真冬のような凍える日が続いたかと思うと、コートが邪魔になるくらい暖かな日差しに包まれる日もある。冬から春へと渡る3月は、まるで螺旋階段を上がるように、ゆっくりと季節が動いていく。北国では特に、一歩進んで二歩下がるような感じで、なかなか冬から解放されない。今年は例年より雪が多かったので、いつも以上に春が待ちどおしく思えるだろう。
良くしたもので、毎年春分を過ぎると一気に気温が上がる。今年も先週末から20℃を越える日が続いて、一気に桜の花がほころんだ。東京では今週末に満開を迎えると予想されており、上野を始めとした各地の桜の名所では、花見客で賑わいそうだ。そして今年は、急速に増加している訪日客が、例年の混雑に輪をかけるのではないだろうか。
さてさて、桜の開花を待ち望んでいるのは人間ばかりではない。花の蜜が大好物の春の鳥たちも、今か今かと桜の花が咲くのを待っている。花に集まる鳥は、メジロ、ヒヨドリ、コケラ、シジュウカラ。中でも、美しい緑の羽を持つメジロが、ピンクの桜花をついばんでいる姿を見ると、何とも微笑ましくなる。メジロは、桜とともに春を演出する名優である。
鳥たちの目的は、もちろん桜の花の甘い蜜を吸うこと。メジロやヒヨドリには、先端が枝分かれした長い舌があるので、花弁の奥にある蜜には簡単に舌が届く。この構造があるので、桜だけでなく、いろんな花の中に舞い降りて蜜を吸う。山茶花や椿、ビワの花が大好物。そして蜜を舐めさせてもらう代わりに、花粉を運ぶ役割を担う。
けれども、メジロのように、舌の先に蜜をしみこませて吸い上げることの出来ない鳥もいる。その代表がスズメ。だが、スズメだって甘い桜の蜜を吸いたいのだ。では、どうするのかと言えば、花の中からではなく、外から蜜にアプローチする。それは、花の外側にあるガクを噛み、花弁をちぎって蜜を舐めるという強引なやり方。だから、スズメが舐めた桜の花は、どうしても枝から落とされてしまう。しかもスズメは、蜜は舐めても花粉を運ぶことは無い。このような鳥の行為を「盗蜜」と呼ぶそうだが、盗人ならぬ盗鳥扱いされるスズメが、何となく可哀そうな気もする。
ということで、春を演出するには欠かせない鳥たちがいるが、キモノの文様においても、装いを演出出来る鳥の姿がある。今日はその中でも、正倉院文様にあしらわれる吉祥な鳥・花喰鳥をモチーフにしたキモノを使って、春らしいフォーマルな装いを考えることにしたい。優しく明るく上品な姿をテーマに、コーディネートを試みてみよう。
(薄鴇色 花喰鳥正倉院模様・付下げ 虹色 立湧葡萄文様・袋帯)
文様のモチーフとして描かれる鳥は様々だが、奈良期までの外来文様と平安以降の和文様とで、大まかに分類することが出来る。正倉院の収蔵品に登場する鳥たちの中には、実在しない空想的な鳥が数多く描かれているが、それと同時に図案の中心となった鳥は、鸚鵡や鴛鴦、孔雀などの色鮮やかな外来種であった。それが平安以降になると、日本人にとって馴染みのある鳥たちが文様の中にあしらわれる。雀や千鳥、鶯や蜻蛉など、どちらかと言えば小さな鳥が主流。つまりこれは、日常の中で身近な存在を題材にしているということになる。空想的な天平文と実在的な和文とでは、モチーフに対する捉え方も実に対照的である。
とはいえ、天平の鳥文と和の鳥文が全く関りが無いということは無い。正倉院の鳥がアレンジされ、和の鳥に転じた例は幾つもある。例えば孔雀や雉は、中国では古くから瑞鳥として認識されていたが、キモノの吉祥文様として流行したのは江戸期からである。これと同様なのが鴛鴦で、常に雄雌の番いでいるこの鳥は、夫婦和合の象徴として、小袖や能衣装に意匠化された。
そんな中で面白い経緯を辿った鳥の文様が、尾長鳥文である。この鳥は、長い尾を持つ色鮮やかな姿で描かれているが、特定の鳥をモチーフにしている訳ではない。これは、「吉祥な鳥の理想形」として作られたもので、その姿かたちの美しさから吉祥的なモチーフと位置付けられた。
