バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

6月のコーディネート(前編) 今年こそ、浴衣の装いを  竺仙編

2022.06 20

ここのところ、値上げのニュースを聞かない日は無い。日用品や食品など日常に密着している生活品が、次々と値上げになる。食用油などは、春先からすでに三度も価格が変わっている。ロシアのウクライナ侵攻により、小麦など食料原料の輸出が滞り、天然ガスや石油の供給が次々に停止される事態となった。そして同時に、市場は円安に振れていて、輸入品の高騰が避けられない。これだけ悪い条件が揃っていれば、否応なく物価は上がる。

しかし先頃、日本銀行の総裁からは、「日本の家計の値上げ許容度は、高まっている」などと、耳を疑うような発言があった。誰が好き好んで、値上げを容認するのか。それでなくとも、ここ数年働く者の賃金はほとんど上がっていないので、この物価高はまさに家計を直撃する。国民は決して値上げを許しているのではなく、仕方なく受け入れているのだ。それは子どもでも判ることだが、黒田さんは、金融の総元締めに当たるお偉い方。きっと、我々庶民とは違う視点で経済を見渡しておられ、それ故にあの発言になったのだろうが、いくら深い思惑があったにせよ、国民感情を逆撫でしたことだけは、間違いなかろう。

 

さて値上げは、うちのような小さな呉服屋の商いにも、ひたひたと迫っている。このところ多いのは、品物はもとより、商いの道具として欠かせないモノの値段が上がること。例えば、キモノを入れるタトウ紙。多くの呉服屋では、店の名前を入れたオリジナル品を使っているのだが、発注先の呉服関連用品店からは値上げを告げられる。包む表の紙だけでなく、タトウを閉じるのに使う「こより紐」も特殊な紙で出来ているため、紙原料の値上がりが、即座に価格の上昇に直結してしまう。

そして作り手不足、高齢化が価格を押し上げることもある。呉服屋の値札・プライスタグと言えば、昔から呉服札と決まっている。別名越後札とも呼ばれる和紙製の札は、冬の農閑期に稼ぐ仕事として越後の農家女性の間に定着し、長いこと作り続けられてきた。しかし、値札一枚一枚に手で撚りをかけて作る手間仕事。時間が掛かる割には、極めて単価が安いが、これまで経験豊富な年配の方々によって支えられてきた。しかし、ついには後継者の不足から、こうした札作りも限界に達したのである。

先日札が無くなったので、発注したところ、価格はこれまでの倍近くに上がり、納期も長くなっていた。新しい品物を仕入れた時や、折れ曲がった時に付け替えるくらいで、呉服札はそれほど頻繁に必要ではない。店名が入ったオリジナル札だが、おそらく今度作った千枚で、注文は最後になるはず。それはこの先、あと数千点も品物を仕入れるほど、私が長く仕事をすることは無いからだ。

 

もちろんこうした備品ばかりではなく、扱う品物自体も仕入れの段階で、それぞれ値段を上げている。特に裏地類、胴裏や八掛、帯芯、新モスなどは、おしなべて一段と高くなっている。中でも綿花価格の高騰、綿糸生産量の不足は否めず、全ての繊維産業に影を落とす。それは呉服屋とて、例外ではない。

夏の装いには、欠かせない浴衣。ここ二年はコロナ禍の影響をマトモに受けて、着用の機会がほとんど失われていた。デパートも専門店も極端に販売数を落とし、それに伴ってメーカーも染める数を減らす。型紙を起こして新柄を作ることなど、あまり行われてこなかった。そこに今回の原料高が加わったことで、品物の価格が上昇し、なお扱いが難しくなってしまった。

しかしだからと言って、店先に浴衣が並んでなければ、夏の商いとして全く恰好が付かない。例年より数はかなり少ないが、一応新しい品物を仕入れた。そこで今年も、いつもと同じように、6月のコーディネートとして浴衣を取りあげてみたい。まず今日は、綿紬やコーマ地など竺仙の品物を、次回は新粋染の絹紅梅を選び、皆様に見て頂こう。

 

(グレー綿紬・万寿菊模様  誂え済み)

