バイク呉服屋の忙しい日々

現代呉服屋事情

自分らしく、街着を着こなす  若い方の誂えに、どう寄り添うのか

2025.11 07

呉服屋の主人なんだから、店に座っている時にはキモノを着ていなければとか、茶道など和の嗜み事の一つくらいは出来なければ、と言う人がいる。確かに至極真っ当なお話で、それは呉服屋を経営する者として「あるべき姿の典型」なのだろう。まず呉服屋自身が、自分が商いの道具とするキモノを着なければ話にならず、着もしない人が、お客様にキモノのことをあれこれ話をしても説得力がない。まあ、それはそうかも知れないと思うが、単純に着ていればよろしいというのも短絡的だし、和装に関わる芸事を嗜むことが正しい呉服屋の条件になるとも思えない。

私なんぞは、「いかにも呉服屋でござい」というのがとても嫌で、「これみよがしの姿」になるのは後免被りたいと常々思っている。おそらく、世の中の人が持つ呉服屋のイメージは、浮世離れした特別な商いで、その店構えからも簡単には入ることが出来ず、少し閉ざされた世界に見えているはず。そこに重ねて畏まった主人の姿が見えてしまえば、それはもう後ずさりするしかない。聞きたいことや知りたいことがあっても、そして求めたい品物や直したい品物があっても、ドアを開ける勇気はとても持てない。

 

今やネットやSNSを使い、店の情報を流すことは当たり前で、それなしに商いは出来ない。呉服屋とてそれは同じで、各々が趣向を凝らしながら情報発信を試みている。バイク呉服屋のささやかなブログも、その一つである。オンラインショップを開き、その場で品物を購入できるようなシステムを取り入れている店も多くなり、それでなくとも扱う品物をHP上で紹介しながら、なんとか商いに繋げようとする姿勢が垣間見える。

ネット環境が整備される以前は、消費者が呉服屋の棚にある品物を見ることは、かなりハードルが高かったが、今や見放題で、自分の気に入った品物を探すことも容易になった。しかもそれは呉服屋の品物だけに限定されず、ネット内には、無限に広がるオークションサイトやリサイクルショップからの出品物が山ほどあり、それとの比較検討も容易になった。つまりモノ選びの主導権は、完全に消費者に移ったのである。

 

消費者が自分が買いたい品物を、自由に買える良い時代になったのだが、誂えが終わっているリサイクル品は別にして、新しい品物を自分で見極め、自分の寸法に誂えて購入するということを、ネット内で完結するとなると、これはかなり難しいのではないか。そもそもネット上の画像だけでは、実際の色や模様を正確に伝えることは難しく、ましてキモノ地や帯地の風合いなど判るべくもない。こればかりは、品物の実際を自分の手で触れて、自分の目で確かめる以外に方策はない。

そこで重要になってくるのが、店舗の存在なのである。こんなネット全盛の時代になっていても、品物の難しい性格上、呉服屋とお客様は直接向き合う必要がある。ましてキモノや帯は、そのまま使えず、装う方の寸法に合わせて誂える品物。これはリアル店舗で会話を交わしながらでなければ、かなり難しい。つまりこと呉服に関しては、こんな時代になっても、なかなか画面の中だけでは、買い物が完結しないのである。

となると問われるのが、消費者を迎え入れる立場にある店側の姿勢。折角ネットで広がった間口を、これまでのように「敷居が高く、とても入り難い雰囲気」で狭めてしまうことは、どうしても避けたい。だからこそ、「呉服屋はこうでなければ」という凝り固まった決めつけは、取り払わなければならないのだ。それが出来なければ、この先新しい和装の探究者と出会うことは難しく、ひいては店の衰退へと繋がりかねない。

 

そんなことで前置きが長くなったが、今日は和装の入り口に立った若い方が、自分らしい街着を誂えようとしたとき、バイク呉服屋はどのようにお客様に応対し、品物選びの手助けをしたのかをお話する。ネット時代のキモノ初心者に対し、店側がいかなる応対をすべきか、そのことも含めて書いてみよう。

 

(すみれ色地 横段小花模様小紋・クリーム色地 笹蔓文様名古屋帯)

今回キモノ誂えをした方は、まだ二十歳代の若いお嬢さん。この方のお母さんが自分の振袖の手直し先を探していた時に、このブログに目が留まったことで、バイク呉服屋との縁が生まれた。市内に在住されているが、他県から引っ越されてきた方なので、これまでに関りは無い。いわば新しきお客様である。この時持参された振袖は、モダンな唐花文をあしらった上質な友禅の品物で、帯も小物もそれに伴って、きちんとコーディネートされたものだった。なので娘さんが受け継ぐとしても、品物自体は何も変える必要がなく、丸洗いと一部の寸法直しだけで仕事が完了した。

