バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

バイク呉服屋への指令(6) サクラを尽くした小物を、提案せよ

2019.04 11

旧暦では、その年を甲(きのえ)から癸(みずのと)までの十干と、子(ネズミ)から亥(イノシシ)までの十二支を、組み合わせて表す。近頃は、干支=十二支であるかのように認識され、十干はほとんど注目されていないが、本来この二つを合わせたものが「干支(えと)」になる。

2019年は、十干が己(つちのと)で、十二支は亥(い)。つまり「己亥(つちのとい)」である。干と支を組み合わせると、全部で60通りになることから、六十干支とも呼ばれる。今年と同じ干支・己亥は、今から60年前の1959(昭和34)年。バイク呉服屋は、この年に生まれたので、干支が丁度一回りしたことになる。即ち、暦が一周したこととなり、60歳・還暦となる。

 

ひと昔前までは、還暦を迎えたとなると、老人扱いされた。その理由は、長いこと定年が60歳だったので、この年齢で現役を退く人が多かったからだ。けれども、2013(平成25)年、高齢者雇用安定法の改正に伴い、定年が65歳に引き上げられ、会社によっては、定年制そのものを撤廃したところもある。

年金受給が65歳からとなったこと、あるいは健康寿命が延びたことなどが、定年延長を押し上げた原因だが、現役を続けて社会と関わり続けることは、やはり人を若々しく保つ。だから、還暦は老人ではなく、まだ壮年に当たるように思われる。

 

だが人は、いつか仕事からリタイアする時が来る。中には、「死ぬまで現役を続ける」という方もおられようが、働きたくても働けなくなる時は、いずれ誰にでも訪れる。では、「引き際」をいつにするのか。「矢折れ刀尽きるまで働く」のか、それとも余生を楽しむ力を残して、第一線を退くのか。人それぞれに、違うだろう。

けれども、「立つ鳥跡を濁さず」とか、「惜しまれるうちが花」と言うように、退き際は美しくあるべきというのが、日本人特有の美徳。だから、ぱっと咲いて、あっけなく散るサクラの花を、多くの日本人が好む。それは、「むべなるかな」である。

ということで今日も、サクラのお話。今回は、小物で「サクラを尽くす」。前回ご紹介した、サクラのキモノと帯に相応しい品物を探してみよう。

 

桜地色・桜模様の地紋織長襦袢に、薄桜色・小桜模様の刺繍半衿を付ける。

前回、キモノと帯双方に「桜を散らした意匠」の品物を使い、桜を尽くした姿を作ってみた。本来ならば、これで十分に「桜の装い」となるのだが、合わせる小物にも、桜にこだわるとなれば、それこそ「桜に包み込まれる姿」となろう。

着姿を構成する全てのアイテムに、同じモチーフを重ねて使うと、「くどさ」を感じることが多いが、桜ならばあまり違和感がないように思える。やはりそれは、この花が、日本そのものを表す「特別な存在・シンボル」だからであろう。

桜の図案はキモノや帯だけではなく、和装小物全般にわたり、幅広く使われている。特に長襦袢や刺繍半衿、帯揚げなどに多く、色と図案双方で、桜にこだわって品物を作っている。だから、桜小物を探すことは、そう難しいことではなく、しかも選択の巾は広い。では、どのような桜を尽くした小物があるのか、まず長襦袢から見ていくことにしよう。

 

この三反はいずれも、小桜の地紋に、絞りで大きな桜花をあしらっている。地色は、柔らかい桜色、濃いピンク、鶸色。地色により、絞り桜の色を変えている。

左の桜色襦袢を拡大してみた。細かな小桜に、大きな桜花が白く浮き上がる。桜に桜を重ねた、まさに「桜尽くし」の長襦袢。

こちらは、地を桜色で染め、少し大きめの桜花と花びらを散らした地紋。所々には、絞りで白い花びらを散らす。これは、「花散らし」の長襦袢。

上の品物のように、地紋に桜を使うものは、かなり多い。そして桜単独でなくても、花車や花筏、花の丸など、花を寄せて構成する文様の中には、必ず桜が含まれている。特に、振袖用の襦袢を始めとした、若向きのフォーマル襦袢では、桜地色と桜模様は、梅模様と並んで最もスタンダードな意匠と言えよう。

 

刺繍半衿を使うと、衿元にアクセントが付いて華やかさが加わり、印象が変わる。刺繍衿は、図案の大きさや配色により、イメージが変わるので、着用する場所やキモノの格を考えながら、相応しいものを選んでいく。キモノや帯に桜を意識させなくても、衿に桜の刺繍がほどこしてあれば、それだけで季節を感じさせてくれる。小物だけでも、十分に旬を表すことが出来る。

