バイク呉服屋の忙しい日々

職人の仕事場から

巧みな接ぎで、品物をリニューアルする(前編) 付下げから道中着へ

2025.03 04

箪笥に遺されたキモノや帯を、どうするのか。昨今では、和装と縁遠くなっている方がほとんどなので、悩まれている家庭も多いだろう。品物の行きつく先は様々に考えられるが、全く不要となれば、キモノ買い取りを行う店や、リサイクルショップに依頼して引き取ってもらうか、自分でネットのオークションサイトへ出品して、買い手を探すという方法を採るのが、近ごろの傾向である。

和装が、フォーマルの場の装いとして必要と認識されていた時代には、親や兄弟が亡くなった後には、「形見分け」として近親者で箪笥の品物を丁寧に分けたものだが、今はそんな話もすっかり少なくなった。縁続きの者でも、「もらっても困る」というのは、それだけ今の社会でキモノが日常から乖離した証である。だから、買い手を探すことも面倒という人は、NPO法人や市民団体へ寄付したり、中には思い切ってゴミとして処理することもある。とは言え、キモノや帯に対しては、高価な品物という意識と同時に、家族が人生の節目に着用した品物と言う「特別な思い」があるので、なかなか簡単には捨て切れない。だからこそ遺されると、かなり厄介なシロモノなのである。

 

ただ、そんな世の中の趨勢にあって、品物を大切に受け継ごうと考える方も少なくない。それは、和の装いとしてキモノや帯を引き継ぐばかりではなく、洋装へとリメイクされる場合もある。昨今では和装を念頭に置かない方が増え、その人が品物を有効利用しようとすれば、布と考えてリニューアルするより他にはない。

そこで品物は、まず解き洗張りを施して一反の布に戻した後、様々な洋服やバック、小物類へと作り直され、新たな装いの姿となって使われることになる。黒留袖や訪問着はワンピースやドレスになり、小紋などはブラウス、パンツ、チェニックなどに生まれ変わる。フォーマルからカジュアルまで、柄行きや色を尊重しながら、その用途によって様々に作り直される。中高年向けの女性雑誌では定期的にリメイク記事が掲載され、ネットではリメイクを請け負うショップが軒を並べている。こういうところから考えても、和装から洋装へのリメイクは、一定の需要・支持があると見て良さそうである。

 

しかし、呉服屋が請け負うリメイクは、あくまで和装の中での仕事。品物の状態を見ながら、新たな装い手がきちんと品物を着用することが出来るように、手を入れる。キモノはキモノとして、帯は帯として使う。洋装へのリメイクを否定する訳ではないが、やはり品物に同じ道を歩ませることが、常道と言えるだろう。

そこで今日は、「何としてでも装いの中で品物を生かしたい」という方の依頼による、「特別な思いがこめられたリメイク」をご紹介することにしよう。これは、通常では誂え直すことが難しい品物を、和裁士の工夫により蘇らせることが出来た仕事。どんな工程を踏んでいるのか、これからお話することにしたい。

 

付下げから道中着へと、和裁士の手で誂え直された品物。

先ほどキモノはキモノとして、帯は帯として受け継ぐことが常道だと書いたが、必ずしもそうなるとは限らない。それは、寸法というものがあるからだ。特にキモノの場合は、身丈と袖丈、そして裄の長さには、出すことのできる限界がある。そしてそれは、元の反物幅によることと、最初に誂えた時に入れた縫込みの長さによって生じる。つまり、直すことのできる範囲と言うのは、品物各々によって千差万別なのである。

だから例えば、身長が150cmの母親のキモノを、身長165cmの娘が引き継ごうとする場合には、最低でも2寸5分(9cmほど)程度の縫込み(中上げ)が入っていないと、着用出来る寸法に仕上がらない。また裄の寸法も、昔の反物幅は狭く、せいぜい1尺7寸5分程度が大きさの限界になっているものも見受けられるが、これだと1尺8寸以上もある現代人の裄丈には、間に合わない。このような、寸法が原因になって受け継ぐことが叶わない事例は、決して珍しくない。

 

本来ならば、キモノがキモノにならないと判った時点で、使うことを諦めてしまうことになるのだが、和装を嗜みとしている方たちは、何とか生地を生かして装う方法はないかと考える。つまりそれはキモノとしてではなく、コートや羽織、あるいは帯や襦袢地のような、他のアイテムに作り替えて使うこと。これは、品物への思い入れが深ければ深いほど、そうした工夫への余地の有無を考えることになる。

つまりそれは、生地そのものへの愛着と言い換えても良いかもしれない。母が着ていた時、その品物の色や模様を鮮明に覚えている。その記憶があるからこそ、たとえ形は変わろうとも、同じ品物を大切に装いたいと思うのである。そして幸いなことに、直線裁ちを基本とする和装アイテムは、その希望を誂えの工夫によって何とか叶えることができる余地を残している。

