バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

煌びやかな模様姿で、華麗な装いを演出する  金彩友禅とは何か

2026.01 18

金の価格が上がり続けている。現在の取引価格は、1gあたり25000円前後。5年前の2020年が6000円台、そして20年前の2000年が1000円ほどだったことを考えると、いかに高くなったのかが判る。

古来この貴金属は「有事の金」と言われ、社会や経済が不安になるほど、価値が上がるとされてきた。世界が、戦争や社会不安、パンデミックなどの危機に直面して、金融や各国の通貨に懸念が生じた時にこそ、金は強みを発揮する。何故ならば、金は世界中の誰もがその価値を認めており、為替や国境などに関係なく、世界中で同じ価値を持つ、いわば「普遍的な資産」だからである。

ここ数年の急速な値上がりは、ロシアのウクライナ侵攻、あるいはイスラエルとパレスチナの紛争など、世界的な政情不安が終息せず、また日本においては円安と物価高に伴って景気が後退し、円の価値が下がっていることから、安全な資産・金への投資が高まっていると理由付けられる。今年に入っても、米トランプ大統領がベネズエラを攻撃し、続いてグリーンランドへの野心を露わにするなど、世界の政情不安は加速するばかり。日本と中国の間も、高市首相の台湾有事発言を契機に、様々な軋轢が生れている。株高ではあるものの、円は売られ、債券相場も下落が続いているので、当分金の価格は下がりそうにない。

 

金も株価も連日のように最高値を更新となれば、いかにも景気の良い話であり、普通ならもっと沸きたっても良いはずなのに、世間は物価高と景気の先行きに不安を感じる人ばかり。つまり、投資家以外の人々にとって全くの他人事であり、むしろその高騰ぶりを「冷ややかな目」で見ていると言っても良いだろう。

無論、投資に回す金などどこにもないバイク呉服屋も同様で、株式相場にも金相場にもまるで興味が無い。けれども金という鉱物がもたらす、装飾的な価値には大いに関心がある。僅かな光で反応するその輝きは、遠くメソポタミアの時代から人々にその価値を見出され、様々な装飾品にあしらわれてきた。それは、日本の染織品とて同じである。

そこで今日は年の初めでもあるので、金に彩られた友禅の話をしようと思う。金は持っていないが、輝きを放つ品物をご紹介して、せめて今年の景気付けになればと思う。

 

(観世水に松・梅・橘模様 金彩友禅 黒留袖・千總)

日本と金との関りは、紀元後57年に中国後漢・光武帝が倭国に賜った金印・漢委奴国王印に始まるだろう。その後に大陸との交流が始まると、金細工に長けた渡来人の技術伝授により、様々な金製品が作られるようになる。6世紀の熊本・江田船山古墳出土の金製耳飾や冠、あるいは奈良・藤の木古墳出土の金銅馬具などがそれに当たるが、当時はまだ国産の金は無く、大陸からの輸入金が使われていた。

国産金の発見は8世紀になってからで、東大寺の盧舎那大仏に施した鍍金(メッキ)加工に、東北地方産出の砂金が使われたのが始まり。そして平安期になって産出量が増えると、貴族たちは来世での極楽浄土を願い、次々に壮大な「浄土寺」を建立し、そこに金を貼り巡らした仏像やお堂を建立した。代表的なものが、平等院鳳凰堂の阿弥陀如来像や、奥州藤原氏が平泉に建立した中尊寺金色堂である。

また写経には、粉状にした金に膠(にかわ)を混ぜた金泥(きんでい)が用いられたが、奈良国立博物館収蔵の国宝・紫紙金字金光明最勝王経は、料紙には紫根を顔料のような泥に加工したものを塗り、そこに金泥書きの経文が写されている。末法思想が広まった平安期になると、夥しい数の金装飾経が作られ、神護寺の一切経や厳島神社の平家納経などは、その最たるものであった。

 

染織品における金の存在は、大阪高槻の阿武山(あぶやま)古墳で発見された冠帽に施された金刺繍が、その始まりとされている。この古墳の棺に埋葬されていた人物は、青や緑のガラス玉を結んだ玉製の枕を使い、錦織の服を着ていた。その傍らに金糸の冠帽が置かれていたのだが、こうした特別な副葬品や埋葬状態から考えて、藤原氏の開祖・藤原(中臣)鎌足の墓ではないかとも考えられている。

