バイク呉服屋の忙しい日々

今日の仕事から

2月のコーディネート  ミモザ色で、一足先の春へと向かう

2025.02 24

毎日各地で、大雪のニュースが報じられている。特に、日本海側の地方では数年ぶりの豪雪となり、日々の雪下ろしに苦労している様子が伝えられている。一方で太平洋側では、ほとんど雨や雪が降らず、空気はカラカラに乾燥している。そしてこのところ、強く風が吹く日が続いており、体感温度は実際の気温よりかなり低く感じられる。

そんな厳しい季節の中で、最も頑張っているのが受験生たちだろう。先月中旬の大学入試センター試験を皮切りに、今月初めには私立中学の入試があり、高校と大学の試験は来月の下旬まで続く。ただ昨今の入試制度、特に大学では2、3月の本試験の前に行われる推薦入試によって、約定員の半数程度の合格者が決まるそうで、我々が受験した時代とは、かなり事情が異なっている。大学進学率は6割程度に達したが、少子化と大学の定員増もあって、昔と比べて浪人する者が少ないと言われている。これはおそらく、こうした推薦入試における合格定員の増加が、要因となっているのだろう。

 

この時期、進路が決まっている子も、そうでない子も、そして春から故郷を離れる子もいる。また受験生だけでなく、春から社会人として新たなスタートを切る学生もいる。若い人たちにとって、冬から春へと季節が渡っていく今の季節は、何となく居場所が定まらないような、あやふやな感覚を持つだろう。それは、新しいステージに立つ前の不安と期待がごちゃまぜになる、不思議な時間でもある。

二十四節気の雨水(2月18日)から春分(3月20日)にかけては、まさにそんな季節の狭間にあたる。そこで今日は、寒さの中にありながらも、春の兆しを感じさせる可愛い花色をコーディネートの主役にしてみたい。本格的な春が訪れる前の、微かな暖かさ。次の季節を予感させるに相応しい装いを演出してみよう。

 

(ミモザ藍色 横段縞・米沢真綿紬  ミモザ色 草花段文・紬八寸帯)

早春に咲く花の代表と言えば、梅と椿。さらに季節が進めば、今度は桜が主役になる。そして晩春になれば、豪華な牡丹の花が季節を彩る。いずれも赤やピンク系なので、和装ではこの色が春のイメージカラーと思われがちだ。けれども、明るく暖かい光を周囲に放つ黄色も、春を印象付ける色である。

タンポポに福寿草、そして菜の花。春を彩る黄花は、野辺の花が多い。それはピンク色の梅や桜のように、見る者に咲く姿を主張することもなく、人知れずひっそりと健気に咲いている。本来黄色は目立つ色だが、あまりに自然の中に埋もれるように咲くため、見落とされることが多い。そんな野花は、あまりキモノや帯のモチーフとはならず、文様化などされていない。せいぜい染帯で写実的に描かれた品物を見かけるくらいだ。

 

なのでキモノの装いの中では、黄色という色が春色とは認識され難くなっている。けれども、黄色の鮮やかさには、長く続いた重い冬の扉を開いた時ような、そんな開放感が表れているかのよう。そこで今日は、地色や模様の中で黄色を効果的に使った品物を選んで、春の始まりに相応しい装いを考えてみたい。

今回イメージした黄の色は、ミモザ色。オーストラリア原産の常緑高木で、日本名は銀葉アカシア。フランス語でミモザと名前が付くふわりと小さな花の色は、明るくて優しく、爽やかさや清々しさをも感じられる黄色。2月下旬から3月上旬、毎年今頃になると可憐な花を咲かせる。今日は、黄色も春の装いの主役になれることを、コーディネートを通して感じて頂ければと思う。

 

(ミモザ・藍横段縞 米沢真綿紬・米沢 新田)

