バイク呉服屋の忙しい日々

ノスタルジア

成竹登茂男 橙地早春花模様・加賀友禅振袖 

2013.06 23

「世代を越えてお召しいただく」ということを大前提にしている当店には、手を入れるために様々な品が「里帰り」して来る。

今日ご紹介するのも「母から娘」に引き継がれてゆく、今は亡き加賀友禅作家の品である。素晴らしい手仕事は、時代を越えても決して色褪せることはない。前回、この「ノスタルジア」のカテゴリーで紹介した「初代・由水十久・三番叟黒留袖」に続いての加賀友禅の作品であるが、その図案、さし色の違いをご覧いただきたい。

(1979年 甲府市 B様所有)

柔らかい橙色の地に梅と紅白の椿をあしらった、色あざやかな中にも加賀友禅らしい優美で上品な逸品である。加賀独特のぼかしの技法を多様し濃淡の付け方も見事である。そしてその写実の素晴らしさはこの作家でしか表せない無比な仕事だ。

作者、成竹登茂男(なるたけ ともお)は1903(明治36)年金沢市に生まれた。生家は化粧品屋で、父の弟が染物屋を営んでいた。その叔父の勧めで京都へ修行に出た後、金沢に戻り県立の工業学校を卒業。そこから「県外派遣実業練習生」として東京・三越の染工部に在籍した。再び故郷へ帰った成竹は日本画家の中橋園に師事し、独自の写生力と模様の構成を身に付ける。戦後は加賀友禅作家としてだけでなく日本画家として日展に出品。数々の入選作品を描き、のち日展審査員となる。その画風は加賀作品の写実的なものと異なり、前衛的で抽象的な画風のものが多い。

昭和50年代に認定された「加賀友禅伝統工芸士」が六人いる。成竹登茂男・初代由水十久・毎田仁郎・矢田博・梶山伸・能川光陽。大御所である人間国宝・木村雨山は別格として、この六人が加賀友禅のトップランナーとして作品を世に送り続けた。今でいえば「巨匠」と呼べる方たちだ。この他、談義所栄二や水野博らもその範疇にはいるだろう。1978(昭和53)年、加賀友禅技術が石川県無形文化財に指定され、その際に「加賀友禅技術保存会」が発足した。成竹はその副会長となり、加賀友禅の品質の保持と、新たなに受け継ぐ者をを養成する立場になった。

成竹の挿し色の特徴は何といっても「濃淡」にあると思う。「ぼかし」の使い方を上の画像で見ていただきたい。梅や椿の花芯の糸目置きの細かさも目を引くが、それぞれの花に施された「ぼかし」の付け方で陰影を描き、全体を見渡すと「色の強弱」のバランスが心憎いほど見事である。下の椿の拡大画像を見ると、下の二枚の花びらと上の二枚の花びらの色を濃淡で表し、さらに花芯に向かってぼかしを入れることで「上品な強調」というか、優美な存在感をかもし出している。

全体の図案の構成を見るとわかるのだが、この上の「緋色に挿した椿」は柄の中のポイントになるもので、上前身頃に三枚、後身頃に二枚配されている。「緋色」をどのように表現するかで全体の印象が変わることになると思うが、他の花々の色や葉の色目にも配慮した「さりげない強調」なのだ。このようにきめ細かく、確信して施された色挿しは、一枚の作品に仕上がった時に作者のその作品にかける気持ちが伝わってくるものになっている。

まるで一枚の「日本画」を見るような精緻に写実された模様である。

柄の中心、上前身頃の画像と衣桁に掛けた時の全体画像

1984(昭和59)年9月の毎日新聞のインタビュー記事が手元にあるが、その中で成竹は「友禅を手の届く値段にしたい。それには、外へ出ない所に模様を付けなければいい。」と話している。「作品の手間のかかり方で値段を決めて欲しい」ということを言っているのだろう。この作品もその意識が反映されているように「帯の下、おはしょりの中に入るところ」は模様が見られない。しかしそれ以外の模様は実に丁寧に丹精が込められている。当時の加賀友禅作家として、多くの人に自分の仕事をまとってもらいたいという気持ちが如実に表れているように思う。成竹は1991(平成3)年、88歳で世を去った。

最後に成竹の弟子である加賀友禅作家、東藤岳(とうどうがく)に語った言葉でこの稿を終わりたい。

「着物は着てもらって始めて、意味がある。だから自分だけが満足する作品になればそれでよいというものではない」。

 

現在加賀友禅の作家と名乗る人は(いわゆる落款登録者)は成竹登茂男が活躍していた昭和50年代と比べ大幅に増えました。時代の変化と共に、描く図案も現代的なものが多様されるようになり、成竹のように「日本画のような写実性」を忠実に守りながら作品を作る作家は少なくなったと思います。しかし、その作品はいきいきと今の時代にも作者の息使いを伝え、欲してももう手の届かなくなったような寂しさを感じます。

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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