その後天平期になると、金糸を使った錦が現れる。それが、聖武天皇一周忌斎会道場幡の幡頭・蝶花卉文刺繍である。聖武天皇の一周忌に際して行われた法会、そこで掲げられた幡(はた)の文様の刺繍に、金糸の施しがあった。けれども、それは織り込まれていたのではなく、装飾の一つの方法として、すでに出来ている裂の上に縫い付けたものだった。これは、先述した阿武山古墳出土の金冠帽も同じであり、つまりこの時代にはまだ、金の箔糸を作って織るという技術が無かった証とも言える。

 

それでは本格的に「金加工の染織品」が伝わったのは、いつになるかと言えば、それは14世紀頃、中国・宋に渡った留学僧が持ち帰った金の袈裟や仏具が最初であろう。この金の織物は、平金糸や撚金糸を緯糸の間に織り込んで模様を表わしたもので、当時は「織金(しょくきん)」と称していた。この金衣は宋の時代から織り始められ、禅僧が帝から拝領する錦製の袈裟を、特に「金襴衣」と呼んだ。後に室町から桃山期に数多く輸入されることになるが、その呼び名から「金襴(きんらん)」の名前が付いた。

また染物に関しては、金箔や金泥を使って布に文様を表わす「印金(いんきん)」を用いた袈裟が、14世紀に持ち帰られていたが、その数は少なく、本格的に輸入されたのは、室町期に入り、名物裂がもたらされてからである。そして同時に、布表面に金箔を貼って模様を描く「摺箔(すりはく)」の技術も入ってきた。これは、文様を模った型紙を使って、布の上に糊を置き、それが乾かないうちに金箔を載せ、軽く押さえて付着させる。そして乾いてから余分の箔を落とせば、型紙の分だけが箔の文様として残るという金加工の技法である。

印金や摺箔、または金襴などの金加工は、室町から桃山期にかけて能衣装や小袖の華やかな装い姿を演出する加飾方法として多用された。と同時に様々な技法が生み出され、それが、箔を布面に押し付けて貼る「押し箔」や、四角や短冊形に切った箔を文様とする「切箔」、また箔を細かく切って振り落とす「振り金砂子」などであった。また後年確立した友禅の技法では、金属粉を混合させた油性の合成樹脂糊を、糸目糊の上に引いていく「金線描き」により、白い糸目を金の糸目に変える加工方法も開発された。

 

このように、金を用いた染織加工には多種多様な方法がある。それを駆使して、金の輝きを特徴的に表現したものが「金彩友禅」である。桃山から江戸にかけて確立された金の技が、現代の品物にもしっかりと受け継がれている。ではそれは、どのような模様姿で、どんな雰囲気を醸し出しているか。具体的に品物のあしらいを見ることにしよう。

 

金彩友禅を施した品物の特徴は、模様から放たれた「金」の輝きが装いを包み込み、恭しく、そして豪華にその着姿を演出するということになるのだろう。上の黒留袖を見ても、模様に描かれている色目は、ほぼ金ひと色である。故に金彩友禅によって製作される品物は、最も格式が高い留袖類が中心になる。よりフォーマル感を高めるための演出として、金加工が選ばれるのである。

友禅であるから、模様の中に色として現れるところは限られる。通常白く細い線が残る糊防染の模様輪郭、色挿しする模様そのもの、さらに染以外の加飾方法で描かれた模様箇所。品物の表情を金で統一して表現することが、金彩友禅の一つの条件とも言える。では、表現されている「金のあしらい」を個別に見てみよう。

模様中心の上前衽に描かれた松と梅の模様を拡大してみた。まず松の模様だが、糸目の細い線だけで松の葉が描かれていることが見て取れる。本来の糸目は白い線で、この糸目だけで模様表現することを「白上げ」と言うが、この松葉は「金上げ」のような状態になっている。もちろん「金上げ」と言う呼び方はせず、これは先述した、白い糸目の上に金を引いた「金線描き」による加飾。この留袖に関しては、糸目のほぼ全てを金線によりあしらっている。輪郭に金を置くことで、模様全体の金の彩が色濃くなる。

梅のあしらいを見ると、こちらは箔と繍の技法を駆使して、金の彩を演出している。金梅花は、花弁に押箔、花の輪郭に金駒繍を使い、蕊は金のまつい縫で加工している。また白梅花の方は、花弁に白糸、蕊に金糸を用いた刺し繍を使って表現している。さらに建物の屋根の庇や松の実の一部には、細かい金粉を蒔いた箇所が見られるが、これも前述した金箔を振り落とす技法・金砂子の施しである。

