バイク呉服屋の忙しい日々

職人の仕事場から

補正職人 ぬりや 塗矢さん(1)

2013.06 30

我々が扱う品物は実にデリケートなものである。そして、それは使っている間に様々な問題が生じる。「しみ」「色ヤケ」「カビ」「黄変色」「スレ」などその「症状」は多様だ。

また注意しないと、仕入れた品を店に置いておくだけでも、変色して「商品価値」が無くなってしまう場合もある。「ヤケ」などは、「店内照明の位置」に配慮して品物をディスプレイしないと、わずかな時間でも起こりやすい。

そんな時頼りになるのが「補正職人」である。この「職人」の技術なしに「呉服屋」は成り立たないといっていい。

「良い品を長く使って頂く」ことが基本である当店にとって「最後の砦」である。そんな「補正職人」の方のお話をしていきたい。

ぬりやさんの仕事場は、台東区の入谷駅(日比谷線)から歩いて5,6分のところにある。「入谷」と言えばまず思い浮かぶのが、「恐れ入谷の鬼子母神」の「鬼子母神」である。ぬりやさんのところへ伺う道すがらに「鬼子母神」がある。

「鬼子母神」は釈迦が、他人の子供を食べてしまった母に、その子を失う母親の苦しみを悟らせるため、食べた母の最愛の子供を隠したことに由来する。これを機に鬼子母神が仏教に帰依し、子供と安産の守り神となった。この話はよく知られているもので、私も子どもの頃「絵本」で読んだ記憶がある。

この「鬼子母神」は法華経の守護神として祀られることが多く、この「入谷・鬼子母神」を祀っているお寺も「真源寺」という日蓮宗寺院である。

「ぬりや」の表札の出る入り口。表札をよくみるともう消えかかった「染色補正業」の文字が見える。これを見るだけで、長い時間、この仕事に携わってきたことがわかる。

「ぬりや」さんと当店のつながりは、洗い張り屋さんの「太田屋」さんと同じで、まず始めは「北秀」や「秀雅」という取引先を通してである。だからもう30年以上は経っている。ぬりやのご主人と太田屋さんの先代さん(加藤くんの父上)は仕事仲間として親しかったらしく、今でも加藤くんはぬりやのご主人から様々なことを教えられているそうである。「洗い張り」と「補正」は相互に仕事を補完するような関係であり、「洗い張り」で抜けなかった「しみ」「ヤケ」を、「補正」で直すということはよくあることだ。

二つの画像、下は洗い張りした生地であるが、上の画像で「洗い張り」でも落とせなかった「しみ」があるのがわかる。よく見ると、左側に丸い黒っぽい汚れが残っている。このような場合「補正職人」の出番である。

だから私も仕事の依頼伝票に、(太田屋からぬりや)などとよく書き込む。太田屋さんのところへは毎週定期的にぬりやのご主人が立ち寄り、仕事を持っていくという。「ぬりや」という「屋号」は、補正の仕事の中の「色を塗る=色ハキをする」という意味で付けられたとばかり思っていたのだが、苗字が「塗矢」さんとは思わず少々驚いた。

「補正職人」はれっきとした「技術者」である。そして「資格者」でもある。正式名は、「染色補正技能士」というもので、「国家資格」である。

「国家資格」であるから、当然「国家試験にあたる認定試験」があり、それに受からなければ「資格者」にはなり得ない。1974(昭和49)年、当時の労働省は、技能検定試験を実施し、その合格者を「染色技能士」に認定する制度を開始した。

「染色技能士」は「糸侵染技能士」「型紙捺染技能士」「スクリーン捺染技能士」「織物・ニット侵染技能士」そして「染色補正技能士」の5つの分野に分かれていて当然それぞれ試験内容が違う。また1級・2級と、その技能に対して等級が分かれており、技術者の腕に差を付ける目安にもなっている。

私たちがお世話になるのは、この中の「染色補正技能士」である。しかし、この「技能士」になるのは実はそう「容易」なことではない。まず、この「認定試験」は誰もが受けられるものではない。2級技能試験は実務経験2年以上、1級技能試験は実務経験7年以上または2級合格後2年以上でないと受検資格がない。つまり1級技能士になるには、どんな早くても4年以上はかかる計算だ。

試験内容を見てみると次のようなものである。

1級試験は 1・文様の消し作業 2・ぼかしの合わせ作業 3・小紋直し作業で試験制限時間は6時間  2級試験は 1・紋抜き作業 2・友禅地直し作業 3・汚れ落とし作業で試験制限時間は4時間30分。

                             

この内容をみてわかるのは、1級はまさに「補正」の仕事で、「ヤケ直し」「色ハキ」の技術を駆使した「ぼかし合わせ」や「小紋直し」の力を試されている。2級は「補正」をする前段階の仕事となる、基本的な「紋ぬき、地直し、しみぬき」の力を見ている。実技の他、学科試験もあり50問が出題されている。まさに「難関」といえる技能検定である。 

そこで、上の「ぬりや」さんの「技能合格証書」をもう一度みていただきたい。「一級技能検定合格証書」の右上に「染補第1号」の記載が見える。「染補」は「染色補正」の略で上記したように、染色技能士が5区分されている中の一つである 記載だが、「第1号」に注目されたい。今現在どのくらいの人が「染色補正士」の認定を受けているかわからないが、「ぬりや」さんは初めての国内認定者ということの証拠であり、まさに「ぬりやのおやじさん」恐るべしである。

ご主人は昭和18年生まれというから68歳である。誕生日が私と一日違いなので、結構親近感がわく。最初お会いした時に「松木さん、私と同じくらいの年じゃないの?」といわれて少しショックを受けてしまった。私もかなり「老け顔」だが、16も違う方にそう言われると、かなり「効く」。

 

「職人の仕事内容」のお話をするまえに、かなりのスペースを割いてしまいました。どうも書き出すと、付随した色々なことを話したくなり、つい長くなってしまいます。このブログを「一つの読み物」と考えて下さればよいのでは、と私が勝手に解釈してしまっていることを、どうぞご勘弁下さい。次回は「ぬりや」ご主人の「補正」という仕事内容をお話します。

今日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。             

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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