バイク呉服屋の忙しい日々

ノスタルジア

昔懐かしい「絞り絵羽織」を作ってみた

2015.10 31

どんな商店にも、「店晒し(たなざらし)品」がある。あまり聞き慣れない言葉かと思うが、店晒しとは、店の棚に晒されている=長い間売れないで、置かれたままになっていることを言う。

つまりは、売れ残ってしまったものになるのだが、呉服屋の店晒し品は、柄や地色にクセがあり、なかなか買い手が付かず、長い間棚に眠り続けているものと、時代の変化と共に、使われなくなってしまったもの、つまり需要そのものが失われたものの、二通りに分けられる。

色や模様に問題がある品は、仕入れの見込み違いであり、仕入れた者のセンスに問題があったのだが、一つのアイテムそのものが、世間で全く使われなくなるとは、仕入れた当時には予想し難い。

 

需要が失われた品物の代表格が、黒の絵羽織である。昭和4.50年代では、入学式・卒業式で母親が使う定番品。色無地のキモノの上に黒紋付の絵羽織を羽織った姿が、我々50歳以上の者の幼い記憶には、今も残っていると思う。

今の時代は、そもそも入学式・卒業式にキモノ姿で参列する母親自体が、当時から見れば激減しており、その中で黒い絵羽織姿などを見かけることは、なお無い。

 

羽織を使う習慣というものが、失われてしまったことが、大きな要因だが、最近になって、ほんの少しだが見直されてきた。もちろんそれは、黒紋付のようなフォーマル用ではなく、紬や小紋の上に羽織るカジュアル用としてである。

最近羽織を作られる方は、押しなべて長い丈のモノを好まれる。だいたい膝の裏側あたりまでの長さ、2尺5寸以上ある長羽織。この場合従来の羽尺地(羽織やコート専用の生地)では長さが足りず、長着(キモノ)を作る時と同じ長さが必要になるため、ほとんどが小紋などで作られる。

 

今から40年ほど前、日常着として家でキモノを着ていた時代には、羽織は必需品だった。外で使うコートと違い、家の中では脱ぐ必要がない。特に、寒い季節になれば、どうしても必要になる。当時は今と違って、家を暖める道具がコタツやストーブなどに限られ、家の中はかなり寒かった。また、近所へ買い物に行く時など、コートなど使わず、羽織姿そのままで出掛けて行けば良いので、大変重宝なものだった。

この時代の羽織丈は、短いものが流行りで、およそ2尺から2尺2寸。今のような長い丈ではなく、余計な生地の長さはいらないので、羽織専用の生地・羽尺(はじゃく)という反物で、ほとんどの品物が作られていた。

 

今作る長羽織は、羽尺では作れない。だから当然、短い羽織専用生地である羽尺は売れず、残り続ける。すなわち店晒し品になる。

しかし先月、この棚に晒され続けていた羽尺を使って、羽織を作ったお客様が現れた。この品物を仕入れたのは、昭和の時代。ということは、30年以上もの間、棚の隅で眠り続けていたことになる。

バイク呉服屋自身も、もう売ることなどとうの昔に諦めていた。そもそも自分が仕入れたモノではなく、父あるいは祖父が扱ったものだ。しかしながら、仕上がってきたものを見ると、大変素晴らしいのである。そして、改めて質の良い羽織の良さというものの、認識を新たにした。

そんな訳で、今日は、今となっては大変珍しい「昭和の絵羽織」を、皆様に御紹介することにしよう。

 

(一方付け小紋 総疋田絞絵羽織 菊扇模様と市松唐花模様・藤娘 きぬたや)

双方ともに、小紋柄の白地絞りの絵羽織。絵羽というのは、訪問着や留袖同様に、最初から仮縫いにされて売られているもの。羽織なので、当然羽織の形に仮縫いされている。

羽尺という「反物の状態」で売られているものは、模様の位置を自由に決めることが出来るが、絵羽織の場合は、衿、袖、上前、後と、全て模様の位置が決められている。この辺りは、訪問着や留袖の柄位置が決まっているのと、同様である。

反物の中で、柄位置が決まっているのは、付下げと一方付け小紋であるが、上の二枚は、小紋柄である。つまり一方付け小紋という、柄位置があらかじめ定められているものを、絵羽にしたものということになる。

 

白地・市松唐花小紋模様 疋田絞り絵羽織

後姿を見たところだが、唐花の市松模様が、ピタリと組み合わされているのがわかる。柄位置が決まっているからこそ、このように美しい模様の出方となる。

仮縫い状態になっている絵羽織は、黒留袖や訪問着などの他の絵羽モノ類と同様に、まずトキをして一度反物の状態に戻される。その後に、湯のしや巾出しなどの加工にかかる。この品物は、長い間棚に晒されている状態だったので、仮縫いの部分の汚れを確認し、念のために丸洗いを施す。

絞り生地の場合、加工前に反物の巾を測る。これはどのくらいの裄の長さに対応出来るかということを、確認するためである。上の画像でみると、反巾は9寸1分。これだと裄の長さは、1尺7寸6分程度が限界になる。これ以上の裄の長さが必要な方が使うためには、「巾出し」という加工をしなければならない。これは、生地を引っ張り、反巾を広げること。この品物は絞りなので、少し絞りが伸びることになる。

幸いなことに、この品物を求められた方は小柄(裄丈1尺6寸5分)だったので、巾出しの必要がなく、絞りを伸ばさずに済んだ。昔の反物の巾は、狭いものが多い。それは、現代のように長い裄丈が必要な方が少なかったことに関わる。昭和の時代、裄丈が最大1尺7寸5分になれば、大概の方に対応出来たからであろう。

