バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

2月のコーディネート  可憐なスミレの染帯で、一足早く春を装う

2026.02 26

菫(すみれ)ほどな 小さき人に 生まれたし  作者は、明治の文豪・夏目漱石。

1897(明治30)年、英語教師として熊本の旧制第五高等学校へ赴任していた頃に詠んだ句。道端でひっそりと咲くスミレは、目立たずとも、たくましく咲いている。私もスミレのような生き方をしたい。 この句には、「世間的な評価に捉われず、自分らしさを失わず、ささやかでも良いから懸命に生きたい」と願う漱石の人生観が、表れているように思う。

川の土手や畔道、そして道端の僅かなコンクリートの隙間からでも、スミレは逞しく花を付ける。花弁は決して大きくないが、その優しい紫の色は、見る者の心を和ませる。花の時期は3月から5月までと長く、春の間なら、どこを歩いていても目に留まる野の花。漱石が「スミレの花のように生きたい」と詠んだように、昔も今もスミレのイメージは、可憐で強い。花の形状と花の性質が、ここまで相反する植物も珍しいだろう。

 

スミレは野生の春花だが、これがパンジーとなると、春の庭には欠かせない園芸用植物で、人の手で育てる花となる。スミレもパンジーも、科目上は同じスミレ科スミレ属の植物だが、根本的な構造に違いがあり、花弁と花の大きさにも違いがみられる。スミレは、花と茎が各々の根から生える無茎種(地上の茎が発達しない種)で、パンジーは、長く伸びる地上の茎の上に花を付ける有茎種。スミレの花の先端は少し尖り、パンジーは丸い。花も、パンジーの方がスミレよりも大きく育つ。

二つを比較すると、スミレは野草らしく構わない自然な花姿であり、パンジーは人の手を加えた整った花姿になっているように思う。どちらも可愛い印象を受ける花だが、強さを兼ね備えるとなれば、やはりそれはスミレになる。

2月も終わりが近くなり、ようやく日中の気温が15℃を越えるようになってきた。こうして春の足音が近づいてくると、春らしい装いを考えたくなる。そこで今回のコーディネートでは、梅や桜や椿のような、人の目線の上に咲く「春の主役」ではなく、目線を落とした先でいじらしく可憐に咲く「脇役の花・スミレ」を題材にした染帯を使い、少し早い春の装いを演出してみたい。

 

(青林檎色 スミレ模様・手描友禅染帯  青鈍色 細縞横段・奄美証紙大島紬)

春の野花でと言えば、スミレの他には、タンポポやレンゲ草、桜草、福寿草、土筆などが思い浮かぶ。いずれもスミレと同様に、可愛さと強さを併せ持つ花たち。そして目線を下に下げなければ、気づかない花でもある。花の時期は主役の桜や梅に比べれば長く、春の初めから終わりまで、普通にどこでも見かける花になっている。

和装図案のモチーフとして考えれば、秋の野花は、幾つかの花を組合わせて意匠とすることが多い。萩や撫子、女郎花、桔梗など、秋の七草と呼ぶ花々が主役で、特にこれを「秋草文」と称している。一方で、上記した春の野花を数種合わせて、春の野を表現した品物は本当に少ない。全く見られないとは言わないが、「春草文」などという文様名は聞いたことがない。

 

では何故、文様に秋草はあって春草は無いのだろうか。それはおそらく、季節の持つイメージと野花の雰囲気が、リンクするか否かの違いかと思える。夏が過ぎ、どことなく淋しさを覚える秋の到来は、涼風が立つ中で儚げに揺れる秋草から感じ取られる。古来から日本人が持つ、季節の移りを敏感に感じる要素の一つが、秋草なのだろう。

一方春草の場合、咲き誇る時期は、暗く厳しい冬を終えてようやく迎えた明るい季節。この時期、人々に春の息吹を感じさせる花々は沢山ある。桜や梅は日本を代表する花であり、牡丹や椿、藤も花として単独で文様化されてきた。つまり、主役を演じる春の花には事欠かず、それも少しずつ時期をずらして登場する。だから人知れず咲く脇役の野の花には、なかなか出番が回ってこないのだ。

だが、脇役には決して主役では表現できない姿があるはず。それは桜や梅や牡丹のような、いわばありきたりな春のイメージではなく、奥ゆかしさと強さを合わせ持つ野の花らしい姿。今日の主役は、そんな春野の代表的な花・スミレである。それではこの可憐な小花を、個性あふれるデザインで描いた染帯から、ご紹介することにしよう。

 

(変わり生地 青林檎色 スミレ模様 手描友禅染帯・四ツ井健)

染帯は、装いの中で最も個性を発揮しやすいアイテム。そして織帯とは違って、一本からでも作ることが出来るので、友禅作家が作品として手掛けやすい。それは、自分が選んだモチーフを自分の感性でデザイン化し、意匠として表現すること。結果としてそれが、季節感あふれる図案となり、旬を装うに相応しい品物となるのである。

