バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

3月のコーディネート はんなり小紋で、街を歩けば(前編)

2015.03 15

先週の木曜日、東京へ出張に行く時、コートを着なかった。甲府の朝の気温が3℃ほどだったので、駅までバイクに乗るにも、耐えられる寒さだったからだ。新宿へ着いたら、ほとんどの人がコートを着用していたので、私だけが、寒々しいような格好に見えたことだろう。

朝はともかくとして、日中にコートがいらなくなるのは、何度くらいだろうか。東京ならば、12,3℃といったところか。三月半ばを過ぎると、三寒四温を繰り返し、春に近づいていく。

地下鉄では、袴姿の女子学生を何人も見かけた。三月中旬のこの時期、多くの大学で卒業式が行われている。季節が冬から春へ移ると同時に、学舎から社会へ旅立って行く。おそらく、冬と春が交錯するように、将来への不安と希望が交錯していることだろう。今の季節は、人それぞれの節目というものを、一年の中でもっとも感じさせてくれる。

 

今月のコーディネートのテーマは、「はんなり」。京言葉(京都人独特の表現)の代表的なもので、つつましやかな華やかさ・可憐さという意味である。言い換えれば、上品な明るさということであり、長い冬を終えて、一斉に花が芽吹き始めるこの季節にふさわしい言葉であろう。もとより「はんなり」の語源は「花なり」から来ているものだ。

今日は、これを若い方の小紋と名古屋帯で表現してみたい。気軽な街着を、はんなり着こなし、春を探しに外へ出かけてみたくなるような、そんな組み合わせを二回にわたって考えていこう。

 

(青磁色 花兎文様・飛び柄小紋  白地 花見鳥文様・九寸織名古屋帯)

はんなりした色というのは、やはり柔らかな印象が持てる色ということになる。着姿がふんわりと仕上がるような、色と模様の取り合わせが基本となろう。

 

(一越地青磁色 花兎文様 小紋・菱一)

優しい春の色を考えると、やはり薄いパステル系の色が思い浮かぶ。桜色や生成色、銀鼠、青磁系の明るい地色ならば、「はんなり」感を出しやすい。

緑系の色は、一斉に萌え出る木々を思い起こさせる。萌黄色・若草色・苗色など、春の訪れを感じさせてくれる色は多い。日本の春色は、パステルのようなといっても蛍光的なものではなく、どことなくくすんで、少し憂いのあるような色が使われる。この辺りが、微妙に季節のうつろいを感じ取ることが出来る日本人独特の感覚なのだろう。

戦国時代の京都の豪商で、高瀬川などの河川開削で知られた角倉了以。彼が愛用した名物裂の花兎文様は、金襴(金糸で織り出されているもの)だが、それが、様々な色を使ってアレンジすることにより、文様としての範囲が広がった。角倉了以ほどではないが、バイク呉服屋もかなり好きな文様の一つ。片足を上げて、後ろを振り返る「見返りうさぎ」の姿が、何とも愛らしい。

飛び柄小紋なので、上品な青磁色の無地部分が、着姿の前面に出てくる。この色を生かし、よりはんなりとした印象にさせるには、どのような帯を使えばよいのだろうか。

 

(白地 小唐花に花見鳥文様・九寸織名古屋帯 龍村美術織物)

こちらの文様も、このブログではお馴染みのもの。読者の方には、「バイク呉服屋の定番文様」のように思われる方も多いだろう。確かに、唐花と鳥の組み合わせは、バリエーションがつけやすく、天平文様としても意識されやすい。けれども、品物ごとにその施し方は様々であり、柄として画一的なものになってはいない。

すっきりとした白い帯地を生かすために、柄に施されている色はかなりシンプル。花見鳥は若草色と柔らかい藤色の二色、小さい唐花は橙色。多くの模様は金糸だけで織り出されているため、白地の上に二色の鳥が浮かび上がるようだ。

龍村の帯といえば、豪華絢爛な袋帯や名物裂を再現した光波・元妙帯を思い起こす方が多いと思われるが、上の品物のような九寸の織名古屋帯には、お洒落でモダンな図案の品物が多い。

 

キモノと帯の合わせ。キモノも帯も地色は明るく、模様に施されている色も優しい色。はんなりした印象を持つ品物同士で、街着にもなるが、パーティ着として、またこじんまりとしたレストランなどでのカジュアルな結婚式(会費制で催されるような、気取らない形式の時)などでも使うことが出来そうな組み合わせと言えよう。