紅花染に代表される米沢の草木紬は、染料の性格もあって、淡く柔らかい色の気配を持つ品物が多い。薄いピンクや淡い黄色の糸を、虹のように暈して織り込んでいるので、その色姿からは否応なく春を感じさせる。もちろん草木素材と媒染剤によっては、その織姿に深い秋色を出す品物もあるが、紅花の印象が強いせいか、どうしても米沢紬のイメージは春になる。

ただこの紬は、春らしいパステル調の色合いではなく、割とはっきりとした青と黄色の糸を横段縞に織り込んである。その上縞の間隔が不規則なので、より二つの色が着姿から浮き上がり、個性的な映り方をする。これは誂えた時の縞の位置取りによっても、印象が変わるので、ある意味で難しい柄行きといえるだろう。

縞を拡大してみると、縦横各々の筋はよろけていて、その太さもまちまち。そして経緯糸として使われている藍と黄系糸に微妙な濃淡があるため、その織色にはかなり変化が付いている。こうした不規則な織姿が、ありきたりな縞紬のイメージを消しており、青と黄色の二つの色が、前に飛び出してくるようなインパクトを感じさせる。

全体から強く印象付けられる青と黄色だが、その気配は明るく、織姿にグラデーションが付いていることから、柔らかい雰囲気をも持っている。特に黄色には、小さな花が集まって咲き誇るミモザをイメージさせる明るさがある。元々青と黄色は、色相環で反対色に近く、お互いを補い合う補色の関係性を持つ。なのでこの紬の配色は、色で着る人の個性を表現するには、理に適う組み合わせと言える。それは、春の淡々しいイメージとは異なり、新しい季節を迎えるための「確固たる色の気配」になっている気がする。

使用している糸は、繭の糸口から引き出して台に掛け、手で撚りをかけて糸にする「手挽き」によるもの。あまり撚りをかけない真綿糸で、織り上げるとふんわりとした風合いを持つ。気候的にもまだ寒い季節なので、着用した時にはこの織の温かみが有難い。旬の装いとして、真綿紬の特徴も存分に生かされている。

1884(明治17)年に、袴製織から機仕事を始めた米沢の新田。昭和30年代後半から紅花染に注力し、以後様々な草木糸染を試み、現在では米沢紬の中心的な機屋となっている。米沢の織物は、江戸中期の1769(明和6)年に米沢藩主となった上杉鷹山(上杉謙信から数えて10代目当主)が、小千谷から縮織職人を呼び寄せ、その技術を藩士に伝えたことが始まりとされている。この新田家のルーツも越後にあり、鷹山とともに米沢へやってきた武家で、現在の当主は5代目にあたる。

では、この個性的なミモザ色の春紬に合わせる帯を探そうと思うが、その前にこの紬はすでに売れて誂えられているので、どのような模様配置になったのかをご覧頂くことにしよう。

縞の模様合わせは、等間隔で付いている黄色の太い縞を、前身頃・後身頃ともにできる限り合わせて、横に繋がりを持たせるような誂え姿にした。こうして全体を見ると、色の構成が均一になっていて、バランスの取れた模様姿になっている。

八掛にもミモザ色を選んでみた。この紬の場合、八掛の色を考えるとすれば、藍系か黄系の二択と思うが、優しいミモザの黄色を使うことで、より春めいた着姿を演出することが出来る。袖口と裾の返しにちらりとこの色が覗けば、それだけで装う気分は明るくなるだろう。

 

(ミモザ色 草花段文 八寸織名古屋帯・帯屋捨松)

紬の黄織糸より少し色を気配を抑えた、黄色紬地の八寸帯。帯の黄色はおとなしいが、色質は優しく、やはりミモザを連想させる春らしい色。こちらも模様の中に段が入り、そこに横に流れる花をあしらっている。この花のモチーフは唐花で、かなり図案化されているが、配色に淡いパステル色を使って可愛い帯に仕上げている。太鼓柄ではないので、二段一組の唐花模様は、締める時に少し上下にずらしてみても面白い帯姿になる。