今回この稿でご紹介するのは、「生地に接ぎを入れる」ことによって、リニューアルが可能となった品物二点。今日はまず前編として、付下げから道中着に生まれ変わった事例を取り上げることにしよう。

 

スワトウ刺繍であしらわれた鏡文様が、道中着の立衿と前身頃の裾上に付いている。これは付下げの時に、最も目立つ模様のポイントとして上前おくみと身頃に置かれていた柄。裾に入る道中着の暈しも、キモノの裾暈しをそのまま生かして、誂え直している。模様の位置取りは、袖、胸、身頃の各箇所共に変えていないので、道中着になっても、品物の雰囲気は付下げの時とほとんど変わらない。

依頼されたお客様が、この付下げを道中着に誂え直そうとした理由の一つは、このキモノが小さくて、ご自身の寸法に近づけて直すことが出来なかったこと。けれども、たとえ上手く誂えられたとしても、付下げとして着用する機会はほぼ無いと言う。そこで品物を継いで生かすために、キモノ以外のアイテムに替えることを考えたのである。

そして思いつかれたのが、道中着。あまりくだけ過ぎず、さりとて仰々しさもそれほど感じさせない。少しよそ行き用のコートなら、装いの機会も多いし、それに見合う品物も現在持っていない。だから、この付下げの雰囲気を変えないで、道中着に上手く誂えることが出来れば、それがベストの選択になるはず。そう考えて、バイク呉服屋に「何とかならないか」と相談されたのだった。

道中着に替える時、問題になったのは付下げに付いている模様。これをどこに置くかで、誂えの仕事なりが変わってくる。お客さまとの相談で、裾の下部に付けることになり、その際図案が中途半端に切れないよう注意することも承った。なのでご覧の通り、立衿と身頃の図案は丸い鏡の形をそのまま生かし、裾の最下部に置いてある。

なおこの道中着の衿型は、幅を変えないバチ衿のキモノ棒衿で、立衿がキモノの衽巾と同じ4寸になっている。衿形状を見ても、キモノの雰囲気をそのまま受け継ぐコートになっている。ただ言葉で言えば簡単だが、こうした誂え姿にするのは、和裁士の工夫が相当に必要となる。

 

最も問題になるのは、付下げの模様を道中着の裾にきちんと納めること。考えてみれば、この付下げの身丈寸法は4尺1寸で、道中着の丈は3尺1寸の設定。キモノとして着用することを前提としてあしらわれていた模様だけに、その位置をそのままにしていては道中着に使えない。もっとも、キモノと道中着の寸法差が1尺(37cmほど)もあるので、そもそも無理がある。

そこで工夫しなければならないのは、裾を裁ち切る位置である。画像で左側に一つある立衿の鏡模様は、キモノの衽に付いていた図案をそのまま使っているが、この裾位置に上手く置くためには、以前の衽布をこれに見合う寸法で裁つ必要がある。もし切る位置を間違ってしまうと、全体の誂え計画が狂ってしまうので、慎重な見極めが必要になる。そして隣に付いている二つ重ねの鏡模様は、キモノの前身頃の図案を移したものだが、これも衽柄同様に、道中着寸法に従って裁ち切られたもの。画像では、この二つの鏡模様は裾暈しによって「柄合わせ」をしたようになっており、より付下げの雰囲気が踏襲されていることが判る。

幾つもの条件に見合う裁ち切りの位置は多くなく、それを探すことが成功への道。つまりこうした特殊な誂えは、布をどこで断ち切ると上手く仕上がるかということを、和裁士が理解していなければならず、職人のセンスと経験が品物の出来に大きな関わりを持つのだ。一度切ってしまえば布は元には戻らないので、いざ仕事に掛かるときには、勇気も必要になる。依頼されたお客様には、仕上げた時に「誂え直して良かった」と思って頂きたい。その一心で仕事に励むと、和裁士たちは話す。そんな心意気こそが、難しい誂えを可能にしている。

 

道中着の袖と胸。ここは、元のキモノの袖と胸部分をそのまま使い、誂え直している。

そしてこの付下げを道中着とするには、もう一つ問題がある。それは、元々このキモノの反幅が狭く、裄が思うように出せないこと。元の付下げの裄丈は1尺6寸5分で、これは昔の並(標準)寸法。袖付と肩付の縫込みは、合わせてもせいぜい1寸程度なので、どんなに長くしたとしても1尺7寸5分程度にしかならない。今では女性の体格の変化に応じて、反幅は1尺くらいの品物が多いが、昔の女性の裄は、長くても1尺7寸5分くらいなので、今より5分ほど短い反幅9寸5分くらいの品物が主流だった。