今回は、若い方向きに、小物合わせをしてみよう。

 

(クリーム色 橙色絞り桜散し模様 帯揚げ・加藤萬)              (クリーム色 橙色二色平組 帯〆・龍工房)

帯文様の中の、小さい唐花に使われている橙色を、帯揚げと帯〆に取り入れてみた。春らしさと若々しさの両方を表現してみたのだが、いかがだろうか。年齢がもう少し上の方が、このキモノと帯を使う場合は、帯にあしらわれている鳥の色を使うことが考えられる。例えば、若草色や藤色系統の小物合わせになるだろう。

同じキモノと帯でも、帯揚げや帯〆を変えてみるだけで、使う方の年合いに相応しい着姿にすることが出来る。いつぞやもお話したように、小物のコーディネートというものは、体操競技における着地のようなもので、これが決まるかどうかで、全体の印象が決まってしまう。キモノと帯それぞれの特徴を生かした上で、なお全体の雰囲気を思い描く方向に持って行くことは、なかなか難しい。帯〆の色一つでも、間違えてしまうと、全てが台無しになってしまうようなこともある。

もう一度、コーディネートの全体像をどうぞ。

 

さて、今日はついでに帯揚げ・帯〆以外の小物について、少しご紹介しよう。まず、半襟について。

小紋はカジュアル着という位置づけなので、少し衿元にアクセントを付け、遊び心を出すことも出来る。このような時は、半襟を工夫する場合と、伊達衿を付ける場合が考えられるが、注意したいのは、使うものが全体のバランスや雰囲気を壊すものとなってはいけないということだ。

あくまで、キモノと帯の組み合わせをより引き立てるものとして、考えなければならない。今日の品物ならば、「はんなり」という印象を崩さないような襟元にするということである。

これは個人的な好みであるが、私は振袖以外ではほとんど伊達衿を使わない。なぜならば、合わせる色が非常に難しいのと同時に、キモノの地色そのものを大切にしたいからである。伊達衿にキモノ地色と違う色を取ってしまうと、印象が変わることが多い。これを回避するためでもある。

だから、襟元のアクセントは、襦袢の半襟を工夫するということになる。上の小紋では、どのような半襟が良いのか、考えてみよう。

白に小さい桜の花と花弁が散らされた半襟。控えめな中にも、春らしい演出。

衿元に出る模様は染めで柄付け。その回りは白糸だけで桜の花弁が刺繍されている。

 

もう一枚。こちらは、桜の花の蘂部分だけが桜色の色糸で刺繍されている。半襟の地が白なので、衿元の雰囲気が大きく変わるようなことはない。あくまでも、ほんの少しの工夫である。

刺繍衿・三点共に加藤萬。画像で見える下の二枚の衿を試しに使ってみた。

 

もう一つ、草履とバックを考えてみる。これこそ、使う人それぞれにより、使うモノが変わると思われる。ご紹介するものは、あくまで私のセンスということになる。

(薄桜色更紗模様 ちりめん生地 小ボストン型バック・岡重「OKAJIMA」ブランド)

以前にもご紹介したことがある、岡重のバック。今日合わせた龍村帯の唐花文様と同様、唐草が優しい色で描かれている。象の模様がアクセントで、春らしいカジュアル着に使って頂きたい品。

合わせる草履は、シンプルな牛革の桜色の台と鼻緒。鼻緒が少し太い上に、緩めにすげられているため、履きやすい。カジュアル使いの草履は、長い時間履いていても、苦にならないことが大切になる。

 

もう一つ、こちらは若い方に向く組み合わせ。小紋のようなカジュアルモノばかりでなく、振袖などにも使えるような品物。

(桜色更紗模様 ちりめん生地 丸型ビーズバック・岡重「OKAJIMA」ブランド)

同じ岡重製作の品物でも、雰囲気が違う。実用性よりも装飾の方を優先して作られたように思えるものだが、大胆な更紗模様が印象的。

こちらの草履は、上のものとほぼ同じ柔らかい桜色の台に、黒い絹地に桜が縫い取られている贅沢な鼻緒。なお、草履は二点共に加藤萬。

最後に、今日ご紹介した品物をまとめて、ご覧頂こう。

 

「はんなり小紋」のコーディネートはいかがだったでしょうか。春の足音を近くに感じながら、品物を考えていくのは、やはり楽しいことです。後編では、もう少しカジュアルの要素が濃い、それこそ気軽な街歩きとして使って頂けるような品物をご紹介したいと思っています。

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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