多色な糸を織り込んで、モダンで遊び心のある帯とするのは、捨松の得意とするところ。横に段を入れて、大胆に模様を区切ったところなど、一目でこの帯屋の品物と判る意匠。捨松は、若い人が図案作りの中心になっているが、こうしたカジュアルな帯には、特に新しい感性を組み込むことが大切になるだろう。そうでないと、目を惹くような斬新な帯は生まれてこない。この帯屋の品物に、一定の根強い支持があるのも判る。

横段を三本入れて、下部に無地場が出来るお太鼓姿を作ってみた。中心より少し上に、メインの唐花段文を置く方が、帯の見え方としてバランスが取れるように思う。横の段が割と太いので、模様がはっきりと区切られ、それが整った形の帯姿として前に出てきている。では、ミモザ黄色を地色に使った帯をミモザ縞紬に合わせるとどうなるのか、試してみよう。

 

こうして組み合わせてみると、青と黄色が補色の関係にあって、相性が良いというのがよく判る。そして帯の黄色地が紬の黄色より僅かに淡いことで、色の差が付いて、上手くコントラストが付いている。キモノが単純な縞の連続模様だけに、帯の唐花が着姿に彩を与えているように思う。

前模様になると、帯の横段が縦枠に変わり、二つの唐花が鉢植えか窓辺に置いた花のような姿に見えてくる。こうした段文で区切られた図案は、お太鼓と前でかなり様相が変わるのが常だ。モチーフが唐花なので、この花姿が春限定という訳ではないが、地色や花色の雰囲気からは、十分に春が感じられる。

帯〆には、キレのある群青色のドット模様を使って、キリリとまとめてみた。このキモノと帯では、淡い色や薄色の帯〆を使うと、全体がぼやけてしまい、着姿が決まらない。帯揚げは薄水色の暈しで、無難に。(内記組帯〆・中村正 帯揚げ・加藤萬)

 

今日は、ミモザを意識した黄色で、どのような春のカジュアル姿を演出出来るかを、考えてみた。日一日と日が長くなり、日差しも穏やかになっていく。冬から春へとわたる季節では、暖かさを先取りした姿は目を惹き、装う人の気分も高揚させてくれる。考えてみれば、黄色はとても重宝で帯地に使ってあると、ほとんどの色のキモノに上手く対応してくれる。

来月になれば、否応なく桜のピンクが主役になるが、一つ前の春待ち月に装う黄色は、暗いトンネルの中で遠くに見える仄かな明かりのよう。そんな微かな春の気配を、ぜひ普段の着姿の中にも取り入れて頂きたいと思う。最後に、今日ご紹介した品物を、もう一度どうぞ。

 

ミモザ咲き 海かけて 靄(もや)黄なりけり(水原秋櫻子) こう詠まれているように、春になると遠くの景色がかすんで見え、海には靄がかかります。気温が上がり始めると空気中の水蒸気の量が増え、それが微細な水滴となって浮遊して漂い、景色を霞ませるのです。そして春霞が立つ頃、ミモザが鮮やかな黄色の花を咲かせます。もちろんミモザは、春の季語です。

ミモザの花言葉は、感謝と友情。まさに学び舎を旅立つこの時期に、相応しい花です。様々な思いを抱きながら新たな一歩を踏み出す若い人たちには、幸多かれとエールを贈りたい。自分らしく生きることが難しい時代になりましたが、ささやかでも良いので、それぞれに望みを持って、春を迎えて欲しいものです。

今日も、最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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松木 茂」プロフィール

呉服屋の仕事は時代に逆行している仕事だと思う。
利便性や効率や利潤優先を考えていたら本質を見失うことが多すぎるからだ。
手間をかけて作った品物をおすすめして、世代を越えて長く使って頂く。一点の品に20年も30年も関って、その都度手を入れて直して行く。これが基本なのだろう。
一人のお客様、一つの品物にゆっくり向き合いあわてず、丁寧に、時間をかけての「スローワーク」そんな毎日を少しずつ書いていこうと思っています。

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