キモノをよい状態に保つためにもっとも必要なことは、「風を通すこと」であろう。
一昔前までは、年に二度ほど「箪笥の中」のものを取り出し、部屋の中で、少し吊るされ、風を入れていた。この作業は、「虫干し」の効果もあるが、一番の目的は「カビ発生」を防ぐことにある。
一番よいのは、「着ること」なのだが、(自然に風を通すことになるから)今の時代なかなか「キモノ着用の場」が少ない。自ずと箪笥に何年も「仕舞ったまま」の状態になる。特にフォーマルモノ(黒留袖、喪服類)は決まった時にだけ使うものなので、モノによっては10年単位で「箪笥に寝ている」ことになるのだ。
年配の方なら、「風を通す」ことの意味を理解していて、この作業を「怠らない」という方もいるのだが、その方々にしても「面倒で手のかかること」だと言われる。キモノに馴染みのない世代の方や、「持っていても着ない」方にとっては、かなり「難しいこと」だと言わざるを得ない。
呉服屋は、「長いスパン」で品物を使うのであるからこそ、「高価な手仕事の品」を奨めることができる。だから、「母から娘、そして孫へと」受け継ぐようにするには、どうすればよいかということがもっとも重要である。
着用後の「手入れ」を抜かりなくしておく(しみの見落としや汗の有無、また生地のスレや着用時のシワなど)ことなど、「箪笥に仕舞う前」にやるべきことをするのはもちろんだが、問題は「長きにわたって仕舞われている」ときの「環境」とそれに応じた「対処」の仕方なのである。
キモノ汚れの最大の敵は「カビ」である。これは、「箪笥に仕舞っておいても」発生する。「織物」でも「染めモノ」でもキモノには「糊」というものが使われている。これは裏地の胴裏や八掛でも同じだ。この「糊」が「カビ」の原因なのだ。
「使われている糊」はキモノの種類により多様であり、すべてのものが「カビ」になるとは言えない。だが、この「糊」が「湿気」によりカビを発生させ、生地を変色させてしまうことが多い。全体に発生して、地色自体を変色させてしまうケース(胴裏などがひどく変色する場合はこれに当たる)や「柄の一部」に点々と発生して「黄変色」を起すケースなど、その「病状」は様々である。
この「湿気による糊の変色」を防ぐ意味で「風を通す」ことが求められるのだ。だから、結果として、この稿の一番初めに書いた「品物をよい状態を保つ」第一条件になる。
では、すでに「カビ」が発生して、「変色」してしまった品を「再生」することが出来るかということに話を移そう。以前にブログで紹介した「補正職人・ぬりやさん」の出番になるのだが、様々な仕事を駆使して、「直す」ことは可能だ。今日、その「再生された品」である「帯」が仕上がってきたので、それを例にとってお話させていただこう。
まず、「再生」前の状態。
少しわかりにくいと思われるが、柄の中心部「牡丹」の花の周囲など「薄黄色」に見える部分全部が「変色」したところである。ここは「胡粉」を使っていたため、「カビ」により黄色くなりやすい。よく見れば、「変色の度合い」が部分によって違うのがわかると思う。
「再生」後を見てみよう。
ほぼ「同じ」ところを写したもの。「光」のあたり方で極端に色が違い、少し補正がわかりにくいものになっているが、「違い」は歴然である。
「カビ」による変色は、その経過年数により、「変色の度合い」が変わってくる。カビの発生初期は、その形態が判然としない。「見た目にはわからない」のである。胴裏などの「裏地」に発生した場合は、「表地」に表れるまで時間がかかることもあるからだ。
この頃は「カビのにおい」が発生し始めるため、「においの有無」で発生を見分ける方法もある。時間が進むと「白カビ」となって姿を現してくる。この状態までになるまで初期発生からおよそ「5年」ほどの経過である。
「黄色に変色」するのは、この後さらに5年ほど経ってからである。上の例の品は発生から10年以上は経過したと考えられる。この頃になると「カビのにおい」はしなくなる。そのため「箪笥」をあけても「においで判別」することが出来ない。「変色」は「黄色」から「茶褐色」へと進み、生地全体へと広がる。特にこの品のように、「胡粉」などが使ってある場合、その部分の変色は「著しいもの」となる。さらに、もっと状態が放置され続ければ、「生地そのものの劣化」を引き起こし、ここまで進めば「再生不能」になってしまう。