手直しした振袖を渡す時、お母さんと一緒に店にやってきた娘さんに、この品物の素晴らしさを存分に説明した。模様の意味やあしらわれている友禅の仕事、さらに帯や小物が振袖に準じて優れた質を持つことなど。長い間大切に保管されてきた振袖は、受け継がれるその日を待っていたはず。だから品物の質だけでなく、お嬢さんへとバトンを渡すお母さんの気持ちにも思いを寄せて欲しかった。

そして着用後、品物の汚れを確認するために来店された娘さんは、晴れ晴れとした表情で、受け継いだ振袖を装えたことの満足感を漂わせていた。「キモノを着ると、自然に背筋が伸びる。この特別な感じは今まで経験したことが無い」と言う。「出来る限り何度も振袖は使いたいが、さりとて着用の機会は限られるので、次は自由に使えるカジュアル着を試してみたい」とも話される。私は彼女がキモノの良さを我が物として実感されたことが、とても嬉しかった。今回この振袖は、成人式に出席するために手を入れた訳ではない。事実この娘さんは、式典には出ていない。振袖が持つ本当の意味を弁えたからこそ、衣装の素晴らしさ、キモノの良さが感じ取れたと私には思えた。

 

今回初めて誂えた本格的な袷のキモノと帯 (小紋・千切屋 帯・みやこ織物)

そんなことがあってから数か月が経った夏前のある日、この娘さんが一人で店にやってきた。聞けば、気軽に着られる夏のキモノが欲しいのだと言う。「今度はカジュアル着を試したい」というのは、本気だったのだ。お母さんは同伴せず、「あなたが自分の意思で、着たいモノを自由に選んできなさい」と言われたそうな。

こうした時には、お母さんが付いてきて、娘と一緒に品物選びをするのが常だが、互いが自立した親子の間では、自分が着るモノを自分で選ぶのが当たり前なのであろう。実は、このお母さんも娘さんも趣味は「バイク乗り」で、特に娘さんの方は、排気量が400cc以上もある大型バイクを操る免許を取得している、筋金入りの女性ライダー。バイク旅を愛するのは、やはり孤高の人。バイク呉服屋には、それが良く判る。もしかしたらそんなことが、自立した親子関係に少なからず影響を与えているのだろうか。

 

話は逸れてしまったが、夏キモノとしてこの時選んだのが、アイスコットン生地の大きな格子模様。地色は白で格子を形成する縞に、ピンクや黄色を使っている。全体としては、淡く優しい雰囲気のするキモノである。彼女はすらりと背が高く、しかも細身で恰好良い。そしてとても大型バイクを乗りこなすようには見えず、おとなしい印象を受ける。だから、パステル色のキモノが良く似合う。

夏モノといっても、「浴衣」ではなく「街着になるキモノ」が着たい。とはいえ、やはり汚れを気にせず自由に着回すことを考えれば、自分で手入れが出来る素材を提案すべきだろう。そうしたことを勘案して、綿麻素材のアイスコットンをお勧めしたが、材質や柄行きもすっかり気に入って頂き、初めてのカジュアル誂えとなった。なお帯は茜色の木綿首里織半幅帯を使い、気軽に装えることを優先したコーディネートになった。

 

菊・橘・撫子・楓の小花と蝶を横段に並べ、等間隔で模様付けした小紋。少し地の空いた飛び柄小紋だが、このように、均等な図案が整然と並ぶ意匠は珍しい。地色は柔らかみのある菫(すみれ)色で、この色だけをみると少し地味な印象を受けるが、小花と蝶の挿し色が多彩に可愛く仕上がっているので、若い方の街着として十分に使える小紋。

アイスコットンを誂えた翌秋のある日、若いお客様は再び来店され、今度は本格的なカジュアルキモノを作りたいと話される。まず浴衣を着てみて、次に綿麻か小千谷縮のような麻素材で、キモノデビューを果たす。案外夏モノが基点になって、和装に目覚めるという方が多い。そして気軽な夏キモノでのお出かけにも慣れると、きちんとした絹モノで、秋冬用の支度をしたいと考えるようになる。ここで初めて、本当の誂えに向き合うのである。

 

さてそこで、初めて誂えるカジュアル着を何にするかだが、基本的には織物系の紬か染物系の小紋の二択になる。最初の一枚なので、あまり値が張らずに気軽に装えるモノが良いが、やはり品物を提示する際には、仕事の質や柄行きの面白さを勘案しなければならない。そして帯や小物まで合わせたコーディネートを幾通りか提案し、お客様が品物を選びやすくなるように心がける。

店舗に出向いて品物を選ぶ利点は、実際の色や模様配置、素材の風合いを、見て触って実感できること。そして時にはそれを体にまとわせて、着姿を確認することも出来る。そしてどのような色目、またどのような図案を好むかを店の者に伝えれば、それに準じた品物が出してもらえる。そんな時、商いに長けた店主ならば、会話の中からお客様の好みを探り、棚の中から相応の品物を選ぶことが出来るはず。ここで求めに応じたタイムリーな品物を目の前に広げられるか否かで、商いの成否が決まる。

