バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

畳む・入れる・仕舞う  手が掛かる和装の始末  キモノ編

2019.06 22

「片付ける」ということに対して、人の性格は、大まかに二通りに分けられるだろう。何事も、きちんと整えなけれ気が済まない人がいる一方、乱雑になっていても、あまり気が咎めない人もいる。もちろん、どちらも極端にではなく程度問題であろうが、几帳面で神経質な性格と、大らかで構わない性格とでは、整理整頓にかなりの差が付く。

最近は、煩雑な片付けを必要としない人、つまりモノを持たない「ミニマリスト」の存在がクローズアップされているが、依然として大多数の人々は、日常の中で、否応無く「片付けること」と向き合っている。

 

キモノを嗜む人にとっても、自分で品物を管理することは、厄介なことだろう。「着るのは良いけれど、後の手入れと片付けを考えると、億劫になる」との話もよく伺う。確かに、着用後はキモノ、帯、襦袢、小物、肌着と、それぞれの汚れを確認したり、汗抜きをしなければならず、もし不具合が見つかれば、使うモノの多くは自分で手を入れることが出来ないため、直しの依頼をしなければならない。

また、着用した品物は、一枚ずつたとう紙に入れて、箪笥に戻す。この作業は、慣れている方にとっては何でもないことだが、仕舞うことに慣れていない若い人などは、かなり面倒に感じられるだろう。

その上で、着用する時に品物を出しやすくする工夫もしなければならない。この「箪笥内の管理」というのが、意外に難しい。どこに何が入っているのかを、自分で把握出来ていないと、着用したい品物を探す時に苦労してしまう。

 

しかも、和装に関わる品物は、全て「長く使うこと」を前提にしている。そのためには、時には外に出して風を入れたり、使っている乾燥剤や防虫剤をチェックしなければならない。小まめな箪笥管理が、良い状態で長く品物を使うためには必要となる。

このように、「和装に関わる始末」は、一つ一つ大変手が掛かるが、まず基本となるのが、「きちんとたたんで、タトウ紙の中に入れ、箪笥に仕舞う」ことになるだろう。そこで今日は、バイク呉服屋が日頃どのように品物を納めているかを、ご覧頂くこととしよう。これが少しでも、皆様の参考になれば良いのだが。

 

品物の収納がどのようになされているのかは、それぞれの家の事情で異なる。今は、和箪笥を持たない方も多いので、今日御紹介するキモノの畳み方やタトウ紙への仕舞い方では、うまく納まらないこともあるだろうが、一つの方法としてご覧頂きたい。

では、和裁士が誂えを終えて店に戻ってきた品物が、どのような手順を踏んで納品されているのか、順を追って仕事を御紹介していこう。

 

仕上がった品物は、まず「検針器」にかけて、針の有無を調べる。それぞれの和裁士の家にはこの機械があり、納品前に予め自分で検針をしてくるのだが、店では念のためにもう一度チェックをする。滅多に針が残っていることはないが、それでも数年に一度ほどは見つかることがある。万が一針が入ったままお客様が着用すれば、怪我をすることになりかねないので、ここはどうしても慎重にならざるを得ない。

すでに40年以上使い続けている検針器。この機械を製造した「KETT(ケット)科学研究所」は、金属探知機や水分計、成分分析機器を作る会社。上の画像ではコードに繋いだ丸型部品を写しているが、これがブザーになっていて、品物に針が入っていると大きな音を立てる。そして針一本丸ごとではなく、折れて短くなっていても、ブザーは鳴る。これは、ホッチキス針のような小さな金属片でも、すぐ反応するスグレモノ。

 

検針を終えた品物を、一度専用の板で作った台の上に置いてから、品物を入れる準備に取り掛かる。店の座売り畳は常にきれいになっているものの、念のために敷き紙を使う。そして、店の名前が入ったキモノ用のタトウ紙を準備する。

このタトウ紙のサイズは、縦が8寸7分(33cm)で横が2尺3寸(87cm)。使用するタトウ紙は、品物それぞれの畳み方と関わりがある。男女共にキモノの身丈は、4尺6寸を越えることはほとんどないので、横巾が2尺3寸あれば、二つ折りにして納めることが出来る。だから、このタトウ紙を使う時には、二つ折りでキモノを畳んで入れることになる。またこのサイズは、和箪笥の横巾規格とも合致していることが多いので、このまますんなりと箪笥に納めることが出来る。

