バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

9月のコーディネート(コーデ編) 至高の技で、モダニズムを極める 

2016.09 27

つたない情報発信をする者にとって、読者から頂くご意見やご感想ほど有難いものはない。読んでくださる方が、書いている内容をどのように受け止めてくれたのか、知ることが出来るからだ。

出来うる限り正確で、間違いのない情報を伝えるために、かなり時間を掛けて資料を収集したり、自分がほどこした仕事などを再確認した上で、文章にしているが、それでも今までにかなり誤りがあったのではないか、と気になっている。

また、呉服屋(業界)を取り巻く問題や、疑問に思えることなどの稿では、自分の感情を抑え、冷静に書かなくてはいけないのだが、ついぞ怒りが文章に滲み出てしまうことがある。良質な品物が少なくなったり、職人の後継者難のことなどは、消費者に知って頂くべきことだが、商いの方法に対する批判などは、出来る限り避けるべきだろう。他所がどのような仕事をしようとも、自分には関係ないことだからだ。この辺りは、肝に銘じておかなければならない。

 

そんな中で最近、私の励みとなるようなメールとお便りを、二通頂いた。

一つは、金沢市の女性から頂いたメール。半年かけて、このブログの全ての稿を読み終えたという。書いている私自身でも、昔の原稿を全部読み直すことなど出来ていないのに、さぞ、大変な労力だったと思う。

「このブログは、キモノ初心者の私には、役立つ情報でした」との言葉を頂いたことで、少し目的を果たせたような気がした。キモノや帯など扱う品物のことや、呉服屋が請け負う仕事の内容、そして携わっている職人のことなど、今まであまり語られてこなかった「情報の発信」こそが、このブログで伝えるべきこと。それが、読まれている方に届いていると実感出来て、大変嬉しかった。

 

もう一通は、銀座の老舗履物店・ぜんやの社長から、封書で頂いたお礼。今年の春先、家内が草履を誂えた時の様子を、ブログ記事として使わせて頂いたのだが、こんな小さな呉服屋が書いたものを、社長が読まれるとは考えもしなかった。

「自分の言葉で情報発信をすることが、何より大切と感じました」と手紙に記されていたが、過分な褒め言葉である。近々、ご自分でもブログを立ち上げられるようだ。この難しい時代に、老舗草履店を守り続けている方が、どのような情報を伝えられるのか、今から楽しみである。

 

様々な場所で、様々な方に読まれていると思うと、自然にモチベーションが上がる。これからも、出来る限り判りやすく、興味を持って頂けるように、稿を進めていきたい。

今日は、これまで二回にわたってご紹介してきた、加賀友禅「さざなみ」訪問着と、紫紘「ヴォン・ボヤージュ」帯、この二点がどのようにコーディネートされたか、それをご覧頂こう。

 

「さざなみ」と「ヴォン・ボヤージュ」

キモノと帯それぞれの品物が、いかに優れた図案であり、手を尽くされて作られたものであっても、双方を組み合わせた時に、馴染むものでなければ、使うことは出来ない。

お客様の着用目的にふさわしい品物を提案すること、これが大前提である。つまりは、納得出来るコーディネートが何より優先され、キモノ・帯個々の質は、その上に立ってということになる。何より大切なのは、着用される方の雰囲気に合う組み合わせか、否かだと思う。

 

さざなみの上に舞い上がる気球、それに向かって手を振る人々の姿。お太鼓の合わせ。

さざなみは、作者・中町博志が、自分の心で感じた「波」をそのまま図案として描いたもの。一方で、ヴォン・ボヤージュは、フィレンツェという街の風景を切り取り、そこに気球を見送る人を登場させて、図案にストーリーを持たせている。