三枚とも同じ図案だが、刺繍糸の配色が違う。一番右の明るい色使いは、振袖用。真ん中の白と金銀のあしらいは、留袖用。左のはんなりした色目は、訪問着用。糸色が変わると、用途も使う方の年合いも変わってくる。

こちらは、ごく薄い桜色地に小桜を連ねた半衿。花びらにぼかしを入れ、中心は金糸を使う。刺繍を細やかに工夫しているため、衿元は柔らかくなり、優しい着姿となる。作り手の配色センスが、衿それぞれの印象を大きく変えることになる。

 

帯揚げは、ほんの一部が着姿から覗くだけだが、キモノの地色や帯、あるいは一緒に使う帯〆との兼ね合いを考えながら、選ばなくてはならない。画像の三枚はいずれも、パステル系地色に桜をあしらったもの。どちらかと言えば、おとなしく着姿を介添する役割を持つ。

おぼろげな桜のイメージをそのまま使うと、上のような色になるが、もう少しインパクトが欲しいときには、キモノの地色よりも一段濃い色目の帯揚げを使うと、効果が出てくる。着用する方の好み一つ選ぶ品物が変わるが、それも着姿を形作る楽しみの一つ。

桜散しの地紋に、桜色濃淡のぼかしを施した帯揚げ。ぼかしの入り方が、霞か流水のように見える。柔らかい色使いが、とても春らしい。

同じ桜散し図案で、ぼかしの色目を変えたもの。どれもほんのりとした色目だが、合わせる帯〆によって、使うものが変わる。帯揚げの色は、ほんの少し配色を変えただけでも、印象が変わる。

さて、長襦袢・刺繍衿・帯揚げと「桜尽くし」の品物を見てきたが、先に選んだキモノと帯に合わせ、どのような組み合わせにしたのか、ご覧頂こう。

 

帯揚げと帯〆は、二つのパターンを考えてみた。こちらは、極薄い桜色で少し大きめの桜花を染め出した帯揚げと、薄橙色と薄藤色のぼかしに金を通した平組帯〆を組み合わせたもの。桜の花色を基調とした共色合わせだが、小物に色目を主張させないことで、全体がはんなりとまとまる。

もう一方は、帯の箔地に施されている緑色に注目して、選んだ組み合わせ。花散らしの地紋にクリームと若草色で暈した帯揚げと、エメラルドグリーンと橙色ぼかしの平組帯〆で、最初の紐とは配色違い。明るく柔らかさのある緑色を使うと、春の華やかさが際立つ。最初の共色合わせとは異なり、小物の色を主張させるパターン。

 

帯〆と帯揚げに使った二つの色の組み合わせを、襦袢と刺繍衿にも取り入れてみた。

襦袢のところでご紹介した、小桜地紋に、絞りで大きな桜の花びらを浮き出した品物。地色は若草色と少し濃い目の桜色。

刺繍衿も小花連ねの同じ図案だが、地色と配色が僅かに違う。桜色襦袢には、桜色地に桜色暈し刺繍。若草色襦袢には、白地に僅かな黄暈しが入っているものを使う。発想は帯〆・帯揚げを選んだ時と同じで、桜色襦袢には、着姿が桜一色で染まる効果があり、若草色襦袢には、アクセントを付ける目的がある。

それぞれ印象の異なる小物の組み合わせを提案したところ、お客様はどちらか一方に決めかねて、結局両方ともお求め頂くこととなった。私としては大変有難いことだが、余計な出費をさせてしまい、大変申し訳ないように思う。

 

今回お使い頂く襦袢と小物。襦袢・刺繍衿・帯揚げは加藤萬。帯〆は龍工房の品物。

こうして、桜を尽くしたキモノと帯に、桜を尽くした小物を合わせるという、この季節に相応しい「贅沢な装い」の指令を完了することが出来た。今回の仕事は、私にとって改めて「にっぽんの花・サクラ」が、和装の中でいかに尊重されているかを知る、良い機会になったように思う。

サクラを愛で、桜をまとう。季節を着姿で表現出来る和装の、何と美しいことか。ぜひ皆様も、旬を意識した装いをお試し頂きたい。最後に、二回にわたりご紹介してきた「サクラの品物」を、もう一度どうぞ。

 

昨日の雨で、すっかりサクラの花は落ちてしまいました。多くの人があれほど花を待ち焦がれたというのに、葉桜になってからは、この木に気を止める人はほとんどいません。サクラほど、人々の心が「うつろう」花も無いでしょう。

パッと咲き、あっさり散る。潔さと引き際の鮮やかさは、やはり日本人の心に深い印象を残します。人の出処進退もそうありたいと思いますが、なかなかサクラのようにはいきません。私も周囲から「往生際が悪い」と言われないように、仕事の引き際を考えたいものです。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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