 

タトウ紙の上には、まず半透明の白い薄葉紙を一枚載せる。紙は、縦が109cmで横が78.5cm。このサイズだと、タトウ紙の中で品物をきちんと包み込むことが出来る。薄葉紙には糊気がないので、変質し難く、保管する際に影響が少ないように思われる。うちではかなり以前から、この薄葉紙を使っているが、長い間箪笥に保管していた品物でも、紙が劣化したことで、汚れが発生したような例はまだ無い。

薄葉紙には、原紙そのままの無漂白のものと、白くコーテイングされたものがあるが、品物への影響を考えてナチュラルな原紙を使っている。この紙は、ラッピング用品を扱う材料店で購入出来るが、価格は200枚で約2000円。

 

薄葉紙の上に置いたキモノは、まず各々の寸法を当り、依頼通りのお客様のサイズに仕上がっているかを確認する。プロである和裁士の仕事に間違いは無いだろうが、ここでも「念を入れること」が大切になる。

寸法を確認後、タトウ紙に入れる作業に入る。まず、上の画像のように、キモノの間には薄葉紙を挟み込んでいく。最初は下前、次は上前。剣先から下の衽には、その寸法に合わせて4寸巾に紙を折って挟む。衿から上には、少し狭い3寸5分巾。

この品物は辻が花の付下げなので、模様は染で描かれているが、これが、箔や刺繍を使っている品物には、その加工を保護するために、紙を挟みこむことは有効になる。

挟んだ薄葉紙は、内側にきちんと入れ込むので、畳むと隠れてしまう。

この形になったら、キモノを二つ折りにする準備をする。折る場所は、剣先の下を基準とする。ここは着丈の真ん中に位置し、タトウ紙のサイズにもピタリと合う。だが、このまま折ってしまったら、スジが付いてしまうので、それを防ぐ手立てをする。箪笥の中に仕舞う時には、どうしても何枚かキモノを重ねるが、その時、下に置いた品物は重みで折りスジが出来てしまう。これを防ぐために、折る部分には緩衝材を入れておく。

これが折り目を防ぐための緩衝材・キモノ枕。長さは9寸で、タトウ紙の縦サイズとほぼ合致する。ポリエステル素材だが、中は柔らかく、ふんわりとしている。この枕を挟むと、たたんだキモノの間には隙間が生まれるため、上から重ねた時に、品物がぺしゃんこになることを、ある程度避ける効果が見込める。

このキモノ枕は、ネット通販なら10本で3000円ほどする。意外に高いものだが、呉服屋の用度品を扱う店(人形町のナカチカや森下のシマダなど)では、もう少し安く手に入る。

二つ折りにして、タトウ紙の中に納めた姿。最後に二つ折りにした内側にも、薄葉紙を挟む。この時は、キモノの後巾のサイズ・7寸5分程度に紙を折る。上の画像では、タトウ紙から剣先が飛び出しているが、ここは内側に折り込んで形を整える。

 

形が整ったら、袖口にボール紙を切って入れ込む。これは袖のラインを美しく保つためのほどこし。こうしておくと、箪笥の中で保管しておいても、形が崩れ難い。

少し厚めのボール紙を、縦27cm・横2cmに切り、下に切り込みを入れる。これを袖口の寸法に合わせて、入れていく。この時、簡単に外れてしまわないように、少しきつめの長さに紙の長さを調整する。

 

時には、薄葉紙を二等辺三角形に折って、袖と袖の隙間に入れ込む。ここも、上からキモノを重ねてしまうと、スジが出来やすい。空間を埋めることで、キモノ全体を段差の無いフラットな状態に保ちつつ、保管することが出来る。

また、このように袖の内側に厚めのボール紙を入れることもある。これは、タトウ紙の中で袖が揺らぎ、シワが出来てしまうことを防ぐ手段。この品物のように、生地が垂れやすいちりめん地では、効果的かと思う。

 

タトウ紙の寸法に合わせ、二つ折りの本だたみで畳んだキモノ。最後に、下に敷いた薄葉紙をキモノの上に掛ける。この時、薄葉紙が品物にピタリと納まるように、予め位置を整えておく。紙が横にずれたり、手前で必要以上に余ってしまうと、見映えが悪い。