つまり、帯にも、キモノにも、製作者が意図した心の風景があるのだ。とすれば、コーディネートそのものにも、ストーリーがなければ格好が付かない。

図案を離れて、色の配色だけで帯とキモノを見た時、キモノ地色の水色と、帯地の斑状に青みがかった空の色、そして雲の色がリンクしていて、何とも自然な姿に映る。

キモノは単衣なので、柔らかい水系の色が、見る者に爽やかな印象を与える。波模様の中に、僅かに配される蛍光的なエメラルドグリーンとカナリアイエローが、このキモノを、よりモダンにしている。そこが、イタリア風景の帯との相性を高めている一因であろう。ほんの少しの色が、コーディネートに大きな役割を果たすことがある。

 

「ポンテベッキオ橋」の下に見えるのは、アルノ川のさざなみ。前模様の合わせ。

このコーディネートにタイトルを付けるとすれば、「フィレンツェの休日」だろうか。気球に乗って小旅行に旅立つ人に、「良い旅を」と手を振るフィレンツェの人々。この風景は、やはり休日のものだろう。個性的な品物同士を組み合わせると、思わぬ発想が出来るものだ。

優しい配色のキモノを、帯のイタリアンカラーで引き締める。

橋の上にある家(店舗)の配色は、朱に近い赤・緑・白のイタリアカラー。原色に近い強い色なのだが、着姿にインパクトを与えている。キモノ地色の水色との相性は、予想以上に良い。

欧州の一都市の風景を、日本の伝統技術を駆使した帯とキモノで表現する。なかなかお目にかからないコーディネートかと思うが、如何だろう。もちろん、バイク呉服屋の自己満足だと思うが。

 

では、このモダンな雰囲気を壊さずに、着姿を整えることが出来る小物は何か、考えてみよう。

ターコイズ・ブルーの帯〆を使って、より欧州っぽく見せる。帯揚げは、さざなみの波先の色、グリーンとイエローと同じ色を組み合わせたもの。普段では、使い難い個性的な色の帯〆も、こんなモダンな合わせの時は、力を発揮する。

もう一つの合わせ方は、橙色を基調としたもの。帯図案にあるイタリアカラーの一つ、濃朱を意識した。最初の小物合わせは、キモノの色から、こちらは、帯の色から考えたもの。オーソドックスで優しい、日本的な色合わせのように思えるのだが。

帯〆の色を替えるだけで、着姿に変化が起きる。小物合わせの楽しさは、こんなところにある。どの組み合わせが正解ということはないので、それぞれの人が、自分の感性に従って選べば良いのだ。

(左側の綴帯〆・細見華岳 帯揚・加藤萬  右側の平組帯〆と帯揚・加藤萬)

 

三回にわたってお話してきた、今月のコーディネート。キモノも帯も、既成の概念には捉われない、独創的な図案だが、精緻な技術の下で表現されているものだけに、決して奇抜にはならない。

キモノには、やはり加賀らしい優美な上品さが感じられ、帯には、この上なく手を尽くされた西陣の技が見て取れる。自分の感性に基づいて、模様を描き、それを磨きぬいた技で表現する。やはり、この二つの作品は、染織品として最高水準にあるものかと思う。

私が提案したこのコーディネート・「フィレンツェの休日」は、お客様に受け入れて頂く事が出来た。「この組み合わせなら、ぜひ着てみたい」と依頼人に感じて頂けた瞬間が、やはりこの仕事の醍醐味であろう。無事責任を果たすことが出来、少し肩の荷が降りた気がする。

最後に、コーディネートした品物を、もう一度どうぞ。

 

上質な品物を求めて頂いた後には、それを良い状態のまま長く使えるように管理する、という責任が売り手に生まれます。

それは、着用の度に手を入れ、大切に扱う必要があるということです。これだけの品物なら、次の代も、その次の代にも使って頂かなくてはなりません。いわゆる「孫・子の代まで繋げなくてはいけない品物」ですね。

それが、力の限り作品を作った職人と求められたお客様に対して、我々が果たさなければならない「礼儀」だと思います。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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