バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

振袖を巡る二つのエピソード  終わりと新たな始まりと

2017.10 01

このブログを訪ねて来られる方は、どんな方々なのだろうと、いつも想像しています。多くは女性なのでしょうが、中には、和の世界に関心を持つ男性諸氏も、少なからずおられるように思います。

年代は、店を訪ねて来られる方や、時折メールを下さる方のことを考えると、30代~50代が多いような気がしますが、どうなのでしょう。おそらく、毎日の通勤途上や、忙しい家事の合間をぬって読まれたり、休みの日や夜更けには、じっくりとお付き合い頂いているのではないかと、私は思いを巡らせております。

 

呉服屋は、人々の「節目」に関わることがとても多い仕事です。初宮参りに使う八千代掛けは、赤ちゃんの健やかな成長を神様に願う産着。七五三の祝着は、子どもの成長を感謝する宮参りで着用するもの。振袖は、成人式、卒業式、結納など未婚女性の晴れの日の式服として使い、黒留袖は結婚式、喪服はお葬式に使います。

このように、それぞれの節目には、着用するキモノが定義されています。だからこそ、各々の家で着用された節目の式服には、その時を過ごした家族の思い出が、沢山詰まっているのです。その品物が、母から子、孫へと受け継がれたものであるなら、なおのことでしょう。

今日はそんな、一枚のキモノに込められた家族の思いを知る二つのエピソードを、お話しましょう。品物は振袖、どちらもこの秋にバイク呉服屋が依頼を受けた仕事です。

 

先々週の定休日・木曜の午後、やり残した仕事をするために店に来てみると、留守番電話に、あるお客様から急ぎの用件が伝えられていました。すぐに直して欲しいキモノがあるとのことなので、早速連絡を取り、お話を伺うことにしました。

そこで持参されたのが、上の画像の振袖だったのです。この品物は、約50年ほど前に誂えられたお母さまのもの。もちろん、今回の依頼人である娘さんも、後を引き継いで使ったので、いわば親子二代にわたって着用した、思い出の振袖です。手直しは、袖の丈を短くすること。それは振袖ではなく、訪問着のようにして欲しいとの希望でした。

ご自身が訪問着として使うには、柄行きから考えて、少し難しいように思えましたが、どうして直さなくてはならないのか、あまりお客様に依頼理由を詮索することは、失礼にあたります。そこでとりあえず、どのくらい短くするのかだけを、相談することにしました。

 

私が袖の寸法を測っている時、「このキモノは、母が旅立つ時に、掛けるつもりです」と、このお客様は話を始めました。「祖母が選んで誂え、母と私が着用した、我が家にとっては思い出の品物ですが、私には男の子しかいないので、この振袖の後を継ぐ者がいません。だから、母と一緒に旅立ってもらうことが、このキモノにとって一番ふさわしいように思えるのです。つまり、『役割を終えて、品物を仕舞う時が来た』ということになりますね。」

着せ掛ける際に、袖の長い振袖では少し違和感があるから、袖丈を短くすることを考えたそうです。現在お母さまは、自宅で療養されており、この娘さんが介護しているのですが、もう残された時間はそれほど多くない、とお話されます。おそらく、毎日お母さまと接している中で、振袖の思い出話になったのでしょう。そこで娘さんが、「このキモノが役割を終えたこと」に気付いたのだと、私は思いました。

 

白とごく薄い若草色のぼかしに、御所車と牡丹・松・菊があしらわれた模様。この振袖を誂えた昭和40年前後は、白地のキモノがとても流行った時代。お話を伺い、袖をつめる理由が理解出来たので、どのくらいの長さに直すかを、提案することにしました。

画像で判るように、この振袖の主模様は御所車です。ポイントとなる上前のおくみ、後身頃、さらに左前と右後袖に、あしらわれています。そこで、袖を短くする際に、この模様を途中で切り落としてしまうことは、避けたいと考えました。

御所車は、平安貴族が外出する時に使った車。その姿の優美なこともあって、風景文様の中のモチーフとして、現代まで使い続けられてきた古典文様の一つです。重厚さも醸し出せる図案なので、振袖や留袖など第一礼装のキモノの意匠によく見受けられます。

 

御所車を牽くのは牛ですが、天皇など高貴な方の葬送の際にも、この牛車を使います。柩を乗せる車のことを、轜車(じしゃ)と言うのですが、大正天皇の大喪の時までは、先例の通りに、牛が牽引していました。

