自分で選び、買い入れた品物は、「娘」のようなものだ。その中で、お客様に選んでもらえず、長く店に残る品は、「お嫁に行けない娘」のような気がする。
施された仕事も丁寧であり、柄行きのセンスもあるのに「残る品」は、さしづめ、「器量がよく気立てもよいのに嫁に行けない娘」ということになる。
先日、一枚の振袖が「お嫁にゆく」ことになった。売れなければ困るが、いざ売れてしまうと、いかにも「惜しい」。まさに、「娘の結婚を複雑な気持ちで見送る父親の心境」のようである。
この「惜しい」品は、品川恭子という京友禅作家の作品である。作られる数は限りがあり、これから先、当店がこの方の「振袖」を扱うことができるかどうかわからない。そんな意味で、この「ノスタルジア」の稿で取り上げることにした。
品川恭子さんの、その独特の図案や挿し色の素晴らしさと共に、「女性」ならではのやさしい視点や心の持ち様などが、その作品に映し出されていることを少しでも伝えられたらと思う。
(品川恭子 京友禅 鬼ちりめん黒地花寄せ模様振袖 2004年 売約済品)
当店が品川さんの作品を扱い始めてから、もう20年ほどになる。この方の品は京都の「松寿苑」というメーカー問屋が、一手に引き受けて扱っている。この会社、以前このブログで何度か紹介したことがある(別誂加賀のれんや織部佐藤和次さんの稿)が、会社といっても「家族経営」の「個人商店」である。
ここの社長、松本昭氏は、加賀友禅や辻が花、また工芸作家の品を扱っていた「吉田」という問屋から独立した人である。(この「吉田」という会社はすでにない)この吉田という会社は、「作家」の手による品、つまり個性的で、希少性のあるものばかりを「作家」本人に依頼し、扱っていたという業界でもめずらしい店であった。
松本氏は、「よい仕事」をする作家の作品を見極める目を、若い頃から養っていたため、独立後は、「いく人かの作家」に絞って「モノ作り」を依頼し、我々取引先に提案し続けてきた。それが、「品川恭子」であり、「北村武資」であり、「日本工芸会」に籍を置く作家達だった。
専門店が「個性的で確かな技を持つ作家の品」を扱うためには、それを「作家達に依頼し続けることのできるメーカー問屋」と取引があることが重要である。そうでなければ、その品を扱うことさえ(見ることすら)出来ないのだ。ここに、「専門店としての小売店」とそれ以外の「一般呉服店やナショナルチェーン」の違いがある。
専門店として大切なのは、取引相手が「何を扱う問屋」であるか、それが自分の店で扱うものとして「ふさわしい品」であるか、まずそこを見極めなければならないこと。そして、もちろん品物を「買い取る」ことにより、その作家の品を扱う「覚悟」をしなければならないのだ。それが出来なければ「他店と差別化」することは難しくなる。
松本氏の「松寿苑」が人を雇わず、家族経営に徹しているのは、「作家にモノづくりをしてもらうこと」が、経営の全ての中心であり、他のことに経費をかけず、品物を供給し続けることを大命題としていることによる。つまり会社を「規模より中身」が重要と考えているのだ。だからこそ、こんな「呉服業界、冬の時代」になっても、有能な作家の品を提案し続けられるのである。
話が少し逸れたが、(私の話は本題に行くまで長く、読んでいる方々にはいつも申し訳なく思う)この「品川恭子の振袖」を見ていくことにしよう。
(花散らしと呼ぶにふさわしい全体の図案、画像がよくないことをご勘弁願いたい)
(上前おくみ、身頃の柄行き 均等の大きさの小柄の文様と印象的な色挿し)
品川恭子(しながわ きょうこ)さんは1936(昭和11)年東京生まれ。染織作家としてはめずらしい東京芸術大学図案科(今の工芸科)の出身である。ほとんどの作家の方々は「大学」に行かず、職人の内弟子になることからスタートするのだが、この世界では「異色の経歴」といってもよいだろう。
