バイク呉服屋の忙しい日々

職人の仕事場から

和裁職人 保坂さん(6) 胴ハギで身丈寸法を出す

2014.05 14

ここ数日の報道で、ネットバンク利用の危険性が指摘されている。振込みなどが、家に居ながらにして出来るので大変便利なのだが、突然「銀行口座」から自分の預金が消えるような例が後をたたないらしい。

銀行と預金者を繋ぐ「パスワード」を盗んだり、偽の振込み用のページを作ったりと、手段を変えながら、悪事を働く。どうやら「盗む側」の方が一枚上手らしく、「防御側」の対策は後手に廻っている。

先月初め、windows XPのサポートが終了し、使い続けると「ウイルス」侵入のリスクがかなり高くなる。とにかく、最新のバージョンアップされた機種にしなければ「安全」が確保されない。古いものを長く使い続けることが一番「危ない」のだ。

 

ITの世界では、「古い製品」は「悪」だが、呉服屋では、「古いものを長く使い続けること」は、ある意味「基本」である。品物の質を考えれば、数十年前の品物の中には、今では見られないような「職人の技」が潜んでいるものも多い。世代を超え、時代を超え、品物を甦らせるのは、呉服屋の重要な仕事であり、それを可能にするための、職人の知恵もある。

今日の職人の仕事は、丈の短いキモノを再生する手段、「胴ハギ」について。背が低かったおばあちゃんや母親の品を、大きく成長した娘や孫が使うための工夫である。

 

正藍地結城紬 身丈4尺5分から4尺3寸5分へ、胴ハギして仕立て直したもの。身長153cmの人から165cmの人へ譲られた品物。

 

女性身長の世代間の差は、およそ7,8cmはあるだろう。いつぞやも昔と今の、平均身長の違いについてブログの中でお話したことがあったが、呉服屋が「女性身丈の並み(普通)寸法」を4尺としていた頃の平均身長は、152~3cmだった。

現代女性の平均身長は、158cmを越えている。これだと今の「並み寸法」は最低4尺2寸以上は必要になる。つまり、「普通に育っても」昔の「並み寸法」では、身丈が足りなくなるのだ。中には10cm以上の身長差がある親子もいる。

キモノには、通常胴に「中揚げ」がしてある。これは、将来背が高い人が使うための「対策」で、およそ2寸ほど縫いこんであるのが普通だ。6,7センチの違いならば、この「揚げ」を解いて身丈を長くすればよい。

問題はこの「中揚げ」だけでは、長さが足りない場合だ。10cm以上の身長差があれば、「2寸の中揚げ」では間に合わない。そしてもう一つ、「そもそも中揚げがされていない」場合である。これでは、どこからか「布」を持ってきて足さない限り、丈が長くならない。

「中揚げ」が施されていない品物は、無地や小紋、紬類など「柄合わせ」のないキモノであることが多い。使う人が、「後で背の高い人に譲る」ことを考えず作ってしまうケースや、余計な「揚げ」があると着にくいとして、わざと「揚げ」をしない仕立てを依頼することによる。

このように、「縫込みが足りない」あるいは、「縫込みがない」時、丈を長くするための工夫が「胴ハギ」による丈出しである。

 

「胴ハギ」という仕事の中で、もっとも重要なのは、「ハギ」を入れたところを表に出さないことだ。どんなに腕のよい仕立職人が工夫したところで、「ハギ」をした部分は明らかにわかる。だから、「どこにハギを入れたら、表から見えないように隠れるか」を計算した上で、仕事をしなければならない。

「ハギの位置」は、「帯の下」あるいは「おはしょり」の中に確実に隠れてしまうところ。難しいのは、この位置というのが「人」により少し異なることだ。仕立職人の保坂さんによれば、普通、肩から1尺3寸のところ(みやつ口から2寸ほど下)に「ハギ上部の先端」がくるようにすれば、ほぼ「帯の下」に隠れるが、帯を締める位置が人により上下したり、体型でも違いが出てくる。だから、ハギ位置を「肩から1尺3寸」と決め付ける訳にもいかないという。

「確実」に「隠れる位置」を探すには、実際に使う人にキモノを着てもらい、そこで「帯の位置」を確認して、「ハギを入れる位置」を決めるのが「間違いのない」方法になる。「ハギを入れる」ということは、元のキモノに鋏を入れて布を足し合わせるということだけに、万が一間違えた時の修復は難しいものになる。面倒だが、慎重にも慎重の上に、事を運ぶ必要があろう。

 

また、「どんな布」を足すか、あるいは「どれくらい布が残っているか」、また足す布の長さなどにより、「ハギの仕事」は異なってくる。「布の残り方」というのは、表地と同じ布が、「残り布」として残されている場合のことだ。