やはり専門店の棚には、各々の季節を彩るタイムリーな品物を置く必要があるが、一目でモチーフがそれと判る写実的な図案だと、あまり面白味は無い。もちろん装えば、季節は何も言わなくても前に出るが、それだけではつまらないだろう。旬の題材をそのまま使うのではなく、それをアレンジしてデザインとする。一見しただけでは何をモチーフとしているか判らないが、説明されるとそれと判る。そんな図案の染帯こそが、作り手のセンスが前に出る個性的な品物であり、それを店の棚に置くことで、店の主人の「モノを選ぶセンス」が、来店される方へ自然に伝わるように思う。

 

この染帯を選んだ時、真っ先に目に留まったのが、鮮やか過ぎるグリーンの色。緑ではなくグリーンと呼びたくなる、洋っぽさのある色。こんな華やかで強烈な色目は、キモノや帯の地色として、これまで見たことが無かった。一応青林檎色としてみたが、普通のアップルグリーンよりも明度が高く、しかも蛍光的な感じがする。帯として装えば、否応なくこの色が前に出てくる。もちろん、陽春をイメージさせる色には違いない。しかし装う姿に、色の印象しか残らないのでは困る。そこで作り手に求められるのは、この色にも負けない、優れた図案のデザイン力になる。

この帯のモチーフになったのは、スミレ。図案がかなりデザイン化されているので、すぐにそれとは判らない。図案はグレー濃淡の花弁の中に、薄紫に暈された小さな花弁が三葉入っている。これがスミレの花なのである。囲んでいる八花弁は、スミレとは関りはなく、花の特定が出来ない。こうした構図は、正倉院唐花の文様形式によく見られるもので、おそらくそれを想起して図案に取り入れたと考えられる。

図案を拡大してみると、メインの花がスミレだと理解出来る。取り囲む八枚の葉色はグレーのモノトーンだが、真ん中のスミレの花は、かなり写実的に描かれており、挿し色も実物に近い。この図案は、架空の唐花と実在するスミレを融合して創ったデザインと言えるだろう。

周囲の八弁花もスミレの花弁も、きちんと糸目を引いて色挿しをした友禅によるあしらいと判る。スミレの花色暈しが丁寧で、蕊もきちんと糸目で描かれている。暈しを見ると、使っている帯生地の小さな亀裂状地紋が、擦れたように白くなって表れている。生地の質が、色の発出にも影響を与えていることが判る。作者の四ツ井健さんは、元々加賀友禅の作家で、落款登録もある方。モチーフを丁寧に観察して、それを自分の感性に従って写実的に描く。このスミレの花には、そんな友禅作家の片鱗が伺える。

前模様の図案は、一つ。お太鼓と同様に、地色を白く抜いた中に模様を入れている。抜いた形が不規則な楕円形なので、地色の強さが緩和されて、図案に柔らかみが生れている。白地の上なので、花弁の墨色暈しやスミレの写実的な花姿が、しっかりと帯の意匠として主張している。アップルグリーンの地色だけが、帯姿として目立つ訳ではない。模様の配置や挿し色とのバランスのとり方一つで、帯としての魅力度が変わってくる。

お太鼓を作ってみると、スミレを中に置いた二つの図案は、それほど大きくはない。けれども先述したように、白抜きして周りに黄色い小花を散らした模様は、帯姿として存在感を示している。そしてそのデザインは、スミレの咲く春の優しい雰囲気を醸し出す。では、この帯地色の鮮やかさとスミレデザインを生かすには、どのようなキモノを合わせれば良いだろうか。

 

(青鈍色 横段細縞模様 手織大島紬・奄美 伊集院リキ商店)

ワンポイントのお太鼓模様を印象付けるためには、やはり主張過ぎないキモノを使いたい。例えば、模様が着姿全体に広がる総柄小紋や大きな絣模様の紬では、帯の柄が埋没してしまうと同時に、まとまりがつかない感じに陥りやすい。

とは言うものの、単純な無地や縞、格子柄だとシンプル過ぎて、つまらなくなる。キモノの柄が密でも疎でも上手く行かないのだ。そこで考えたのが、縦横の直線・縞を組み合わせた変化のある幾何学模様。濃淡に変化を付けた青と、白い点のような絣も見える。これを、どのようにキモノの中で配置するのか。誂えの工夫が求められる、面白くも難しい図案の大島だ。

よくよく縞を見ると、かなり複雑に色を使っていることが判る。この大島の証紙には、泥染の糸を使用していることが記されているが、この縦の細縞に入る茶や臙脂、黄土の色がそれに当たるのだろう。そして画像には、横に一列に並んだ白い線が見えているが、よくよく目を凝らせば、これが緯絣になっている。

