バイク呉服屋の忙しい日々

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「甲午(きのえこうご)」から「乙未(きのとひつじ)」へ

2014.12 28

今年もあと3日。昨日までに依頼された品物の納品が終わり、職人さんや問屋、メーカーの支払いを済ませ、ようやく一区切りが付いた。

毎年のことだが、暮れの仕事を終わると、「一年無事に店を開け続けていられた」ことに感謝する。呉服屋を取り巻く環境が、年々厳しさを増す中、この仕事だけで、何とか生活が維持できれば、それだけで十分である。すでに、この商売で、余計な利益を得られるような時代は、とうの昔に終わっている。

愛用している「昭和のバイク」は、今年も健在だった。昨年は、「老齢化」によるトラブル続きで、バイク屋には、そろそろ寿命が尽きるかもと言われていたのだが、さしたる故障もなく、働いてくれた。今、「スーパーカブ」の新車を買えば、20万ほどするので、まだまだ使い回したい。出来れば、私がこの仕事を終えるまで、生きながらえて欲しい。

 

さて今年、2014年は、60ある干支のうち「甲午(きのえこうご)」にあたる。干支というのは、「十午」と「十二支」を組み合わせて出来ている。60を一単位とする周期の考え方は、古代中国王朝「殷」の時代に始まっていて、後の「陰陽五行思想」により、その意味付けが成された。

「陰陽」というのは、全ての事柄は、「陰と陽」を繰り返すことで存在しているということ。簡単に言ってしまえば、「見える所と見えない所」の両方が備わっていなければ、物事というのは成り立たないということなのであろう。

「五行」は木・火・土・金・水のを指し、全てのものはこの五つから成り立つとする。この五行にも「陰と陽」があり、それを振り分けたものが「十午」である。即ち、「甲(きのえ)」に始まり、「癸(みずのと)」に終わる。最初の「甲」は「陽」で最後の「癸」は「陰」。陽(奇数)と陰(偶数)を交互に繰り返す。

陰陽思想では、「え」が「陽」で「と」が「陰」。即ち「えと」とは「陰陽」そのものの事象ということになる。

そして「十二支」にも、同様に「陰陽」が付いている。「鼠・陽」から始まり「亥・陰」で終わる。十午同様に、陽と陰が交互に繰り返されている。

この二つが組み合わされて「現在の干支」となる。但し、それぞれが「陰・陽」の組合わせになることはなく、必ず「陽と陽」、「陰と陰」になっている。今年の「甲午」を例に取れば、「甲は1番目、午は7番目」。来年の「乙未」は「2番目と8番目」である。

 

物事には、「光」と「陰」がある。それは一人の人間においても、両方が兼ね備えられている。「成功」と「失敗」を繰り返しながら、年を重ねていく人生そのもので、「光陰矢の如し」という諺通りであろう。また、人の姿というものは、社会の表面に出ているものを見るだけでは、判らない。内側に隠されている部分を理解して、初めてその人とわかる。「陰陽(えと)」は、なかなか奥が深いのだ。

 

(有栖川午文・光波帯 龍村美術織物)

「午」の年を送るにあたり、「午」の文様をご紹介して見よう。

この文様も、平安期以後の公家装束に使われていた「有職文様」にあたる。「名物裂」の範疇に入り、日明貿易を通じて伝えられた文様の一つと言われる。「有栖川(ありすかわ)」と名前が付いているのは、旧宮家だった「有栖川家」の所蔵品に由来するとされているが、あまり定かではない。

そもそも有栖川宮は、1625(寛文2)年に後陽成天皇の第7皇子である好仁親王が創設した宮家である。どの「所蔵品」にこの文様が付けられていて、この呼び名が付いたのか、判然としない。文様そのものは、桃山期にはすでに見られていたので、元々は、有栖川家に限られた文様ではないだろう。

「有栖川文様」の特徴は、一つ一つの模様の表現が「角張っている」こと。帯の画像を見て頂きたいが、柄の形が全て「直線」で表現されているのがわかる。

この帯では、「松皮菱」で囲われた中に、「三本の並び矢」と「馬(午)」を表現している。よく見かける「有栖川文」は、この品同様、連続した幾何学模様の中に動物が配されていて、もっとも多いのは「鹿」である。

もちろん他にも、「植物」をモチーフにしたものもあり、バリエーション豊かな文様である。このように、柄の付け方が「カクカク」しているものは、「有栖川」と思い出してして頂きたい。

 

「有栖川宮家」は、1913(大正2)年、10代目の「威仁親王」が逝去された後に途絶えてしまったが、最後の宮家皇女にあたる寶枝子妃の娘の喜久子妃が高松宮家に嫁いでいる。高松宮は現在の天皇陛下の叔父に当たる。ちなみに、その母寶枝子妃の嫁いだ相手は、江戸幕府最後の将軍「徳川慶喜」の7男の「徳川慶久」である。

現在東京麻布にある、「有栖川記念公園」は、旧有栖川宮邸宅の跡地であり、管理していた高松宮(喜久子妃の嫁先)により下賜された経緯がある。

 

来るべき2015年は、「乙未(きのとひつじ)」。今年が「陽」の年なので、来年は「陰」である。

「陰の年」といっても、それは「悪い意味」ではなく、表に直接表れて来ない事柄を見つめる年、物事を深く考える年になるとも言えようか。このブログの中でも、表には出てこない職人さんや作り手の話や、毎日の仕事の中であまり知られていないことを、来年も数多く紹介して行ければと思う。

 

一年間、このつたない文章をお読み頂いた皆様、本当にありがとうございます。下手くそな稿が、様々なところから、このページをお知りになり、訪ねて頂いた方のお役立ちに少しでもなれば、それだけで嬉しく思います。

「呉服屋」というものの「空気」に触れて頂く、日常の仕事がどのように成されているのか知って頂くということを目標にして、来年も淡々と書いていくつもりです。

昨年末の訪問者数は5千人余り、一年が過ぎて、その数は5万人を越えています。このように沢山の方に読んでいただけるとは、想像も出来ませんでした。

そして、ブログをきっかけに、様々な方と出会い、沢山のお話を伺うことが出来たこと、これこそが、今年一番の充実した出来事になりました。

来るべき年も、より多くの方と触れ合うことを期待して、今年の稿を終わろうと思います。本当に、ありがとうございました。

来年のブログは、仕事初めの1月5日から再開する予定です。皆様、良いお年をお迎え下さい。

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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