バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

薄物から秋モノへ  バイク呉服屋、店内衣替えの一日

2018.09 04

夕方になると、佐川急便の兄ちゃんが顔を出す。店が営業している日は必ず、発送する荷物のあるなしに関わらず、御用聞きに廻ってくる。一年365日、物流の仕事に休みは無い。お盆であろうと、年末年始であろうと、関係なく働いている方々の存在があるからこそ、人々の生活が成り立ち、社会が動いている。

うちの仕事を見ても、物流はある意味で生命線と言えるだろう。毎日のように、取引メーカーや問屋、さらに加工職人と品物をやり取りする。そこに「モノを運ぶ人」がいなければ、仕事はすぐに頓挫してしまう。

 

そこで、注意を払わなければならないのが、荷物の運び方だ。買い入れた反物や帯は、一点でも高価なものだけに、おのずと梱包も厳重になる。また、手直しを施した品物は、運搬の際にくしゃくしゃになってしまえば、折角の仕事が台無しになってしまう。

呉服モノの基本的な梱包は、まず品物は白い紙で巻き、中で動かぬように補助パッキンを入れる。これをダンボール箱に入れ、さらにその箱も紙で包む。そして、解けることの無い特殊な結び方で、丁寧に紐を掛ける。しみぬきや洗張りなど、悉皆を依頼した職人が品物を発送する時も、同様の包装をする。

梱包を見れば、取引先が普段どのように品物を扱っているのかが、判る。きちんとモノと向き合って仕事をしているところは、やはり梱包が丁寧で美しい。そしてぞんざいに扱うところは、荷造りもいい加減である。商いの姿勢が、荷造りの姿にも如実に表れてしまう。恐ろしいことである。

 

さて、品物を包むために重要な役割を果たすダンボールの箱だが、その大きさは「呉服屋仕様」に作ってある。一反用、二反用、三反用と反物を送る数ごとに、大きさを変えている。箱の縦の長さは、反物の巾に準じていて、1尺1寸(約40cm)。また、袋帯の箱は、帯を八つ折りにした長さ・1尺6寸(約60cm)が基準。もちろん大きさも、一本用から三十本も入るものまで、まちまち。

呉服屋ではこの箱を、荷送りだけでなく、品物を大切に保管しておくためにも使っている。旬を意識した店では、季節ごとに店頭に置く品物が変わる。そんな時、店に出さない品物は箱に仕舞われる。

季節が移る節目には、シーズンを終えた品物と、需要を迎える品物とを、入れ替える。毎年9月になると、この「ダンボール箱からの出し入れ作業」を行い、店の雰囲気を一変させなければならない。そこで今日は、つい先日行った夏モノと冬モノの入れ替え作業をご紹介し、どのように店を模様替えしたのか、見て頂くことにしよう。

 

秋仕様に模様替えを済ませた、今日の店内。

このところ夏が長いこともあって、ついぞ薄物を仕舞う時期が遅くなる。けれども、さすがに9月の声を聞くと、絽や麻モノ、浴衣類を人目に付くところには置けない。特にウインドは、店の姿を象徴するだけに、季節と不釣合いな品物が入っていれば、見る人に違和感を持たれてしまう。

専門店にとって、「旬を意識する」ことは、とても重要な要素だ。9月はまだ単衣なので、冬モノと入れ替えるといっても、薄色地のものが中心になる。また、少し先の秋の深まりを考え、その季節にふさわしいモチーフ、例えば菊や楓などをあしらった品物も置きたい。来店された方が、店の品物を見た時に、リアルな季節感や、先取りした模様の美しさを感じ取ってもらえるようなら、そのディスプレイは成功と言えるだろう。

 

模様替えの前、今年最後のウインド夏姿。撞木に掛かっている品物は、グレー地絽小紋・川島織物の絽九寸名古屋帯・捨松夏八寸・小千谷縞縮。竺仙浴衣と博多紗半巾帯が三点ずつ。盛夏だと、もう少し飾り方に工夫を凝らしてあるのだが、どことなくシーズンの終わりを感じさせる、あっさりとしたウインド姿になっている。

 

夏の主力商品は、やはり竺仙の浴衣。壁に面した撞木には、コーマ・綿絽・綿紬を置き、三つの小ウインドには、絹紅梅や綿紅梅などの、高級浴衣が並ぶ。台の上には、50反近い浴衣の反物が残る。これが来年への持ち越し品となる。

 

店内で一本だけ使っている衣桁には、薄ピンク地のアザミ模様・無線友禅絽訪問着と、川島織物の白地・流水に唐花模様紗袋帯。

店奥の撞木四本には、近江アイスコットンの着尺と捨松紗九寸帯が、二点ずつ。綿麻混紡のアイスコットンは、秋になっても使える気軽なカジュアル着なので、売り場からは完全に撤去せず、来月初旬までは棚に残しておく。

夏の間は、店中央にゴザを敷つめた台を置いている。ここに載せている品物は、浴衣や縮と一緒に使う半巾帯。ポピュラーな博多四寸と、帯巾が通常より広い麻四寸、それに紗風通織や首里道屯、八重山の綿四寸など、素材も多彩。博多半巾は、冬の紬やウールにも使えることから店頭に残し、それ以外は片付ける。

 

社名とロゴが入った、竺仙専用のダンボール箱。仕入れた品物は、この箱で送られてくるが、売れ残って来年に持ち越す浴衣も、この箱に入れて仕舞っておく。この箱一つで、24反入る。