今回依頼された方の裄寸法は、1尺8寸~8寸3分。身長が170cmくらいあるので、裄も当然これくらいの長さが必要になる。しかもこれはキモノの裄なので、道中着の裄はさらに3分程度長さが必要。だから、この付下げの裄寸法では当然足りず、このままで誂えてしまうと、キモノが道中着の袖から飛び出してしまう。

なので、道中着として着用出来るよう作り直すためには、何としても裄を長くする必要がある。そうでなければ、いかに裾のキモノ図案を工夫して誂えたとしても、根本的な寸法の問題が原因で使うことが出来ない。元の付下げが、そもそも裄に相応する生地の幅が無いので、常識的に考えれば、このままだと道中着への誂え直しは不可能になる。

 

道中着の袖下を写したところ。袖の左側には、接ぎを入れていることが判る。

さて元の生地のままでは、裄寸法が出ないことが判明しているので、これを解決する方法はただ一つ。それは袖に別布で接ぎを入れて、裄を大きくすること。接ぎ布の長さは、このお客様の道中着裄に必要な1尺8寸5分に合わせる。画像で見ると、割と大きい接ぎに見えるが、足された布は1寸3分ほど。

袖は元の付下げ袖をそのまま使っているので、袖下には暈しが入っている。接ぎを入れたところは暈されておらず、色が途切れているので、少し違和感がある。けれども、袖上部は暈しのあしらいが無いので色の齟齬が無く、従って接ぎは目立たない。

袖の上部、袖付の左右両側の色は同じ。接ぎを施したスジはあるが、目立たない。

もちろん、予めお客様には寸法通りの裄に誂えるため、接ぎを入れることを了承して頂いている。けれども、着姿から接いだ部分がわからなくなるよう、出来る限り工夫することは当然である。これも和裁士の腕の見せ所だ。

接ぎに使った生地は、模様合わせの際、一定の位置で切り落とした元の付下げの裾部分を当てている。同じ品物の残布を使っているので、当然生地質も同じで、地色も共通。だからこうして繋いで接いでも、それほど取って付けたような印象にはならない。確かに袖の下部では接ぎが判るが、それも模様と考えれば、気にならなくなる。実際に仕上がりを見たお客様も、この点を問題にしなかった。そしてむしろ、接ぎを使ってきちんと装える裄にしたことを、感謝して頂けた。

切り落とした元の付下げの布で、道中着の飾り紐を作っている。道中着には、前を合わせるための内と外二組の紐が必要になるが、器用な和裁士は、このように残りの布を使ってオリジナル紐を作ることがある。同じ生地の紐なので、きちんと品物に見合っている。これも、和裁士のセンスが光る誂えの工夫と言えよう。

 

こうして、寸法が足りず使い道が見当たらない付下げを、オリジナリティ溢れる「キモノ的な道中着」へと誂え直すことが出来た。お客様からの依頼を、何とかコンプリートできた訳だが、これは何よりも、和裁士の技と努力があったから出来たことである。彼女にとっても、付下げを道中着にリニューアルするのは初めてのことだったが、仕事を終えてみて、良い経験になったと話す。

これまでやったことのない仕事も、トライしてみる。こんな探求心を持つ職人がいるからこそ、専門店として暖簾を下げ続けられる。出来ないと諦めてしまうのは簡単だが、それでは依頼するお客様の「品物に対する思い」が行き場を失ってしまう。どのような形に変わったとしても、受け継いで良かったと思えるようなリニューアルを、これからも考えていきたいと思う。次回の稿では後編として、道行コートを羽織に作り直した仕事をご紹介してみたい。最後に、完成した道中着をもう一度ご覧頂こう。

 

難しい誂え仕事を依頼されたお客様が、その仕上がりに満足された時には、必ず「職人の方によろしくお伝えください」と言われます。そんな時私は、実際に仕事をした職人がその場にいないことが残念でなりません。何故なら、手を尽くした職人ならばきっと、仕事の苦労をもっと詳しく、お客様に話すことが出来るからです。

以前にもお話したかも知れませんが、呉服屋の役割は、お客様と職人の間に立って、品物の購入と手直しの仕事を考えるプロデューサー兼ディレクターのようなもの。品物を間に挟んで、お客様と作り手の職人、そして直しモノを挟んで、お客様と直し手の職人を取り持つ存在と言えましょう。ですので、お客様のことを理解すると同時に、職人の仕事にも寄り添う必要があるのです。

人と人の間に入って縁を繋ぐ。もしかしたら私自身が、「接ぎ」の役割を担っているのかも知れませんね。今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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このブログに掲載されている品物は、全て、現在当店が扱っているものか、以前当店で扱ったものです。

松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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