せるものと、この品物のように隠せないものがあるということだ。
「変色」が薄く出来なくても、隠せる地色は、「茶系」の他には、「絹の生成色=ベージュ系」がある。難しい黄変直しは、「生地の色目」にも左右されるということになる。
「衿」部分の黄変色。これは、「化粧」のファンデーションの汚れを、そのままにして置いて、それが、長い時間の経過でこのような状態になったと思われる。「衿汚れ」は、キモノを着る方にとって、どうしても付いてまわる悩みでもあるが、「こまめ」に直せば(ご自分でベンジン等の薬品を使い、直す方もいる)、ここまで色が変色することはない。
やはり、「汚れが付いたまま」の時間の経過というのは、キモノの状態を悪くしてしまう「最大の要因」であろう。最初の画像の、「上前部分」のひどい変色も、「何かを落として、しみになったところ」を放置したため、そこに「カビ」が発生し、大きな「黄変色」の広がりが出来てしまったのである。
これは、「何かで付けたしみ」だけでなく、「汗じみ」でも放置すれば、このような「変色の広がり」になることがある。やはり、「早めの手当て」が何より大事で、早い段階なら、「酒類」でも「油類」でも「血液」でも、「抜けないしみ」はほぼないと言っていい。
また、以前にも書いたが、あわてて「しみを落とした」部分を「擦ったり」、「水でぬらしたタオルなどで拭いたり」しないことが大事である。これは、「しみ」をむやみに広げ、生地に食い込ませてしまう結果になる。
とにかく、「しみが付いたそのままの状態」で、職人のところへ持ち込むのが最善である。早く手を付ければ、簡単な作業できれいになり、代金も安く済む。
箪笥の中にしまわれているもので、もっとも長い期間、外に出されないものは、「喪服類」と「留袖類」です。両方とも、きまった時にしか使われないもので、「思い立って」虫干しや風を入れない限り、使ったそのときのままの状態になり易いものの代表です。
私が預かる直しモノの中で、「カビ」による変色や「黄変色」が起こる品物の代表は、やはり「喪服」と「黒留袖」。「喪服用の帯」などは、「汗をかいたまま」の状態にしておくと、「カビ」が発生しやすくなります。
このように、特に「フォーマル」で使う「黒関係」の品物は、使う度に、「目を通しておく」ことが、大切になります。「いつまた使うのかわからないモノ」ほど、「仕舞う時には注意深く」ということを、心掛けておくとよいのではないでしょうか。
「よい品物を、長く使う」には、どうしても、このことは欠かせません。もし「汚れ」に気づいたなら、なるべく早く信頼できる呉服屋にご相談を。
今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。