箱に詰め終わった浴衣。袋状のビニールに包んでおくので、埃や汚れは付かない。片付けながら、残った浴衣を一点ずつ確認する。中には、数年来持ち越しの品物もある。そんな浴衣を見るにつけ、今年も求める方に出会えなかったのかと、結婚適齢期の娘を持つ父親のような心境になるが、バイク呉服屋の場合は、実際に三人も未婚の娘がいるので、いっそうリアルである。

だが竺仙の浴衣は、模様に流行がある訳ではなく、いつの時代にも変わることのないスタンダードな商品。そして、模様によっては、今年は染めたが来年は作らないものもある。だから、売れ残ったとしても、仕入れたことに後悔はない。来年また売り場に出して、見初めるお客様を待てばよいのだ。大切なのは、売り場に出す来年の5月まで、きちんと保管しておくこと。

季節の変わり目を迎えて、店頭から出て行く品と、保管場所から戻って来る品。薄物は、棚から出してカウンターの上に積み、浴衣と同様ダンボール箱に詰めて、売り場から片付ける。

薄物を片付け、すっかりがらんどうになってしまった店内。この後、浴衣を置いた台を撤去し、掃除をする。先日新しくしたばかりの薄縁は、畳屋さんの指導で、から拭きをする。撞木や衣桁も、新しい季節に飾る品物に備えて、一本ずつ丁寧に汚れを落とす。店の衣替えは、大掃除も兼ねている。設えてある調度品がすっかりきれいになったところで、秋モノを飾り出す。

 

撞木にかけた三点の品物だけを置き、すっきりとしたウインドにしてみた。左から、菊連ね小紋・濃山吹色小花散し染帯・蜻蛉絣泥大島。写し方が下手なので、この画像からはどんな品物なのか判り難い。泥大島など、真っ黒に見えるだけで、まるで喪服を飾っているようだ。

小紋は、輪郭が黒で花芯を黄色に挿した菊の連続模様。泥大島は、十字蚊絣と小さな蜻蛉を赤い絣で表現した面白い図案。キモノは菊と蜻蛉で、染帯はビビッドな濃い山吹色で、秋をイメージしてみた。マスタード色は、今秋のトレンドカラーの一つらしい。

 

店内の衣桁には、薄グレー地色・光琳菊に秋草模様の訪問着と、大菊連ねの袋帯。どちらも旬を意識した図案だが、帯は一見して菊模様には見えないほど図案化され、白と青水色の斬新な配色が目を惹く。手機で織った滋賀喜織物の逸品。

壁際には、五本の撞木。左から、橙色桜楓模様小紋(千切屋治兵衛)・白地野花模様九寸織名古屋帯(川島織物)・薄水色小花亀甲小紋(菱一)・萩色ペルシャ絣模様九寸織名古屋帯(木屋太)・ベージュピンク色御召(今河織物)。

淡いパステル調の色目ばかりで、秋ではなく、どことなく春を感じさせる品物になってしまった。バイク呉服屋は、柔らかい地色ばかりを好んで仕入れるために、どうしてもこんなラインナップになってしまう。それでも、秋が深まれば、もう少し濃地の品物も飾る。

三つの小ウインドは、気軽な街着として使ってもらえそうな紬を三点。白地塩沢絣と明るい色目の長井紬二点。帯は、都織物と捨松の紬八寸。フォーマルモノはともかく、カジュアルモノには自分の好みが如実に表れてしまう。紬も、先の小紋類と同様に優しげな雰囲気の品ばかり。店主がコワモテなので、せめて商品は柔らかくということか。

 

店奥の四本の撞木は、東郷織物の薩摩みじん格子木綿と縞塩沢帯、格子模様丹波布帯。薩摩木綿は絹のようにすべらかな風合いで、秋単衣の時期にもカジュアル着として使うことが出来る。丹波布は、100%草木染料を使った木綿で、稀少品。

最後に、店の入り口の飾り台に置いた品物。菱一オリジナルの鰹縞横段ぼかし十日町紬と、藤田織物の真綿紬八寸帯。帯〆は龍工房。

キモノは、青水色段ぼかしとベージュ無地を交互に配している、個性的な紬。帯は、真綿糸を自由に組み合わせて、一つ一つの図案を織り成している。紋図の無い藤田の帯は、二点と同じ図案を持たない。この帯模様は、水鳥のように見えるが、題名はパレット。パレットの上に置く絵の具の形を、モチーフにしている。目の付け所が斬新。

 

こうして、ほぼ丸一日かけて品物の入れ替えを済ませた。ご覧のように小さな店だが、夫婦二人だけの作業なので、予想以上に時間がかかる。バイク呉服屋も若くないので、年々品物を詰めたダンボールを運ぶことが辛くなっている。けれども、秋色に模様替えをした店内を見ると、気持ちも改まる。まだまだ暑く、夏の延長戦はしばらく続くが、次の季節に向かう仕事の準備は整った。

 

前回の畳替えに続いて、リアルな店内の様子をご覧頂きました。これまでブログの中では、店にどんな品物を、どのように飾ってあるのかを、あまりご紹介してこなかったので、良い機会になったように思います。お近くまで来られた方は、ぜひ一度強面の店主の悪顔と、それに不釣合いな品物をご覧になりに、お出掛け下さい。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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