「胴ハギ」に用いる布として、一番良いのは、当然表地と同じ「布」である。呉服屋はキモノが仕立てあがった時、余った布はお客様に返す。その「残り布」があれば、それを使う。同じ生地ならば、仕上がりの時の見た目もよいし、柄によっては「ハギがしてあるところ」がわかりにくいものもある。「万が一」ハギが表に出てしまっても(そんなことがあってはいけないが)、同じ布ならば、まだ救われる。

「残り布」がない場合でも、出来る限り表地に近い色や柄のものを使うことが望ましいが、そう出来ない品物もある。この「残り布=共布」を使わないケースでは、どんなことがあっても「ハギ」は隠さなければならない。「ハギの位置」の狂いは絶対に許されないのだ。もし間違って「ハギ」が表に出てしまったら、それは「使えないキモノ」になる。この、「違う布」による「胴ハギ」ほど、慎重にハギの位置決めをしなければならない。「直し」の中で、もっとも厄介な仕事の一つである。

 

今日、例としてお見せするのは、最初の画像でわかるように、残り布(共布)を使った「胴ハギ」。

3寸(約11、25cm)の「胴ハギ」。ハギの位置は、依頼された人の帯の位置や通常の「腰紐を締める位置」を確認した上、割り出されている。

帯の巾というものが、通常では、4寸(広く取る人でも4寸2,3分)であれば、「おはしょり」部分を含めて、中に入れて隠すことができる長さは3寸までであろう。これ以上ハギを多くとることは、「隠せなくなる危険」が伴う。

ハギには、最大値があるということは、おのずと寸法には限界があるということになる。例えば、元のキモノの身丈が3尺9寸で、中揚げが一切ないものとする。ハギによる足し布を最大3寸とったとしても、長くなる身丈は4尺2寸まで。とすれば、このキモノはそれ以上の身丈が必要な方には、使うことが難しいということになる。

仕事に手を付ける前に、「ハギ」をした時の「最大の長さ」を考え、依頼してきた人ののぞみ通りの寸法になるかどうか確認しておく。通常では、多少短くても、腰紐を下に締め、「おはしょり」の出し方で調整できることはあるが、それには限界もある。

おくみ上部の「剣先」部分には、黒い足し布がしてある。表地と同じ「残り布」が足りず、この部分だけは「別布」を付けた。ハギ位置は「確実」に隠れる場所にある。

「ハギ」位置を上から写したところ。剣先の「黒い布」は別として、「共布」でハギを入れた箇所はそれとわかりにくい。わずかに「足した布」の色が元の表地部分と違うが、遠目には、「ハギ」の入っている品とは思えない。しかも、「ハギ」部分は当然帯の中に入ってしまう。これが、全く別布を足したものであれば、見た目の違いが明らかだ。

 

ついでにもう一つ「ハギ」を入れた桃色のお召のキモノを見て頂こう。遠目には「霞」のように見える柄により、「ハギの位置」がまったくわからない。柄行きにより、共布で「ハギ」をするには「好都合」な品物が、このようなキモノである。

前の合わせを見ても、わからないが、下の画像で拡大してみると1寸5分の「ハギ」が施してある。遠目で「霞」に見えた柄は、細かい「みじん格子」だった。

 

保坂さんの話では、「胴ハギ」の方法は職人により違い、様々なやり方があるようだ。ただ、最終目的が「ハギ」が見えずに、寸法通りの丈が出せて、短いキモノを着られるようにすることは共通している。

このような仕事の依頼があった時は、まず、元のキモノの寸法や中揚げの有無、残り布の有無を確認することから始まる。別布を使うのか、共布が使えるのかということだけでも、かなり違いがある。直した時の「仕上がり」の姿がどのようになるのか、を依頼者に事前に説明することが大切だ。そこを確認してから初めて仕事に手を付ける。

そして重要なのは、「ハギの位置」を決めること。ここを間違えると、たとえ丈の長さが大きくなっても台無しである。「直す」仕事の中でも、胴ハギをする場合は、より以上に依頼される方との丁寧な打ち合わせが必要になろう。最後に、「ハギ」を入れて仕立依頼をした品は、出来上がったとき一度着て見て、「ハギ」が表に出ていないかどうか、確認されたい。使う時になって、万が一、ハギが隠れてないようだと、大変あわてることになるからだ。

 

「身丈」の問題は、根本的にそのキモノが使えるものになるかどうか、ということに関ることです。出来る限り「短い丈」の品物でも、長くして使って頂きたいと思いますが、「きちんと」直すには、様々なことを考慮しなければならないということを、知っておいて欲しいと思います。

最近では、リサイクルキモノなどを購入して、気軽な値段でキモノを楽しまれる方も増えていると聞きますが、「身丈が短い」という問題はこれからの、身近な問題ともなりましょう。そんな時に、「どのようにすれば、自分本来の着やすい寸法に直せるか」ということを知っておくと、工夫が出来て、「着心地のよさ」というものも感じることができるのではないでしょうか。

直しの相談は、急がず、丁寧に説明を受け、納得した上で、仕事を依頼するかどうかを判断して頂きたいと思います。

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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