品川さんが「友禅の世界」に足を踏み入れる契機になったのが、蒔絵友禅の人間国宝である森口華弘氏との出会いだったことは、よく知られている。大学でデザインを学んでいた品川さんは、4年生の春休みに森口氏の工房を訪ねる機会を得た。そこで森口氏の手による一つの作品に出会う。その品は、淡い臙脂色に藍色で描かれた梅林を描いた訪問着。「穏やかな春の情景が浮かぶようだった」と品川さんは語っている。
この品に出会えたことがすべてを変えた。当時品川さんは「キモノには無知で無関心だった」。けれども、「日本画とデザインを合致させた美しさ」に深く感銘を受け、「友禅の世界」に入ることを決意したのである。
森口華弘の描く友禅は、例えば「梅の花」ならば、写実的ではなく、自分の持つイメージを大切に生かした、森口氏ならではの「簡略でありながら、優しい印象の花」である。品川さんが感じた「日本的なものを独創的にデザインする」ということが、ここに表れていると言っていい。
品川さんは、森口氏に弟子入りをお願いする。しかし、森口氏はこう話したという。「あなたにはあなたの色がある。わたしの色に染まることはない。わからないことがあれば、何でも聞きなさい。」
(色づいた楓と梅鉢 上の方の楓の葉の輪郭がモダンに工夫されている)
(品川さん独特の雪輪模様 中は、業平菱が金で描かれている)
(愛らしい揚羽蝶 羽の挿し色の水色が斬新)
(桜の花びら二葉 紅色と鴇色の優しい濃淡の使い方が女性らしい)
上の四つの画像で、それぞれの挿し色や、図案を具体的に見て頂いた。柄行き全体を見ると、「吹き寄せ模様」のようなイメージなのだが、春は「桜」と「梅」、秋は「菊」と「楓」と「銀杏」が組み合わされ、「春秋模様」になっている。そして、その中に「波」や「雪輪」や「揚羽蝶」が「ほぼ同じ大きさ」で散らされている。
品川さんの柄行きの特徴は、このように「伝統文様」から決して離れない図案であることだ。この作品以外のモチーフも「有職模様」や「能装束」からヒントを得たものばかりである。しかし、この文様をまさに「デザイン」すること。ここに、すべてがあるといっていいと思う。「森口華弘との出会い」の中で目指した「日本的なものを独創的にデザイン」することが、見事に完成されているのではないだろうか。
そして「挿し色」も個性的である。私が特に感じるのは上の画像で言えば、二つ目の「雪輪」に使われている「緑青色」である。このように明るいパステル色とも呼べる色使いは、他ではなかなかお目にかかれない。なおこの「緑青色」は意外にも「日本の伝統色」で、6世紀当時、中国から伝えられた「孔雀石」を砕いたものを原料としていた。そして、これは、自然界で唯一「緑色」をそのまま出すことの出来るものなのである。
最後にもう一度、「花寄せ」の部分を載せたい。この作品のタイトル、「花の譜」にふさわしい柄行きである。「女性」ならではの「優しく、甘さ」のある色使いをする中にも、それぞれの柄としての主張がある。
そして何より、この振袖が「黒地」であり、生地もポッテリとした「鬼シボちりめん」を使っていることが、なお一層この「品川友禅」を引き立てているのである。
品川さんの作品は、近頃よく「キモノ雑誌」で取り上げられている。「和楽」や「美しいキモノ」などに、「優美でモダンな品」として紹介されている。また、女優の樋口可南子さんをはじめ、ファンの方も多い。
これは、ともあれ、品川さんの描く「独創的デザイン」が女性の「琴線」に触れるものだといえるのだろう。すっきりとした中に、少し遊び心があって、一度は手を通して見たくなる、そんな装う人を引き立てることが出来る品を、これからも出来る限り作り続けて頂きたいものである。。
終わりに、2005(平成17)年の産経新聞によるインタビュー記事から、品川恭子さんの言葉を紹介して、この稿を終わりたい。
「きものと着る人の素敵な出会いを想いつつ、作品を作り続けたい。」
今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。