霜は、放射冷却によって地表の温度が零度以下になった時に、空気中の水蒸気が固体化し、氷の結晶となって降りてくる現象。これは気温が氷点下ではなく、3~5℃程度であっても、風のない良く晴れた日では、地表の熱が奪われて霜が降る可能性がある。
農作物に霜が降りると、中の水分が凍って栄養が行き渡り難くなり、果ては枯れてしまう。だから、翌朝に霜が予想されそうな時には、霜注意報を出して農家に注意を促す。朝の冷え込みが厳しくなるこの時期には、霜の降りる頻度もより高くなる。
今年は先月の23日が、二十四節気の「霜降(そうこう)」にあたり、暦の上で、朝霜が降り始める時期。そして11月の別名は、霜月(しもつき)である。これから季節は、足早に晩秋から初冬へと移り、都会の街中でも街路樹が色づき始める。
東京の11月の平均気温を調べて見ると、初旬が17℃前後で、下旬が12℃。平均すると15℃くらいに落ち着くが、このあたりの気温が、コートを必要とするか否かの目安になるようだ。
和装にあっても、11月の声を聞くと上に羽織るものが欲しくなる。特に街歩きでは、帯付き(羽織やコートを着用しない姿)だと、どことなく寒々しく感じられてしまう。そこで今日は、最近依頼を受けて誂えた「秋冬向きの羽織」をご紹介してみよう。今回の品物の特徴は、ぽってりとした鬼シボちりめん生地を使っていることと、思い切りの良い大胆な図案で構成されていること。羽織の格好良さを、少しでも皆様に感じて頂けると良いのだが。
考えて見れば、昨年の12月の稿でも、大胆な小紋で作る羽織姿を提案している。やはり寒くなってくると、カジュアルの場で羽織は、欠かせないアイテムとなる。今年も昨年同様、世の中は自粛ムードに満ちていて、様々な場面で和装を嗜む機会が削がれていたが、昨今ようやく疫病の蔓延が下火となり、外へ出掛けることに対する躊躇が少し弱まった。
ようやく親しい人に会ったり、食事を共にすることも出来ると思えるが、そこで久しぶりに、キモノの袖に手を通す方もおられるだろう。今年は10月に入っても、夏の延長のような暑い日が続いていたが、先月中旬から急に冷え込みが強くなり、季節は一足飛びに冬へと進んでしまった。そしていつか知らぬ間に、羽織姿が似合う季節を迎えた。
昨年の稿にも書いたが、小紋の中にはキモノよりも羽織に向く意匠がある。向くというよりも、「羽織でなければ装うことが難しい柄行き」と言った方が良いだろうか。今回ご紹介するのは、そんな飛び抜けた図案の羽織。生地は重みのある大シボちりめんで、羽織るとぽってりと、そしてゆったりとした質感を感じ取れる。
こうした羽織姿を見た人は、その後姿の格好良さに魅かれることが多い。また前姿からは、合わせるキモノや帯の組み合わせにより、季節の深まりを感じ得ることもあるだろう。今回ご紹介する品物のモチーフは、菊と葡萄。どちらも、木枯らしの季節に相応しい羽織姿を演出出来るように思う。
(鬼シボちりめん 黒地 大菊葉飛柄 小紋羽織・トキワ商事)
一口に羽織向きの小紋と言っても、特別に定義や規則がある訳ではないが、やはり目安となるものは、模様の大胆さかと思う。キモノで着用するには、少し気が引ける大きな図案、あるいは思い切った位置取りや配色。この「少し飛び抜けた意匠」こそが、インパクトのある羽織姿を生み出す。
この小紋は黒地で、モチーフは大きな菊の葉だけ。一枚あるいは二枚の葉を切り取り、ランダムに配置。飛模様だけに地の黒が目立ち、模様が引き締まった感じになる。キモノとして着用するには、かなり躊躇される個性的な意匠である。
大きな葉は、型染疋田であしらわれている。色は柔らかみのある黄土。葉脈と伸びた蔓は白で、極めてシンプルな配色。だからこそ、黒の地から模様がいっそう浮き立つように見えて、大胆な意匠がなお強調される。模様だけを見ていると、その個性に圧倒されてしまう。
けれども羽織として使ってみると、後姿でも前姿でも、その存在感は群を抜く。見る人が、思わず振り返りたくなる斬新な模様。キモノ姿では、玄人筋にしか使えそうも無い意匠も、羽織であればこそ、一般の方にも使えるようになる。
羽織として誂えた後姿。一枚葉と二枚葉を対角線に配し、模様の間隔もほぼ等しく取って、全体のバランスを取る。もちろん両袖にも、位置取りを変えて葉模様を出す。飛柄だけに、仕立てる際の模様設計によって、見え方が変わる。飛柄小紋は、キモノにしても羽織にしても、模様の位置取りが難しく、呉服屋の誂えのセンスが最も問われるアイテム。こうした品物を上手く作るには、和裁士との連携が重要になる。
