バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

『小紋』を見直そう その『格』と多面性が持つ魅力 

2013.10 27

近年、「小紋」の存在感は薄い。その位置づけは「カジュアル」=「普段着」というのが一般的であるが、街着を選ぶ方は「紬などの織物」を好む方のほうが多く、小紋に目を向けることが少ない。紬は産地ごとに特徴があり、「着心地」も多様なので、キモノ愛好者の方々にとっては「選び甲斐のある」魅力が備わっている。

しかし、小紋には「紬」にはない「使い道」がある。それは、「柄行き」により「フォーマルに準じて」使うことの出来るものがあることだ。「紬」はどこまでいっても「普段着」の域を出ないことはご承知だろう。小紋は、それぞれの柄の付け方が多様であり、それにより「使える場面」が異なる。

今日は、「小紋」の「格」とその使い道、そしてその魅力について例をあげながら少しご紹介してみたい。私自身にも、「小紋というものが、もう少し見直されてもよいのでは」という「思い入れ」もあるからだ。

 

 「小紋」というものの作り方も実は多様である。上の画像の六点の小紋はその柄行きなどから、三つに区分される。これから、この品々を例にとってお話していくことにする。

まず画像の右側の二点から。

(ひわ色 糸巻き模様江戸小紋 広瀬雄望)

江戸小紋染めの第一人者である広瀬雄望氏の手による品。江戸小紋は伊勢(三重県)の型紙職人により彫られた型紙を使い染め出しされたものである。この型紙は「柿渋」を塗りこんだ和紙が使われ、それを何十回も丁寧に繰り返し染めていくことで、一反の品物にする。染める際、型紙を繋いだ場所がわからないように、また「染めムラ」が出ないようにするのが、「熟練の職人」の腕の見せ所である。

小紋は室町時代、「武士」の衣服に用いられてきたのだが、江戸に入って「町人」にも広まった。この「一見、無地に見える」ような細かい模様は「武士」の間で好まれた柄である。使われる柄は「青海波」「万筋」「麻の葉」などのポピュラーなものから、「松葉」「鱗」「角通し」などの個性的文様まで様々。

この小紋に「江戸小紋」という名前が冠せられたのは、戦後の1954(昭和29)年に国から「無形文化財」の指定を受けた時からである。この作者の広瀬氏の染め場は新宿区の中井にあるが、以前は、落合からこのあたりまで、神田川沿いには多くの染め職人がいた。

(藍鼠色 友禅シケ引き小紋 山中政次郎)

「シケ引き」の「シケ」とは、繭の外皮から引き出したあら糸のことを指す。この糸のように細い線状に染め上げることから「シケ引き」の名が付いた。「シケ引き」は別名「ハケ引き」とも呼ばれるが、その名の通りこれを染める道具は「刷毛一本」である。

上の品の画像を見て頂くと、「斜めに不規則な筋」がみえる。そして、その筋には色の濃淡があり、筋の間隔も一定ではない。これは、「人の手」によるフリーハンドの線だからこそできる「模様」である。この「筋」が刷毛で引かれているのだ。

この品を染めた山中政次郎氏は、京都に数人しかいない「シケ引き」職人である。しかもこの方は生涯「シケ引き一筋」であった。この方の話によれば、「自在に描かれている筋=線」に見えるだろうが、刷毛を引いている途中で手を止めることがあるという。そして、その都度「色を継いで」いるのだそうだ。

この「色を継いだ」部分(継ぎ目)をわからなくするのが、最大の技術なのだ。これは、前の「江戸小紋」を染める際の、「型紙と型紙の間の継ぎ目」をわからなくするという話と全く共通する。「仕事をした跡」をわからなくするのが仕事というのが、この世界に生きる職人の技といえるだろう。

遠目には「無地」に見える品でも、これだけの「熟練の技」が使われている。まさに「隠れた小紋」の逸品ということが出来よう。

この二点の「小紋」は「無地モノ」として代用できるという共通点がある。ご覧のように、「遠目で見ると無地に見える」という理由なのだが、「普通の無地」より、数倍もの「職人の手」、それも「熟練の手」による仕事が施されている。この品は無地同様「紋付」にして着用されることが多いが、その際入れられる「紋」は、陰紋である「縫い紋」のことが多く、少し「軽め」のフォーマルとして意識されて、使われている証拠である。

 

次に真ん中の二点。

(黄土色 更紗模様手挿し小紋 トキワ商事)

「小紋」というものに「型紙」が使われているのはご承知のことであろうが、上の品のような「手挿し小紋」というのは、柄の輪郭だけを「型」使いにして、彩色は手で施されているもののこと。このような手描きと型の中間のような「小紋」のことは、通常の小紋と区別するために「加工着尺」と呼ばれている。