 

市松模様の中に施されている模様を拡大してみた。唐花とともに付けられているのは、メソポタミア文字とペルシャ建築の柱を図案化したような文様。よくよく見ると、何ともオリエンタルな模様である。

ご覧のように、総疋田絞りの品物だが、これはまず白生地に紋型紙を置いて色挿しし、その後で疋田絞りを施したもの。つまりはまず白地の小紋を作っておいて、後から生地に絞り加工をしたことになる。

藤娘きぬたやは、名古屋市に本社があり、高級な有松絞りを作るメーカーとして知られているが、絞りそのもので模様を表現する品物のほかに、染と絞りを併用したこのような品物も作っていた。この加工は、「小紋バック」という名で呼ばれていて、羽織の他に振袖なども同じ技法で作られていた。うちでも先代の頃は、随分とこの小紋バックの振袖を扱っていたようだが、振袖を売ることにあまり関心が無い、バイク呉服屋の代になってからは、全くご無沙汰になってしまっている。この羽織が長いこと棚に晒される原因は、こんなところにもあるだろう。

 

前から写してみた。前身頃や縦衿の市松模様も、後同様にピタリと収まっている。この方は小柄で、袖丈も1尺2寸と短いものだったので、思いのほかに丈を長くすることが出来た。およそ2尺4寸5分の長さなので、この方にとっては十分な「長羽織」ということになる。

羽裏は、クリーム地色で疋田の葡萄模様。羽織の主模様である唐花の紫色とリンクさせて選んでみた。羽裏地などは、お客様からお任せして頂くことが多い。表からは見えないものとはいえ、出来る限り「なるほど」と思われるような品物を心がけている。バイク呉服屋のセンスは、如何であろうか。

 

もう一枚のほうは、簡単に画像を中心にお見せしよう。

白地 菊扇小紋模様 総疋田絞り絵羽織

こちらの方は、扇型をした菊の連続模様。少し大きい柄の江戸小紋を連想させる。絵羽織なので、先ほどの品物同様に、模様の位置は予め決められている。こちらは総模様なので、市松のようにきっちり柄合わせの必要がないように思えるかもしれないが、模様を良く見ると、すべての菊扇が同じ方向に並んでいる。

このような小紋を一方付け小紋という。柄位置を決めて模様付けをする発想は、付下げという品物が生まれる原点になった。

菊を扇型に切り取り、それを連続させた模様。上の品物は、異国の模様だが、こちらは和模様。日本的な独特な美しさを感じさせる。

前から写したところ。唐花模様の絵羽織とは、全く雰囲気の違う品物。羽織紐は、秋を意識して、濃い目の芥子色を付けてみた。

こちらの羽裏は猫。猫好きな方なので、あえて遊び心のあるかわいい裏にしてみた。色はごく薄い茶系のベージュ色。カジュアルに使う羽織なので、こんな裏地の楽しみ方があっても良いだろう。

 

店晒し品の価格というものは、マトモな値段を考えることなく、思い切り安くしてしまう。これは、もともと売ることを諦めていたような品物だからだ。この羽織も同様で、仕入れ値の半分以下で売ってしまった。

お客様の方で気を遣って頂き、そんなに安くしてくれるならもう一枚、ということで二枚の羽織を作って頂いた。仕入れから30年以上経過している品物でも、質には何の問題もない。そして、このような凝った模様の絞り絵羽織というのは、今ではなかなかお目にかからない。お客様が得をする品物というのは、まさしくこういう店晒し品のことを言うのだろう。

最後にもう一度、二枚の絵羽織画像をどうぞ。

 

ついでなので、羽織紐の取り付け方を見て頂こう。羽織を初めて使う方に、よく聞かれることだが、覚えてしまえば、何のことは無いような、簡単なものである。

紐の先端が輪になっている羽織紐。これを羽織の縦衿に付いている「乳(ち)」という部分に通して使う。

標準的な乳の位置というのは、衿のツボから1尺~1尺1寸ほど下がったところに付けられる。仕立てに出す時は、これを「乳下がり(ちさがり)」と呼んでいる。上の画像で、衿に付いている穴の開いた丸い突起が見えるが、これが乳になる。

まず、羽織紐の先端に付いている輪を、乳の輪の中に入れる。

次に、通した紐の輪の中に、紐の房が付いている方をくぐり入れる。

これをどんどん引っ張っていき、先端まで通し終わる。

乳と紐に結び目が出来て、しっかり止まる。

これを両方の乳に結んで完成。最後に房に取り付けてある巻き紙をはずす。

後は自由に紐結びを楽しんでみよう。これはもっともポピュラーな「こま結び」。

 

この絵羽織は、あまりに店晒しが長かったので、最近家内が見るに見かねて、自分用の名古屋帯にしようと考えていた矢先でした。

羽織用なので、2丈6尺ほどの長さがあり、名古屋帯ならば二本作ることが出来ます。生地が余ってしまい、それも勿体無いと思案していたところ、思わぬお客様に巡り会ったという訳です。

こうして、仕上がったところを見ると、改めてこの品物の良さがわかります。この絞りも一目ずつ人の手で括られ、絞られた手の掛かったもの。きちんと仕事がしてある品物は、時が経っても上質ですね。

売り手が売るのを諦めてしまってはいけない、ということを思い知らされました。さて、あと二枚棚に残っている絵羽織は、いつ求められる方に出会えるのでしょうか。

 

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。なお、昨夕から数時間、サーバーの不具合により、このブログが閲覧出来ない状態になっていました。昨日わざわざ来られた方、申し訳ありませんでした。

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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