バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

取引先散歩(2) 加藤萬・日本橋富沢町

2013.10 30

当店では、「展示会」というものをしない。催し物と言えるかどうかはわからないが、年二回のバーゲンセールを4月と11月に3,4日ほどするだけである。

「そのためにすること」、と言えばとりあえず顧客の皆様に案内の葉書を送るくらい。

準備といっても、品物に値引きした価格を入れた「赤い札」を付けることと、店内の飾りつけくらいだが、一人の作業だと手間がかかる。家内も手伝ってくれるが、経理仕事を一切任せているので、今日のような月末だとそちらの方も忙しい。

「バーゲン」なので、普段「安く出来ない品」も安くする。例えば「龍村の光波帯」のような全国均一に売価が決まっているものも、こっそり「値引き」してしまう。ネット専門の販売業者のサイトを見ても、この帯を極端に値引きしているところはほとんどない。「龍村」にとっては、安易に価格を下げて売られるのは迷惑かもしれないが、うちのような小さな店が扱う量など、たかが知れており、何せ「天下の龍村」のことなので、きっと許してくれると思う。

呉服の場合、「元の値段」がわかりにくいため、どれだけ「安く」なっているかわかりにくいが、このように「売価」がきまっている商品だと、他と簡単に比較することが出来る。

 

なお、私自身が、この「ブログ」を「商いの道具」にすることを躊躇していたので、これまで紹介した「商品」の価格については記して来ませんでした。これからも、その方針は変わりませんが、掲載商品を詳しくお知りになりたい方は、ご連絡を頂ければ、詳細をお話させていただきたいと思います。(申し訳ありませんが、商売はひっそりとしたいと思いますので)

 

「宣伝」はこのくらいにして、今日の本題に移ろう。「取引先散歩」の二回目は「和装小物」メーカー問屋の「加藤萬」。

前回の「紫紘」は浜町公園の近くだったが、「加藤萬」のある富沢町まで歩いて5,6分。清洲橋通りに出て、明治座の前を通り、久松町の交差点を人形町駅方向に左折する。すぐに久松警察署があり、その信号を右へ曲がり、二つ目の路地を入ったところである。近くには「久松小学校」があり、昔はこのあたりの「問屋」の子息がこぞって通った学校だったようだ。

富沢町は江戸時代になり、「古着市」で賑わった場所として知られ、のち「吉原遊郭」が作られたところでもある。今、この町には「繊維問屋」が数多くあるが、江戸の昔も糸へんの商い場だったことは興味深い。当時「新しいキモノ」を誂ることの出来る人は限られており、庶民は「古着」を使いまわしていたのだろう。そのための「市」であり、さぞ賑わっていたであろうことは、想像できる。

また、この界隈に「吉原遊郭」があったことは、以前「洗張り職人・太田屋さん」の稿でも少しお話したが、1617年から「明暦の大火」で焼失する1657年までの40年間、色街として「江戸の男性」達の社交場兼遊び場(風俗)になっていた。このことが、戦後の昭和30年代まで、人形町に花街があったことに繋がる。今も、「小粋」な雰囲気をかもし出すのは、このような歴史があるからだ。

 

ご覧のように、細い路地に面している。店はこの看板の右手の建物で、玄関は石造りであり、割りと近代的なビルである。もちろん一般の方には、「何を扱っている会社」かはわからない(業界関係者だけがわかっていればそれでよいのだが)。

 

加藤萬ブランド、「ほっこり工房」のガーゼてぬぐい。新柄の見本が整然と並ぶ。

加藤萬は創業者の加藤萬治氏により戦後の昭和26年に起こされた会社である。和装小物といっても、多様な品があるが、上質な生地やしゃれた図案は「呉服専門店」向きの商品であり、「小物」にもこだわりがあるお客様の心を掴んでいる。