この鳥の先例となった姿を、正倉院時代の花喰鳥文に見ることが出来る。この鳥は尾を長く引く「サンジャク」をモチーフにしており、リボン的な綬帯(菩薩の体に付ける帯状の装身具)を咥えた姿で描かれることが多い。この鳥を使った文様は、中国六朝時代(3~6世紀頃)から見られるようになるが、唐の時代になると、霊鳥として認識されていた鳳凰と共にあしらわれるようになり、それが広く吉祥文として使われるようになったのである。
この鳥の文様は別名・含綬鳥(かんじゅちょう)文とも呼ばれており、唐から奈良へと伝わり、その姿は数々の正倉院収蔵品の中に見ることが出来る。今日取り上げるキモノは、そんな天平の美しい鳥の姿をモチーフにした、春に相応しい優しい雰囲気を持つ品物である。ではこれから具体的に、その意匠を紹介していくことにしよう。
(一越 薄鴇色 花喰鳥に唐花 正倉院模様付下げ・松寿苑)
地色の鴇(とき)色は、桜色に微かな紫を含ませた優しい気配のピンク。鴇とは、「ニッポニア・ニッポン(日本を象徴する鳥)」と呼ばれた鳥・朱鷺のことで、その羽根の色に近いこのピンクに、鴇色の名前が付いた。この付下げの地色は、本来の色よりも少し薄いことから、薄鴇色とした。
この品物は、京都の松寿苑から仕入れたものだが、最初に見た時には、これとは別の地色が付いていた。もう前のことなので、それが何色だったか忘れてしまったが、私はこの図案に相応しい色はピンク系以外に無いと思った。楽し気に唐花の周りを飛び回る鳥たちの姿は、やはり春を連想させる。そこで選んだのが、淡さの残るこの鴇色だった。このように、「同じ図案を別色で染めて納品してくれ」という店側のワガママに答えてくれるのが、専門店の正しい取引先である。こうした地色一つにしても、主人のセンスが問われる。だからこそ、常に品物を見る力は鍛えておかなければならない。
着姿の中心である、上前衽と身頃を繋いだところ。唐花の間を自由に飛び回る花喰鳥と蝶。模様の中心にあるのは、羊歯のような葉を持つ枝と小さな唐花だが、図案はそれほど大きくなく、地の空きが目立つ。それは、花喰鳥や蝶が舞うスペースを十分考えてのこと。こうした図案で植物の方が強調されてしまうと鳥姿が埋没してしまい、動きのある意匠にはならない。その点、この付下げはよく考えられている。
挿し色は、唐花が紫と赤茶、葉が緑と若草色の濃淡、花喰鳥の羽が青で蝶が金茶。各々強い色ではないが、地色の鴇色が優しいので、一つ一つのモチーフが浮き立つように見えている。鳥や蝶の姿は決して大きくないが、模様の中での存在感がある。
このような唐花に飛来する花喰鳥を描いた図案は、正倉院の中倉に収納されている紫壇木画箱や北倉収蔵の紅と緑の物差し・撥鏤(ばちる)尺、あるいは南倉に収められている琵琶の背面・紫壇木画槽など、数多く見られる。いずれのデザインでも、飛ぶ鳥と唐花には美しい彩が施されており、そこに各々のモチーフに宿る生命力が伺える。それは、天平という時代に生きた人々の優れた感性が、こうした文様に凝縮されていると言っても良かろう。
この付下げの花喰鳥は、天平の尾長鳥・サンジャク。中国やヒマラヤの2000m級高地に生息する鳥で、羽の長さは70cmほど。この鳥の他に正倉院の収蔵品で見られるのは、冠を付けた頭が特徴的なヤツガシラや鴛鴦。元々は口に紐を加えていた含綬鳥だが、花喰鳥として描かれる時には、こうして紐の無い姿のものも多くなった。
花芯と花弁を金駒繍とまつい繍で、そして蕊を金箔であしらった唐花。空想の花・唐花の特徴は丸みを帯びた花が幾重にも重なってデザイン化されているところ。花弁の数は、8弁あるいは16弁と4の倍数であることが多い。きちんと作られた友禅らしく、模様の輪郭には糊糸目だけではなく、刺繍や箔置きを併用して意匠化している。
それでは、春らしい花喰鳥の姿をより印象付け、この季節に相応しい「たおやかな装い」とするには、どのような帯を合わせれば良いのか、考えることにしよう。
(白地 虹色 立湧葡萄唐草文 袋帯・龍村美術織物)
