バイク呉服屋の忙しい日々

職人の仕事場から

和裁職人 保坂さん(2) 「トキ・すじ消しから寸法直しまで」

2013.09 20

我が最愛の「バイク」が重態である。もしかしたら「あと数ヶ月」の命かも知れない。

「スーパーカブ」は「ギアチェンジ式」になっているため、起動の時は「ニュートラル」で、その後「ロー」、「セカンド」、「トップ」とギアを変速させてゆく。その「変速機」が壊れたのだ。

「井上モータース」で「診察」の結果は、長年使い続けたために、「変速機」が「磨耗」して動かなくなったのだという。社長の話だと、「変速機」の交換は「エンジン本体」を解体しなければ出来ず、「バラした」時に他の部品も「イカレテル」可能性もある。だから、「変速機」だけを変えれば「治る」ことは考えにくい。早い話が「寿命が切れた」という話なのだ。

私は「諦め」が悪いので、「どんな方法でもよいので、出来る限り乗らせて欲しい」と訴えた。井上社長は「究極の手段」があるという。それは、「変速機を溶接する」ことにより、可能になるが、それをすれば、「エンジン関係」の「部品交換」が不能になるらしい。

私とすれば、「何でもよいから、生きながらえさせたい」、この一点である。そして、この「溶接」することをお願いした。これで、今後何らかのトラブルがあった時点で「ご臨終」である。さて、どのくらい持つか「神のみぞ知る」ということになってしまった。

 

今日は、「寸法直し、ここを見る」でお話した品(絽の黒留袖)が、どのような経過をたどり完成に行き着いたのか、順を追ってお話したい。この仕事を請け負ったのは「和裁士の保坂さん」である。

預かった品物の「トキ」をする。この品の直しは「裄」と「身巾」を広げることである。そのため、「袖付け」部分と「身頃の両方の脇」の「トキ」をしなければならない。「トキ」をする時は専用の「道具」を使う。

「トキ」に使う「道具」。上の画像は実際使っているところを撮ったもの。長さは5,6センチほどの小さいもので、ご覧のように「二股」に先が分かれている。この「溝」に「糸を引っ掛けながら」縫い目を解いて行く。この「トキ方」が雑であったり、生地を傷つけてしまうと、後々の作業に影響し、「きれいな寸法直し」にならない。

「トキ」を終えたあとの状態。「前身頃」と「後身頃」は両方の脇で解かれている。これは、「身巾」の寸法を「前と後の両方とも」広げるための処置。袖は「袖付」部分から切り離されている。

身頃の「トキ」をした後の「すじ」。このすじは「縫い目」がそのまま出てしまう。上の画像で見ると、すじを挟んだ上が「縫いこんであった所」である。このすじを消さないと巾を広げたときに以前の「縫いあと」がそのまま表面に出てしまい、不恰好である。

この「すじを消す」のは、「すじけし職人」の仕事だ。「すじけし」は「洗い張り職人」が請け負うことが出来る。うちがお願いしている「太田屋」さんももちろんこの仕事が出来るので、「トキ」をした状態のまま品物を送る。

 

「すじ消し」後の「身頃の脇」と「袖付けのところで解き離された肩」の部分。ご覧のように「縫い跡のすじ」は見事に消されている。これで、中に縫いこまれていた生地と表面に出ていた生地が「フラット」な状態になった。

ここで、もういちど保坂さんのところに戻り、初めて依頼人の寸法通り直していく。一枚のキモノを直すために、職人の間を「行ったり来たり」するのだ。

この寸法の裄出しは「5分」。身巾出しは「前巾5分、後巾5分」である。縫込みが十分あったので、依頼人の「寸法通り」直すことができる。

 

直した後の「前巾」。以前の6寸3分から6寸8分に広がった。もちろん以前の「縫い跡」のすじは、まったく見えない。

直した後の「後巾」。以前の7寸5分から8寸に広がった。

直した後の「裄」。以前の1尺6寸3分から1尺6寸8分に広がった。「袖付」のところにも「肩」の方にも以前の「縫い跡」が見えない、きれいな仕上がりである。

 

上前全体を写した「仕上がり品」。これで、安心して使って頂けるようになった。この品の直しを依頼されて、約三週間ほどで仕上がったが、急げば半月ほどで出来る。

「寸法直し」の仕事は、どの部分をどれだけ直せばよいのか、それをまず見極めることが大切で、それにそって「一番工賃がかからない方法」で「一番上手く直す」ことを考えてゆく。

このように「部分トキ」と「部分すじ消し」で仕上げることが出来れば、キモノ全部を解く必要はなくなる。従って最初から全て「仕立て直し」をすることもない。当然かかる「工賃」は安く抑えることが出来る。

「直しモノ」はなるべく「安く」仕上がることに越したことはない。だが、この例でわかるように、「手間をかける」ということに何ら変わりはないのである。「職人たちの連携プレー」で品物は再生していくということがわかって頂けたと思う。

 

このブログを読んで頂いている方々の「箪笥の中」にも、「まだ一度も手を通していないモノ」や「母や祖母から譲られた品」が沢山入っていると思います。

キモノも帯も、「全く使い物にならない」と言うモノはほとんどないと言ってもいいでしょう。時間のある時に、一度ゆっくり見直されることをぜひお奨めします。

ひとつひとつの品には、それぞれ「歴史」や「思い出」が息づいているはずですから。

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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