背中心で横の白い絣を合わせると、こんな形に仕上がる。この大島の青は、青鈍(あおにび)と称される深い色で、それも横段にグラデーションを付けている。かなり強い色合いだが、帯のアップルグリーンは二つとないほどインパクトのある色なので、キモノの色が優しすぎると帯色に負けてしまって、着姿が決まらない。だから、このくらい主張のある色で良い。

大島の伝統工芸品認定の基準・告示によれば、絣を使わない限り「本場大島」と名乗ることは出来ない。だがこの品物には、しっかりと伝統工芸品の証・伝産マークが貼り付けられているので、要件は満たしていることになる。なお地球印の奄美産大島は、絣柄以外の縞や格子柄でも、全て手機を使って織られている。それではこの大島とスミレ染帯を合わせると、どのような雰囲気になるのか。試すことにしよう。

 

想像した通り、ダークブルーとアップルグリーンの組み合わせは、どちらの色も負けることなく主張し、互いを引き立てているように思える。紬の青に深みがあるからこそ、鮮やかな帯の青林檎色が浮き立つ。そして可愛いスミレデザインは、装いに春らしさを呼び込むはずだ。

バランスの良い着姿にするためには、キモノと帯双方の地色の相性だけでなく、模様の配置や図案の切り取り方、そして挿し色の映り方など、多面的な見方をしないと納得の行く結論は得られない。カジュアルモノのコーディネートは、何をどのように選択しようと全く構わないのだが、自分なりに何を基準とするか、「選択するベース」を持っていると、自分らしい着姿に辿り着きやすくなる。特に今回のような、あまり使うことが無い色の品物に遭遇した時には、そうしたコーデの力も必要となる。

白抜きした地に描かれたスミレ図案は、前姿になると、予想以上にインパクトがある。ワンポイントのお太鼓帯の威力は、こうした装いで発揮される。横に並んだ白い点のような絣が、キモノのアクセントになっていて、もしこれが無かったら、この大島はかなり平板で単調なものになるだろう。

小物は、やはりすみれ色を基本に考えてみた。帯揚げは淡く、帯〆はビビッドに。帯〆の色が弱いと、地色の青林檎色が抑えきれなくなって、着姿が決まらなくなりそう。帯のモチーフ・スミレ色の濃淡を使うことで、装いにテーマを持たせてみた。きっとこれで、グッと春に近くなるはず。(雪華絞帯揚げ・藤井絞 冠帯〆・今河織物)

 

今日は旬の野花・スミレをモチーフとし、地色に目立ちすぎるアップルグリーンを使った染帯をテーマに、春らしい装いを考えてみた。実はこの四ツ井健さんの帯、仕入れてからもう4年ほど経つ品物で、これまでなかなか見初めて頂く方が現れなかった。私自身も、この鮮やか過ぎる青林檎色には、どのようなキモノを合わせれば良いのか、答えを見つけられないままでいた。

本文中にも書いたが、淡い色だと帯だけが浮いてしまい、濃い色だと双方がぶつかりあってしまう。モチーフがスミレなので、春らしい着姿にしたいのだが、それに相応しい小紋や紬を選び取ることが難しかったのである。だがいつまでもこの状態では駄目だと思い、一念発起して、店の棚にあるカジュアルモノを片っ端から引っ張り出してコーデを試みたところ、今日ご紹介した青鈍色の大島を、ベストマッチとする結論に至った。

 

この大島も、それほど新しい品物では無い。だから単純に、今までこの組み合わせの良さに気づかなかっただけである。おそらくそれは、私に「暗い地色のキモノと鮮やかすぎる色の帯は合わない」という先入観があったから。そしてそもそも、淡い地色好きの私の店の棚には、深い色のキモノが少ないという前提もあった。

かように、何年この仕事を続けていても、自分が納得出来るコーディネートを提案することは難しい。改めて、そのことを思い知らされた。そして今月の上旬、試しにこの組み合わせで店の飾り棚に置いたところ、数日のうちに染帯を求める方が現れた。呉服の商いというのは、何とも不思議で、今はキツネにつままれたような気分になっている。あとがきが長くなったが、最後にもう一度、今日ご紹介した品物をご覧頂こう。

 

考えてみれば、これから春の主役となる花は、目線を上にして見上げる花ばかり。梅は今が盛りで、月が替われば誰もが桜を待ち焦がれ、枝を見上げては蕾が膨らみだす姿を追います。そして桜が終われば、牡丹や藤、そして薔薇が人々の目を楽しませ、季節は春から初夏へと向かいます。

その中で、目線の下の野の花たちも懸命に春の息吹を伝えようと、花を咲かせます。その姿には、誰が見ていようといまいと構わないと言うような、健気な意地のようなものを感じます。私はこうした目立たない花がとても好きですが、それは人の評価に捉われず、自分らしくありたいということの裏返しかと思います。考えてみれば、冒頭の漱石の句と一緒ですね。明治の文豪と令和の駄文屋、全く比較にはなりませんが、もしかしたら底に流れているものは、近いかも知れません。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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