こちらは前姿だが、後ろと同様に、たて衿や身頃、袖にバランスよく葉模様を置いている。一つの図案がかなり大きいので、模様と模様の間を等しくしておかないと、重苦しい姿になってしまう。黒の地を生かすために、どのように模様を置くべきか。かなり悩んだものの、こうして改めて画像を見た限りでは、何とか上手く出来た気がする。
羽裏の地色は、葉の黄土色に近いベージュで、萩や波、また兎に青海波を丸文で取り込んだ面白い図案。着姿から見えないが、羽裏には、着る人のこだわりが表れると思う。裏がピタリと収まる図案なら、誂えの出来映えはより美しくなる。
先日、この羽織を誂えた方が、着用して店を訪ねられた。合わせたキモノは黒地に赤い胡麻柄の江戸小紋で、印象は、小粋にして洒脱。とにかく「格好良さ」が光る着姿だった。個性的な図案とともに、重みのある鬼シボちりめん生地が、羽織る姿をより美しくする。そして、他の色では醸し出せない黒地特有の重厚さも、十分に感じられた。
(鬼シボちりめん 銀鼠地 葡萄模様京紅型 小紋羽織・栗山工房)
以前、「呉服屋女房の仕事着」としてもご紹介したことがある、栗山工房の紅型小紋による羽織。反巾いっぱいに広がった模様のあしらいと、思い切りシボを付けたちりめんを生地に使うのが、この工房が作る「羽織向き小紋」の特徴。
先ほどの菊葉小紋同様、こちらの葡萄模様にも、葉や実を白い点で表現した型染疋田の加工が見られる。どうやら、大模様に染疋田のあしらいを組合わせると、羽織の装いに相応しい品物となりそうだ。
画像を大きくすると、ちりめん生地のシボ感がよく判る。柔らかい銀鼠の地色だけに、表面の小さな波状の凹凸が光に反応して、特有の表情となっている。このような生地をキモノで使うと、時によれば着姿が「重すぎる」ようにも感じられるが、羽織では、重みで下へと垂れる姿が自然に受け入れられる。大シボちりめんと羽織の相性の良さは、こうした生地の特徴も関わっている。
誂え終えた後姿。出来上がってみると、総柄と飛柄の中間のような模様姿に思える。緑・青・紫の葉と実、白抜きの疋田で描いた葉と実、双方を蔓で繋ぐ。挿し色のある図案だけだと飛模様に見えるのは、疋田が白だから。
地色が銀鼠色なので、そこに白く抜けた模様あしらいを加えると、やはり雰囲気は優しくなる。最初の黒地菊葉羽織とは、対照的な風情。
地色と模様の配色のバランスが良いので、合わせるキモノの地色や模様は、小紋でも紬でも、選ぶことなく使えそうな気がする。「使い勝手の良い羽織」とは、こうした意匠なのだろう。
全体に明るさの残る意匠だけに、羽織としても寒々しさを感じさせない。秋冬なので、深みのある重い図案も良いが、少し軽やかさを残す優しい小紋も、また違った良さを着姿に見せる。なおこちらの羽裏は、クリーム色地に少し大きめな薄茶の染疋田雪輪。表の雰囲気と同様、裏地も柔らかみのある柄行き。
最後にもう一点、昨年12月にご紹介した大菊小紋が、やはり羽織として誂えられたので、簡単に画像でご覧頂こう。(鬼シボちりめん 団栗色地 大菊柄小紋羽織・菱一)
団栗色の地が、秋らしい。ほとんどが白抜きで、所々に朱と芥子の菊花が見える程度。この小紋にも、前の二点同様に型染疋田を一部の模様に使っている。反物で見れば、反巾を大きく使ったかなり大胆な図案に思えるが、羽織で誂えると、「大きすぎて困る」という感じは全くしない。
この羽織は一つ一つの図案が大きいこともあり、総模様の華やかさがよく表れている。模様の少ない渋い泥大島とか、無地感覚の強い江戸小紋や飛柄小紋に合わせると、よりこの大きな羽織模様が印象付けられるだろう。仕上がった姿を見ると、やはり地色と模様双方で、季節の深まりを感じとれる羽織かと思う。
これからの季節、カジュアルの場で大いに活躍する羽織。その模様姿には、様々な個性があり、羽織でしか着用出来ないと思える図案も沢山ある。皆様には、「羽織る楽しみ」を見つけられて、寒い季節の装いの場を広げて頂きたい。今回の小紋羽織姿が、少しでも着用される方の参考になれば、嬉しい。
先月下旬に一週間仕事を休んでいたために、少しブログの更新が遅れてしまいました。毎年、この間はほとんど携帯電話も繋がらない隔絶した場所にいるので、旅から戻ると現実の生活に馴染むのに、少し時間が掛かります。家内によれば、毎年半月程度は、ほぼ「抜け殻」になっているそうです。
11月は霜の降り始める月ですが、北海道の大雪山系では、すでに冬。今日は最後に、そんなモノトーンの世界を、下手な写真でご覧頂くことにしましょう。こんな風景の中で佇んでいれば、きっと誰もが、現実の生活を忘れてしまうと私は思います。 今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
北海道・旧国鉄士幌線 幌加駅跡。
同じく士幌線遺構 第5音更川橋梁。