つまり同じ「型の輪郭」を使っても、挿し色を変えることにより、印象の違う品を作ることができる。小紋の中でもある程度「人の手」の入った品と言える。

(鼠色 七宝模様手挿し小紋 菱一)

作り方は、上の品同様で色挿しは人の手でされている「手挿し小紋」。ただ、無地場が多く、柄が小さくて少ない配置になっている。上の品に比べると、使われている型紙の数も少なく、挿し色の手間もあまりかからないと思える。

この二点のような小紋は、「飛び柄小紋」とも呼ばれ、よく茶道を嗜む方などから重宝がられていて別名「茶席小紋」などとも言われている。これは、無地の部分が多く、「柄の嵩」がないため、「無地に近い小紋」という扱いになるからだ。

だが、「無地に近い」というのは、最初の江戸小紋等のように「無地に準ずる」とは意味合いが違う。この「飛び柄小紋」に「紋」を入れることはほとんどないことでも、それがわかる。つまりフォーマルとしての着用は少し難しいと言えるのだが、それが完全な「街着」専用の小紋とも言えないように思える。その例を紹介しよう。

最近の結婚式は、郊外のこじんまりとしたレストランを貸切り、「会費制」など出席者に負担がかからない方法で挙げられることがある。その際「平服でお越しください」などと但し書きが案内状に付いていたりする。このような場合には、この「飛び柄小紋」が使えるかも知れない。

いわゆる「カジュアルな結婚式」、「披露パーティ」であり、それが普通の「第一礼装」で臨まなければならない「式」と一線を画すやり方ならば、「上品な飛び柄小紋」でも失礼には当たらないような気がする。「時と場合による」ような難しい判断だが、「平服で」ならこの「小紋」もアリではないか。ただ、そんな時も、「紬などの織りのキモノ」やこの後お話する「総柄のカジュアル小紋」は使えないと思う。この話は「私の独断」なので、胸を張って大丈夫と言えないのが少し情けない。この「飛び柄小紋」の用途については人により意見が分かれるところで、扱いは難しい。

 

最後に左の二点。

(萩色 吹き寄せ模様捺染小紋 菱一)

この小紋は、先ほどの「手挿し」による染め方ではなく、同時に「型も色」も染めてしまう、ほとんど「人の手」が入らない品である。旧来「型紙」は「柿渋」を使ったものだったが、最近では「シルクスクリーン」による型紙がほとんどである。

一枚の小紋を染める場合、その使われる「型紙」の量により、ある程度値段が決まってくる。もちろん多く使われているものの方が高いのだが、それでも、「手挿し」の品とは価格では比較にならないほど安い。

(はなだ色 菊唐草模様捺染小紋 菱一)

これも作り方は、上の品と同じ。この二点は柄行きも「総柄」である。このような小紋は、やはり「カジュアル専用=街着」として使われる品である。「歌舞伎観劇」や「相撲見物」などで着るのもよいだろうし、、ちょっとした「買い物」や仲間同士の食事など、「気軽」にキモノを楽しむことのできるものといってよいだろう。

上の品の柄行きを見れば、共に「秋」を感じさせるものになっている。こうした小紋で手軽に「旬」を楽しむのもよいのではないか。価格もこの作り方であれば、5万円から先は知れたものであり、もっと安く手に入るものも沢山ある。

 

三つに区分けした、六点の小紋をそれぞれ見てきたが、「小紋」といえども、作り方の手間に大きな差があり、柄行きにより「使い道」が違い、その価格差も大きいということを少し知っていただけたかと思う。

まとめてみると、フォーマルの意識は、江戸小紋、シケ引き小紋(無地に準ずる)>手挿し小紋(飛び柄で無地場が多い)>捺染小紋(総柄)ということになる。つまり、最初に述べたように、小紋が「単にカジュアルモノ」であるという意識を越えて、その中にも様々な「格」があるということなのである。

そして、「小紋」の価格は、他のアイテムと同じように、「どれだけ人の手で仕事をしているか」ということに比例するものであり、その「差」は、大きい。しかも、見えないところに多くの努力が費やされている。この「隠れた職人の仕事」を見つけて、それをまとうことが「通好み」と言えるのではないだろうか。

 

久しぶりに長い稿になりました。多様な「小紋」の使い方を覚えると、「キモノの楽しみ」がもっと広がると思います。ある程度決まりきったフォーマルの品々と違い、工夫次第で、使う場所も増やすことができるのが、「小紋」というアイテムなのです。

改めて、「小紋」を見直していただけたら、嬉しく思います。

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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