バイク呉服屋の忙しい日々

にっぽんの色と文様

「大羊居」の御所解訪問着に見る、友禅の様式美  技法編

2018.09 27

物事には、基準となる様式がある。特に芸術においては、手順や形式を踏まえた上で、その中に、自分だけのオリジナルな感性を表現していく。

一つの様式が生まれる背景には、時代や地域的な環境など、様々な理由が考えられ、その表現方法は、人々により体系化され、受け継がれる。そして、この築きあげられた流儀・ルールの中で生まれる美しさこそが、「様式美」と称され、その作品は、芸術的に価値のあるものとして、認められる。

 

友禅という技法が、キモノの模様を描く「様式」として完成したのが、17世紀末の江戸・貞享年間のこと。それまで、小袖の加飾として使われていた技法は、桃山期から、江戸慶長期にかけて流行した、刺繍と摺箔を併用した「縫箔」と、絞り染に箔と繍、描絵を組み合わせた「辻が花染」が主流であった。

この加飾様式は、時代と共に少しずつ変化し、江戸寛文期になると、金糸刺繍が普及するにつれて、摺箔は姿を消す。また辻が花に代表されていた絞り技法は細分化され、その中で、縫絞と鹿の子絞が模様表現の技法として多用されていく。辻が花染は、江戸初期にはすでに姿を消しており、これが「幻の染」とされる理由である。

このような、箔や刺繍、多彩な絞りを用いた「桃山様式」や「寛文様式」の小袖を着用出来る者は、厳格な階級制度下にあったこの時代では、武家と一部の上流町人に限定されていた。

 

友禅染は、京都・知恩院の門前に居を構えていた、扇絵師・宮崎友禅斎の扇絵模様を、小袖の意匠に用いたところから、始まる。ただ、いかに流行していた図案だからと言っても、これをどのようにして生地に描いていくか、その技法が確立されていなければ、実現できない。

友禅染が出現する数年前、1682(天和2)年に発せられた衣服禁令、いわゆる「天和の禁令」により、贅沢な衣装は、作ることも着用することも出来ない状態となった。すなわちそれは、これまで小袖の模様を彩ってきた加飾技法、刺繍や絞りの禁止である。その上身分ごとに、買うことの出来る衣装の価格も、厳格に制限されてしまった。

こうしてこの当時の呉服業界は、刺繍や絞りに代わる「新たな染技法」を開発せざるを得なくなったのである。その結果として生まれたものが、布地に色を塗って染め付ける「引き染」技法であった。

 

友禅斎の扇絵が、小袖に表現できたのも、この新たな染様式の開発があったからこそで、それが無ければ今日の友禅染はあり得なかっただろう。そしてこの技法は、端緒となった扇絵の模様に止まらず、この様式を最大限に生かす新たな文様を産み出すことになる。それが、より図案を写生的に精緻に描いた御所解・江戸解文様である。この文様は、後に友禅技法を基本にしながら、絞りを染で表現した「染疋田」や、繍を駆使して、多彩に表現されるようになっていく。

今日は皆様に、300年以上続くこの友禅染の技法・文様を、頑なに守り続け、現代にその息吹を伝える「大羊居・御所解訪問着」をご覧頂くことにしよう。今回は、技法編として、意匠にほどこされている糸目糊置きや、色手挿し、そして様々な繍技法など、その加飾方法を中心に、話を進めさせて頂く。

 

(大羊居 連山御所解模様 『春桜秋楓』・手描き江戸友禅訪問着)

大羊居(たいようきょ)については、以前の稿で詳しくお話させて頂いたので、ここでは簡単に触れるだけにしておく。江戸・安永年間から続く呉服太物商・大幸に婿養子として入った野口彦兵衛が、独立して創業したのが大彦である。その後大彦は、彦兵衛の次男真造が後を継ぎ、長男の巧造は、新たに大羊居を起こす。この二人の兄弟は、別の道を歩きながらも、お互いに切磋琢磨し合い、それぞれの個性を生かした、美術的に価値の高い友禅を世に送り続けた。

創業者・野口彦兵衛は、江戸期小袖の蒐集家として知られていたが、その作品にあしらわれている色目や技法は、昭和初期になって、息子達の手で再現されている。この伝統が今に続くからこそ、大彦と大羊居が製作する品物には、友禅の様式を忠実に守る魂を、感じとることが出来るのだ。

 

現在、大彦には目立った製作活動が見られないが、大羊居は専属の職人を要して、今なお作品を創り続けている。また、創業者の野口功造には子どもがいなかったので、養女に迎えた真造の娘さん・野口貴美子さんが、代表者を務めている。

全てが手仕事で作られる大羊居の作品は、数に限りがあるが、主に高島屋の上品会(じょうぼんかい)で見ることが出来る。また、定期的に品物を扱っている問屋は、菱一と千切屋くらいであろう。この訪問着も、菱一でバイク呉服屋が見初めたものであり、すでに先頃、東京のお客様にお求めを頂いたものである。

では、ほどこされている友禅の仕事を、見ていくことにしよう。

 

連山に春秋を代表する桜と楓をあしらい、そこに流水や家屋を配した、典型的な御所解文様。これぞ、「江戸友禅」と言うべきスタンダードな意匠。

友禅染様式の根幹をなすものは、やはり糊置きと、模様の色挿しであろう。最初に、露草の汁(青花)で下描きした図案の輪郭線にそって、糊を置いていく。これが、糊置きである。糊置きの方法としては、生クリームを絞る時に使うような円錐形の筒に糊を入れ、その先端の口金から糊を絞りながら線をなぞる「糸目糊」と、糊を竹で作った細い楊枝の先に付け、伸ばしながら置いていく「楊枝糊」があり、この二つの技法は、描く線により使い分けられる。