竺仙では、毎年4月上旬から全国各地のデパートで販売を始める。梅雨に入り、夏本番が近づいた今月も、日本橋や名古屋の高島屋、京都の大丸などで竺仙展を展開し、数多くの品物を出品している。竺仙の浴衣にはプレタもあるが、主力は誂えが必要な反物。百貨店での展示会中は、社員を常駐させて、販売を手伝っている。コーマ、綿絽、綿紬、そして綿紅梅に絹紅梅と生地だけでも様々あり、さらに染め方も、一般的な注染(ちゅうせん)から始まり、引き染、しごき染、そして精緻な長板中型と各々違う方法が使われている。来客者に対して、こうした品物のことを説明できなければ買い上げには繋がらず、デパートの売場社員の力だけでは、やはり心もとない。だからどうしても、売り場には知識に長けた竺仙の社員が必要になるのだ。

他方、竺仙の品物を扱う専門店では、社員が常駐する訳も無いので、当然自分の力で商品説明する他はない。生地も染め方も多様な浴衣は、学ぶということにおいては、またとない品物である。浴衣を十分に理解することが出来れば、呉服屋の売り場に立てるのではないかと私は思う。裏を返せば、それほど浴衣は多種多様で、覚えるのが難しいとも言えよう。

そしてお客様にとって、浴衣は和装の入口に立つアイテム。本格的に反物から浴衣をマイサイズに誂えたことで、キモノに親しみを覚え、和装に関心を持つようになった。そう話してくれる方も、多い。カジュアルでも、いきなり大島や結城に手を通そうとする人はあまり見かけない。まずは浴衣や小千谷縮など、気軽に着用できる夏モノで和装の良さに気付き、その後「そろそろ冬モノも」と考える。今回も、キモノの第一歩を踏み出したくなるような、そんな浴衣姿をコーディネートしてみよう。

 

竺仙の江戸好み浴衣として、定番中の定番・万寿菊。一見唐傘の羅列のように見える大輪の菊は、装うと小粋で垢抜けた姿を演出出来る。これまでも、綿紬や綿絽、コーマと生地を変えながら染められてきたが、やはり色の入らないシンプルな白抜きが、一番すっきりする。

綿紬の場合、織り込まれたネップ糸が作る白い筋が、浴衣に自然な表情を作る。これまでの綿紬・万寿菊は、藍地で染められていたが、グレーは初めて。藍地より落ち着きがあり、渋い装いとなるが、それがまた良い。すこし帯を工夫して、夏キモノっぽく仕上げてみよう。

(合わせた帯 墨色地霞模様 手引き真綿夏紗紬八寸帯・山城機業店)

この綿紬・万寿菊は、すでに売れてしまったので、コーディネートは誂え終わった姿でご覧頂く。柔らかいグレーの浴衣に対し、同系で少し深い墨色の帯で大人の装いにする。密集している菊を抑えるために、帯模様は出来るだけシンプルに。

手引きの真綿糸を使い、手織りされている夏紬の名古屋帯。小さく隙間の空いた紗織で、軽やかなことこの上ない。大正年間に創業した通好みの機屋・山城機業店の手による、さりげない帯姿が光る夏の佳品。

絽の帯揚げは、ごく薄いクリーム地に飛絞り模様。帯〆は、帯配色の芥子色に近い黄土。小物の色を強調せずにおとなしくまとめて、落ち着いた着姿にしてみた。    (帯揚げ 加藤萬・帯〆 龍工房)

 

この三点は、「店主が選ぶ、今年の新作」として竺仙のHPに掲載されているもの。バイク呉服屋の棚にも、これと同様の品物があったので、今回コーディネートで取り上げてみた。なお、画像左の萩柄と右の紫陽花柄は、型紙は同じだが、生地の質と配色が違っている。竺仙では、着用する年代や場所を想定しつつ、一枚の型紙を様々に駆使して、毎年新たな品物を染め出している。では、一点ずつ見て行こう。

 

(藍地綿絽・菱に萩模様)

目の覚めるような藍の地に、白抜きされた萩模様。全体が菱で区切られ、中に萩が収まっている。図案が斜めに大きく切り取られているので、誂えて見ると、かなり大胆な姿になる。但し色が入らないので涼感は抜群。込み入った模様のしつこさも感じない。