特に図案では「琳派」の意匠化にこだわりを持ち、それは風呂敷を始めとして様々な商品の「色」や「構図」に再現されている。

大シボの正絹ちりめん風呂敷。上は春の連山模様、明るい彩色と遠山の連なりが華やか。下は大胆に描かれた紐の模様、流れのある図案が斬新である。両方ともかなり以前から使われている図案だが、飽きが来ない模様である。

 

整然と棚に並んで置かれている帯揚げ。生地はちりめん(シボの大きさは様々)、綸子、一越などを使い、多様な絞りを用いたものや、ぼかしに染め分けられたもの、小紋柄で染められているものなど数十種類もの柄が並ぶ。一つの柄でおよそ5,6色の「色違い」の品があるため、かなりの数になる。

フォーマル向き、カジュアル向きにと、「小物でキモノのおしゃれを楽しめる」ような工夫がモノづくりの根幹にある。仕入れの時はこの沢山の中から選ばなければならず、とてもではないが、全部見切れない。

二色に染分けられた、小シボのちりめん帯揚げ。近接して写しているので、その生地の質感までわかるように思う。使われている色は何れも「柔らかい色出し」で、色同士の組み合わせも上品。

 

写し方が悪く、わかりにくいが、「加藤萬の長襦袢」は、着心地の良さで知られている。生地の種類が豊富で価格も様々。驚くことに10万円を越える品が沢山ある。七歳の祝着用の絵羽襦袢には、「キモノ」と間違えるほどの質感と手のかけた図案の品がある。

二色使いの紋綸子長襦袢。菊唐草、光琳菊、雲取り、など織り込まれている文様の数は他にも沢山ある。「下にまとう」ものだからこそ、その着心地は大切であり、「柔らかく、滑るような」質感。さきほどの帯揚げの色の出し方と共通するように、この店で作られるものは、みな「上品」である。

 

用途別に飾られた帯〆。この他にも草履やバック類、刺繍半衿、また誂品(型をおこした別染めの手ぬぐい等)を多く受注している。

花の丸模様の刺繍半衿、上の二枚は同じ図案だが、使う色糸を変えると大分印象が変わる。真ん中の品は「琳派」っぽい色の使い方。下は花束を思い起こさせる優しい「ピンク」の色使い。「桜と菊」の模様で「春秋」に使える。

 

「和装小物」と一言でいっても、これだけのアイテムを自社で作り続けることは、大変なリスクであろう。「キモノ人口」が減り続けている中、小物の需要も最盛期の比ではない。だが、この会社のコンセプトは「小物」でどれだけ楽しめるか、また着姿の印象をどう変えていけるかと言うところに立って、「モノ作り」をしているように思う。

だからこそ、何十年も使い続けてられている図案があり、そしてまた、新しい感覚の図案も取り入れつつ、その両方を大切にしながら仕事を続けている。

キモノを着る時、襦袢や帯〆、帯揚げ、半衿はどうしても「ついてまわる」品であり、ここにこだわりを持つことは、「キモノの楽しさ」を一層引き立ててくれるもの。帯〆一本変えてみるだけで、同じキモノ、同じ帯を使っても、その印象を変えることが出来る。

「小物(特に帯〆と帯揚げ)合わせ」、いわゆるコーディネートをセンスよくお客様に提案できるかどうかは、呉服屋としてとても大切な資質である。従ってこのような多種多様な「小物仕入れ」で、「何を選ぶか」というのは、仕事として決して疎かにすることが出来ない。

 

「加藤萬」さんの雰囲気を少しでも伝えられたでしょうか。社長は二代目の加藤健治氏が務めていますが、先代の意を受けて、積極的にモノづくりを続けています。専門性の高い「小物メーカー」としては、厳しい時代になり、次々と職人が消えてゆく中で存続してゆくことの難しさは、「先代の時」と比べ物にならないほどでありましょう。

しかし、本当にキモノを愛する人こそ、手をかけた小物が必要であり、いつも「しゃれた品」を探しているのも確かです。やはり重要なキモノ文化の一翼を担っていることに違いなく、どうしても残り続けて貰いたいと願う「取引先」といえるのではないでしょうか。

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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