「しみも抜けず、補正も出来ない」ような品物があることを、先日お話させて頂いた。では、この「直せない」品は、もう使えないと諦めるしかないか、というと、そうでもないのだ。
「しみや汚れが取れない」というのは、「根本的に直せない」ということであって、それを「隠して使う」という方法がキモノには残されている。この辺りが、「キモノは長く使い回せる品物」と考える所以だろう。
今日は、「キモノ直しの最終手段」である、「仕立て職人」による「部分切り替え」の話をしてみる。
「部分切り替え」とは、どのような仕事だろうか。キモノには、「上前」と「下前」があるのはご存知であろう。「上前」は当然「上(表)に出るところ」で、「下前」は「下(裏)に隠れるところ」。「衿」にしても、「身頃」にしても、使う生地巾や、寸法は上下同じ寸法で付けられている。
「切り替え」とは、この「上前」と「下前」をひっくり返すこと、反対に付け直すことを言う。汚れやしみが付く部分というのは、大体が「表に出ている上前」である。長い間放置されて「下前」まで汚れやカビが広がったような品も、たまにはある。しかし、汚れは、「上前」だけに限定され、下前が無事なケースがほとんどだ。
きれいな状態の「下前」を「上前」に付け直し、落とせない汚れのある「上前」を「下前」に隠す。この仕事がどのようになされているのか、具体的に見て頂こう。今日取り上げるのは、「衿」の切り替えである。
ご覧のような、白地の切り込み模様の江戸小紋。上が「下前」に入っていたきれいな状態の衿。下が「上前」に出ていて、「黄変色」で汚れた状態の衿。
一目瞭然で上に出ていた衿と下に入っていた衿の状態の違いがわかると思う。「白地」なだけに、その汚れ具合が目立つ。この「上前衿」の黄変色は、「しみぬき」で取ることも薄くすることも出来ず、「白地」なだけに、「補正」で色をかけて目立たなくさせることも不可能であった。
「衿」の構造は、キモノを見て頂けばわかるが、本衿と共衿(掛け衿)という二つの衿で出来ている。本衿は5尺5寸であるが、共衿は本衿の先端から1尺3寸ほど上ったところを下端としてぐるりと付けられている。長さは2尺5寸ほどで、ここが「首回りの衿」の部分。
通常、この「共衿」部分が化粧や汗などで汚れが付くところである(上の画像の衿も共衿)。衿の「切り替え」方法は、共衿を本衿からはずして、汚れている上前部分を下前に、きれいな下前部分を上前につけ直す。仕立の仕事としては、至って単純なもの。
切り替えられた共衿(掛け衿)。画像の右端、下前共衿の下端に「汚れの部分」がきている。上前と下前の衿の状態の違いがはっきりわかると思う。
上の画像のように、着てしまうとこんな感じに衿が出てくる。「汚れ」部分は隠れてしまい、見えない。但し、キモノを広げると下前には、汚れた衿が付いたままである。
この「切り替え」の他に、「残りきれ」を使い衿を掛け直す方法もある。今の反物は以前より丈が長いので、着る人の寸法によってはかなり余りが出てくることがある。大概、「残りきれ」を出さずに、見頃部分に「縫いこんでおく」のだが(後で背の高い人にも使えるようにするため)、「共衿取替え用」として、きれを残してあれば、それが使えるのだ。
「共衿(掛け衿)」の寸法は2尺5寸ほどであることから、少し多く見積もっても3尺ほどの「きれ」があれば、そっくりそれを付け替えることが出来る。キモノの仕立てをする時、このことまで考慮に入れて、「残りきれ」を出せば、それは「賢い」方法と言えるだろう。「使い道」に困ると思えるような「残りきれ」でも、このように「役に立つきれ」に変わりうることもある。
この共衿の付け替えとともに、「衿の裏地」の取替えも依頼された。ご覧のように衿部分の「胴裏」が黄色く変色している。胴裏は、この衿部分だけでなく、どこでもこのような状態になる。裏全体がこのように変色しているものもめずらしくはない。
これは、胴裏についている「糊」が、長い時間の間に浮き出てきて、黄色く生地を変色させる。「箪笥」にしまったままでも、このような状態になる。裏ばかりか、縫ってある糸にも「糊」が使用されており、そこから変色が始まる場合もある。誠に「絹」というものの扱いは難しい。「表地」は、作る工程の中で何度も「糊落し」がなされ、仕立てる前にも、「湯のし」や「湯通し」が施されるので、「胴裏」などよりも「糊」による変色のリスクが低い(全く心配がないということではないが)。
「衿部分の裏」を替えたところ。画像でわかるように、変えた「衿」の方が明らかにきれいで、それに比べると、変えてない部分の裏も少し色が変わっていることがわかる。
今日は、「衿」の切り替えに限定してお話したが、「身頃」や「袖口」も切り替えにより、「汚れを隠す」ことが可能だ。表地ばかりでなく、使いすぎて裾が切れてしまった「八掛」のような裏地でも、上と下をひっくり返して(「天地にする」という)使いまわすような方法もある。
このような便利な「切り替え」だが、品物の種類によっては不可能なものもある。今日取り上げた、「衿」に関して言えば、もともと柄の位置が決まっていて付けられている訪問着や付下げ(衿と胸の柄が連動して繋がっているような品物)がそれに当たる。
もしこのような品物の衿を切り替えてしまえば、もと付いていた柄が「無くなってしまう」ことになる。だから、これは切り替えられない。これ以外の小紋や紬などでは、柄が付いていたとしても、「絶対に動かせない位置の柄」というものがないので可能である。衿が無地のもの(黒、色留袖や喪服類、無地紋付など)なら、もちろんこの方法が使える。
これが、「身頃の切り替え」になれば、また使える品物の条件が違ってくるが、それはまた追々そのような仕事を請け負った時に、このブログで紹介することにしよう。
「切り替え」の仕事の言うのは、先にお話したように、仕立職人からすれば、そんなに難しい仕事ではありません。だから「直し代」もあまりかかりません。
今日ご紹介したような、「衿の切り替え」と「衿裏地替え」などは、新しくした衿裏地の代金を含めても、両方直して金額は6千円くらいのものです。そうなると、少し厄介なしみぬきや黄変色直しのほうが高くつく場合もあるでしょう。
汚れを「根本的」に直すのか、それとも「隠す」か、または「残りきれ」を使いそっくり取り替えてしまうのか、この「衿を直す」という一つをとっても様々な方法があるということを、覚えて置かれるとよいでしょう。
「衿を切り替えて直して下さい」、と依頼してくるような「お客様」は、「キモノのことをわかっていらっしゃる方」だと、私はお見受けします。
最後に宣伝を少し。18日(金)から21日(月)の午前中まで、セールをします。「染モノ」は、菱一・松寿苑・トキワ商事・旧北秀など。「織物」は大島・塩沢・米沢・十日町など。「帯」は紫紘・龍村を中心にして、後は西陣の小さな織屋のもの。夏物は竺仙の浴衣や小千谷縮他です。まあ品数は大してありません。
年に二度(4、11月)だけ「セール」をしますが、その準備といっても「本札値」の横に、「赤い決算札」を付けるくらいです。年々その作業すら面倒になっている(夏物など札を付けずに半額にしてしまう)のが現状ですが、「店を構えている」ので、「たまには」普通の呉服屋さんらしくなることもあってよいのかも知れません。
興味のある方は、お出かけ下さい。あまりお構いもできませんが。
今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。