タトウ紙の和綴紐を結んで、完成。この時、中の薄葉紙をシワが無いように整える。そして紐の位置は、品物の中心で結んであると、格好良く美しく見える。

出来上がった品物は、専用の名入れ化粧箱に入れて、納品する。うちでは、タトウ紙のサイズに合わせて、二種類の箱を用意している。

 

では最後に、箪笥の中へ品物を納める一つの方法を見て頂こう。まず、上の画像のように、ウコンで染めた風呂敷を中に敷く。これは二四巾(縦横2尺4寸・約90cm)と呼ぶサイズだが、使う箪笥の巾や深さによって、敷物のサイズを変えると良いだろう。

ウコンには防虫作用があり、古くから風呂敷として使われてきたが、品物を保管する箪笥敷としても効果的。敷くときには、箪笥の巾いっぱいの大きさで、しっかりと入れる品物が隠れるようにしておく。

ネットで売っているウコン風呂敷の価格は、まちまちだが、やはりきちんと「天然ウコン」で染め出したものは高い。ただ黄色いだけでは、その効果が懐疑的なので、選ぶ時にはしっかりとその質を確認して欲しい。

敷き終えたところで、品物を中に入れる。仕舞う数は箪笥の深さにもよるが、あまり目一杯に重ねない方が良いように思う。品物は、引き出しを開閉する振動などで、形が崩れてしまうことがあるので、なるべく平らに入れておく。

キモノを二つ折りで一定方向に入れると、どうしても左側と右側では、高さに差が付いてしまう。これも、長い間保管しているうちに、どちらか一方に品物が傾き、シワが付く原因となる。上の画像のように、品物の方向を「互い違い」に入れていくと、箪笥の中の品物の高さが平均化されて平らになり、良い状態が保てるように思える。品物を取り出すときには、少し面倒かも知れないが、一度お試し頂きたい。

最後に、ウコン敷で全体を覆って出来上がり。乾燥剤は、敷物の隅に置いて、タトウ紙の上には直接置かないようにする。また、絹の場合、ほとんど虫に喰われることはないので、きちんとした天然ウコン染めの敷物を使えば、防虫剤はいらないように思える。

但し、食べ物のしみ等が付いたままの状態で、品物を箪笥の中に入れてしまうと、そこから虫に喰われてしまうことがある。だから、こうした予防のために防虫剤を使うことはある。また、ウールやメリンス生地は、虫の大好物なので、この材質の品物には防虫剤を必ず入れて欲しい。また、箔や刺繍をほどこした品物の上には、直接薬剤を置かない注意が必要となる。これは、化学反応を起こして、加工が変質してしまう可能性があるため。

そして、何より大切なことは、長い時間箪笥に仕舞った状態のままにしないこと。年に二回ほど、乾燥した日を見計らってタトウ紙から品物を出し、風を入れてやることが理想的だが、面倒な時は、箪笥の引き出しを開けるだけでも、ある程度効果がある。

どうか皆様には、「和装の始末には手が掛かる」との認識を持ちながら、キモノライフを楽しんで欲しい。小まめに手を入れることは、やはり良い状態で長く品物を使うことに繋がる。大切な品物は、ぜひご自分でいとおしみながら着用されたい。

今日は、「たたんで、入れて、仕舞う」という、品物を扱う際の基本動作を縷々説明してきたが、少しでも皆様のお役に立てたなら、嬉しく思う。また近いうちに、帯や襦袢、コート類の始末について、お話する予定にしている。

 

今日の「品物の扱い」をご覧になって、バイク呉服屋はとても神経質な人と思われたかも知れませんが、これは業務上「やらねばならぬ施し」なので、性格とは無関係です。

私の本性は「いいかげん」を絵に描いたようなもので、普段の生活の中では、細事にこだわることは全くありません。一人で暮らしていた若い頃など、「足が二本しかないコタツ」や「羽が一枚になった扇風機」を、平気で使っていました。これは、買う金が無かったこともありますが、動いているうちは大丈夫という、訳のわからぬ独自の理論が働いていたからです。

大らかさは、時として困難を救うもの。これ、バイク呉服屋が生きる上での信条です。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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