(合わせた帯 レモン色濃淡 麻半巾帯・竺仙)

最初の万寿菊もそうだが、連続した総柄的な図案の浴衣には、単純な帯の方が合わせやすい。ここは少し巾の広い、レモン色でグラデーションを付けた麻半巾を使う。藍色と黄色の相性は良く、見る者には鮮やかで爽やかな印象を与える。

 

(白地コーマ・市松取りに秋草模様)

白と紺の市松に地を染め分け、中には白抜きと紺抜きの秋草を配している。秋草は菊、萩、桔梗、女郎花、撫子などで、いわゆる七草図案。仕立をする際には、全体がきっちり市松図案になるよう、注意しなければならない。モチーフにも図案の型取りにも、江戸っぽさを感じさせる。

(合わせた帯 桜色 桜花散らし模様 博多半巾帯・森博多織)

竺仙HPに掲載されている、この浴衣の帯合わせには、オレンジ色の首里道屯を使っている。立体感のある花織帯で、着姿にアクセントを付けるのも良いと思うが、ここでは桜の花びらを織り出した、優しいピンクの半巾帯を使ってみた。浴衣に色の気配が無く、秋草は寂しげな風情なので、若い方にも向くようにと、明るい帯で可愛く元気にしてみた。なお、帯の桜図案が夏らしくはないのだが、日本の代表花とすれば、浴衣に合わせても構わないだろう。

 

(白地コーマ・紫陽花模様)

藍だけで色を挿した紫陽花が、涼しさをもたらす。白地の場合は、模様の色使いが浴衣の印象を左右するが、このように藍ひと色だけを使うと、ほとんどが爽やかになる。本来の紫陽花を考えれば、ピンクや紫を挿したいところだが、あえて藍を使って、すっきりとした着姿を目指したもの。

(合わせた帯 真紅色 麻半巾帯・竺仙)

ビビッドな真紅一色の麻半巾帯で、インパクトのある姿にしてみた。紺系の帯ならば、なお涼やかさは増すかもしれないが、思い切った赤でおとなしめの浴衣を目立たせる。シンプルな浴衣をどのように着こなすかは、帯で決まる。装う方の個性を表現しやすいのが、こんな浴衣である。

模様に色の気配のない、シンプルな浴衣。何色を合わせるかは、装う方の感性次第。この三点の浴衣各々の帯合わせを掲載している竺仙HPも、ぜひご覧頂きたい。

 

この二点は、図案の面白さ・斬新さから、思わず仕入れてしまった浴衣。使われているモチーフや図案の切り取り方など、これまでの竺仙の浴衣では、あまり見られなかったもの。オーソドックスな江戸浴衣も良いが、こうした変わり種も店には必要。作り手の竺仙にしてみれば、まずはバイク呉服屋に興味を惹かせることが大切。目新しさはやはり、仕入れに繋がるからだ。

 

(クリームコーマ地・小唐草散らしと樹木模様)

北海道の道で見かける防風林のような木々の並びと、撫子に似た小さな唐草を散らした、メルヘンチックな可愛さ溢れる図案。反物の巾を、花と木で7:3に分けているので、仕立をする際には一般的に、幅の狭い木の柄を衿に、広い唐草散らしを衽に使う。おそらく、今年新しく型紙を起こした浴衣だろうが、よくぞ思い切ってこんな模様を染めたと褒めたくなる。

(合わせた帯 琉球ミンサー 木綿半巾帯・織手 大城トヨ)

可愛い浴衣姿にしたいので、帯には、模様の唐草に挿している鮮やかな紅色を使う。先ほどの白コーマ・紫陽花に合わた無地の真紅よりも、一回り明度の高い赤。ミンサー絣がポイントとなり、メルヘン的な図案を上手く引き出すのではないだろうか。

 

(グレー綿紬・桜花薬玉模様)

よく子どものキモノや帯の意匠として使う、薬玉(くすだま)文。浴衣のモチーフとするのは、大変珍しい。元々が可愛い図案なので、こうして柄付けされても違和感は持たない。薬玉に使う花は様々だが、これは桜。先ほども桜模様の半巾帯を使ったが、この浴衣の桜も、あまり季節が意識されていない。誰からも好まれる桜は、花文として、このように季節を問わずに用いられる。