白地だが、模様の色が光のあたり方によって変化し、虹のような映り方をしている。模様の色糸に撚金糸か平金糸を織り込ませると、こうして光を放つ帯姿となって現れる。赤、ピンク、黄色、若草、紫、青、茶。その時々で変化する唐草の色こそが、この帯の大きな特徴。輝きにこだわる、いかにも龍村らしい品物。
こうして近接して写すと、色の変化がよく判る。「虹のような輝き」というのが、実感出来ると思う。図案はご覧の通り「葡萄唐草文」で、天平を代表する文様。蔓を独特の形に丸めて図案化したこの文様は、ペルシャや東ローマなどオリエントやヨーロッパの模様様式を基とし、それがシルクロードを通じて伝来する過程でアレンジされ、奈良・平城京へとたどり着いた。正倉院・南倉に収蔵されている几褥(きじょく・大仏への献納品を載せた机の敷物)を始め、多くの収蔵品に、この文様があしらわれている。
葡萄唐草文は、勢いよく伸びる茎や、力強く渦巻く蔓に大きな特徴があり、それは天平という時代が持つ、ある種の「躍動感」を象徴する文様と言えるだろう。この龍村の帯にも、それが十分に感じられ、そこに虹色の輝きが相まって、他には見られない華やかな雰囲気を醸し出している。
お太鼓の形にすると、縦横無尽に伸びる蔓が、一定の文様形式を伴って現れてくる。この帯は六通なので、少し模様をずらして締めることが出来る。唐草の文様はその都度変化し、多彩な模様姿となって現れる。しかもそこには色の変化も加わるので、まさに千変万化の帯姿となる。では、これを花喰鳥付下げに合わせると、どうなるのか。どちらも「正倉院的な天平文」なので、雰囲気を違えることは無いと思うが。
自由に飛び回るキモノの花喰鳥と、自由に蔓を伸ばす帯の葡萄唐草。そして優しいキモノの鴇色と、帯の虹色。模様も色目も、キモノと帯双方の個性を生かしながら、たおやかさを存分に着姿で表現している。春に相応しい、明るい光に満ちたコーディネートかと思う。
前姿になると、より天平的な雰囲気が前に出てくる。唐草がリンクしているので、モダンで自由闊達な姿になる。この辺りが外来文同士のコーディネートの特徴で、和文とは全く異なる印象を見る者にも残す。
帯〆と帯揚げは、あえて淡い色を選んで、着姿の中に埋没させてみた。もちろん、しっかりした色を使って、全体を引き締める手もある。けれども、キモノと帯に共通するたおやかさをそのまま装いの印象に残すには、同じ雰囲気の小物を使う方が良いように思える。これはどちらが良い悪いではなく、装う方の考え方にも依るだろう。 (畝打組帯〆・渡敬 唐草地紋暈し帯揚げ・加藤萬)
今日は春の装いに相応しい「たおやかさ」をテーマに、正倉院文様を組み合わせて着姿を整えてみた。花の周りを自由に飛び回る花喰鳥や蝶たちには、春の息吹が感じられる。こうして、新しい季節の始まりに合わせて、装いを工夫することが出来るのも、和装の楽しみの一つ。皆様もそれぞれ自分のテーマに沿った彩を、春の装いの中で表現して頂きたいものだ。
最後に、今日ご紹介した品物をもう一度ご覧頂くと同時に、誂え終えた姿もご紹介して、今回の稿を終えることにしたい。
「飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで、廻って廻って廻って廻るぅ~」と、何度も同じ歌詞をリフレインするのが、円弘志が歌った「夢想花(むそうばな)」。バイク呉服屋が学生の頃に流行った歌なので、若い方はご存じないと思いますが、おそらく同世代の方には、この繰り返しが記憶に残っているのではないでしょうか。確か当時、JALのCMにも使われていましたっけ。
この原稿を書いている時、花喰鳥が唐花の間を飛び回る姿から、この歌が頭を駆け巡りました。天平の花や鳥はまさに空想の姿・夢想花に夢想鳥です。歌の出だしは、「忘れてしまいたいことが~、今の私には多すぎるぅ~」でしたっけ。ちょっと大声で歌いたくなってきたので、これからひとりカラオケをして帰ります。
今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。