また、糸目引きに使う糊は、米を原料とした糯粉に水や塩を混ぜて作るが、分量や配合する材料の比率だけでなく、作る時々の天候にも、糊の質が左右される。糊質というものが、糊を置いた時の糸目にも微妙に影響を与えるために、糯糊作りは難しい作業となる。過日、糯糊で糸目を引いている友禅作家の四ツ井健さんからは、自分の思い描く線を生み出すための糊作りに、かなり時間をかけて、試行錯誤を繰り返したと聞いた。

その一方で、化学溶剤を用いたゴム糊があるが、これは糊作りの手間も少なく、常に同じ状態で使うことが出来るため、現在の糊置きの主流を占めている。残念なことに、私には作品で表現される糸目からは、糯糊なのかゴム糊なのか、判断することは難しい。

模様の中で、水の風景を描いているところ。水の流れや、岩、橋の輪郭に白い糸目が見える。また、糸目そのものが図案の一部として組み込まれていることも、判る。画像右下にみえる萩色は、裾に表現されている山の色だが、この境目にも白い糸目のスジが見えている。この小さな図案一つを見ても、糸目を引く仕事が、模様の出来を左右していると理解出来る。

 

次に彩色だが、糊置きを済ませた後には、生の大豆をすりつぶした液(豆汁・ごじる)を生地全体に刷毛引きする、「地入れ(じいれ)」という作業を行う。これは、生地に染料を定着させ、滲みを防ぐためのもの。そして、豆汁が乾燥したところで、生地を伸子(しんし)張りして、火の上にかざしながら色を挿していく。

友禅彩色の中で、最も特徴的な技法は、「ぼかし」の多用であろう。友禅という技法の開発は、描く模様の自由度を飛躍的に高め、その結果として写実性の高い絵画模様を産み出すこととなった。その結果、写実的だからこそ、より繊細な色彩表現を求めるようになったのである。

それは、植物の花弁や葉、枝の表情はもとより、器物の陰影を表現し、より美しくリアルに模様を描く「ぼかしの技法」無くしては、考えられなかった。

桜と楓にあしらわれている「ぼかし」。この訪問着には、かなりの数の桜と楓を描いているが、どれ一つとして同じ挿し色になっていない。一枚一枚の花の表情が、全部違うのだ。ぼかしの色や、ぼかす花弁の位置が変えながら、丁寧に色を挿すことは、気の遠くなるような仕事であろう。手間隙を掛けたこの色挿しがあるからこそ、模様全体の美しさが際立つのである。

 

最後に、大羊居の作品に見られる特徴的な技法・繍を取り上げてみよう。友禅という技法が確立する以前、刺繍は模様を表現する上において、主役であった。特に桃山期には、模様の全てを繍で埋め尽くすような、贅沢な小袖が生まれている。そして、模様以外の地の部分全てに金銀箔を敷きつめるという、豪華絢爛たる加飾もなされていた。

贅沢な刺繍は、天和の禁令でご法度となったために、ほんの一握りの高位層の衣装だけにあしらわれていただけで、世間からは姿を消すが、時代を追って友禅が流行するとともに、復活を遂げる。それは、以前のような加飾の主役ではなく、より模様の姿や色を引き立たせる脇役としてである。

より映える模様を表現しようと思えば、友禅の染技法では描くことの出来ない、繍の持つ美しさに注目せざるを得ない。だから、友禅と繍を併用することは、自然の成り行きであった。

桜花にあしらわれている刺繍。ぼかし同様、一枚一枚技法を変えて、多彩に表現している。手前の銀桜は、菅縫と相良縫、左上の赤い桜は、刺し繍と相良繍を併用している。

大羊居の兄弟会社・大彦がその屋号を「大彦染繍美術研究所」と称していたが、その名前の通り、大羊居の作品で表現される繍にはこだわりがあり、特徴的な姿がかいま見られる。

刺繍を使って、一つのモチーフをどのように見せるのか。例えば、花に陰影を付けるために、どのような色を使い、どんな繍技法で表現するのか。これをつき詰めた上で、仕事を施している。たった一枚の花弁でもおろさかにしない姿勢が、見て取れる。

笹に囲まれる家屋にも、随所に繍が見える。藁葺き屋根は、所々に見えるまつい繍と、褪せたような挿し色により、写実的な印象が深まる。笹には、繍の表情に変化が見られる。このキラリと光る繍のあしらいが、大羊居や大彦、大松の品物の大きな特徴。

 

今日は、大羊居の訪問着を参考にしながら、江戸期に生まれた友禅について、技法を中心に話を進めてきた。次回は、友禅と御所解文様の関わりを、同じ品物を使って考えることにしたい。皆様に、今に伝わる友禅の様式美を、この大羊居の作品から感じ取って頂けたら、幸いである。

 

この訪問着の図案は、オーソドックスな御所解なので、大羊居の作品をよくご存知の方からすれば、平凡な印象が残るかも知れません。けれども、こんなポピュラーな意匠だけに、技術の高さが際立ちます。

ちまたでよく見掛ける「御所解」も、友禅の様式を極めれば、ここまで美しくなるのかと。模様にあしらわれている仕事の細部を見れば見るほど、その技術の高さに圧倒されてしまいます。

下絵・糸目糊置き・彩色・地染・刺繍と、それぞれの職人さんの力を結集して作り上げる一枚のキモノ。効率最優先の今の社会において、このような仕事がなされていることが、奇跡に思えます。こんな作品を扱えるというは、呉服屋として幸せなことですね。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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