違う柄の部分の「再生」前。
この画像の方が、「カビ発生」がわかりやすいだろうか。白地の部分の「黄変色」はもちろん、「ひわ色」部分に点々と「黄色のしみ」があるのがわかると思う。
「再生」後の画像。
「ひわ色」部分を比較してみると、「色の再生」がよくわかる思う。
「再生」の仕事の第一歩は「トキ、洗張り」である。先にお話した通り、「カビの最終段階」である「生地の劣化」まで進んでしまえば、「洗張り」に生地が耐えられなくなってしまい、「再生」は不能となる。この品は、「トキ」をしてみると、「カビの発生」が裏地から始まったことがわかった。帯に使われていた「帯芯」にまず「カビ」が生まれ、10年以上を経過して、表地へと移り、「黄変色」として全面に出てしまったのである。
幸いにして、「生地劣化」を免れたため、洗張りをすることが出来た。ここからは、しみ部分は「しみぬき」で、「変色」部分は「カビ漂白」を何回も繰り返した上、「色をかけ、胡粉を引き直し」元の状態になるまで全体を整えて行く。これは「カビによる黄変色」の跡がわからなくなるまで、作業を繰り返すことになる。この部分の仕事は大変手間のかかるもので、「補正職人」の腕の見せ所でもある。
一通り「補正」が終わり、全体がきれいに落ち着いたら、新しい「帯芯」を使い仕立て直しをする。この品の場合新たに「裏打ち」をするjことにより、より、きちんと「再生」することが出来た。
最後に、「再生」された帯の「お太鼓」部分を載せておこう。何人もの「職人たち」の共同作業により、ようやくたどり着いた品である。
「再生」することは出来るのだが、なんと言っても「カビを出さないこと」が一番であることは言うまでもない。だから「風通し」は必須なのだが、「保管場所」自体も通気性のよい所に置く必要がある。現代の住宅事情は「機密性」に優れていて、「外気」を取り込みにくくしている。また、「冷暖房器具」の普及にも大きな原因があり、「密閉してしまう=外気の遮断」ということになり、そのまま「風通しが悪い」ことに繋がるのだ。特に「マンション」などの集合住宅ではその傾向が高いと言えよう。
昔ながらの「木造」で「風が入りやすい」家は、それだけで「カビ」のリスクが下がると思える。もちろんそんな家でも、「箪笥の置き場所」により「条件が変わる」。そして、どんな「入れ物」にキモノを保管しているかによっても変わる。
「桐箪笥」であれば、それだけで、「通気性」がよい素材と言えるし、その箪笥の構造が「観音開き」で「引き出し」のようになっているものなら、「箪笥を開けるたび」に、風が入り、「通気」が確保される。また引き出しでも、一つの段にある程度「余裕を持たせて」キモノを入れて置く方がよく、「詰め込む」とそれだけで「風」が行き渡らなくなるのだ。
「風通し」の時、全部キモノを外に出すのが面倒であれば、「箪笥の引き出しを開ける」だけでも、ある程度の効果にはなると思う。もちろん「着る」ことが最高の「風通し」になることは言うまでもないのである。
「上手な保管」は、「湿気」と「気温」に気を配ることがポイントだと思います。「湿気」はキモノの大敵であるということをご理解頂ければと考えつつ稿を進めました。「一枚カビが発生した品」を見つけたならば、同じ所に置かれたもの(箪笥全体)を一応調べてみる必要があります。初期の「カビ」はほとんど目視することができませんので、注意するべきであり、その「におい」に敏感になるということも大切かも知れません。
何はともあれ、空気の乾燥した「晴れた日に」、年二回ほどの「風通し」をぜひお願い致します。また、部屋に吊るす際は「直接日の当たる所」は避けて下さい。今度は「ヤケ」の原因にもなりますので。
今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。