菫色の中に並ぶ、小さな花と蝶々。模様にさりげない可愛さがあり、街着の楽しさも感じられる。小紋の良さを生かした意匠とも言えるだろう。

このお客様が希望したのは、小さい模様が全体に散らされているような、上品で優しいキモノ。大胆な大格子模様の夏のアイスコットンとは対照的に、楚々とした大人しい着姿を作りたい。そんなことから「無地場の多い飛び柄」を希望されたのだ。そこでバイク呉服屋が提示したのは、この小紋と薄桜色の十日町の小花絣である。

この二点どちらも、小花をモチーフにしているが、絣の方が模様は目立たず無地場が多い。どちらも気に入って頂いたのだが、横並び図案の斬新さと地色の菫色が目を引いたこともあって、この小紋を誂えることに決めて頂いた。生地が垂れる「柔らかモノ」に手を通して見たかったというのも、決め手になったようだ。

八掛は、小紋の蝶にあしらわれている控えめな黄色・ミモザ色を使うことにした。このような趣味的な小紋では、八掛の色をキモノ地色と共色あるいは同系色にしないで、模様の中の挿し色を一つ選んで付けることが多い。八掛の色は、袖口と裾がひるがえった時に覗くだけだが、そこにセンスの良い色がチラリと見えると、装いのポイントが上がる。この小紋の場合、小花に様々な色が挿してあったので、何を使うのか迷うところだが、菫地色との相性も考えてこの色になった。こうした八掛選びも、お客様と店の者が相談しながら決めていく。これも誂えの小さな楽しみと言えようか。

 

帯文様は、名物裂図案として良く知られている笹蔓(ささつる)文。帯にもキモノにもよくあしらわれる、いわばポピュラーな文様。地は柔らかいクリーム色で、模様は割合大きく、蔓文だけに図案に動きがある。

装う方が、着付にそれほど慣れていないとなれば、帯はやはり扱いやすさを求めたい。なのでやはり、前とお太鼓だけに模様がある太鼓柄よりも、模様が途切れず通っている六通柄を勧めることになる。そして塩瀬など垂れる生地を使う染帯よりも、織で柄を出している織名古屋の方が、締めやすい。キモノビギナーの方は、合わせる帯地色や模様以外に、帯の模様位置や生地質にも目を向けることが必要かと思う。

オーソドックスな笹蔓文の帯は、この小紋だけでなく、これから先に誂えていく他のキモノにも合わせやすい。地色がクリーム地であることも、使いやすさの一因になる。キモノが初めての誂えなら、帯も初めて。なので将来を見据えて、飽きずに長く使えそうな品物を選ぶことが大切ではないだろうか。

帯〆は少しアクセントを付けるために、橙と黄色の横段シマシマ柄(鎧模様)を勧めてみた。キモノと帯双方におとなしい印象が残るので、少し小物で遊び心を出してみる。カジュアル着ならではの小物使いだが、ここは最も装う人の個性が発揮されるところ。帯揚げは、淡い色の三角鱗切り込みが入る使いやすい暈し柄(綾竹鎧組帯〆・龍工房 暈し帯揚げ・加藤萬)

 

キモノ選びから、帯合わせ、そして小物や八掛の色選びまで、ゆっくり1時間以上をかけて、あれこれと迷いながらも、初めてのカジュアル着誂えを終えることが出来た。もちろん私もアドバイスはしたが、これは若いお客様が着姿を想像しながら、自分で一つ一つ選んだものだ。こうして店主と向き合い、迷いながら誂えを考えて一つの形にしたことを、彼女は記憶の中に残してくれるだろう。これこそが、店を構えて呉服屋を商う「居商い」のだいご味である。

「自分らしく、街着を着こなす」というお客様の目的に、いかに寄り添って、品物選びの手助けをするか。今回の仕事はこれが最大のテーマだが、品物を求めて頂く時には常に、まず装う方の希望を聞いてから、それに相応しい品物を提案していくという順序は変わらない。つまり最も大切なのは「話す」ということになる。ここに対面でなければ出来ない「呉服商いの原点」があるのだ。

話がまた長くなってしまったが、最後に誂え終えた品物をご覧に入れながら、今回の稿を終えることにしたい。

 

どんな恰好で店に座っていようが、余暇に何をしていようが、それがお客様の求める品物をきちんと提案できたり、手直しの相談に適切な答えを出すことと、何の関りも無いでしょう。果たして「呉服屋のあるべき姿」が、一体どのような意味を持つのでしょうか。私はそもそも、「何々らしさ」というのが好きではありません。

問題は「見てくれ」ではなく、あくまでも中身。呉服屋の主として、これまで積み重ねた仕事の経験に基づいて、どれだけお客様に寄り添い、話が出来るのか。この一点に尽きるように思います。今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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