(合わせた帯 山吹色 並び矢模様 博多半巾帯・森博多織)

薬玉の挿し色、黄色とペパーミントグリーンを、帯の色にも使う。黄色系の帯を使えば、浴衣が何の地色でもあまり外れは無い。それだけ黄色に、装いを引き締める力があるという証拠だろう。また、絣のような矢模様のミント色は、半巾帯ではあまり見かけないモダンな色合い。

 

最後にご紹介するのは、男性・女性・年齢を問わず、どなたが着用しても良いと思われる浴衣。小紋的な幾何学割付け文様は、江戸トラッドとも言うべき特有の姿を醸し出す。ジェンダー平等が課題とされる今の社会だが、こんな伝統文様には、性別を越えて装うことが出来る、特別な美しさがあるように思う。

(白地コーマ・菱割武田菱文様)

反物全体を菱で割り付け、そこに武田家の紋所・武田菱を連続させた、菱尽しの図案。朱色を僅かにくすませた茜色を使い、落ち着きのある赤を表現。この赤と白のコントラストが、少し堅苦しい感じのカクカクした菱文を、和らげている。

(白地コーマ・三枡井桁重ね文様)

歌舞伎・市川家の定紋としてよく知られた三枡文様は、三つの枡を重ねて入れ込ませた図案。通常ならば四角形だが、この浴衣では枡を回転させて菱形にしており、しかもその上には、行儀よく井桁文が乗っている。伝統的な江戸の文様・三枡と井桁をコラボさせているのだが、ちょっと不思議な幾何学文になっていて、江戸モダンの雰囲気がある。色は白地に藍の染抜きで、すっきりとさせている。

(合わせた帯 鉄紺色 首里ミンサー綿半巾帯・祝嶺恭子 同色綿角帯・春山尚子)

帯は、前稿の首里織でご紹介した、ざっくりとした表情が特徴的な浮織・首里ミンサーを使ってみた。織模様こそ少し違うものの、半巾・角帯どちらも色の基調が鉄紺色で、よく似た気配。男性・女性それぞれが、どちらの浴衣を着用しても良いように、同じ雰囲気の半巾帯・角帯を用意してみた。並べて比べて見ると、ミンサーの深みのある青を使えば、男性も女性もキリリとした浴衣姿に映りそう。

 

ということで今日は、8点の浴衣コーディネートを試して、皆様にご覧頂いた。見慣れた伝統柄あり、目新しいモダンな意匠ありと、各々に特徴はあるものの、それをどのように着こなすかは、装う人に任されている。別にルールがある訳でなく、自分が好きなように自由に浴衣と帯を組み合わせ、気軽に出かけて頂ければ、それで十分である。

ここ二年、浴衣の出番はほとんど巡って来なかったが、今年は多くの方に、手を通して頂きたいと切に願っている。次回は、先月のブログで取り上げた「見本帳から選んだ新粋染の絹紅梅」を使い、夏キモノ的な浴衣姿を考えてみたい。

 

竺仙の品物は、予め上代価格(小売価格)が設定されています。このように、作り手であるメーカーできっちりと値段を決めているのは、呉服屋が扱う品物では珍しいこと。ですので、竺仙の浴衣や帯は、高島屋や三越で買っても、バイク呉服屋で求めても、日本橋小舟町に店を構える竺仙に直接出向いて買っても、価格は全て同じになります。

けれども、ここのところ毎年いくばくか値上げされているので、うちの在庫にある浴衣は、同じ綿紬、同じコーマ生地でも、各々で価格が違っています。仕入れた年の違いは、そのまま値段に反映されていますので、結果として、前から残っている品物ほど値段は安くなるのです。

ただ安いからと言っても、その品物の質が変わるようなことはなく、むしろその型紙が破損して、もう染めることが出来ない貴重なものもあります。残っている品物の中から、面白みのある良品が見つかる。この辺りが、呉服屋商いの面白いところでしょう。多様な生地、意匠の中から、ぜひ着てみたいと思われる一点を探してみて下さい。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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