このキモノを旅立ちの時に使うとすれば、御所車は轜車に見立てることも出来るように思われ、それでは、なお残さなくてはなりません。そこで袖をつめる位置は、御所車模様の下端から5分下がったあたりを提案し、お客様に受け入れて頂きました。袖の最終寸法は1尺8寸5分。この振袖は中振袖で、元の長さは2尺6寸5分。ですので8寸ほど短くすることになりました。

袖丈直しを終えた品物。御所車の模様は、全て残りました。袖先の若草色ぼかしは無くなりましたが、きちんと袖の丸みを1寸付けてあり、訪問着らしい工夫が見られます。

切り落とした二枚の袖布は、別に包んで依頼者である娘さんに、お渡しします。この布が、思い出の残像となってくれることを願いつつ。

袖丈の寸法直しは、よく受ける仕事ですが、今回のように「依頼する方の様々な思いが込められたもの」には、あまり出会いません。お客様のお話からは、この振袖に対する愛おしさが、よく判ります。こんなに大切にされてきたことは、品物にとっても、とても幸せだったと言えましょう。

 

この白地総絞り振袖については、以前ブログの中でお話したことがありました。今から3年前、2014.1.12に書いた「静かな成人の日に思うこと」の稿です。詳しくは、この稿を読んで頂くと良いのですが、私の小学校からの親友が、自分の奥さんを亡くし、その葬儀の際に、彼女が遺した振袖を、娘さんに誂え直して欲しいと依頼されていました。

あれから4年が過ぎて、当時高校生だった娘さんは来年二十歳になります。7月の中旬、友人は娘さんを伴い、奥さんの振袖一式を持って、店にやって来ました。タトウ紙を開いてみると、画像で判るように、白地に牡丹・菊と扇面が乱舞する、若々しくて上品な総絞りの振袖が出て来ました。

 

友人と亡くなった奥さんは、大阪の同じ大学のサークル内で知り合いました。彼女の出身は、大阪市の郊外。彼は、一つ年下だった彼女の卒業を待って、すぐに結婚。23歳と22歳の若いカップルでした。ちなみに、私が初めて列席した結婚式が、この二人の式です。

この振袖は、小柄で可愛かった彼女には、とてもよく似合ったはずです。彼によると、これは、彼女のお母さんが選んで誂えたとのこと。きちんと自分の娘に、似合う雰囲気の品物を見立てたことが、よく判ります。

地は、白の総疋田絞。牡丹や菊、そして扇面模様には、縫絞りや桶出しなどの技法が駆使され、絞りだけを使ったとても豪華な振袖。白地に、橙色やローズ色の花が浮き立ち、柔らかな雰囲気の中にも、若々しさが溢れています。

さて、品物の状態はどうなのか確認してみると、汚れはどこにもなく、胴裏や八掛の裏地も大変きれいです。亡くなった奥さんが、娘さんのために、きちんと保管しておいたのでしょう。そんな心くばりが、品物からは伺えます。

 

帯は濃朱地に、正倉院の宝相華・鏡文様。華やかな絞りをきちんと抑えきれる重厚な帯姿。このコーディネートを見ると、選んだ方の高いセンスが伺えます。流行に左右されない図案を使い、しかも二十歳らしさが見事に表現されていると言えましょう。

キモノだけではなく、帯や長襦袢も汚れ一つありません。けれども娘さんは、奥さんより少し小柄なので、寸法直しをする必要がありました。そこで、キモノと長襦袢は、全体を解いて前の縫いスジを消し、仕立直しをすることに。帯はたたみシワを取るだけ。後、半衿は無地の塩瀬が付いていたので、娘さんが選んだ刺繍の衿に変えました。今回新しくしたものは、この衿だけです。

 

一昨日、品物が仕上がったことを連絡すると、早速友人が受け取りにやってきました。娘さんは、首を長くして、出来上がる日を待っていたとのこと。「これで一つ、責任を果たしたような気がする」と、彼は言いました。

病床にあって、娘の振袖姿を見たいと望んだ母。かなわないこととわかっていたから、その思いを夫に託していたのでしょう。彼女が着用したものを、ほぼそのまま娘さんに繋ぐことが出来たこと。私も、呉服屋として、また友人として、責任を果たせたように思います。

 

今日は、「振袖にこめられた家族の思い」をテーマに、二つのエピソードを御紹介しました。この二枚の振袖は、いずれも三代前の祖母が見立て、母から娘へと受け継がれた品物です。やはりそこには、一つの家庭に生まれ、同じ時を過ごした女性達の、様々な思いが溢れています。

一枚は、役割を終えて、静かに旅立ちます。もう一枚は、母の思いをしっかり受け継ぎ、新たな出発をします。二つの仕事を終えて、感慨にふける今年の秋です。

皆様が着用された振袖は、今どこで、新たな出番を待っていますか?

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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