寺院のお堂と思しき建物の柵も、糸目には金線描きが施され、挿し色も金。描かれている橘の花は、各々に違う箔や刺繍技法を使って、金加工がなされている。振り金砂子の匙加減一つで、模様の表情が変わり、金刺繍の技法が変われば、また模様の表情が変わる。一つ一つの模様に丁寧に手を掛ける金の加飾が、この留袖をより華やかで煌びやかな姿に変えている。

金の色が際立つ留袖だが、かといって「光過ぎる金のいやらしさ」は全く感じられない。金と言っても単調な色合いではなく、意匠全体に濃淡や地空きの部分があり、色にはメリハリが付いている。これは、多様な箔加工、繍加工、そして金線描きを結集することによって生まれたもの。友禅の技が放つ金の美しさは、やはり格別。華麗さと上品さを兼ね備えた、良き雰囲気を持つ礼装衣裳である。

 

(霞に松模様 金彩友禅 付下げ・菱一)

話が長くなっているので、もう一つの品物は簡単に説明しておこう。この付下げは、ほぼ松だけを題材にして意匠化したもの。霞暈しに挿された薄い藤グレー以外、松の姿は全て金で描かれている。地は黒なので、金が自然に浮き立つような姿で描かれている。松は植物文の中でも、特に吉祥的な意味合いを持つと認識されているので、金彩で格調高く加飾するモチーフ、いわば「金の似合う模様」として選ばれることが多い。

最初の黒留袖にあしらわれている松は、御所解のような文様を構成するモチーフの一つとして描かれているが、この付下げでは松の姿そのものが意匠となっていることから、より写実的な姿で描かれている。同じ金彩友禅でも、モチーフの捉え方により加飾の方法がかなり違っているので、その辺りを模様あしらいを見ながら、説明しよう。

模様中心の上前衽と身頃が合わさる部分を拡大してみた。松葉だけでなく、松の枝、松の実も金だけで描かれている。枝や実に糸目が見られないが、これは膠で溶いた金の粉を筆に付けて描く「金泥(きんでい)描き」という技法を使っているから。筆なので、どうしても金の入り方が不均一になり、所々が擦れてしまう。先ほどの黒留袖の線描きは、糸目の線を上からなぞらえる金線描きであったが、こちらは糸目なしの金泥。松葉先端の擦れの有無で、二つの技法の違いが見て取れる。こうした細かいところをよく見ると、友禅の手仕事感が如実に表れる。

松葉を拡大すると、金泥で描かれた擦れた葉と、金糸を使った繍であしらわれた光輝く葉が混在している。この繍技法は、線を表現する時に使う「まつい繍」で、植物の葉脈や蔓を強調する時に用いられる。手描きと繍を使い合わせることで、よりリアルな松の枝ぶりが表現出来ているように思える。

一口に金彩友禅と言っても、描く模様の内容によって、金の加飾技法が変わる。表現される線や模様面は、各々にどのような金加工を施せば、映える姿を形作ることが出来るか。制作者が、友禅の技法に精通していなければ、その答えは出ない。「どこに、何を使って描くか」は、金彩友禅に限らず、キモノを創る上で最も重要な課題である。

 

今日は新年らしく、金の輝きを模様にあしらう・金彩友禅を使って描かれた品物をご紹介した。金という色には、人を惹きつける魔力のようなものがある。それは、他の色では決して見ることの無い、眩しく、柔らかく、また時に妖しさをも含む輝き。時によっては、こんな光に包まれる装い姿が相応しい場面もある。金を道具として自由に操ることが出来る友禅は、なかなか懐の深い染織技術と言えるかも知れない。

 

もちろん、生活していくためには、「ある程度のお金」は必要だと思います。なので多くの人が、老後の生活に備えるお金を準備する手段として、投資や利殖を考えることは、至極当然のことでしょう。けれども、貯えがあれば幸せかとなると、一概にそうとも言えないような気がします。これは、お金を増やすことに意識の行かない私の、負け惜しみかもしれませんが。

では、私にとって最も価値のあるものはと問われれば、それは「時間」だと思います。あと何年これまでと同じように仕事を続けられるか、あと何回北海道の原野を彷徨うことが出来るか。それは神のみぞ知ること。無論、健康維持のための努力は欠かせませんが、それを続けていても、この先どうなるのか判りません。この年齢になると、明日突然倒れるかもしれませんので。

ですので、一日を悔いなく生きることが、とても大切になるのです。同じ明日がまた来る保証は何もありません。まさに「時は金なり」です。私には、あとどれくらい時間が残されているのでしょうか。今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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